同じ森を歩く者
「最後に目撃されたのは、昨日の朝です」
職員が、壁の図にある印を示した。
森の脇を通る道と、その先に広がる放牧地。目撃場所は、その二つに偏っていた。
「こちらでは七頭。放牧地では十頭以上という話です。ただし、追われながら数えたものなので、正確とは限りません」
エドガーは二つの印を見比べた。
別の群れかもしれない。同じ群れの一部だけが見えたのかもしれない。
まず、その区別からつける仕事だった。
「羊の被害は、いつからだ?」
卓の向こうに座っていた男が尋ねた。
「十日ほど前からです。最初は一頭だけでした。その後も続いたので、森に近い牧草地を使うのをやめています」
「それでも出るのか」
「はい。囲いの外まで来たという報告があります」
職員は図の下に手を置いた。
「拠点はこちらの集落です。明後日の朝に街を出て、その日のうちに入ります。捜索は翌朝から三日間。帰りも含め、五日を見てください」
隣で、レオンが卓上の紙へ目を落とした。
参加中の日当と、討伐した分の追加報酬。集落で用意される食事と、持参する物が書かれている。
宿泊には、使っていない羊舎を借りるという。
エドガーは寝具の欄を確かめた。敷き藁はあるが、毛布は持ち込むことになっていた。
「討伐した分は、どう分ける?」
ヴィクトルが口を開いた。
「一組だけで倒した場合は、その組に。複数で当たった場合は、共同の討伐として分配します。詳しい取り決めはこちらに」
「捜索と、村側の警戒で取り分が変わるのか」
「日当は同じです。持ち場を離れて討伐数を増やすようなことは認めません」
ヴィクトルは紙を受け取り、読み始めた。
エドガーも同じ所を見た。
魔物に出会った者だけが稼げる仕組みなら、見張りを任された者は面白くない。報酬の決め方一つで、余計な争いが起きる。
今回は、その辺りも考えてあるようだった。
*
説明の途中で、壁際に立っていた灰色髪の男が前へ出た。
片方の眉の上に古い傷があり、椅子へ掛けた外套の下には、使い込まれた剣が見える。
「現地で全体を預かる、オズワルドだ」
男は短く名乗った。
「組み分けは、人数が決まってから知らせる。道を知る者を各組に入れるが、先に言っておく。見つけた群れを、勝手に森の奥まで追うな」
図の中央へ指を置く。
「手前を何組かで分けて調べる。境は現地で確認する。痕跡が隣の持ち場へ続いていても、黙って入るな。そっちから来る味方と、魔物を挟むとは限らんからな」
エドガーは顔を上げた。
追い立てるつもりが、別の組へ群れを押しつけることはある。矢を射った先に、こちらを知らず歩いてくる者がいることもある。
「連絡は?」
エドガーが尋ねると、オズワルドはこちらを見た。
「午前と午後に、道沿いの決めた場所で落ち合う。急ぐ時は笛だ。ただし、笛で細かな話はできん。合図を受けたら、まず近くの組が声の届く所まで寄る」
「全員で寄るのか」
「持ち場を空けてよい組と、残る組を決める。合図は出発前に合わせる」
オズワルドは一度、室内を見渡した。
「助けを呼ぶ側も、来るまで持ちこたえられるとは思うな。退けるうちに退く。怪我人が出たら、その組の捜索は打ち切りだ」
レオンが、膝の上で組んでいた手をほどいた。
エドガーは続きを待った。
目撃されたものと違う魔物がいた場合。予想を大きく超える数に出会った場合。いずれも、無理に戦わず知らせることになった。
話が一段落すると、マティアスが尋ねた。
「集落を守る人数は、別に置くんですね?」
「ああ。全員を森へ入れることはしない。村の者に案内を頼む区間もあるが、魔物のいる所まで連れ回さないようにしてくれ」
エドガーは椅子へ背を戻した。
聞いておきたかったことは、おおむね揃っていた。
*
説明が終わると、部屋のあちこちで相談が始まった。
ヴィクトルとマティアスは、配られた紙を間に置いている。昨日会った弓持ちの男は、隣の女と日数を確かめていた。
レオンがこちらを向いた。
「どうですか?」
「受けてもいいと思う。お前は?」
「俺もです。五日なら、宿にも間に合いますし」
延ばした滞在の中には収まる。
加熱台の預かりも、出発前に話しておけば済むことだった。
「ただ、組み分け次第だな。出来ることは先に伝えておこう」
「はい」
二人で受付の卓へ向かった。
オズワルドは参加者の名を書き留めながら、一組ずつ話を聞いていた。
順番が来ると、エドガーは自分とレオンの名を告げた。
「二人とも、この辺りは初めてか」
「ああ。街へ来る時に通った道と、川沿いを少し知ってる程度だ」
「得物は?」
「俺は弩が主だ。剣も使う。こっちは剣と短剣」
「前へ出られるか?」
問いはレオンへ向けられていた。
「はい。盾は使いませんが、前で動けます」
「森の中で組んだ経験は?」
「あります。以前は、槍と弓の仲間と三人でした」
オズワルドは頷き、今度はエドガーを見る。
「痕跡は読めるか」
「獣が通った跡を追う程度なら。ただ、ここの森を知ってる者ほどじゃない」
「それでいい。何でも出来ると言われるより、組ませやすい」
スキルの話は出なかった。
オズワルドが知りたいのは、持ち場に何人置けばよいか、その者たちが何を受け持てるかということだった。
エドガーには、その聞き方がありがたかった。
「出発は明後日。明日の夕方までに、組み分けを掲示する。そこで顔を合わせておいてくれ」
「分かった」
席を離れると、マティアスが近くに立っていた。
「参加されるんですね」
「ああ。そっちもか」
「はい。五人で」
その隣で、ヴィクトルが参加の書類を畳んでいた。
「こちらは群れに当たる役を引き受けた。場所は、捜索の結果次第だが」
レオンが顔を上げた。
「大きな群れが見つかった時ですか?」
「ああ。少人数で追い散らすより、まとめて当たった方がいい場合もある」
ヴィクトルの返事に、エドガーは頷いた。
捜す者と、見つけた後に動く者。
誰もが同じことをする必要はない。
「こっちが見つけたら、場所を知らせる」
「頼む。数だけでなく、どちらへ動いたかも分かれば助かる」
言葉は簡潔だった。
まだ互いの腕を見てはいない。それでも、何を渡せば次の者が動けるかは話せる。
マティアスが、レオンへ目を向けた。
「出発までに、装備を見せ合っておきたいですね。誰がどんな武器を持ってるか、知ってるだけでも違うので」
「はい。俺も、皆さんの武器を見てみたいです」
レオンが答えると、ヴィクトルは少しだけ笑った。
「うちの盾役に言うと、長くなるぞ」
「大事な道具ですから」
マティアスがそう返し、二人で部屋を出ていった。
*
ギルドを出る頃には、夕方の風が通りを抜けていた。
エドガーは歩きながら、買い足す物を頭に並べた。
食事は出るが、捜索中に食べる物は持っておく。雨を避ける布と、夜の冷えに備える毛布。矢も、少し補充しておきたかった。
「明日は、朝のうちに買い物を済ませるぞ」
「はい。ヘレナさんの所にも寄りますよね」
「ああ。宿にも、五日空けると伝えないとな」
レオンは頷いてから、少し黙った。
何か考えている様子だったので、エドガーも急かさなかった。
「エドガーさん」
「何だ」
「知らない人たちと組む時って、最初に何を見ますか?」
エドガーは、通りを横切る荷運びの男を待った。
「まず、話したことが伝わってるかだな」
「返事とかですか?」
「それもある。同じ言い方をしても、思ってる距離が違うことがある。近くにいろと言って、剣を振れない所まで寄られても困るだろう」
「ああ……そうですね」
レオンは自分の腰の剣を見た。
「最初に、立つ位置を合わせるんですね」
「出来ればな。歩いてみないと分からんこともある」
それ以上、教えることを並べる気にはならなかった。
明日には相手が決まる。その者たちと話せば、レオン自身が気づくこともあるだろう。
「お前も、こう動きたいと思ったら言えよ」
「はい」
返事は明るかった。
*
翌日の夕方、約束どおりギルドへ向かった。
買い足した矢と食料は宿へ置いてきた。ヘレナにも預かりの延長を頼み、戻ってから受け取ることで話がついている。
掲示板には、参加者を分けた紙が張られていた。
エドガーは自分たちの名を見つけた。
同じ欄に、ほかに二人。
ヨスト。アデラ。
名前だけでは、顔が浮かばなかった。
「どなたでしょうね」
レオンが言ったところで、背後から声がした。
「俺たちだよ」
振り返ると、あの弓持ちの男がいた。隣には、盾を背負った女が立っている。
「そういえば、名乗ってなかったな。ヨストだ」
「アデラ。明日からよろしくね」
エドガーは二人へ向き直った。
「エドガーだ。こっちはレオン」
「よろしくお願いします」
四人で紙を見る。
担当は、集落から森の縁へ続く古い荷道と、その周辺だった。
ヨストが指で場所を示した。
「ここなら知ってる。まず、道を挟んでどっちを見て歩くか、決めようか」
エドガーは頷いた。
隣のレオンが、半歩前へ出る。
「その前に、剣を使う時の間隔を合わせてもいいですか。俺、前で動くので」
アデラがレオンの腰へ目を向けた。
「二本使うんだね。じゃあ、盾のどっち側へ立ってもらうかも話そう」
四人は人の通り道を離れ、空いている卓へ向かった。
エドガーは弩を肩から外し、卓の脇へ立てかけた。




