狩りの後
三頭分の討伐部位を包むと、荷物は思っていたより嵩張った。
エドガーは袋の口を開き、食料とは別に収めた。
牙犬の皮も、傷みの少ない部分なら売れる。
大きい方の背には、艶のある毛が残っていた。そこを眺めてから、空へ目を向ける。
木々の間を抜ける光が、既に斜めになっていた。
皮を剥ぐには時間が要る。その間も周囲を見なければならず、持ち帰るなら荷も増える。
今日は三頭だ。
討伐の報酬で十分だった。
エドガーは皮へ伸ばしかけた手を戻し、処分の支度に取りかかった。
*
火を使う場所は、窪地の端に決めた。
土が露出した一角を選び、枯れ草と落ち葉を周囲から取り除く。頭上へ枝が張り出していないことも確かめた。
薪は、近くの倒れ枝を集めた。
湿った物は避け、太い枝は生成した斧で割る。刃は欠けず、切れ味も落ちないが、拾い集めて運ぶ足まで楽になるわけではなかった。
一抱え運んでは、辺りを見る。
もう一度、林へ入る。
その繰り返しで、ようやく必要な量が揃った。
火をつけると、細い枝から煙が上がった。
エドガーは風下を避け、しばらく燃え方を見た。炎が育ってから作業を進め、火が広がっていないかも繰り返し確かめる。
背後で葉が鳴った。
顔を上げる。
小さな鳥が枝へ移っただけだった。
手を戻し、また作業を続けた。
レオンがいれば、どちらかが周りを見ていられる。
そう考えたのは、その日だけでも二度目だった。
以前は、わざわざ比べることもなかった。止まり、確かめ、また始める。それで一日が終わっても、一人分の仕事とはそういうものだった。
エドガーは額の汗を袖で拭った。
便利な相手ができたものだ。
本人に言えば、少し得意そうな顔をするかもしれない。
*
日暮れが近づくと、火のそばで食事を取った。
食べ物は、処分に使う火から離れた場所で包みを開いた。硬いパンとチーズ、それに干した果物を少し。
湯を沸かすための小鍋は持っている。
水を温め、乾燥させた香草を落とした。
肉を煮るわけでも、玉葱を炒めるわけでもない。食べられれば、それで済む食事だった。
ただ、温かい物があると落ち着く。
エドガーは椀を両手で包み、火を見た。
今頃、レオンは鍛冶屋から戻っているだろうか。
何を見せてもらったのか。
槌を持たせてもらえたのか、それとも見学だけで終わったのか。
明日になれば、本人が話すだろう。
エドガーはパンの残りを口へ入れた。
*
眠る場所は、処分場から少し離れた岩のそばに取った。
斜面から水が流れ込まず、上から枝が落ちてくる心配も少ない。背後は岩で塞がっている。
暗くなる前に足元を片づけ、雨除けの布を低く張った。
火の始末を確かめて戻る頃には、木々が黒い影になっていた。
コートを羽織り、横になる。
銃は手を伸ばせる場所に置いた。
姿を見せる相手も、説明する相手もいない。
目を閉じても、すぐには深く眠らなかった。
遠くの鳴き声で目を開ける。風が変われば、耳を澄ます。
異常がないと確かめ、また身体を休める。
長く続けてきた夜の過ごし方だった。
*
朝、最初に確かめたのは周囲の足跡だった。
寝場所の近くに、大きな獣が来た形跡はない。
処分場も荒らされていなかった。
燃え残りと灰を処理し、埋め戻す。最後に火の気がないことを確かめてから、荷物をまとめた。
そのまま山を下りず、牙犬のいた窪地をもう一度回った。
倒木の下。
骨の散らばっていた場所。
薪を運ぶ道へ続く獣道。
新しい足跡は見つからなかった。
それでも、山の獣がすべていなくなったわけではない。
確認できたことを伝え、その後も変わった様子があれば知らせてもらう。それ以上の約束はできなかった。
エドガーは袋を背負い、薪置き場へ向かった。
*
屋根の下には、まだ人がいなかった。
道に捨てられていた薪を端へ寄せ、通れるようにしてから下る。
分かれ目へ出ると、昨日の男たちが荷車の支度をしていた。
「戻ったか」
声をかけてきた男へ、エドガーは頷いた。
「三頭いた。倒して、処分も済ませた」
「三頭?」
男が手を止めた。
「小さいのが、倒木の下にいた。今朝も見てきたが、ほかは見つかっていない」
薪置き場からの位置を、道に枝で描いて伝える。
男たちは図を覗き込んだ。
「ここが、捨ててきた荷の辺りか」
「ああ。薪は道の端へ寄せた。回収するなら、何人かで行け」
「分かった」
エドガーは枝を置いた。
「獣の気配が戻ったら、また知らせてくれ。今日は見なかったというだけだからな」
「ああ。気をつける」
男は荷車へ手をかけ、少し表情を緩めた。
「助かったよ。遠回りだと、運べる回数が減るんだ。馬も疲れる」
「しばらく使ってなかった道だ。枝が落ちてる所もある」
「そこは俺たちでやる」
男が仲間を振り返り、鉈を持ってくるよう声をかけた。
エドガーは水を分けてもらい、街道への道を尋ねた。
行きに使った道へ戻るより、薪を出す道を下りた方が少し早いという。
急ぐ必要はないが、道幅もある。
礼を言い、そちらへ足を向けた。
*
街道へ出る頃には、日が高くなっていた。
エドガーは道端の石へ腰を下ろし、靴の紐を締め直した。
背負い袋には討伐部位が入っている。
それ以外に、売るための荷はない。
皮を持ち帰れば、今日の夕飯を少しよくするくらいにはなったかもしれない。だが、あの後に剥いでいれば、休む時間を削っていただろう。
足も、まだ軽い。
それでよかった。
水を飲み、立ち上がろうとした時だった。
遠くから、車輪の音が聞こえた。
速い。
街道の曲がり角から、荷馬車が現れた。
荷台には木箱が二つ。御者の隣に男がしがみつき、後ろでは女が子供を抱えて身を低くしていた。
縄の端が、荷台の外で跳ねている。
エドガーは道を空けた。
馬の首には汗が浮いていた。御者は前を向いたまま、何度も手綱を握り直している。
荷台の男が、エドガーの弩を見た。
「冒険者か!」
声が裏返っていた。
「ああ。何があった!」
御者がこちらに気づき、手綱を引く。
荷馬車は少し先まで進んでから、ようやく止まった。
エドガーは走り寄った。
「魔物だ。でかいのが、道に出てきた」
荷台の男が言った。
袖が裂け、腕から血が流れている。
「まだ人がいる。後ろの荷車が壊れて……護衛が残ってる」
「場所は」
「この先の、道が広くなってる所だ。石の水槽がある。そこで休んでた」
エドガーは来た方向を見た。
道沿いの水場なら知っている。荷車が何台か止まれる場所で、その先は林に挟まれた道になる。
「何頭見た」
「一頭だ。熊みたいだったが、腕が……」
男が両手を広げかけ、傷のある方を押さえた。
うまく言葉が出ないらしい。
エドガーは問いを変えた。
「こっちまで追ってきたか」
「いや。向こうで、馬を襲ってた」
「立って戦える護衛はいるか」
「いた。二人か三人……一人、倒れたのは見た」
それ以上を、ここで聞いても仕方がない。
エドガーは布を取り出し、男へ渡した。
「それで傷を押さえろ。街まで行けるか」
御者が頷いた。
「馬を少し落ち着かせれば」
「門で知らせてくれ。水場に大型の魔物。負傷者がいて、搬送する車が要る。まだ襲われているかもしれん」
御者が言葉を繰り返した。
エドガーは最後まで聞いてから頷く。
「頼む」
「一人で行くのか」
荷台の男が尋ねた。
「近くに、ほかの冒険者はいたか」
「見てない」
「分かった」
エドガーは袋の紐を締めた。
荷馬車のそばを離れ、水場へ向かう。
最初は早足で、道の先が見えるところから走った。
曲がり角の向こうで、何かが割れる音がした。
続いて、男の叫び声。
エドガーは弩を背へ回し、両手を空けた。




