↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/96

届いた便り

 翌朝、果樹園の穴は埋めたままだった。


 土を掘り返した跡も、鶏の羽が新しく散った様子もない。エドガーは柵の外を一回りしてから、依頼主のところへ戻った。


「今朝は動いてないな」

「こっちでも見てたが、何も出なかったよ」


 男は、納屋の方へ目を向けた。


 中から鶏の鳴く声がする。


「戻してもいいかね」

「柵の下を補強してからにしてくれ。同じ穴じゃなくても、掘りやすいままじゃ、また入られる」

「ああ。石を入れようと思ってる」


 エドガーは頷いた。


 レオンが、木の根元から戻ってきた。


「あっちも変わってません」

「なら、今日はここまでだな」


 依頼主に確認の署名をもらい、果樹園を出た。


 レオンの背負い袋には、昨日より厚い布が括りつけてあった。


「使わずに済んだな」


 エドガーが目を向けると、レオンは肩越しに布を見た。


「持ってこない日に限って、長くなるんですよ」

「分かる」


 今日は、昼前に街へ戻れそうだった。


     *


 ギルドで報告を済ませると、マークが受付の下から小さな包みを取り出した。


「エドガーさん。こちら、お預かりしています」

「俺に?」

「トマスさんからです。今朝、商人の方が届けてくださいました」


 折り畳まれた紙を、細い紐で留めてある。


 エドガーは受け取り、表に書かれた名前を見た。


 少し傾いた文字だった。


「分かった。ありがとう」


 受付から離れると、レオンが包みへ目を向けた。


「トマスさんからですか」

「ああ」


 壁際の長椅子が空いていた。


 エドガーはそこへ座り、紐を解いた。


 レオンは隣へ腰を下ろしたが、覗き込もうとはしなかった。


 紙を開く。


 最初に、無事に帰り着いたことが書いてあった。


 それから、家業を手伝い始めたこと。思っていたより朝が早く、冒険者をしていた頃と、起きる時刻が大して変わらないこと。


 エドガーは読みながら、小さく笑った。


「元気そうだな」


 レオンが顔を向ける。


「仕事が楽になると思ったら、そうでもなかったらしい」

「トマスさんらしいですね」


 紙の下へ目を移す。


 村では、畑や林の近くに獣が出るという。すぐに大きな被害になるほどではないが、見回りをする者たちから相談を受けたらしい。


 若い男に槍の持ち方を見せたら、次の日には人数が増えた。


 その一文で、エドガーの読む手が止まった。


 続きには、こうあった。


 ――誰に教わったと聞かれて、世話になった先輩だと答えました。変な教え方をして、そちらに恥をかかせないようにします。


「余計なことを」


 声に出してしまった。


「何かありました?」


 レオンが尋ねる。


「村で、若いのに槍を教えてるらしい」

「いいじゃないですか」

「ああ。いいんだがな」


 教えたことを全部、自分のものにしてしまえばいい。


 わざわざ誰から聞いたかまで、言う必要はない。


 そう思いながら、エドガーはその行をもう一度読んだ。


     *


 手紙には、困っていることも書かれていた。


 見回りをする者の中に、獣を見つけると追ってしまう若者がいるという。


 追い払えば戻らないと思っているらしい。


 トマスが止めても、怪我をするまで分からないのではないか、と心配していた。


 ただ、止めるだけでは納得しないので、次は自分も一緒に歩き、引き返す場所を先に決めてみるつもりだと書かれている。


 エドガーは紙を少し下げた。


「ちゃんと考えてるな」


 レオンには聞こえなかったらしい。


 こちらを見たので、エドガーは手紙の内容をかいつまんで話した。


「獣を見つけたら、倒したくなるのは分かります」


 レオンが言った。


「畑の近くだと、なおさら」

「ああ。放っとけとは言いづらい」

「でも、追ってる間は、村から離れますよね」


 エドガーは頷いた。


「誰を守りに出たのか、分からなくなる」


 手紙の最後には、暇ができたら顔を見せてほしい、とあった。


 泊まる場所はある。


 レオンも一緒なら、飯を多めに用意しておく。


 その下に、後から足したらしい小さな文字が続いていた。


 ――家の直し物があれば、手伝ってもらえると助かります。


 エドガーは今度こそ、声を出して笑った。


「何ですか」

「飯を食わせる代わりに、働けとさ」


 その箇所を指で示すと、レオンも笑った。


「泊めてもらえるなら、それくらいは」

「まだ、何を直すか書いてないぞ」

「……確かに」


 エドガーは紙を折り直した。


 急いで来いとは、どこにも書かれていない。


 困り事はあるが、帰った先で自分の仕事を見つけている。


 それが分かっただけで、手紙を受け取った甲斐があった。


     *


 家へ戻る途中、返事に使う紙を買った。


 レオンも一枚選んだので、エドガーは顔を向けた。


「お前も書くのか」

「前の仲間に。しばらく、出してなかったので」

「そうか」


 それ以上は尋ねなかった。


 家に着くと、レオンは湯を沸かし、エドガーは卓を空けた。


 トマスへの返事は、書き始めればすぐ済むと思っていた。


 だが、何から書くかで手が止まった。


 無事に戻れてよかった。


 村で役に立っているようで何よりだ。


 そこまで書いてから、少し考える。


 見回りの件へ、あれこれ口を出したくなった。


 だが、村の地形も、獣の種類も、集まる者の腕も知らない。


 トマスは、そこにいる。


 手紙だけで、こちらの方が正しく判断できるわけではなかった。


 エドガーは、引き返す場所を決めておくのはいいと思う、と書いた。


 それから、手の具合はどうか、と続けた。


 自分が前へ出すぎて、治りきらないうちに無理をするな。


 そこは、書いておきたかった。


 向かいでレオンが筆を止めた。


「何て書いたんですか」

「無理するなと」

「トマスさんも、同じことを書いてそうですね」


 エドガーは届いた手紙を開き直した。


 確かに、書いてあった。


 末尾に、怪我には気をつけてください、と。


「お互い様か」

「そうですね」


 レオンが笑い、また自分の紙へ目を落とした。


     *


 返事には、家のことも少し書いた。


 棚が増えた。


 レオンが作り、ブルーノが取り付けを見てくれた。


 椅子も、変わらず使っている。


 書きながら、この家のことをトマスへ報告するのは妙な感じがした。


 床板の届かないところから始まった話だ。


 あの時は、荷馬車を探しに行くことになるとは思っていなかった。まして、今は向かいにレオンが座り、別の手紙を書いている。


 随分、色々あった。


 それでも、過ぎた日を数えれば、長い年月ではない。


 エドガーは、最後の一行を書いた。


 都合をつけて、一度顔を見に行く。


 書いてから、レオンへ尋ねた。


「トマスのところへ行くなら、お前も来るか」


 レオンが顔を上げる。


「行きたいです」

「何日か家を空けることになるぞ」

「はい。仕事を調整すれば、大丈夫です」


 返事が早かった。


「まだ、日取りは決めてない」

「分かってます。でも、行くつもりなら、空けられる依頼を選べますから」


 エドガーは頷いた。


 思いつきを口にしただけのつもりだった。


 だが、相手が行くと言えば、道や泊まりのことを考え始める。


「天気も見てからだな」

「そうですね」


 レオンは紙へ目を戻しかけ、また顔を上げた。


「帰りに、別の道を通れますか」

「どこへ行きたい」

「まだ、どこってわけじゃないです。ただ、行ったことのない村があれば、寄ってみたいなと」


 エドガーは、頭の中で道を辿った。


 遠回りにはなるが、街道へ出る途中に、別の村を通る道があったはずだ。


 自分も長く使っていない。


「ギルドで、道の様子を聞いてみるか」

「はい」


 レオンの顔が明るくなった。


     *


 手紙を書き終えると、昼を少し過ぎていた。


 レオンは紙を乾かす場所へ移し、台所へ立った。


「何か作りますね」

「ああ」


 エドガーは、届いた手紙をもう一度開いた。


 見回りのこと。


 家業のこと。


 直してほしい物があるという、ちゃっかりした頼み事。


 こちらを心配する一文。


 帰った先で、トマスはちゃんと暮らしていた。


 それを聞けることが、嬉しかった。


「エドガーさん。卵、二つ使っていいですか」

「ああ。残りはいくつだ」

「それで終わりです」

「じゃあ、後で買ってくる」


 手紙を畳み、返事の脇へ置いた。


 次に会った時は、村の若い連中を紹介されるかもしれない。


 その前で、先輩などと呼ばれるのは少し面倒だ。


 そう思いながらも、行くのが楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。