途中の町
ベルクの門が見えたのは、フェルデンを発って八日目の午後だった。
途中で雨に降られ、一晩だけ宿に長く留まった。その翌日も馬車の進みは遅かったが、車輪を泥へ埋めることなく、ここまで来られた。
門の前には、荷を積んだ馬車が列を作っている。
エドガーは後ろの馬車について歩きながら、前方の屋根を見た。門から続く通りには店の看板が重なり、その間を大きな籠を背負った人々が行き交っていた。
「倉庫は、広場を越えた先です」
御者台のルッツが振り返った。
街へ入ってからは、レオンが先頭の馬車の少し前を歩いた。狭いところでは向こうから来る荷車と声を掛け合い、道が空くのを待つ。
エドガーも、馬車と店先の間へ人が入り込まないよう注意した。
畑道なら周囲を見渡せたが、ここでは人の背中と積み荷で先が隠れる。目的地が近づいたからといって、気を抜けるものでもなかった。
やがて二台は、大きな庇のある倉庫へ入った。
ルッツが中の男へ声をかけると、荷下ろしの者が出てきた。幌がめくられ、木箱が一つずつ運ばれていく。
反物の包みを開いていたルッツが、布の端を指で撫でた。
雨が降った夜、濡れていないか何度も気にしていた荷だった。
倉庫の男にも触らせ、二人で頷く。その様子を見て、エドガーは肩に掛けた弩の位置を直した。
最後の木箱が納まり、数の確認が済むまで、そう長くはかからなかった。
「これで全部です」
ルッツが戻ってきた。
「ありがとうございました。おかげで無事に着きました」
「荷も濡れずに済んだな」
「ええ。あの宿で待って正解でした。もう半日進んでいたら、雨の中で幌を押さえていたでしょうね」
ルッツは依頼の完了を記した書面を差し出した。
「私は明日から、しばらくこちらで商談です。お二人はリーヴェンでしたね」
「ああ。二、三日は休んでいく」
「それなら、宿は市場から一本離れた通りがいいですよ。広場に面したところは、朝が早いので」
レオンが背負い袋を担ぎ直す。
「荷を運び込む音ですか?」
「それと、値段で揉める声です。窓の下で始まると、よく聞こえます」
エドガーは笑って頷いた。
「静かな方を探す」
「食事は広場の店も悪くありません。朝から眠れないことを除けば、便利なんですけどね」
御者たちとも挨拶を交わした。
若い方の御者が、空になった荷台へ腰を下ろして手を上げる。年嵩の御者は馬の脚を見ていたが、顔を上げて軽く会釈した。
エドガーも返し、レオンと倉庫を出た。
後ろで、ルッツが次の荷の話を始めている。
こちらの仕事は終わったが、あちらの仕事はこれからだった。
*
ギルドで報酬を受け取り、ルッツに教わった通りで宿を見つけた。
二つの寝台と、小さな卓がある部屋だった。窓を開けると中庭が見え、物干しの縄に白い布が並んでいた。
エドガーは荷物を下ろすなり、椅子へ座って靴を脱いだ。
革に押さえられていた足が、ようやく楽になる。
「湯、頼んできましょうか」
レオンが戸口で尋ねた。
「頼む。洗濯もできるか聞いてくれ」
「はい」
返事をして出ていく足取りは、まだ軽かった。
エドガーは靴の底へ指を当てた。片側の踵が少し減っている。すぐに直すほどではないが、帰る頃には靴屋へ持ち込むことになりそうだった。
窓の外で布が揺れた。
家の椅子より座面は硬い。それでも、今日はこれで十分だった。
*
翌朝、洗った服を宿へ預けてから、二人で市場へ出た。
昨日は馬車を通すことばかり考えていた通りを、今度は店先へ目を向けながら歩く。
軒には色の違う織物が吊られ、店の奥では女が客の腕に布を当てていた。隣には革紐や留め具が並び、その先では大きな秤を挟んで商人が話し込んでいる。
レオンが、吊られた布の前で足を緩めた。
「同じように見えても、結構違いますね」
「値段も違うぞ」
「触ってみると、こっちの方が柔らかいんです」
店の者に断ってから、生地の端を指で挟んでいた。
エドガーも手を伸ばす。薄いが、織り目は詰まっている。
「替えのシャツにするならよさそうだな」
「買います?」
「服になってからの値段も聞きたい」
反物のまま持って歩く気にはなれなかった。
通りを抜けると、焼けた脂の匂いがした。
店先の鉄板には、腸詰めが並んでいる。横の鍋では細く切ったキャベツが煮えていて、女が木匙でかき混ぜるたびに湯気が上がった。
「先に何か食べませんか」
レオンが言った。
「さっき朝飯を食っただろ」
「歩いてたら、腹が減ってきました」
「まだ大して歩いてないぞ」
そう返しながらも、エドガーは焼けた腸詰めを見た。
皮に焦げ目がつき、端から脂が滲んでいる。
「一つずつだ」
「はい」
店の脇の卓で、切り分けられた腸詰めとキャベツを食べた。香草の匂いが強く、肉には粗く刻んだ脂が混じっていた。
レオンは一口食べてから、店の女へ何の香草か尋ねた。
女は奥の束を指し、使うなら少しにしろと付け加える。レオンは頷きながら、もう一切れ口へ運んだ。
エドガーはそのやり取りを聞き、パンで皿の汁を拭った。
気に入ったものを家でも食べたい、という気持ちは分かる。
ただ、これから先にも店はある。今から買い集めていては、リーヴェンへ着く前に袋がいっぱいになるだろう。
そう思っていたが、レオンは香草を買わなかった。
「帰りにも寄れたら、少し買っていきたいですね」
皿を返した後で言う。
「ああ。それなら乾いたやつを探そう」
「肉屋も見ておきますか?」
「さっきので足りなかったのか」
「作るなら、肉もいるでしょう」
エドガーは一瞬考え、それから笑った。
「肉は帰ってから買え」
*
ギルドへ着いたのは、昼前だった。
市場から近いためか、荷運びや倉庫の見張りといった依頼が目についた。街道へ出る護衛募集もあるが、行き先は様々だ。
エドガーは掲示板の端から順に見ていった。
「ありました」
少し離れたところで、レオンが声をかけた。
リーヴェン行き。荷馬車四台。護衛二名の増員。
出発は明後日の朝だった。
「増員か」
「先に三人決まってるそうです」
「話を聞いてみるか」
窓口へ依頼票を持っていくと、受付の女が二人の登録を確かめた。
「こちらは商会が継続して雇っている護衛との合同になります。責任者が今、奥にいますので、お呼びしますね」
通された卓で待っていると、ほどなく男がやってきた。
エドガーとそう変わらない年頃に見えた。肩幅があり、革の上着は肘の辺りだけ色が濃くなっている。
「ロルフだ。護衛の取りまとめをしてる」
「エドガーだ」
「レオンです。よろしくお願いします」
レオンが立って頭を下げたので、ロルフは軽く手を上げた。
「座ってくれ。長い話にはしない」
椅子を引き、依頼票を卓へ置く。
「いつもは馬車三台で動いてるんだが、今回は四台になった。荷主が護衛も増やすと言ってな。二人は一緒に仕事をしてるのか?」
「ああ。昨日、フェルデンからの護衛を終えたところだ」
「なら、道中の疲れは?」
「明日も休めるなら問題ない」
レオンも同じだと答えた。
ロルフは頷き、それぞれの武器と経験を尋ねた。エドガーが弩を使うと聞くと、依頼票の余白へ指を置いた。
「こちらにも弓が一人いる。配置は明日、馬車を見ながら決めたい。前と後ろに分けるか、見通しで変えるか、その場で相談しよう」
「分かった」
「街道から外れて追う必要はない。追わなきゃならん時は、先に声をかける」
エドガーは男の顔を見た。
言い方は簡潔だったが、一人で決めて一人で動くつもりではないらしい。
「危ないものを見つけたら、その場で止めていいんだな」
「ああ。まず馬車を止めてくれ。事情はそれから聞く」
それなら、困ることはなかった。
レオンが口を開く。
「道幅の狭いところは多いですか?」
「ある。特に二日目の林沿いは、馬車同士がすれ違いにくい。そこは先に一人出して様子を見る」
「分かりました。馬車から離れていい範囲も、出発前に確認したいです」
「そうしてくれ」
報酬と宿泊の条件を確かめ、最後に商会の担当者を交えて契約を済ませた。
ロルフは集合場所を書いた紙を二人へ見せた。
「明日の午後、荷を積む。顔合わせもその時に」
「仲間はあと二人だったな」
「そうだ。ダリアとユスト。紹介は明日する」
エドガーは場所を覚えて頷いた。
*
外へ出ると、日差しが朝より強くなっていた。
レオンが肩を回す。
「もう一日、歩かなくて済みますね」
「町を歩き回るんじゃないのか」
「それは、まあ」
曖昧に笑った後で、レオンは宿のある方を見た。
「でも、一度戻りましょう。服も乾いてるでしょうし」
「ああ」
エドガーも足を向けた。
今日のうちに次の行き先は決まった。だからといって、今から距離を稼ぐ必要はない。
宿へ戻って装備を見直し、足を休める。まだ歩きたければ、夕方に出ればよかった。
「夜はどうします?」
レオンが尋ねた。
「飯か?」
「宿の主人が、今日は鶏を焼くって言ってました」
「それを先に言え」
昼もまだなのに、夕食が決まった。
エドガーは歩幅を緩めた。宿までは、急ぐほどの距離ではなかった。




