↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
73/91

別々の予定

 レオンが手紙を預け終えるのを、エドガーは店の軒下で待っていた。


 通りの向こうでは、荷車へ木箱を積んでいる。御者が縄を引き、荷台の上の男が結び目を確かめていた。


 しばらくして、レオンが店から出てきた。


「預けられました。明日出る荷に、一緒に載せてもらえるそうです」

「そうか」

「返事が来るまで、しばらくかかりますね」

「向こうで書く時間もいるからな」


 レオンは頷き、手紙を入れていた懐を一度押さえた。


 二人でギルドへ向かう。


 昨日は荷物を背負って通った道も、今日は身軽だった。エドガーは弩を背負い、腰には剣を下げている。レオンも二本の得物を携えていたが、仕事の荷は持っていなかった。


「今日は、受けるだけですか」

「ああ。遠くへ行くには遅い。近場でも、準備して明日出ればいい」

「でしたら、午後に鍛冶屋へ寄ってもいいですか」

「剣に何かあったか」

「いえ。仕事を見せてもらえないか、聞いてみたくて」


 エドガーは隣を見た。


「今度は鉄か」

「木の道具を作るなら、刃物の方も気になるんです」

「ブルーノのところへ持っていく木もあるだろう」

「あります」


 レオンは少し笑った。


「やりたいことが増えてしまって」

「仕事の邪魔にならん時に聞けよ」

「はい。そのつもりです」


     *


 ギルドの掲示板には、朝のうちから人が集まっていた。


 エドガーは空いた端から札を見ていく。


 レオンは少し先で足を止めた。


 目を向けているのは、ハーゼンへ向かう商隊の護衛だった。川沿いの交易の街まで荷を届け、帰りの便も護衛する。日数も報酬も、近郊の仕事より大きい。


 札の下には、三級以上、長距離護衛の経験がある者、と書かれていた。


「人数が要るみたいですね」


 レオンが言った。


「ああ。帰りも同じ荷主か」

「そう書いてあります。ただ、向こうで何日待つかは、まだ決まっていないようです」


 そこまで読んでから、レオンは札を戻した。


「今回はやめておきます。見学を頼みに行くところですし」

「日を決めてからなら、次の仕事も選びやすい」


 エドガーが答えると、横から声がした。


「そちらは、先に経験の確認をしています。興味があれば、窓口で聞いてください」


 受付のマークだった。新しい依頼の札を持っている。


「三級なら誰でも、というわけではないんですね」

「ええ。長い護衛ですから。馬車について何日も歩けるか、野営に慣れているかも大事です」


 マークは掲示板の空いた場所へ札を留めた。


「討伐では頼れる方でも、護衛の経験が少なければ、今回は慣れた方と組んでいただきます」

「人に合わせて動く仕事ですからね」


 レオンが、もう一度護衛の札を見た。


 エドガーはその隣にある、獣道の調査依頼へ目を移す。


 階級は五級から一級まである。


 五級ではまず仕事を覚え、四級で任せられる範囲を広げていく。三級になれば通常の依頼の多くを相談され、二級、一級と上がるにつれて、難しい案件を持ち込まれることが増える。


 ただ、数字だけでは、その者が何をできるかまでは分からない。


 同じ三級でも、山を歩く者と街道を守る者では、見るところが違った。


「別の街で受ける時も、こういう実績を見てもらえるんですか」


 レオンが尋ねた。


「はい。こちらで確認できる依頼歴は、紹介状に記せます。初めての土地では、それが判断の助けになりますね」


 マークはそう答え、レオンへ向き直った。


「向こうで何をしたいかが分かれば、必要な経験もお話しできますよ」

「ありがとうございます。まだ、すぐにというわけではないんですが」

「決まってからで構いません」


 別の受付から呼ばれ、マークは窓口へ戻っていった。


 レオンは掲示板の前に残った。


「いつか、知らない街でも仕事を任せてもらえるようになりたいです」

「ああ」

「強い魔物を倒しただけでは、分からないこともありますね」


 エドガーは護衛の札へ目をやった。


「頼む方は、荷と人を無事に届けてほしいからな。道中で何頭倒したかより、そっちだろう」

「はい」


 レオンは頷いてから、エドガーを見た。


「エドガーさんは、二級を目指さないんですか」


 何気ない問いだった。


 エドガーは少し考え、手に取っていた札へ視線を落とした。


「今の仕事で食えてる」

「受けられる依頼が増えれば、選べることも増えませんか」

「増えるな。その分、相談されることも変わる」


 今まで断ってきた理由を、掲示板の前で一つずつ話す気にはならなかった。


 だが、レオンは上へ進みたいと思っている。その気持ちまで、面倒の一言で片づけるのも違う。


「俺は、この辺りで働ければいい。お前は、あちこち行きたいんだろう」

「ええ。いずれは、自分で仲間も集めたいです」

「なら、実績を残しておいて損はない」


 レオンの表情が明るくなった。


「まずは、任せてもらった仕事からですね」

「ああ。受けた分をきちんと終わらせろ」


 エドガーは選んだ札を手に、窓口へ向かった。


     *


 依頼は、薪を運ぶ道に出た牙犬の討伐だった。


 目撃されたのは二頭。山際の薪置き場へ近づく者を追いかけ、一人が荷を捨てて逃げている。


 今はその道を使わず、遠回りしているという。


「怪我人は?」

「転んで擦りむいた方が一人。それ以外は、今のところ」

「目撃場所は動いてるか」


 マークが記録をめくった。


「最初が薪置き場の手前で、次は少し街道に近い場所です。昨日も鳴き声を聞いたそうです」

「分かった。明朝、現地で話を聞く」


 レオンが横から記録を覗いた。


「二頭とも、同時に見たんですか」

「はい。ただ、それで全部かどうかは確認できていません」

「では、周りも見ないとですね」


 エドガーは頷いた。


「今回は一人で行く」

「見学のことなら、まだ約束はしていませんよ」

「牙犬なら慣れてる。お前も用事を済ませてこい」


 レオンは依頼の札を見た。


「分かりました。何日くらいの予定ですか」

「明後日には戻るつもりだ。見つからなければ、いったん報告に帰る」

「でしたら、その間に見学できるか聞いてみます」


 マークが受注の記録をつける。


 一人分の名を書き終えたところで、エドガーは窓口を離れた。


 こうして仕事を選ぶのは、以前と同じだった。


 ただ今は、出かける日と戻る日を伝える相手がいる。


     *


 午後、レオンが鍛冶屋へ出かけると、家は静かになった。


 エドガーは卓へ背負い袋を置き、必要な物を揃えた。


 食料、水袋、火口箱。傷に当てる布と、雨を避けるための布。縄は擦れていないかを確かめて巻き直す。


 武器に使う荷は少ない。


 弩と矢は持っていくが、それだけを頼りにするわけではなかった。


 誰もいない部屋で、短い刃を一つ作る。


 握りを確かめて消す。


 久しぶりに、誰かへ説明する必要のない仕事になる。


 進む道も、休む場所も、武器を替える時も、自分で決めればいい。合図を待たせたり、味方が射線へ入るのを気にしたりせずに済む。


 その気楽さを思うと、少し肩の力が抜けた。


 食料を包みながら、二日で終わらなかった場合の分も足す。


 一人なら何でも早く済む、というわけではない。


 そこまで含めて、長くやってきた仕事だった。


     *


 夕方、レオンが帰ってきた。


「明日の午後なら、少し見せてもらえるそうです」


 扉を閉めるなり言った。


「頼めたか」

「はい。ただ、見ていい場所から動かないことと、勝手に道具へ触らないことだそうです」

「当たり前だな」

「ええ。ちゃんと見てきます」


 声が弾んでいる。


 エドガーは食料の包みを袋へ収めた。


「話を聞くだけで一日終わりそうだな」

「聞きたいことはありますけど、仕事の邪魔にならないようにします」


 レオンは卓の上を見た。


「準備は終わりました?」

「ああ。朝は早く出る」

「では、夕飯は少し多めに作ります。残った分を朝に食べられるように」


 台所へ向かう背を見て、エドガーは袋の口を閉じた。


     *


 翌朝、まだ通りに人の少ない時間に家を出た。


 レオンは起きてきて、戸口まで見送りに立った。


「見学の話、帰ってきたら聞かせますね」

「ああ。楽しんでこい」

「エドガーさんも、お気をつけて」


 頷いて、歩き出す。


 背後で扉の閉まる音がした。


 門へ向かう道を、一人で歩く。


 歩幅を合わせる必要はない。道の端へ寄り、荷車を一台先に通してから、また自分の速さで進んだ。


 門を出ると、朝の風が顔に当たった。


 エドガーは背負い紐を直し、山へ続く道を選んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。