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店を知る

人 朝食を終えると、エドガーは部屋へ戻って小さな紙と炭筆を取った。


 レオンが戸口から覗く。


「何か書くんですか?」

「値段だ。何軒も見たら混ざる」

「なるほど」


 紙を折って懐へしまい、昨日見つけた店へ向かった。


 角の井戸では、女が桶へ水を汲んでいた。そこを曲がると、金属の輪と石を組み合わせた看板が見える。


 店はもう開いていた。


 窓辺に並ぶ魔道具は、朝の光の中で見ると、昨日より細かなところまで分かった。湯沸かしの台には三本の脚があり、鍋を載せる輪の下へ平たい石が嵌め込まれている。


 扉を押すと、奥で箱を拭いていた男が顔を上げた。


「いらっしゃいませ」

「家で使う湯沸かしを見たいんだが」

「鍋に使うものでよろしいですか。それとも、湯を溜める槽に取りつけるものを?」


 エドガーは窓辺の台を示した。


「まずは、あのくらいのやつだ」

「でしたら、こちらへどうぞ」


 男は布を置き、棚からもう一台取り出した。


 窓辺のものより一回り小さく、脚も短い。


「こちらは小鍋向けです。大きな鍋を載せるなら、窓に出してある方ですね」

「家の鍋で使えるか、確かめたい」

「底の形と大きさによります。丸底なら支えを替える必要があります」


 エドガーは、寸法を取ってきた紐を出した。


 鍋底に合わせた結び目を示すと、男は台の上へ紐を当てた。


「この大きさなら、広い方が安定しますね」


 レオンが横から台を覗き込んだ。


「この石だけが熱くなるんですか?」

「上の受け皿へ熱を伝えます。下へ逃げる分を抑える造りですが、まったく熱くならないわけではありません。敷板も一緒にお使いください」


 男は、厚い板に薄い石を張った台座を見せた。


 エドガーはそれも含めて置き場所を考え、値段を尋ねた。


 続いて、魔石の交換にかかる費用と、壊れた時にどこへ持ち込めばいいかを聞く。


「修理はこちらでお預かりします」

「使うのはフェルデンなんだ」

「それですと、こちらまで送っていただくことになります。魔石は同じ形のものがあれば、向こうでも交換できますが」


 エドガーは炭筆を止めた。


「同じ形なら、何でもいいのか?」

「いえ。形が合っても、使えないものはあります。購入の際に、適合するものをお伝えします」


 男は丁寧に答えた。


 説明を聞き終え、エドガーは紙へ短く書き足した。


「ほかも見てから決めたい」

「ええ。ご検討ください。実際に使うところをご覧になるなら、声をかけてください」


 礼を言って、店を出た。


     *


「本体だけ見ても決められないんですね」


 レオンが言った。


「使えなくなるたびに、ここまで来るわけにはいかんからな」


 エドガーは書いた紙を見直した。


 値段は、手が出ないほどではない。だが、安い買い物でもなかった。


 毎日使うつもりで買っても、魔石の補充に困れば台所の隅へ置くことになる。


 次の店では、形の違う湯沸かしが並んでいた。


 値段も違う。


 店の者に聞くと、火力を細かく変えられるものと、強弱だけを切り替えるものがあるという。見た目の飾りも値段に含まれていた。


 エドガーは飾りの少ない方を見せてもらった。


 レオンはその隣に置かれた箱を眺めていたが、店の者が別の客に呼ばれると、手を出さずに一歩下がった。


 二軒目を出たところで、エドガーは道の端へ寄った。


 紙には、値段の横へ短い言葉が増えている。


 鍋の大きさ。魔石。修理。


 比べるために書いたはずなのに、確かめたいことばかり増えていた。


「一度、座りますか?」

「ああ。……いや、その前に、思い出したことがある」


 エドガーは顔を上げた。


「この街に、親父の取引先があった」

「ご実家の?」

「ああ。オットーって人だ。まだ店をやってれば、こういう物をどこで買うか知ってるかもしれん」

「会ったことはあるんですか?」

「子供の頃にな。親父についてきた時に会った」


 最後に顔を見たのは、いつだったか。


 店の中より、倉庫で荷を待っていた時のことが先に浮かんだ。積んだ箱へ座ろうとして、そこは腰掛けじゃないと注意された覚えがある。


 エドガーは通りを見渡した。


「場所を聞いてみよう」


     *


 近くの店で尋ねると、オットーの名はすぐに通じた。


 教えられた先には、広い間口の商店があった。表には縄や布地、油の入った壺が並び、脇の通路は奥の倉庫へ続いている。


 入口で声をかけると、帳場にいた若い男が顔を上げた。


「何をお探しでしょう」

「オットーさんはいるか。昔、親父が世話になっていてな」


 実家の店の名を告げる。


 男は一度頷き、奥へ声をかけた。


 ほどなく、帳面を片手にした男が出てきた。


 髪は記憶よりずっと白くなっていた。だが、目元と、歩きながら袖を直す仕草には見覚えがあった。


「お父上の使いかね?」


 エドガーは首を振った。


「いや。近くまで来たんで、顔を出したんです。エドガーです」


 男はその名を繰り返した。


 それから顔を近づけるのではなく、少し離れて全身を見た。


「……ああ。下の息子さんか」

「ええ」

「昔、一緒に来ていたね。十五になる前だったか」


 エドガーが頷くと、オットーは表情を緩めた。


「顔を見ただけじゃ分からなかった。声も違う」

「こっちも、ずいぶん久しぶりで」

「久しぶりで済む年数じゃないだろう」


 笑いながら、オットーは帳面を脇へ置いた。


 その目が、エドガーの肩の弩へ移る。


「冒険者を続けているんだね」

「ああ。今はフェルデンを拠点にしてる」

「お父上から聞いたことがある。こちらの若い人も?」

「一緒に仕事をしてるレオンです」

「初めまして。レオンです」


 レオンが頭を下げると、オットーも名乗って頷いた。


「奥へどうぞ。長居はできんが、茶を飲むくらいなら付き合える」


     *


 通された部屋にも、商品らしい箱が積まれていた。


 ただ、卓と椅子の周りは空いている。オットーは店の者へ湯を頼み、向かいに座った。


「お父上は元気かね」

「この前会った時は。店も兄がいるから、前ほど無理はしてないと思う」

「そうか。こちらへ届く荷の書き付けも、息子さんの字が増えたよ」


 知らないところで、兄の仕事が続いていた。


 エドガーは少し意外に思い、それから、自分が知らないだけで当たり前のことだと気づいた。


 家を離れて長い。


 たまに帰って顔を合わせても、店が毎日どこと何をやり取りしているかまでは聞かない。


「今回は仕入れではないんだろう?」


 オットーの問いに、エドガーは頷いた。


「家で使う魔道具を探しに来た」

「家?」

「フェルデンで買った。今は、こいつと住んでる」


 オットーがレオンへ目を向ける。


「そうでしたか。では、お二人で台所の相談を?」

「そんなところです。エドガーさんは、湯を沸かすものを一番に」

「湯は欲しいな。帰ってきて、薪から始めなくて済む」


 オットーは笑わずに頷いた。


「毎日使うなら、手間が減る分も大きい。どこを見てきた?」

「二軒だ」


 エドガーは紙を広げた。


 看板と場所を伝えると、オットーはすぐに分かったらしい。


「どちらも、うちとは取引がある。値段をふっかけるような店ではないよ」


 そこで言葉を切り、書き付けへ目を落とす。


「ただ、フェルデンへ持ち帰るなら、こちらも見ておくといい」


 紙の空いたところを指し、炭筆を借りた。


「職人の店ですか?」

 レオンが尋ねる。

「製作も修理もする店だ。品数はさっきの二軒ほどではないが、長く同じ形の魔石を使っている品がある」

「フェルデンでも手に入るのか」

「向こうへ卸したことはある。今も店に在庫があるかまでは、ここでは分からん。品を決めたら確かめなさい」


 エドガーは頷いた。


 それが知りたかった。


 どの店が一番安いかより、買った後も使い続けられるか。ここで見ても分からないことを、誰に聞けばいいのか。


 店の者が茶を運んできた。


 オットーは盆を受け取り、話を続けた。


「冷やす箱も考えてるなら、先に置き場所を聞かれるだろうね」

「測ってきた」

「それはいい。運ぶ時の梱包も頼むんだよ。荷台へ放り込んで済む品じゃない」


 エドガーは湯飲みを手に取った。


「まだ買うと決めたわけじゃない」

「だから、買う前に話してる」


 隣で、レオンが笑いを抑えるように湯飲みへ口をつけた。


 エドガーも少し笑った。


 子供の頃より話は分かるようになったつもりだったが、こうして言われる調子は、あまり変わっていなかった。


     *


 茶を飲み終える頃、店の方から荷が着いたと声がかかった。


 オットーが返事をし、椅子を引く。


「悪いが、ここまでだ」

「助かった。急に来てすまなかったな」

「顔を見られてよかったよ。買い物が済んだら、何を選んだか聞かせてくれ」


 エドガーたちも立ち上がった。


 帳場の前まで戻ると、オットーは奥から呼ばれた数に答え、伝票を受け取った。もう、その顔は商売のものになっている。


 エドガーは改めて礼を言い、レオンと外へ出た。


 手元の紙には、店の名前と、簡単な道順が加わっていた。


「覚えていてくれましたね」


 レオンが言った。


「名前を言って、ようやくだ」

「あれだけ間が空いていたら、そうでしょう」


 エドガーは紙を折った。


 昔の自分を知っている人間に会うのは、どこか落ち着かなかった。話し方を変えるつもりもないのに、最初のうちは妙に言葉を選んでいた。


 それでも、行ってよかったと思った。


 教わった店へ向かって歩き出すと、レオンが隣へ並んだ。


「次の店では、実際に使うところも見せてもらいましょう」

「ああ。湯が沸くまで、待たせてもらう」

「買う気になってきました?」

「最初から、そのつもりで来てる」


 レオンは笑った。


 エドガーは通りの先にある看板を探した。


 今度は値段だけでなく、誰が作り、どこで直せるのかまで聞けそうだった。

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