帰り道の買い物
出発する朝、レオンの荷物が少し増えた。
トマスの母親が包んでくれたパンと、硬いチーズ。それから、父親にもらった木の端材が二つ。
エドガーは、背負い袋へ木を収めるレオンを見た。
「それも持って帰るのか」
「はい。小さい物なら作れそうなので」
「帰りに買い物もするんだろう」
「まだ入ります」
レオンは袋の口を広げてみせた。
空きはある。
あるが、空いていれば埋めていいというものでもない。
エドガーが自分の袋を背負うと、玄関で待っていたトマスが笑った。
「帰る頃には、同じくらいの荷物になっているかもしれませんね」
「こいつが持ちきれなくなったらな」
「自分で持ちますよ」
レオンが袋の紐を締めた。
*
昨夜、畑に新しい被害は出なかった。
柵の下は埋め直され、見張りに使う小屋までの道も片づけられている。トマスが若者たちへ頼み、昼間のうちに済ませたという。
村の外れまで歩く間にも、二度、声をかけられた。
一人は畑へ向かう男で、もう一人は水桶を運ぶ女だった。どちらも灰猪の礼を言い、それからトマスへ、今日の仕事について尋ねた。
トマスは立ち止まり、短く答える。
エドガーとレオンは、少し先で待った。
「すみません」
追いついてきたトマスが言う。
「忙しそうだな」
「顔を見られると、ついでに頼まれるんです。父に言ってくれれば済む話もあるんですが」
「声をかけやすいんだろう」
トマスは困ったように笑った。
街で一緒に仕事をしていた頃にも、似たようなことはあった。ギルドで誰かに呼び止められ、話を聞いているうちに用事が一つ増えている。
帰る場所が変わっても、その辺りは変わらないらしい。
畑の切れ目で、トマスが足を止めた。
「では、ここで」
「ああ。世話になった」
「こちらこそ。次は、本当に休みに来てください」
レオンが頭を下げた。
「ご両親にも、ありがとうございましたと」
「伝えておきます。木が足りなくなったら、またどうぞ」
「それを言うと、本当に来ますよ」
「父は喜ぶと思います。話を聞いてくれる相手ができたので」
エドガーは街道へ続く道を見た。
朝のうちなら、まだ歩きやすい。
「街へ来る時は寄れよ」
「ええ。その時は泊めてもらいます」
「寝る場所くらいはある」
「今度は俺が、何か持っていきます」
トマスが手を上げた。
二人もそれに応え、歩き出す。
しばらくして振り返ると、トマスはもう村の方へ戻っていた。途中で荷車の男に呼ばれ、足を止めている。
エドガーは前へ向き直った。
*
街道へ出ると、荷車の轍が幾筋も続いていた。
来た時にぬかるんでいた場所は、表面が乾き始めている。それでも深く沈んだ跡には水が残っていたので、二人は道の端を選んで歩いた。
「トマスさん、頼りにされていましたね」
レオンが言った。
「ああ」
「冒険者を辞めても、ああいうふうに役に立てるんですね」
エドガーは隣を見た。
レオンは歩きながら、背負い袋の肩紐を直していた。
「街へ頼みに行くにも、何日もかかる。来るまで何をしておくか、分かる奴がいるだけで違う」
「昨夜も、皆さん迷わず動いていましたし」
少し間が空いた。
「俺の実家でも、魔物が出ると大騒ぎでした。畑へ行くなと言われても、家畜の世話はありますから」
「そうだろうな」
「今帰ったら、手伝えることは増えてると思います」
エドガーは足元の石を避けた。
「帰ってみるか」
「いずれは。ただ、今すぐではないです」
レオンはそう答えてから、少し笑った。
「まずは手紙を書きます。元気でいることくらい、知らせないと」
「それは早めに書いてやれ」
返事をして、エドガーは道の先へ目を向けた。
元気でいる。
それだけでも、分かれば違う。
トマスの母親が、夜番から戻った息子を迎えた顔を思い出した。怪我がないと分かってから、飯を食べろと急かしていた。
レオンの親も、便りを待っているのだろう。
「帰ったら書きます」
隣から聞こえた返事に、エドガーは頷いた。
*
昼は道端で済ませた。
石に腰を下ろし、もらったパンを分ける。チーズは硬く、薄く切っても噛み応えがあった。
レオンが水を飲んでから、包みを畳んだ。
「これ、家でも食べたいですね」
「全部食わずに残せばいい」
「そうじゃなくて。パンの方です。焼く前に、表面へ何か塗っていましたよね」
「帰る前に聞けばよかったな」
レオンが包みの中を見た。
「……木の話ばかりしてました」
「次に聞け」
エドガーは残りのチーズを包んだ。
すべて覚えて帰ろうとしなくてもいい。また訪ねる理由が一つできただけだ。
休憩を終え、歩き出す。
午後には橋を渡り、行きにも泊まった宿へ着いた。
まだ日が高い。
部屋を取り、荷物を下ろしてから、二人で通りへ出た。
*
店先には、木の椀や籠に混じって、陶器の壺が並んでいた。
エドガーは小ぶりの壺を持ち上げた。
口が広く、手を入れて洗える。内側には釉薬がかかり、蓋もついていた。
「何を入れるんですか」
横からレオンが覗き込む。
「塩。今のは蓋が合わん」
「ああ、あれ。少しずらさないと閉まらないんですよね」
エドガーは蓋を外し、もう一度載せた。
縁に欠けもない。
値段を尋ねると、店の男は指を二本立てた。少し話をしてから硬貨を払い、藁で包んでもらう。
レオンが、それを見て笑った。
「エドガーさんも、荷物が増えましたね」
「これは使う物だ」
「俺の木も使いますよ」
言い返され、エドガーは返事をやめた。
次の店には布が吊るされていた。
レオンが足を止める。
「手を拭く布も、もう何枚かあった方がよくないですか。料理をしている時、洗ったのが乾いていないことがあるので」
「買うなら、薄すぎないのにしろ。すぐ穴が開く」
今度はレオンが店主へ声をかけた。
端切れを広げてもらい、二人で布の厚みを見る。縁は自分たちで縫うことにして、何枚か取れる大きさの物を選んだ。
通りを抜ける頃には、二人とも手に包みを持っていた。
目当ての買い物など、来る前にはなかったはずだ。
それでも店先を見ていると、家にある物や足りない物が、次々に浮かんでくる。
エドガーは藁に包まれた壺を抱え直した。
*
宿の食事は、川魚の焼き物だった。
皮には薄く焼き色がつき、腹には香草が詰められている。添えられた玉葱は柔らかく、魚と一緒に口へ入れると甘かった。
レオンが骨を外しながら言った。
「帰りも寄れてよかったですね」
「ああ」
食堂には、橋を渡ってきた商人や荷運びの男たちがいた。
卓の間を給仕が歩き、空いた皿を下げていく。入口に近い席では、明日の天気について話していた。
エドガーはパンをちぎり、皿に残った汁を拭った。
「明日は、朝に出るぞ」
「はい。買う物も買えましたし」
レオンが卓の脇に置いた包みを見た。
「壺は、俺の袋へ入れますか。木の間なら、動かないようにできそうです」
「押されて割れたら困る。自分で持つ」
「分かりました」
食事を終えて部屋へ戻ると、レオンはさっそく荷物を詰め直した。
木を布でくるみ、パンを潰さない場所へ入れる。
エドガーも壺の包みを確かめ、袋の上の方へ収めた。
行きより、確かに重くなっていた。
「入りました」
レオンが袋を持ち上げる。
「持てるか」
「大丈夫です」
「ならいい」
窓の外で、荷車が石を踏む音がした。
エドガーは靴を脱ぎ、寝台へ腰を下ろした。
明日、家へ戻ったら窓を開けよう。塩を新しい壺へ移し、旅に使った物を干す。食い物も買い足さなければならない。
「帰りに、いつもの店へ寄るぞ」
「何か買うんですか」
「夕飯の分がない」
「ああ。卵も使い切りましたね」
レオンが答えた。
家を空ける前に、二人で残った物を食べた。そのことを、同じように覚えている。
「じゃあ、俺は水を汲んできます。荷物を置いたら」
「頼む」
エドガーは横になった。
帰ってからの用事が、話すうちに分かれていく。
そのまま明日の飯の話になり、何を買うかを二つ三つ決めたところで、レオンが灯りを消した。




