二人で歩く道
山へ入った者たちが戻ってきたのは、二日後だった。
岩牙獣の死骸は処分を終え、周囲に新しい足跡も見つからなかったという。食い残されていた牙犬も片づけられ、しばらく様子を見ることになった。
ギルドで報告を聞き、エドガーは頷いた。
「村の人は?」
「今のところ、被害はありません。薪を集める場所も、当面は変えるそうです」
マークが答えた。
それで、ようやく一つ終わった気がした。
ヘルマの怪我は残っている。山にいる魔物が全ていなくなったわけでもない。
それでも、今できることは済んだ。
エドガーは受付から離れ、掲示板の前で待っていたレオンへ声をかけた。
「何かあったか」
「これ、どうでしょう」
レオンが指したのは、街の外れにある果樹園からの依頼だった。
柵の下に穴を掘られ、飼っている鶏を二羽失ったという。夕方に、穴へ逃げ込む長い胴の獣が見られていた。
「穴鼬か」
「たぶん、という話です。数は分からないそうです」
エドガーは依頼書を読んだ。
場所は遠くない。だが、穴へ入り込まれれば、見つけるまで時間がかかる。
「今日中に終わるかは分からんな」
「はい。まず、見に行きませんか」
エドガーはレオンを見た。
すぐ倒せる、と言う顔ではなかった。
「ああ。話を聞こう」
*
果樹園では、葉の茂った木が列になっていた。
低い枝には小さな実がつき、木の根元だけ草が刈られている。鶏を入れていた囲いは、物置のそばにあった。
依頼主の男が、柵の下を指した。
「最初は、普通の獣かと思ったんだ。穴も埋めたんだがね」
土が盛られた場所の隣に、別の穴が開いていた。
エドガーはしゃがみ、入口を覗いた。
腕を入れる気にはならない。
湿った土に、小さな爪の跡が残っている。柵の内側には、白い羽が散っていた。
「残りの鶏は?」
「納屋へ移した。今は、ここにはいない」
「それならいい。見て回る間、人も近づけないでくれ」
「ああ。仕事にならなくて困ってるんだ。頼むよ」
男が離れてから、レオンが穴の前へしゃがんだ。
「ここで待ちますか」
「先に、ほかの出入り口を探す。一つ塞いでも、別から出られちゃ困る」
エドガーは立ち上がった。
囲いの裏には薪が積まれ、その先は草の残った斜面になっている。
「俺は柵沿いを見る。お前は物置の裏から頼む。穴を見つけても、触らなくていい」
「分かりました」
*
見つかった穴は、三つだった。
一つは鶏の囲い。
もう一つは、薪の積まれた場所の脇。
最後は、斜面に生えた木の根元にあった。
全てがつながっているとは限らない。
エドガーはそれぞれの土を見てから、レオンと囲いのそばへ戻った。
「最近、使ってるのは木の下だな。土が新しい」
「じゃあ、そっちを見ておきます」
「ああ。こっちで音を立てる。出たら呼べ。追って穴へ手を入れるなよ」
「それは、やりません」
レオンが少し笑った。
エドガーも笑い、物置から借りた長い棒を持った。
柵の下へ棒を差し入れ、浅いところの土を崩す。
手応えはない。
位置を変え、もう一度突いた。
しばらくして、斜面の方から声がした。
「出ました!」
エドガーは棒を置き、弩を持ち上げた。
草の間を、黒褐色の背が走っていた。
胴が長い。短い脚で地面を蹴りながら、木の根へ向かっている。
レオンは、その先へ回り込んでいた。
足で土を滑らせることもなく止まり、剣を低く構える。
獣が向きを変えた。
今度は、薪の方だ。
エドガーは弩を構えたが、射るのをやめた。獣の向こうに、レオンがいた。
「そっちへ行きます!」
レオンの声が飛ぶ。
エドガーは横へ動いた。
薪の手前で、獣の身体が伸びる。
弦が鳴った。
矢を受けた獣が地面を転がり、なおも脚を動かした。レオンが追いつき、剣で仕留める。
二人とも、すぐには屈まなかった。
エドガーは穴へ目を戻した。
土が、動いていた。
「もう一頭だ」
レオンが振り返る。
二頭目は穴の縁から顔を出し、すぐに引っ込んだ。
*
結局、二頭目が出てくるまで、かなり待った。
棒で探っても奥へ逃げるだけだった。無理に掘れば、果樹の根を傷める。
エドガーは依頼主へ事情を話し、囲いの近くで待つことにした。
レオンと交代で休み、持ってきたパンを食べた。
「一頭目、射つのをやめましたよね」
レオンが尋ねた。
「お前が向こうにいた」
「ああ……」
レオンは先ほど走った場所を見た。
「俺からだと、エドガーさんがどこにいるか、途中で見えなくなってました」
「薪があったからな」
「次は、回る前に言います」
「頼む。こっちも、射れなきゃそう言う」
レオンが頷いた。
それ以上、話を広げる必要はなかった。
エドガーはパンの最後の一口を食べ、指についた屑を払った。
果樹の葉が揺れている。
日陰へ入ると涼しかった。
近くで人が働く音がする。依頼主が、離れた畑へ仕事を移したのだろう。
「こういう時間も、結構ありますね」
レオンが言った。
「ああ。待つ方が長いこともある」
「前の仲間といた時は、よく喋ってました」
「獲物、逃げなかったか」
「マルタに怒られました」
エドガーが顔を向けると、レオンは笑っていた。
「弓を持って待ってる横で、ヨハンと話してたので」
「そりゃ怒る」
「はい」
笑った後、レオンは穴へ目を戻した。
今度は黙っていた。
*
二頭目が顔を出したのは、日が傾き始めた頃だった。
エドガーは指先だけでレオンへ知らせた。
青年が動きを止める。
穴から、鼻先が出た。
一度引っ込み、少ししてまた出る。
身体が半分ほど見えたところで、エドガーは弩を構えた。
レオンは、その先を塞げる場所で待っている。
獣が草へ踏み出した。
一射。
倒れたところへレオンが近づき、動きを確かめてから止めを刺した。
その後も穴の周囲を調べ、しばらく待ったが、ほかに出てくるものはなかった。
依頼主を呼び、二頭を見せる。
「これで終わりかい」
「見つけたのは、この二頭だ。穴は埋めるが、鶏を戻すのは少し待ってくれ。掘り返されてないか、明日も見に来る」
「分かった。そこまでしてくれるなら助かる」
男が息を吐いた。
エドガーは、処分する場所を確認した。
街へ戻る頃には、夕食の時刻になっているだろう。
*
果樹園を出た時、レオンが肩を回した。
「思ったより、座ってる方が疲れました」
「同じ姿勢でいたからだ」
「エドガーさん、途中で何度か場所を変えてましたよね」
「ああ。痺れる前に動いた方が楽だぞ」
街へ続く道を、二人で歩く。
今日は、銃を出さなかった。
必要がなかった。
レオンも、一度も使わないのかとは尋ねなかった。
エドガーは隣を見た。
青年は手甲の留め具を少し緩め、袖口へ入った草を取り出していた。
「明日は、穴を見るだけで済むといいですね」
「掘り返されてたら、また待つぞ」
「その時は、敷くものを持ってきます」
それは用意してもいいかもしれない。
エドガーが頷くと、レオンは背負い袋の紐を掛け直した。
街の門が見えてきた。
「夕飯、何か残ってましたっけ」
「玉葱と卵はある」
「じゃあ、俺が作ります。先に矢を見ておいてください」
「ああ。一本、軸が傷んでたな」
獣を追っている間には、気に留める余裕もなかったことだ。
レオンが見ていたらしい。
「替えはあった」
「よかったです」
門をくぐり、馴染みの通りへ入る。
エドガーは、明日も一緒に来るかと尋ねかけた。
もう、そのつもりで話していたことに気づき、口を閉じた。
代わりに、帰り道の店でパンを一つ多く買った。




