荷馬車を通す
集合場所の倉庫へ行くと、荷馬車の下から女が出てきた。
背は低いが、肩も腕も厚い。編んだ髪を背中へ回したドワーフの女だった。片膝についた土を払い、車輪のそばで待っていた御者へ声をかける。
「留め具は大丈夫。さっきの音は荷台の方だね。上を見ておくれ」
それから、エドガーたちへ顔を向けた。
「明日から一緒の二人?」
「ああ。エドガーだ」
「レオンです。よろしくお願いします」
「ダリア。こちらこそ」
差し出された手は、指の節が太かった。
レオンと握手を交わしているところへ、ロルフが倉庫の奥から来た。後ろには、弓を持った細身の男がついている。
「揃ったな。こっちがユストだ」
「よろしく。弩を使うのは、あんたの方だね」
ユストはエドガーの肩を見た。
「ああ」
「なら、前後に分かれた方がよさそうだ。二人とも同じ馬車の陰に入ると、反対側が見えなくなる」
ロルフが頷き、並んだ馬車を示した。
「普段はユストが前、エドガーが後ろ。レオンは中央を頼む。ダリアと俺は、道を見ながら位置を変える」
四台あると、先頭の馬の鼻先から最後尾まで、それなりに長い。
エドガーは一度、馬車の脇を歩いた。積み上げた荷は幌の中に収まっていたが、人の姿は簡単に隠れた。
「曲がった先へ入る時は、後ろがついてきてるか確かめてくれ」
「分かった。見えない区間は、一台ずつ声を回す」
ロルフは御者にも同じことを伝えた。
その間に、レオンがダリアへ荷台の音のことを尋ねていた。ダリアは板の継ぎ目を指し、車体の異常と荷の擦れる音を聞き分けにくいことがある、と説明している。
修理の話が長くなる前に、ロルフが二人を呼び戻した。
止まる合図と、馬車を動かす時の声を確認する。
明日の集合時刻まで聞いて、顔合わせは終わった。
*
ベルクを出た翌日の昼過ぎ、一行は林沿いの道へ入った。
道の片側には木々が迫り、もう片側には草地が広がっている。馬車がすれ違うには狭いが、一列で進む分には困らない。
エドガーは最後尾の馬車についていた。
先頭より少し前を歩いていたユストが、立ち止まるのが見えた。
片手が上がる。
「止めろ!」
ロルフの声を、御者たちが後ろへ伝えた。
車輪が止まり、馬具の金具が鳴った。
エドガーは弩を手に取って、馬車の脇から前を見た。
林の縁に、低い灰色の背が二つある。
大きな犬ほどの体躯だった。前脚が太く、肩から背へ硬い毛が逆立っている。短い鼻の下で、厚い顎が動いた。
「岩顎だ。二頭、いや、奥にもいる」
ユストが後退しながら言った。
エドガーにも覚えがあった。噛みつけば骨まで砕く魔物で、荷を引く獣へ寄ってくることがある。
先頭の馬が鼻を鳴らした。
御者が声をかけ、手綱を引きすぎないよう抑えている。
「馬車は止めたまま。ユストは前を見ろ。ダリア、後ろへ。レオンは林側の中央」
ロルフが盾を腕へ通した。
エドガーは最後尾の馬車から少し離れた。ここなら、林と馬の間へ出てくるものが見える。
ダリアが隣を通り、斧を抜いた。
「後ろへ回るやつは、こっちで受けるよ」
「頼む」
林の中で、枝が動いた。
見えていた二頭の後ろから、もう二頭が現れる。群れは馬車の列に沿って、離れながら進んでいた。
先頭へ二頭。
中央と後ろへ、一頭ずつ。
エドガーは弩を肩へ当てた。
*
最初に動いたのは、前の一頭だった。
道へ飛び出したところで、ユストの矢を受けた。肩に矢を突き立てたまま、魔物はロルフへ向かう。
ロルフは馬の正面に立たず、脇へ出て槍を突き出した。
穂先を嫌った魔物が向きを変える。
その動きを見届ける前に、エドガーの前でも草が割れた。
後ろへ回っていた一頭が、最後尾の馬へ走ってくる。
エドガーは引き金を引いた。
矢が脇腹へ入り、魔物の脚が乱れた。それでも止まらず、口を開いて馬へ迫る。
ダリアが間に入った。
斧を大きく振り上げることはしない。身体を横へずらしながら、走り込んできた肩口へ刃を落とした。
魔物が地面へ転がる。
ダリアはすぐには追わず、馬との間に立ったまま構え直した。
エドガーは装填を始めた。
その途中で、中央の馬が高くいなないた。
三台目の脇へ、別の一頭が迫っていた。
レオンが剣を抜き、馬車から離れる。
踏み込んだ瞬間だけ、その身体が鋭く前へ出た。
魔物が顎を開くより早く、剣が首筋へ入る。重い身体が横へ流れ、レオンの足元を擦って倒れた。
だが、三台目の馬は怯えたまま、草地の方へ動きかけている。
レオンは倒れた魔物から一歩離れた。
「そちらへ寄ります。馬を戻してください!」
御者へ声をかけ、剣を馬の視界から外すよう下げる。
御者が手綱で導くと、馬は二度足を踏み替え、道へ戻った。
エドガーは次の矢を載せた。
前では、ロルフが傷を負った一頭を槍で押し留めている。もう一頭はユストの矢を受け、林際で身体を低くしていた。
最後尾の一頭が、再び起きようとした。
ダリアが足を踏み出し、今度は首へ斧を入れた。
「こっちは終わり!」
エドガーは林を見た。
茂みのさらに奥に、灰色の身体が一つあった。
五頭目だ。
道へ出た仲間を見ているのか、すぐには近づいてこない。
「林の奥にもう一頭。後ろの馬車の横だ」
「見えてるか?」
ロルフが前を向いたまま尋ねた。
「見えてる。出れば撃つ」
「そこを頼む!」
エドガーは照準を合わせた。
枝の隙間から、頭の一部と胸が見える。
撃てない距離ではない。だが、今撃てば、傷を負って林へ逃げ込むかもしれなかった。
こちらへ出るなら撃つ。
離れるなら、それでいい。
エドガーは弩を構えたまま待った。
前方で短い声が上がった。
ロルフの槍を受けた一頭が倒れ、ユストが林際へ二本目の矢を放つ。残っていた魔物が跳ね、草の中へ崩れた。
奥の一頭が後ずさった。
そのまま向きを変え、木々の間へ消える。
「一頭、林へ逃げた」
「追わない。全員、そのまま周りを見てくれ」
ロルフの声が返った。
エドガーは、魔物が消えた場所から目を離さなかった。
*
林に新しい動きがないことを確かめてから、倒れた魔物を一頭ずつ確認した。
レオンとダリアが死骸を道の外へ寄せ、その間はエドガーとユストが見張った。ロルフは御者と馬を見て回る。
人にも馬にも、傷はなかった。
三台目の馬が動いた時に荷が少し寄っていたが、縄を締め直せば済んだ。
エドガーは弩を下ろし、指先で肩の凝りをほぐした。
一人であれば、死骸へ触る前にも、馬を確かめる前にも、林へ目を戻していたはずだった。
今はユストが見ている。
その間に自分の手を休められることが、思ったよりありがたかった。
「この先に、石を敷いた空き地がある」
ロルフが戻ってきた。
「馬車をそこまで進める。ここでは後ろから来た荷車も通れない」
「死骸は?」
「場所を空けてから処分する。火を使うなら、草も除けたい」
林際の枯れ草は乾いていた。
エドガーは頷いた。
「俺とレオンで残る。馬車を置いたら、道具を持って戻ってくれ」
「分かった。ユストを戻す」
御者が馬へ声をかけた。
一台目の車輪が動き、後ろが順に続く。
エドガーは馬車の列を見送りながら、林と道を交互に確かめた。レオンは道の反対側へ立ち、こちらから見えない方を見ている。
やがて、林の向こうからユストが戻ってきた。
人が残れる場所へ馬車を収めたと聞き、ようやく死骸の処分に取りかかった。
*
再び出発する頃には、日が傾き始めていた。
討伐の証明になる部位を包み、使った道具を荷台へ戻す。ロルフは空を見てから、商会の担当者と短く話した。
「今夜は手前の宿にする」
戻ってきたロルフが言った。
「予定のところまでは?」
ユストが尋ねる。
「急げば届くかもしれんが、馬を追うほどでもない」
「了解」
誰も異を唱えなかった。
エドガーが荷物の紐を締めていると、ダリアがレオンの剣へ目を向けた。
「さっきの踏み込み、速かったね」
「短い距離なら動けるんです」
「次に組む時は覚えておくよ。ただ、あたしの斧の前には出ないでおくれ」
「はい。声をかけます」
レオンは笑って答えた。
ユストがその横で矢筒の中を数え、一本の矢を抜き取った。軸を指で回してから、折れたものと分けてしまう。
エドガーも失った矢の数を確かめた。
「最後の一頭、出てこなくてよかったな」
ロルフが言った。
「ああ。林へ入らずに済んだ」
「あそこへ追って入ると、馬車から見えなくなる。残ってくれて助かった」
エドガーは頷いた。
褒められるほどのことをしたつもりはなかったが、ロルフが何を任せていたのかは分かった。
見えないところへ味方が消えない。
それだけで、前を向いていられる時間は増える。
馬具の鳴る音がして、列が動き始めた。
エドガーは再び最後尾についた。
今度はダリアが少し前を歩いている。道が曲がる手前で彼女が振り返ったので、エドガーは片手を上げた。
前から後ろまで、声が通った。
四台の荷馬車は間を保ち、夕方の街道を進んでいった。




