↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
63/89

卓を挟んで

 村を出たのは、朝食を済ませてからだった。


 荷車には藁を厚く敷き、その上に毛布を重ねた。ヘルマを寝かせ、身体が揺れすぎないよう、脇にも丸めた布を入れる。


 ティナは荷台の端に座った。


「痛かったら言って」

「昨日から、何度も聞いたよ」

「何度でも言うから」


 ヘルマは娘を見て、困ったように笑った。


 エドガーは荷車の車輪を確かめてから、村人たちへ礼を言った。


 道中は、行きより時間がかかった。


 窪みの手前で止まり、車輪を通す場所を選ぶ。ヘルマが疲れれば、木陰で休んだ。


 誰も、遅いとは言わなかった。


     *


 フェルデンへ戻ると、そのまま医師のいる診療所へ向かった。


 ヘルマを寝台へ移し、ティナが付き添う。


 エドガーたちは、村で受けた手当てと、運ぶ間の様子を伝えてから外へ出た。


「後は、こっちの仕事じゃないな」


 ベルトが肩を回した。


「ああ」


 ギルドでは、マークが報告を待っていた。


 二人が生きて戻ったと伝えると、書きかけていた手が止まった。


「よかった……」


 それから顔を上げ、改めて経緯を聞いてきた。


 エドガーは印を見つけた場所と、岩場までの道を説明した。岩牙獣が二頭いたこと、死骸の処分が残っていることも伝える。


 未確認の場所へ村人が入らないよう、伝言を残したことまで話すと、マークは紙を見直した。


「処理と周辺の確認をまとめて手配します。道案内が必要になったら、お願いできますか」

「ああ。声をかけてくれ」


 報告を終え、借りた物を返す。


 外へ出る頃には、腹も減っていた。


「今日はもう、何も持ちたくないな」


 ベルトが言った。


「食事の匙くらいは持ってください」


 ニナに返され、ベルトが笑う。


 そこで別れ、エドガーとレオンは家へ向かった。


     *


 家に入ると、少し籠もった空気がした。


 レオンが窓を開け、エドガーは背負い袋を下ろした。


 壁には新しい棚がある。


 戸棚の上には、紙の鳥が残っていた。


「先に着替えます」

「ああ。湯を沸かしとく」


 いつものように返事をした。


 帰ったら話すと、自分から言った。


 だが、何から話せばいいかは、結局決まっていなかった。


 鍋に水を入れ、火にかける。


 レオンが下りてきたところで交代し、エドガーも汗と土のついた服を替えた。


 手を洗って戻ると、卓には二人分の器が置かれていた。


 買って帰ったパンと、残っていたチーズも並んでいる。


「温まりましたよ」


 レオンが言った。


 エドガーは椅子を引いた。


     *


 食事を終え、器を脇へ寄せる。


 エドガーは卓の上を一度見てから、口を開いた。


「昨日の武器だが」


 レオンが顔を上げた。


「俺のスキルで作ったものだ」


 右手を、空いた卓の上へ出す。


 掌に、短い刃物が現れた。


 飾りのない柄と、まっすぐな刃。エドガーはそれを静かに置いた。


 レオンの目が、手から刃物へ移る。


「武器を、作れるんですか」

「ああ。剣も斧も、形を考えて作る。使い終われば消せる」


 言葉に合わせて、刃物を消した。


 レオンは何もなくなった卓へ視線を落とした。


「昨日のも、そうだったんですね」

「ああ」


 エドガーは器を少し脇へ押した。


「飛ばすものも魔力で作る。だから、矢を持ち歩く必要がない」


 レオンは頷いたが、すぐには次を尋ねなかった。


 説明が続くのを待っているようだった。


「武器を作るだけなら、わざわざ隠すほどでもないのかもしれん」


 口にしてから、少し間を置いた。


「ただ、見たこともないものを出せば、何だと聞かれる。どう使うのか、どこまでできるのかとなれば、話が長くなる」

「それで、弩を?」

「あれなら、見れば分かるだろ」


 レオンは壁際へ置いた弩を見た。


「確かに」

「使った矢も残る。何をしたか、いちいち聞かれずに済む」


 エドガーは背もたれへ身体を預けた。


 用意していた説明ではなかった。


 だが、話し始めてみると、言葉にはできた。


「できると知られれば、次も期待される。毎度それで済ませられるとは限らんからな」

「魔力を使いますもんね」

「ああ。それもある」


 それだけではないことは、自分でも分かっていた。


 特別な力を持つ者を見て、羨む人間もいた。頼りきる者も、勝手に競おうとする者もいた。


 そういう場に自分まで立ちたくなかった。


 とはいえ、誰もが同じ反応をするわけではない。


 今、向かいに座る青年は、ただ話を聞いていた。


     *


「昨日、名前を言ってたな」


 エドガーは尋ねた。


「銃、ですか」

「ああ。お前の知ってる武器なのか」

「同じような形のものを、知ってます」

「どこで知ったんだ」

「昔、読んだ本に載ってたんです。実物を触ったことはないですけど」

「本か。よく覚えてたな」

「珍しい武器だったので。形を見て、もしかしたらと思いました」


 エドガーは頷いた。


「なら、お前の知ってるものとは、違うところもあるかもしれんな」

「そうですね」


 レオンは、先ほど刃物のあった場所へ目を落とした。


「もう一度、見てもいいですか」

「ああ」


 エドガーは右手を卓の脇へ下げた。


 昨日と同じ、黒い拳銃を作る。


 銃口を人へ向けないように持ち上げると、レオンは身を乗り出しかけ、すぐに止まった。


「持ってみるか」

「いいんですか」

「弾は俺が作らなきゃ出ない。今は撃てん」


 握る部分を向けて渡した。


 レオンは両手で受け取った。引き金には触れず、指を伸ばしたまま重さを確かめる。


「……ちゃんと重いんですね」

「軽い方がいいのか」

「いえ。こうして持つと、本当に武器なんだなって」


 黒い表面へ目を近づけ、ゆっくり角度を変える。


 その顔には、昨日の驚きとは違うものがあった。


 エドガーは黙って見ていた。


 同じ国で生きていても、触れたことのないものはある。


 懐かしさと、初めて手にした興味が、一緒にあるのかもしれなかった。


「これで、あの大きさの魔物を一撃なんですね」

「昨日は、強くしすぎた」

「魔力を増やすと、威力も上がるんですか」

「ああ」


 レオンは顔を上げた。


 エドガーは、その目を見て続けた。


「お前がどこまで耐えられるか、俺は知らん。あの木を割った脚が当たると思ったら、加減まで考えられなかった」


 レオンが手元へ視線を落とした。


「俺も、あれをまともに受けて平気だったかは、分かりません」


 静かな返事だった。


「避けるつもりでした。でも、絶対に間に合ったとは言えないです」

「そうか」

「はい。だから、助けてもらえてよかったです」


 エドガーは口を閉じた。


 レオンは銃を返し、もう一度言った。


「ありがとうございました」


 受け取った重さが、掌へ戻った。


「ああ」


 それだけ返して、武器を消した。


     *


 レオンは、空になった手をしばらく見ていた。


「昨日のこと、ほかの人には話しません」

「頼む」

「一緒に仕事をする時も、普段は弩でいいんですよね」

「ああ。必要な時は、こっちを使うかもしれん」

「分かりました」


 それで、話が終わりかけた。


 エドガーは少し意外に思った。


 もっと聞かれるつもりでいた。


 何が作れて、どこまで届いて、何発撃てるのか。そんな問いへの答えを、頭の片隅で用意していた。


 レオンは空いた器を手に取った。


「お湯、足しますか」

「……ああ」


 返事を聞くと、台所へ立っていく。


 責められることもなかった。


 隠していたのか、と言われることも。


 そのことに安堵してから、エドガーは自分で少しおかしくなった。


 スキルを全部話さない者など、珍しくもない。


 自分はレオンの力の上限を知らないし、ベルトたちについても、仕事で見た以上のことは知らない。


 それで、一緒に働いてきた。


 自分の秘密だけが、明かせば何かを壊してしまうほど特別だと、いつの間に思っていたのだろう。


「何ですか」


 戻ってきたレオンが尋ねた。


「いや。思ったより、驚かないなと」

「驚いてますよ。昨日なんて、何が起きたのか、すぐには分かりませんでした」


 レオンは器を置いた。


「でも、エドガーさんですから」

「それじゃ説明にならん」

「助けてくれた人が、変わるわけじゃないでしょう」


 エドガーは器へ目を落とした。


 湯気が上がっている。


 何か返そうと思ったが、うまい言葉は浮かばなかった。


     *


 少しして、エドガーはもう一度口を開いた。


「お前の知ってる銃は、あれだけか」

「形ですか?」

「ああ」


 レオンの表情が、少し明るくなった。


「もっと長いものもあります。肩に当てて使うような」

「弩みたいにか」

「持ち方は、少し似てますね。描いた方が分かりやすいかな」


 立ち上がりかけたレオンを、エドガーは手で止めた。


「今日はいい。お前も疲れてるだろ」

「……そうでした」


 レオンが座り直した。


 それから、自分の手を握ったり開いたりする。


「明日でもいいですか」

「ああ。覚えてる範囲で教えてくれ」

「詳しい仕組みまでは分かりませんよ」

「それでいい」


 エドガーは湯を飲んだ。


 明日、この卓で武器の話をする。


 誰かが来ないか気にしながら、手早く隠すための話ではない。自分の作ったものを見せ、相手の知っていることを聞く。


 そんな時間ができるとは、思っていなかった。


 レオンが、壁際の弩を見た。


「弩の手入れは、今日のうちにやっておきます?」

「そうだな。放っとくと、明日が面倒だ」


 二人で椅子を引いた。


 エドガーは布と油を取りに行き、レオンは剣を持ってきた。


 卓の上に、いつもの道具が並ぶ。


 話す前と同じように、向かい合って座った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。