仕事のあとに残るもの
レオンが戻ってきた時、案内の男はもう一人、白髪交じりの男を連れていた。
「石垣のことなら、こいつの方が詳しい。以前、崩れた所を直してる」
白髪の男は足を止め、エドガーが示した隙間を離れた所から眺めた。
「ここの上をどけたいのか」
「ああ。奥が見えない。まだいるかどうか、確かめておきたい」
男は石垣の上端へ目を走らせた。
「蓋の石だけ引くと、上も落ちるぞ。外すなら、載ってる分を先に下ろさないとな」
「どの辺りまでだ?」
「あの白い石から、崩れた端までだ。戻す方はこっちでやる。もともと積み直すつもりだった」
エドガーは範囲を確かめ、レオンを見た。
「いけるか」
「一つずつなら。ただ、下ろす場所を空けたいです」
レオンは石垣から離れた地面を指した。
石を置く場所と、何か出た時に退く場所。その両方を取ってから、作業を始める。
二人の男には果樹の手前まで下がってもらった。
エドガーは排水路の口が見える位置で弩を構えた。
「下の石には、まだ触るなよ」
「はい」
レオンが上端の石へ手をかける。
両足を落ち着かせてから持ち上げ、空けた場所へ運んだ。
大きな石だったが、抱えたまま歩く足取りは乱れない。それでも置く時には腰を落とし、指を挟まないよう最後まで手の位置を変えていた。
背後で、男が小さく息を漏らした。
「若いのに、力があるな」
エドガーは隙間から目を離さずに答えた。
「ああ。助かってる」
*
石垣の一部を低くするまでに、思ったより時間がかかった。
大きさの割に軽く動く石もあれば、土に食い込んでいる物もある。レオンは無理に引かず、その都度、上や隣の石が動いていないか確かめていた。
ようやく排水路を覆う平石が露出した。
「これで最後です」
エドガーは二人の男をさらに下がらせた。
レオンが出口の正面を避け、平石の端を持ち上げる。
乾いた土が落ちた。
石の下へ陽が差し込み、枯れ草の塊が見えた。
「止めてくれ」
レオンが手を止める。
エドガーは弩越しに、明るくなった底を見た。
動くものはない。
土のくぼみに枯れ草が押し込まれ、奥には小さな骨と、乾いた獣の皮が残っていた。
「そのまま、横へ下ろせるか」
「はい」
平石が地面へ置かれる。
開いた溝は浅く、石尾が二匹入れば、ほとんど余裕のなさそうな広さだった。
エドガーはすぐには近づかなかった。石垣の下へ続く部分と、外へ抜ける部分を順に見る。
残った草を長い枝で動かしても、何も出てこなかった。
ようやく弩を下ろす。
「ここにはいないな」
レオンも溝を覗き、息を吐いた。
「卵もなさそうですね」
「ああ。見える範囲にはない」
エドガーは園の男を呼んだ。
男は開いた溝を見て、それから倒れた二匹へ目を向けた。
「こんな所にいたのか」
「草で入口が隠れてた。直す時に、向こう側も少し刈っておくと見つけやすくなる」
「そうするよ。水も流れが悪くなってたんだ。ちょうどいい」
白髪の男が、外した石の並びを見ながら頷いた。
エドガーは二人に、確かめた範囲を説明した。
棲みついていた隙間には、もう何もいない。周りも見て回ったが、ほかの個体は見つからなかった。
ただ、新しく足跡がついたり、草が倒れたりしていたら、奥へ手を入れずに知らせてほしい。
男はその話を最後まで聞いてから、ようやく表情を緩めた。
「これで、こっちの仕事もできるな」
果樹の下には、拾われないまま傷んだ実が落ちていた。
男はそれを一つ見つめた後、エドガーへ向き直った。
「死骸を焼く場所は、外にある。枝を処分するのに使ってるんだ。そこまで運べばいいか?」
「ああ。場所を見せてくれ」
*
討伐部位を取り、死骸の処分を終える頃には、陽が高くなっていた。
園の者が枝を運び、水や土も用意してくれた。火の始末まで済ませてから、エドガーたちは入口の小屋へ戻った。
手と道具を洗い、男に依頼の完了を確認してもらう。
レオンは借りた運搬用の板を壁へ戻し、自分の荷物を持ち上げた。
「助かった。これ、道で食べてくれ」
男が差し出した包みには、いくつかの梨が入っていた。
少し形がいびつだが、よく熟れている。
「売り物じゃないのか?」
「それは形が悪い方だよ。味は変わらん」
エドガーは礼を言って受け取った。
入口を出る時、振り返ると、男たちはもう空の籠を運んでいた。
魔物のいた区画へ、人が戻っていく。
レオンも同じ方を見ていた。
「石垣、今日のうちに直すんでしょうか」
「全部は無理でも、崩れないようにはするだろうな」
「積む方も見てみたかったですけど」
その言い方に、エドガーは笑った。
「見てたら、帰るのが夕方になるぞ」
「ですよね」
レオンも笑い、前を向いた。
帰り道の木陰で、二人は少し休んだ。
エドガーが梨を割ると、刃に果汁がついた。半分をレオンへ渡し、自分の分をかじる。
やわらかな甘さが、乾いた口に広がった。
宿でもらったパンは、朝のうちに食べている。腹を満たすには足りなかったが、街まで歩くにはちょうどよかった。
「帰ったら、何か食うか」
「はい。今日は肉がいいです」
「昨日も食っただろう」
「今日は石を運んだので」
それは確かにそうだった。
エドガーはもう一口かじり、川面を眺めた。
*
ギルドで報告を済ませると、受付の職員は討伐部位と書類を照らし合わせた。
「二匹で、ほかには見当たらなかったんですね」
「ああ。棲みついていた所は開けて確認した。石垣を一部外したが、持ち主には話してある」
「分かりました」
報酬を受け取り、脇へよける。
その時、後ろから声をかけられた。
「果樹園の石尾かい?」
振り返ると、短い外套を着た男が立っていた。肩に弓を掛け、片手には丸めた依頼書を持っている。
「ああ」
「やっぱり。そっちの手鍬に見覚えがあってな。昨日、道具屋で見た」
エドガーは荷物の脇へ括った手鍬を見た。
店に何人か客がいたことは覚えているが、顔までは見ていなかった。
「街に来たばかりか?」
「数日前にな」
「なら、あそこの道は分かりやすかっただろう。川向こうだと、初めは畑の道で迷うんだ」
男は報告の順番を気にして受付へ目をやったが、まだ前の者が話していた。
「石垣の下にいたか?」
「知ってたのか」
「以前、あの辺りで見回りをやった。隠れる所が多いんだよ」
男が話している間に、別の冒険者が入口から入ってきた。
盾を背負った女で、男を見つけると近寄ってくる。
「終わった?」
「まだ。今、果樹園の話を聞いてた」
「ああ、石尾の。あそこ、ようやく片づいたんだね」
女は二人へ軽く会釈した。
レオンが頭を下げる。
「この辺りの仕事を、よく受けているんですか?」
「畑と川沿いが多いね。森の奥は、人数を揃えられる時だけ」
女はそう答えてから、壁に掛かった依頼の方を見た。
「今日は、あっちの連中は戻ってないみたいだね」
「ヴィクトルたちか? まだじゃないか」
男が返す。
知らない名だった。
レオンも掲示板へ目を向けた。
「この街の冒険者ですか?」
「そう。若い連中だけど、最近よく名前を聞くよ」
女が言った。
「五人で組んでる。ヴィクトルってのが指揮を取って、仲間をスキルで強くするんだ」
レオンの顔が、わずかに上がった。
「全員をですか?」
「詳しいことまでは知らないね。ただ、一緒の討伐に入った奴が、前に立つ二人の押しが違うって言ってた」
男が頷く。
「仕留めた数も多い。依頼主から指名されることも増えたらしいぞ」
「本人も、その辺りはよく分かってるけどね」
女の言い方には、少し苦笑が混じっていた。
「腕がいい分、安くは動かない。頼まれたことなら何でも引き受ける、という人じゃないよ」
「まあ、五人食わせて装備も直すんだ。それは仕方ないさ」
男はそう言い、受付から呼ばれて顔を上げた。
「じゃあな。また会ったらよろしく」
「ああ。こちらこそ」
二人が受付へ向かう。
エドガーは受け取った金をしまい、レオンと外へ出た。
*
「仲間を強くするスキル、ですか」
階段を下りたところで、レオンが言った。
「気になるか?」
「はい。自分を強くするのとは、違いそうなので。誰に、どのくらい使うかも考えるんでしょうか」
エドガーは通りを行く荷車が過ぎるのを待った。
「そうかもしれん。今の話だけじゃ、そこまでは分からんな」
「一度、戦っているところを見てみたいですね」
その声には、素直な興味があった。
エドガーも、見られる機会があるなら見ておきたかった。
長く冒険者をしていても、知らないスキルはいくらでもある。使い方まで含めれば、同じような力でも働きは変わる。
ただ、評判を聞いたからといって、本人のことまで分かった気になるつもりはなかった。
「この街にいるなら、顔を見ることくらいはあるだろう」
「ですね」
レオンが通りの向こうを見た。
「あそこ、肉を焼いてませんか?」
店先で串を返している男がいた。滴った脂が炭に落ち、細い煙が上がっている。
つい先ほどまでスキルの話をしていた顔が、もう食べ物へ向いていた。
「食っていくか」
「はい」
二人で通りを渡る。
エドガーは空いた腰掛けへ荷物を下ろした。手鍬の刃先には、洗っても落ち切らなかった土が少し残っている。
串を頼み、腰を下ろすと、ようやく脚の疲れを感じた。
知らない土地で受けた最初の仕事は、無事に終わった。
覚えた道が一本と、話した顔が何人か。
店の男から焼けた串を受け取りながら、エドガーは帰りに通る角を頭に浮かべた。もう、看板を探して立ち止まらずに宿へ戻れそうだった。




