一人の狩り
薪を運ぶ男たちは、山へ入る道の分かれ目にいた。
荷車を止め、遠回りに使っている道の石をどけている。エドガーが声をかけると、一人が腰を伸ばした。
「ギルドから来た。牙犬が出た場所を聞きたい」
「ああ、来てくれたか」
男は手についた土を払い、使わなくなった道を指した。
「あそこを上がると、屋根をかけた薪置き場がある。その手前だ。二頭、道に出てきた」
「どちらも同じ大きさか」
「片方が少しでかかったな。逃げた奴の話じゃ、先に小さい方が出てきたらしい」
エドガーは道へ目を向けた。
轍の間に草が伸び始めている。両脇には低い茂みがあり、その先は木々に隠れていた。
「荷を捨てた場所も、その辺りか」
「ああ。薪を背負っていたんだが、紐を外して置いてきた。取りに行かせてはいない」
「それでいい。今日も、こっちの道は使わんでくれ」
男が頷いてから、エドガーの背後を見た。
「一人か」
「ああ。先に様子を見る。戻ったら話す」
追ってくる者がいないことを確かめ、エドガーは山道へ入った。
*
道は緩く上っていた。
朝露の残る草が、靴の脇へ触れる。木々の間を抜ける風は冷たかったが、少し歩くと背中が温まってきた。
エドガーは足を止め、耳を澄ませた。
鳥の声がする。
近くで枝を踏む音はない。
道端の柔らかい土に、足跡が残っていた。
四つの指と、その先の爪。
しゃがむ前に周囲を見てから、膝を曲げる。
大きさの違う足跡が重なっていた。道を横切ったものもあれば、轍に沿って続くものもある。
二頭が通ったという話とは合う。
それで全部だとは、まだ決めなかった。
立ち上がり、先へ進む。
やがて、薪の束が見えた。
紐がほどけ、何本かが道の下へ転がっている。その奥には、丸太の柱に屋根を載せた薪置き場があった。
人の姿はない。
エドガーは荷へ近づかず、少し離れて足元を見た。
薪の束を回り込むように、獣の足跡がついている。踏み荒らされた草は、道脇の茂みへ続いていた。
そこへ入れば、枝が顔に触れるほど狭い。
腰の高さもない牙犬なら、その下を通れる。
人間が同じ道を進む必要はなかった。
エドガーは斜面を少し戻り、木の間隔が広い場所へ回った。
誰かへ説明する間も、合図を送る間も要らない。
足を置く場所を選び、そのまま進む。
茂みの向こうへ出ると、浅い窪地が見えた。雨が降れば水が流れるのだろう。底には石が集まり、その両側に短い草が生えている。
獣の通った跡は、そこへ下りていた。
*
先に見つけたのは、骨だった。
草の間に、白い肋骨が覗いている。
そのそばで、黒褐色の背が動いた。
エドガーは木の陰で止まった。
牙犬だ。
大型の犬より胴が太く、肩から首にかけて硬い毛が立っている。口を閉じても、長い牙の先が見えた。
骨へ鼻を寄せ、付着した肉を引き剥がしている。
もう一頭は、その少し奥にいた。
倒木の脇へ腹をつけている。こちらの方が大きい。顔を上げるたびに、首の毛が揺れた。
距離は百歩に少し足りないくらいだった。
間に低い草地があり、獣の向こうには土の斜面が続いている。
エドガーはすぐには武器を作らなかった。
目を動かし、窪地の端まで確かめる。
同じ場所へ出入りする別の影はない。倒木の裏は見切れないが、少なくとも今、見えているのは二頭だった。
頬に風が触れた。
獣の方から流れてきている。
エドガーは弩を背中で揺れないよう収め直し、両手を空けた。
黒い銃身が現れる。
銃床を肩へ当てる。上に載せた小さな筒を覗くと、倒木のそばの牙犬が大きく見えた。
レオンの前では作らなかった照準器だった。
今日は、形を説明してもらう必要もない。
頬を添え、呼吸を落ち着けた。
手前の一頭が肉を引っ張る。骨が動き、乾いた音を立てた。
奥の牙犬が立ち上がった。
食い物を奪うつもりなのか、ゆっくりと近づいていく。
エドガーはその動きを追い、二頭が重なる前に指を動かした。
弾が空気を裂いた。
大きい方の牙犬が崩れた。
手前の一頭が跳ねるように顔を上げる。
エドガーは銃口を移した。
こちらを見るより先に、二発目が届いた。
牙犬の身体が草へ倒れ、骨が転がる。
銃口から、大きな音も煙も出なかった。
エドガーは肩から銃を外さず、周囲を見た。
倒木の裏。
草の深い場所。
斜面の上。
動くものはなかった。
*
しばらく待った。
二頭とも起き上がらない。
そのことを確かめてから、エドガーは木の陰を離れた。
長い銃を消し、短い銃身の散弾銃を手に作る。
ここからは倒木や茂みが近い。先ほどの距離を狙うための長さは、もう要らなかった。
窪地をまっすぐ下りず、草の薄い縁を歩く。
足元には、食い散らかされた骨が幾つもあった。古いものは白く、新しいものにはまだ毛が残っている。
少なくとも、一度だけ立ち寄った場所ではなさそうだった。
倒れた二頭へ目を向ける。
腹は動いていない。
近づいて死を確かめた後も、銃は消さなかった。
倒木の向こうを見るため、横へ回る。
根元の土が抉れ、その下に暗い隙間があった。
中までは見えない。
エドガーは足を止めた。
湿った土に、足跡がある。
倒れている二頭のどちらよりも、小さかった。
銃を構え直す。
暗がりの奥で、草が擦れた。
低い唸り声。
エドガーは二歩下がった。
倒木の下から鼻先が出た。続いて、伏せた耳と、まだ短い首の毛が見える。
三頭目は小柄だったが、口元には牙が伸びていた。
こちらを見つけると、唸り声が強くなった。
エドガーは動かず、銃口を向けた。
牙犬が隙間から飛び出した。
一発。
身体が地面へ落ち、短く滑った。
エドガーはその向こうへ目を据えたまま、待った。
さらに続く気配はない。
倒木の下から聞こえるのは、風で擦れる枯れ草の音だけだった。
*
根元の隙間には、獣の毛と骨が溜まっていた。
エドガーは入口から中を確かめ、身体を押し込まずに離れた。ほかに出入りできる隙間がないか、倒木の周りも見て回る。
新たな獣は見つからなかった。
銃を持つ手を少し下げる。
目撃は二頭。
実際は三頭。
珍しいことではない。
人に見えた数と、そこにいる数は違う。報告が間違っていたのではなく、見えなかった一頭がいただけだ。
エドガーは来た道を振り返った。
ここまで、人の声は聞こえていない。
銃を消す。
手の中から重みがなくなった。
最後の一頭を除けば、獣は何が起きたのかも分からなかっただろう。
近づかずに終わらせられるなら、それでいい。
自分を囮にして正面から受ける必要も、誰かが斬り込むのを待つ必要もない。見つけ、撃てる場所へ回り、撃つ。
こういう狩りは、一人の方がやりやすかった。
エドガーは背負い袋を下ろし、水を飲んだ。
冷たい水を二口でやめ、栓をする。
まだ仕事は終わっていない。
*
三頭を一か所へ寄せるだけでも、手間がかかった。
縄をかけ、草の上を引く。少し動かしたところで手を止め、周囲を見る。
先ほどまで見ていた場所も、背を向ければ分からなくなる。
枝が鳴れば振り返り、鳥が飛べば顔を上げた。
何もいないと確かめてから、また縄を引く。
二頭目を寄せ終えた時には、背中に汗をかいていた。
「……重いな」
口に出してから、エドガーは息を吐いた。
返事はない。
レオンなら、もっと簡単に運ぶだろう。
そう思い、縄を持ち直す。
以前から、この重さだった。
急に牙犬が重くなったわけではない。
三頭目まで寄せ、腰を伸ばした。空を見上げると、木の間から差す光が少し傾いていた。
今から処分を始めれば、帰りは遅くなる。
薪置き場の男たちには、明日、周囲をもう一度見てから報告すればいい。食料はある。無理に今日中に街へ戻る理由もなかった。
エドガーは風の流れを確かめ、火を使える場所を探した。
討伐部位を取り分けるための刃を、手の中へ作る。
獣を倒すのは短かった。
これから先は、一つずつ片づけるしかない。
エドガーは膝をつき、最初の一頭へ手を伸ばした。




