別々の予定
レオンが手紙を預け終えるのを、エドガーは店の軒下で待っていた。
通りの向こうでは、荷車へ木箱を積んでいる。御者が縄を引き、荷台の上の男が結び目を確かめていた。
しばらくして、レオンが店から出てきた。
「預けられました。明日出る荷に、一緒に載せてもらえるそうです」
「そうか」
「返事が来るまで、しばらくかかりますね」
「向こうで書く時間もいるからな」
レオンは頷き、手紙を入れていた懐を一度押さえた。
二人でギルドへ向かう。
昨日は荷物を背負って通った道も、今日は身軽だった。エドガーは弩を背負い、腰には剣を下げている。レオンも二本の得物を携えていたが、仕事の荷は持っていなかった。
「今日は、受けるだけですか」
「ああ。遠くへ行くには遅い。近場でも、準備して明日出ればいい」
「でしたら、午後に鍛冶屋へ寄ってもいいですか」
「剣に何かあったか」
「いえ。仕事を見せてもらえないか、聞いてみたくて」
エドガーは隣を見た。
「今度は鉄か」
「木の道具を作るなら、刃物の方も気になるんです」
「ブルーノのところへ持っていく木もあるだろう」
「あります」
レオンは少し笑った。
「やりたいことが増えてしまって」
「仕事の邪魔にならん時に聞けよ」
「はい。そのつもりです」
*
ギルドの掲示板には、朝のうちから人が集まっていた。
エドガーは空いた端から札を見ていく。
レオンは少し先で足を止めた。
目を向けているのは、ハーゼンへ向かう商隊の護衛だった。川沿いの交易の街まで荷を届け、帰りの便も護衛する。日数も報酬も、近郊の仕事より大きい。
札の下には、三級以上、長距離護衛の経験がある者、と書かれていた。
「人数が要るみたいですね」
レオンが言った。
「ああ。帰りも同じ荷主か」
「そう書いてあります。ただ、向こうで何日待つかは、まだ決まっていないようです」
そこまで読んでから、レオンは札を戻した。
「今回はやめておきます。見学を頼みに行くところですし」
「日を決めてからなら、次の仕事も選びやすい」
エドガーが答えると、横から声がした。
「そちらは、先に経験の確認をしています。興味があれば、窓口で聞いてください」
受付のマークだった。新しい依頼の札を持っている。
「三級なら誰でも、というわけではないんですね」
「ええ。長い護衛ですから。馬車について何日も歩けるか、野営に慣れているかも大事です」
マークは掲示板の空いた場所へ札を留めた。
「討伐では頼れる方でも、護衛の経験が少なければ、今回は慣れた方と組んでいただきます」
「人に合わせて動く仕事ですからね」
レオンが、もう一度護衛の札を見た。
エドガーはその隣にある、獣道の調査依頼へ目を移す。
階級は五級から一級まである。
五級ではまず仕事を覚え、四級で任せられる範囲を広げていく。三級になれば通常の依頼の多くを相談され、二級、一級と上がるにつれて、難しい案件を持ち込まれることが増える。
ただ、数字だけでは、その者が何をできるかまでは分からない。
同じ三級でも、山を歩く者と街道を守る者では、見るところが違った。
「別の街で受ける時も、こういう実績を見てもらえるんですか」
レオンが尋ねた。
「はい。こちらで確認できる依頼歴は、紹介状に記せます。初めての土地では、それが判断の助けになりますね」
マークはそう答え、レオンへ向き直った。
「向こうで何をしたいかが分かれば、必要な経験もお話しできますよ」
「ありがとうございます。まだ、すぐにというわけではないんですが」
「決まってからで構いません」
別の受付から呼ばれ、マークは窓口へ戻っていった。
レオンは掲示板の前に残った。
「いつか、知らない街でも仕事を任せてもらえるようになりたいです」
「ああ」
「強い魔物を倒しただけでは、分からないこともありますね」
エドガーは護衛の札へ目をやった。
「頼む方は、荷と人を無事に届けてほしいからな。道中で何頭倒したかより、そっちだろう」
「はい」
レオンは頷いてから、エドガーを見た。
「エドガーさんは、二級を目指さないんですか」
何気ない問いだった。
エドガーは少し考え、手に取っていた札へ視線を落とした。
「今の仕事で食えてる」
「受けられる依頼が増えれば、選べることも増えませんか」
「増えるな。その分、相談されることも変わる」
今まで断ってきた理由を、掲示板の前で一つずつ話す気にはならなかった。
だが、レオンは上へ進みたいと思っている。その気持ちまで、面倒の一言で片づけるのも違う。
「俺は、この辺りで働ければいい。お前は、あちこち行きたいんだろう」
「ええ。いずれは、自分で仲間も集めたいです」
「なら、実績を残しておいて損はない」
レオンの表情が明るくなった。
「まずは、任せてもらった仕事からですね」
「ああ。受けた分をきちんと終わらせろ」
エドガーは選んだ札を手に、窓口へ向かった。
*
依頼は、薪を運ぶ道に出た牙犬の討伐だった。
目撃されたのは二頭。山際の薪置き場へ近づく者を追いかけ、一人が荷を捨てて逃げている。
今はその道を使わず、遠回りしているという。
「怪我人は?」
「転んで擦りむいた方が一人。それ以外は、今のところ」
「目撃場所は動いてるか」
マークが記録をめくった。
「最初が薪置き場の手前で、次は少し街道に近い場所です。昨日も鳴き声を聞いたそうです」
「分かった。明朝、現地で話を聞く」
レオンが横から記録を覗いた。
「二頭とも、同時に見たんですか」
「はい。ただ、それで全部かどうかは確認できていません」
「では、周りも見ないとですね」
エドガーは頷いた。
「今回は一人で行く」
「見学のことなら、まだ約束はしていませんよ」
「牙犬なら慣れてる。お前も用事を済ませてこい」
レオンは依頼の札を見た。
「分かりました。何日くらいの予定ですか」
「明後日には戻るつもりだ。見つからなければ、いったん報告に帰る」
「でしたら、その間に見学できるか聞いてみます」
マークが受注の記録をつける。
一人分の名を書き終えたところで、エドガーは窓口を離れた。
こうして仕事を選ぶのは、以前と同じだった。
ただ今は、出かける日と戻る日を伝える相手がいる。
*
午後、レオンが鍛冶屋へ出かけると、家は静かになった。
エドガーは卓へ背負い袋を置き、必要な物を揃えた。
食料、水袋、火口箱。傷に当てる布と、雨を避けるための布。縄は擦れていないかを確かめて巻き直す。
武器に使う荷は少ない。
弩と矢は持っていくが、それだけを頼りにするわけではなかった。
誰もいない部屋で、短い刃を一つ作る。
握りを確かめて消す。
久しぶりに、誰かへ説明する必要のない仕事になる。
進む道も、休む場所も、武器を替える時も、自分で決めればいい。合図を待たせたり、味方が射線へ入るのを気にしたりせずに済む。
その気楽さを思うと、少し肩の力が抜けた。
食料を包みながら、二日で終わらなかった場合の分も足す。
一人なら何でも早く済む、というわけではない。
そこまで含めて、長くやってきた仕事だった。
*
夕方、レオンが帰ってきた。
「明日の午後なら、少し見せてもらえるそうです」
扉を閉めるなり言った。
「頼めたか」
「はい。ただ、見ていい場所から動かないことと、勝手に道具へ触らないことだそうです」
「当たり前だな」
「ええ。ちゃんと見てきます」
声が弾んでいる。
エドガーは食料の包みを袋へ収めた。
「話を聞くだけで一日終わりそうだな」
「聞きたいことはありますけど、仕事の邪魔にならないようにします」
レオンは卓の上を見た。
「準備は終わりました?」
「ああ。朝は早く出る」
「では、夕飯は少し多めに作ります。残った分を朝に食べられるように」
台所へ向かう背を見て、エドガーは袋の口を閉じた。
*
翌朝、まだ通りに人の少ない時間に家を出た。
レオンは起きてきて、戸口まで見送りに立った。
「見学の話、帰ってきたら聞かせますね」
「ああ。楽しんでこい」
「エドガーさんも、お気をつけて」
頷いて、歩き出す。
背後で扉の閉まる音がした。
門へ向かう道を、一人で歩く。
歩幅を合わせる必要はない。道の端へ寄り、荷車を一台先に通してから、また自分の速さで進んだ。
門を出ると、朝の風が顔に当たった。
エドガーは背負い紐を直し、山へ続く道を選んだ。




