土産を広げて
玄関で鍵の回る音がした。
エドガーが台所から顔を出すと、開いた扉の向こうでレオンが背負い袋を持ち直していた。靴もズボンの裾も、乾いた土で白くなっている。
「ただいま戻りました」
「おかえり。飯は?」
「まだです。ちょうどよかった」
レオンは靴の泥を外で落とし、家へ上がった。荷物を置くより先に、脇へ抱えていた包みを差し出してくる。
「土産です」
「何だ?」
「羊のチーズと、薄焼きのパン。村で食べたらうまかったので」
受け取ると、布の中で硬い塊が動いた。思ったより重い。
「ずいぶん買ったな」
「店の人に、これくらいなら食べ切れるって言われました」
「何人で食うつもりだったんだ、その店の人は」
「そこは聞いてません」
レオンが笑った。
エドガーは包みを食卓へ置いた。
「手を洗ってこい。皿を出す」
「はい」
裏へ回る足音を聞きながら、棚からもう一枚、皿を取る。
一人分のつもりで切った燻製肉は、二人で分けるには少なかった。だが、パンとチーズがある。卵を足せば足りるだろう。
鍋の湯を確かめ、エドガーは卵を二つ入れた。
*
薄焼きのパンを火のそばで温めると、粉と焼けた油の匂いが立った。
レオンの話では、村では焼いた羊肉や刻んだ青葱を挟んで食べていたという。今日は薄く切った燻製肉とチーズを挟むことにした。
エドガーは端を折り、一口かじった。
パンは縁が軽く割れたが、中はまだ柔らかい。チーズの塩気が思いのほか強く、後から乳の濃い風味が残った。
「うまいな」
「でしょう。焼きたてだと、もっと柔らかかったんですけど」
向かいに座ったレオンが、自分の分にも肉を挟んだ。
「仕事は済んだのか」
「はい。報告もしてきました。牙犬が四頭です」
「四頭いたか」
「まとまって出てきたので、最初は少しやりづらかったです」
レオンはパンを置き、卓上のパン屑を指先で四つに分けた。
「一直線に下がると追いつかれるんですけど、横へ抜けると、向こうもすぐには曲がれないんですよ。ただ、こっちも速く動きすぎると止まれなくて」
一つの屑を指で押し、途中で止める。
「なので、踏み込む時だけ強くしてみました。抜けたら、いったん戻す。それなら次に足を置く場所も見られるので」
「足は取られなかったか?」
「柔らかいところは避けました。最初に踏んだ時、土が崩れたので」
言いながら、レオンは少し笑った。
「ずっと強くしておけばいいってわけでもないんですね」
エドガーは頷いた。
強化をどこまで上げられるのかは、今も分からない。だが、速さを増すことと、思った場所へ動けることが別なのは分かる。
「使い分けられたなら、その方がいい」
「ええ。まだ、もう少しうまくできそうです」
その言葉を口にした時の顔は、出かける前より明るかった。
エドガーは殻を剥いた卵を半分に切り、皿へ置いた。
「続きはまた今度だ。今日は食って休め」
「そうします。帰りは、さすがに足が疲れました」
レオンは椅子の下で脚を伸ばした。
怪我を隠している様子はない。荷物を下ろした時も、裏から戻ってきた時も、歩き方は普段どおりだった。
エドガーも食事へ戻った。
*
話は討伐から、村で出された料理へ移った。
羊肉の脂がパンへ染みていたこと。宿の主人が、食べ切る前から次を焼こうとしていたこと。村の外へ出ると、白い崖が遠くからでもよく見えたこと。
「近くで見たら、削った跡が残ってました。今も石を切り出してるそうです」
「白崖の村だからな」
「名前どおりでした。あの石を運ぶだけでも大変そうです」
レオンは最後のパンで、皿に落ちたチーズを拾った。
「それで、村の人に石橋の話も聞いたんです。街道の先に、大きいのがあるって」
「ああ。荷馬車の通る橋だ」
「見てみたいですね。木の橋とは、造りも違うでしょうし」
エドガーは湯飲みを持ち上げた。
石橋へ行くなら、ベルクへ向かう街道を進めばいい。その先にはリーヴェンがある。
昔から商人の行き来が多い街だ。川からも荷が入るため、フェルデンでは見ない品物が並ぶと聞く。
「リーヴェンまで行けば、職人も店も多いぞ」
「交易都市の?」
「ああ」
「エドガーさん、何か買いたいものがあるんですか?」
口に出す前に尋ねられ、エドガーは湯飲みを下ろした。
「魔道具を、少しな」
「家で使うものですか」
「湯を沸かすやつが欲しい」
レオンが台所へ目を向けた。
食事に使った火は落としてある。鍋には湯が残っているが、夜に身体を拭く頃には、また温め直さなければならない。
「帰ってきて、すぐ湯が使えるのはいいですね」
「泥を落とすだけでも違う。薪をくべるのが面倒で、冷たい水で済ませる日もあるからな」
冬になれば、なおさらだ。
以前は宿を替えればそれで済んだ。湯の出るところを選び、食事が合わなければ別の店へ行けばよかった。
今は、使いにくいところがあっても明日また同じ場所を使う。手間を減らせる品物なら、多少値が張っても欲しかった。
「食い物を冷やしておける箱も見たい」
「そんなのもあるんですか」
「ある。高いがな」
「どれくらいです?」
「大きさにもよる。この街で見たのは、買う気になる値段じゃなかった」
「リーヴェンなら安いんですか?」
「それは見てみないと分からん。だが、選べる数はあるだろう」
レオンは卓上のチーズを見た。
「これも、もっと置いておけますね」
「まずは食い切るぞ」
「分かってます」
そう言って、また少し切り取った。
エドガーも手を伸ばした。二人で食べれば、店の者が言うほど無茶な量ではないかもしれなかった。
「行きますか、リーヴェン」
レオンが言った。
散歩の行き先を決めるほど軽い口調だったが、その目は返事を待っていた。
「片道で二週間ほどはかかるぞ」
「途中で仕事があれば、受けながら行けますし」
「都合よく見つかるとは限らん」
「なければ、その区間は自分たちで歩けばいいんじゃないですか。帰る金まで使わなければ」
エドガーは少し考えた。
長く留守にするなら、食料を残さず片づけなければならない。戸締まりを確かめ、ブルーノにも出かけることを伝えておきたい。
思いつく用事は幾つかあった。
だが、どれも旅をやめる理由にはならなかった。
窓際には、いつもの椅子が二つ並んでいる。ここに座って過ごす夕方も気に入っていた。それでも、知らない街の店先を眺めるところを思い浮かべると、何が売られているのか気になった。
「明日、依頼を見に行くか」
「はい」
レオンが頷き、湯飲みを取った。
「大きい箱を買ったら、どうやって持って帰ります?」
「買う時に考える」
「そこは先じゃないんですね」
「値段を見て諦めるかもしれんだろ」
レオンが吹き出した。
エドガーも笑い、残ったチーズを布で包んだ。
*
翌朝、ギルドの掲示板には、近郊の討伐依頼と並んで護衛の募集が出ていた。
エドガーは行き先を上から追った。
村までの往復。隣町への荷運び。商人の帰路の護衛。
リーヴェンへ直接向かうものはなかったが、途中のベルクまでなら一件あった。
「これだな」
隣からレオンが覗き込む。
「荷馬車二台。出発は三日後ですね」
「ああ。人数と条件を聞こう」
依頼票を持って窓口へ行くと、書類を整理していたマークが顔を上げた。
「護衛ですか」
「ベルクまでのやつだ。まだ決まってないか?」
「今のところは。お二人で?」
「ああ」
「分かりました。依頼主と話せるようにします」
マークは票に目を落とし、別の帳面を開いた。
「ルッツさんという商人です。織物と日用品を運ぶそうですよ。ベルクで仕事の予定ですか?」
「その先だ。リーヴェンまで行こうと思ってる」
「それなら、ちょうど途中ですね」
ペン先が紙を走る。
エドガーは隣を見た。
レオンは壁に掛かった街道図を眺めていた。フェルデンから延びる線を目で追い、石橋の印を見つけると、わずかに身を寄せた。
エドガーも、その先へ視線を移した。
ベルクを越え、川沿いにある街の名を確かめる。
昨夜は食卓で話していただけの旅が、出発の日を持とうとしていた。




