もうしばらく、この街で
金物の店を出た時、レオンの手には小さな包みがあった。
中身は木工用の錐だった。柄の収まりを何度か確かめ、先端を光にかざしてから買ったものだ。
「家にあるのと違うのか?」
エドガーが尋ねると、レオンは包みを開き、先を見せた。
「これ、細い穴を開けやすそうなんです。小さい物を作る時、今のだと少し大きくて」
「なるほどな」
店では、蹄鉄や荷車の金具も作っていた。
見学を頼むと、店主は客の立ってよい場所を示してくれた。そこから、職人が赤く熱した鉄を叩き、曲げていくのを眺めた。
レオンは最初こそ質問していたが、作業が始まると黙って見ていた。
帰り際に、覚えるなら何から始めるのかと聞いたところ、まずは火の扱いと道具の手入れだと言われていた。
「すぐ何か作らせてもらえるわけじゃないんですね」
レオンが包みをしまいながら言った。
「自分の道具ならともかく、人の炉だからな」
「はい。見てるだけでも、面白かったですけど」
通りの先で、荷車が角を曲がった。
二人は軒先へ寄って道を空けた。レオンは待つ間にも、一度店を振り返った。
「また来たいか?」
「来たいですね。忙しくない時なら、少し話も聞けそうでしたし」
エドガーは頷いた。
まだ、帰りの護衛を探し始めてもいない。
急いで街を出る理由もなかった。
*
宿へ戻ると、女主人が帳面を開いていた。
エドガーたちを見るなり、卓上の鍵へ目をやる。
「部屋、予定どおりでいいかい? その先も泊まるなら、そろそろ聞いておこうと思ってね」
最初に払ったのは七泊分だった。
エドガーは隣のレオンを見た。
「もう一週間くらい、どうだ?」
「俺は大丈夫です。まだ行ってみたい所もありますし」
答えを聞き、女主人へ向き直る。
「同じ部屋を使えるか?」
「ああ。先に言ってくれたから、空けておけるよ」
追加の代金を払うと、帳面に滞在の日付が書き足された。
「泊まりがけの仕事で空ける時は、知らせておくれ。部屋を取っておくなら、その分はいただくけど」
「分かった」
二階へ上がり、エドガーは荷物を寝台の脇へ置いた。
窓を開けると、向かいの革細工店から、革を打つ小さな音が聞こえた。
レオンは錐を布で巻き直し、背負い袋へ収めている。
「加熱台の預かりも、延ばしてもらった方がいいですね」
「ああ。期限までには顔を出そう」
エドガーは買い物の控えを取り出した。
冷却箱の値段も、そのまま残っている。
運ぶ方法を決めるために帰りの便を聞くことはできるが、日取りを合わせて帰るとなれば、今度はそちらに予定を縛られる。
もう少し、この街で仕事をしてからでも遅くはない。
「冷やす方、まだ迷ってますか?」
レオンが控えを覗いた。
「置き場所はある。運ぶ手間を考えてる」
「商人の荷に混ぜてもらえれば、いいんですけどね」
「オットーなら、そういう荷車の話も知ってるだろうな。今度聞いてみるか」
レオンは頷いてから、自分の寝台へ腰を下ろした。
「家に帰る時、荷物が増えそうですね」
「出てきた時は、背負い袋で足りたんだがな」
言いながら、エドガーは少し笑った。
以前なら、旅先で大きな物を買うことなど考えなかった。
持って歩けない物は、初めから目に留めない。必要になれば、その場所で借りるか、なくても済むようにした。
今は、置く場所を思い浮かべてから値段を聞いている。
台所の棚も、窓際の椅子も、すぐに頭へ浮かんだ。
留守にしている家の戸締まりを思い出す。
窓も、裏口も確かめた。ブルーノにも長く空けると伝えてある。
帰りを一週間延ばしたところで、困ることはなかった。
*
翌日、ギルドへ寄ると、掲示板の前に人が集まっていた。
新しい紙を留めていた職員が、最後の鋲を押し込む。
「詳しい説明は、午後に奥の部屋で行います。参加を考える方は、先に受付へ名前をお願いします」
エドガーは、人が少し離れるのを待って紙を読んだ。
街から一日ほど離れた丘陵と、その周辺の森。
そこで魔物の目撃が続いており、複数の組に分かれて捜索と討伐を行うという。
募集人数は、二人で埋まるような数ではなかった。
レオンも横から目を通す。
「まとめて調べるんですね」
「ああ。話を聞いてみよう」
受付へ行くと、職員は紙を見た時点で用件を察した。
「合同の捜索ですね」
「昨日まで、出てなかったな」
「報告を集めて、範囲を決めていたんです。薪を運ぶ道と、放牧地の近くで目撃が重なっていますので」
職員は簡単な図を出した。
森の縁を通る道と、丘の間の草地。その何か所かに印がついている。
「同じ群れが動いてるのか?」
「それも含めて確かめます。数の多い群れを見たという話はありますが、別々の場所で同じ個体を数えている可能性もあります」
エドガーは印の間隔を見た。
一組が順に歩けば日数がかかる。回っている間に、別の場所へ動かれてもおかしくない。
「見たのは、何だ?」
「牙犬です。普段より大きな群れだったという報告が二件。小さい群れの報告もあります」
「人は襲われたか」
「荷を運んでいた方が追われています。荷車を置いて逃げ、怪我は擦り傷程度だったそうです。放牧中の羊も被害に遭っています」
レオンが図へ目を落とした。
エドガーは職員へ尋ねた。
「泊まりになるな」
「ええ。拠点にする集落が決まっています。まずは三日間で捜索する予定です。延ばす必要が出た場合は、そこで改めて相談します」
際限なく森を歩かされる仕事ではなさそうだった。
ただ、人数が集まる分、決めておくことも多い。
「二人で一つの区画を任されるのか?」
「人数と役割を見て調整します。土地に不慣れな方だけで組むことはありません。案内できる者をつけるか、地元の組と一緒に動いていただきます」
エドガーはレオンを見た。
レオンは頷いたが、すぐに受けるとは言わなかった。
「説明だけでも聞けますか?」
「はい。条件を聞いてから、お決めください」
二人の名を伝える。
午後までは、まだ時間があった。
*
ギルドの外へ出ると、レオンが口を開いた。
「俺は、参加してみたいです」
エドガーは階段を下り、通りの端へ寄った。
「何が気になった?」
「人数を揃えて、広い範囲を調べるところです。前の仲間といた時も、ほかの組と一緒に討伐することはありましたけど、こういう捜索はあまりなかったので」
レオンはギルドを振り返った。
「自分たちの見えない所でも、別の人たちが動くんですよね。どうやって連絡するのかとか、見つけた時に集まるのかとか、聞いてみたいです」
エドガーは頷いた。
「そこは確かめておこう。勝手に追って、隣の組へ魔物を押しつけるわけにもいかん」
「はい。あと、俺たちがどこを任されるかですね」
レオンは少し考えてから、付け加えた。
「ただ、ほかの人の戦い方を見たいだけで受ける仕事じゃないのは、分かってます」
エドガーはその顔を見た。
先回りして言い訳をしているようではなかった。さっき聞いた、荷車を置いて逃げた者や、羊を失った者のことも頭にあるのだろう。
「興味があるのは、別に悪くない」
エドガーは言った。
「任されたことをやれるなら、それでいい。知らん土地で一人ずつ道を覚えるより、地元の連中と歩いた方が分かることもある」
「エドガーさんも受けますか?」
「話を聞いてからだ。ただ、悪い仕事じゃなさそうだな」
レオンが頷いた。
エドガーにも、確かめたいことがあった。
自分たちだけなら、追うか引くかはその場で決められる。合同の仕事では、自分が退けば誰の脇が空くのか、前へ出れば誰の射線へ入るのかを知らなければならない。
それが面倒で、避けていた時期も長い。
今も、気楽だとは思わない。
けれど、レオンと二人で動くようになってから、ほかの者に任せられる仕事があることも、何度も感じていた。
「昼を食って戻るか」
「はい。午後、遅れないようにしましょう」
*
説明の始まる少し前に戻ると、ギルドの奥の部屋は開いていた。
中には長い卓が二つ並び、壁に周辺の図が掛けられている。
すでに何組かの冒険者が席についていた。
昨日会った弓持ちの男と盾の女もいる。目が合うと、男が片手を上げた。
「あんたらも話を聞くのか」
「ああ。まだこの辺りを知らんからな」
「道を覚えるにはいい。ただ、歩くぞ」
男は笑い、自分の隣の椅子を少し引いた。
エドガーたちが荷物を下ろしたところで、廊下から聞き覚えのある声がした。
「ここか」
ヴィクトルが入ってきた。
後ろにはマティアスがいる。二人とも、昨日の泥のついた装備から普段着へ着替えていた。
マティアスがこちらに気づき、会釈する。
「また会いましたね」
「ああ。思ったより早かったな」
ヴィクトルも二人へ頷いた。
「参加するのか?」
「条件を聞いてから決める」
「こちらもだ」
そう答えて、空いた席へ向かった。
やがて職員が入り、卓の上へ紙を広げた。
「では、今までに確認できたことからお話しします」
部屋の声が静まる。
エドガーは椅子を少し前へ寄せた。隣でレオンも背を起こし、壁の図へ目を向ける。
フェルデンへ帰るまでには、まだ日がある。
その間に、この街の冒険者たちとどんな仕事ができるのか。
エドガーは、職員が示した最初の印を見た。




