届いた便り
翌朝、果樹園の穴は埋めたままだった。
土を掘り返した跡も、鶏の羽が新しく散った様子もない。エドガーは柵の外を一回りしてから、依頼主のところへ戻った。
「今朝は動いてないな」
「こっちでも見てたが、何も出なかったよ」
男は、納屋の方へ目を向けた。
中から鶏の鳴く声がする。
「戻してもいいかね」
「柵の下を補強してからにしてくれ。同じ穴じゃなくても、掘りやすいままじゃ、また入られる」
「ああ。石を入れようと思ってる」
エドガーは頷いた。
レオンが、木の根元から戻ってきた。
「あっちも変わってません」
「なら、今日はここまでだな」
依頼主に確認の署名をもらい、果樹園を出た。
レオンの背負い袋には、昨日より厚い布が括りつけてあった。
「使わずに済んだな」
エドガーが目を向けると、レオンは肩越しに布を見た。
「持ってこない日に限って、長くなるんですよ」
「分かる」
今日は、昼前に街へ戻れそうだった。
*
ギルドで報告を済ませると、マークが受付の下から小さな包みを取り出した。
「エドガーさん。こちら、お預かりしています」
「俺に?」
「トマスさんからです。今朝、商人の方が届けてくださいました」
折り畳まれた紙を、細い紐で留めてある。
エドガーは受け取り、表に書かれた名前を見た。
少し傾いた文字だった。
「分かった。ありがとう」
受付から離れると、レオンが包みへ目を向けた。
「トマスさんからですか」
「ああ」
壁際の長椅子が空いていた。
エドガーはそこへ座り、紐を解いた。
レオンは隣へ腰を下ろしたが、覗き込もうとはしなかった。
紙を開く。
最初に、無事に帰り着いたことが書いてあった。
それから、家業を手伝い始めたこと。思っていたより朝が早く、冒険者をしていた頃と、起きる時刻が大して変わらないこと。
エドガーは読みながら、小さく笑った。
「元気そうだな」
レオンが顔を向ける。
「仕事が楽になると思ったら、そうでもなかったらしい」
「トマスさんらしいですね」
紙の下へ目を移す。
村では、畑や林の近くに獣が出るという。すぐに大きな被害になるほどではないが、見回りをする者たちから相談を受けたらしい。
若い男に槍の持ち方を見せたら、次の日には人数が増えた。
その一文で、エドガーの読む手が止まった。
続きには、こうあった。
――誰に教わったと聞かれて、世話になった先輩だと答えました。変な教え方をして、そちらに恥をかかせないようにします。
「余計なことを」
声に出してしまった。
「何かありました?」
レオンが尋ねる。
「村で、若いのに槍を教えてるらしい」
「いいじゃないですか」
「ああ。いいんだがな」
教えたことを全部、自分のものにしてしまえばいい。
わざわざ誰から聞いたかまで、言う必要はない。
そう思いながら、エドガーはその行をもう一度読んだ。
*
手紙には、困っていることも書かれていた。
見回りをする者の中に、獣を見つけると追ってしまう若者がいるという。
追い払えば戻らないと思っているらしい。
トマスが止めても、怪我をするまで分からないのではないか、と心配していた。
ただ、止めるだけでは納得しないので、次は自分も一緒に歩き、引き返す場所を先に決めてみるつもりだと書かれている。
エドガーは紙を少し下げた。
「ちゃんと考えてるな」
レオンには聞こえなかったらしい。
こちらを見たので、エドガーは手紙の内容をかいつまんで話した。
「獣を見つけたら、倒したくなるのは分かります」
レオンが言った。
「畑の近くだと、なおさら」
「ああ。放っとけとは言いづらい」
「でも、追ってる間は、村から離れますよね」
エドガーは頷いた。
「誰を守りに出たのか、分からなくなる」
手紙の最後には、暇ができたら顔を見せてほしい、とあった。
泊まる場所はある。
レオンも一緒なら、飯を多めに用意しておく。
その下に、後から足したらしい小さな文字が続いていた。
――家の直し物があれば、手伝ってもらえると助かります。
エドガーは今度こそ、声を出して笑った。
「何ですか」
「飯を食わせる代わりに、働けとさ」
その箇所を指で示すと、レオンも笑った。
「泊めてもらえるなら、それくらいは」
「まだ、何を直すか書いてないぞ」
「……確かに」
エドガーは紙を折り直した。
急いで来いとは、どこにも書かれていない。
困り事はあるが、帰った先で自分の仕事を見つけている。
それが分かっただけで、手紙を受け取った甲斐があった。
*
家へ戻る途中、返事に使う紙を買った。
レオンも一枚選んだので、エドガーは顔を向けた。
「お前も書くのか」
「前の仲間に。しばらく、出してなかったので」
「そうか」
それ以上は尋ねなかった。
家に着くと、レオンは湯を沸かし、エドガーは卓を空けた。
トマスへの返事は、書き始めればすぐ済むと思っていた。
だが、何から書くかで手が止まった。
無事に戻れてよかった。
村で役に立っているようで何よりだ。
そこまで書いてから、少し考える。
見回りの件へ、あれこれ口を出したくなった。
だが、村の地形も、獣の種類も、集まる者の腕も知らない。
トマスは、そこにいる。
手紙だけで、こちらの方が正しく判断できるわけではなかった。
エドガーは、引き返す場所を決めておくのはいいと思う、と書いた。
それから、手の具合はどうか、と続けた。
自分が前へ出すぎて、治りきらないうちに無理をするな。
そこは、書いておきたかった。
向かいでレオンが筆を止めた。
「何て書いたんですか」
「無理するなと」
「トマスさんも、同じことを書いてそうですね」
エドガーは届いた手紙を開き直した。
確かに、書いてあった。
末尾に、怪我には気をつけてください、と。
「お互い様か」
「そうですね」
レオンが笑い、また自分の紙へ目を落とした。
*
返事には、家のことも少し書いた。
棚が増えた。
レオンが作り、ブルーノが取り付けを見てくれた。
椅子も、変わらず使っている。
書きながら、この家のことをトマスへ報告するのは妙な感じがした。
床板の届かないところから始まった話だ。
あの時は、荷馬車を探しに行くことになるとは思っていなかった。まして、今は向かいにレオンが座り、別の手紙を書いている。
随分、色々あった。
それでも、過ぎた日を数えれば、長い年月ではない。
エドガーは、最後の一行を書いた。
都合をつけて、一度顔を見に行く。
書いてから、レオンへ尋ねた。
「トマスのところへ行くなら、お前も来るか」
レオンが顔を上げる。
「行きたいです」
「何日か家を空けることになるぞ」
「はい。仕事を調整すれば、大丈夫です」
返事が早かった。
「まだ、日取りは決めてない」
「分かってます。でも、行くつもりなら、空けられる依頼を選べますから」
エドガーは頷いた。
思いつきを口にしただけのつもりだった。
だが、相手が行くと言えば、道や泊まりのことを考え始める。
「天気も見てからだな」
「そうですね」
レオンは紙へ目を戻しかけ、また顔を上げた。
「帰りに、別の道を通れますか」
「どこへ行きたい」
「まだ、どこってわけじゃないです。ただ、行ったことのない村があれば、寄ってみたいなと」
エドガーは、頭の中で道を辿った。
遠回りにはなるが、街道へ出る途中に、別の村を通る道があったはずだ。
自分も長く使っていない。
「ギルドで、道の様子を聞いてみるか」
「はい」
レオンの顔が明るくなった。
*
手紙を書き終えると、昼を少し過ぎていた。
レオンは紙を乾かす場所へ移し、台所へ立った。
「何か作りますね」
「ああ」
エドガーは、届いた手紙をもう一度開いた。
見回りのこと。
家業のこと。
直してほしい物があるという、ちゃっかりした頼み事。
こちらを心配する一文。
帰った先で、トマスはちゃんと暮らしていた。
それを聞けることが、嬉しかった。
「エドガーさん。卵、二つ使っていいですか」
「ああ。残りはいくつだ」
「それで終わりです」
「じゃあ、後で買ってくる」
手紙を畳み、返事の脇へ置いた。
次に会った時は、村の若い連中を紹介されるかもしれない。
その前で、先輩などと呼ばれるのは少し面倒だ。
そう思いながらも、行くのが楽しみだった。




