卓を挟んで
村を出たのは、朝食を済ませてからだった。
荷車には藁を厚く敷き、その上に毛布を重ねた。ヘルマを寝かせ、身体が揺れすぎないよう、脇にも丸めた布を入れる。
ティナは荷台の端に座った。
「痛かったら言って」
「昨日から、何度も聞いたよ」
「何度でも言うから」
ヘルマは娘を見て、困ったように笑った。
エドガーは荷車の車輪を確かめてから、村人たちへ礼を言った。
道中は、行きより時間がかかった。
窪みの手前で止まり、車輪を通す場所を選ぶ。ヘルマが疲れれば、木陰で休んだ。
誰も、遅いとは言わなかった。
*
フェルデンへ戻ると、そのまま医師のいる診療所へ向かった。
ヘルマを寝台へ移し、ティナが付き添う。
エドガーたちは、村で受けた手当てと、運ぶ間の様子を伝えてから外へ出た。
「後は、こっちの仕事じゃないな」
ベルトが肩を回した。
「ああ」
ギルドでは、マークが報告を待っていた。
二人が生きて戻ったと伝えると、書きかけていた手が止まった。
「よかった……」
それから顔を上げ、改めて経緯を聞いてきた。
エドガーは印を見つけた場所と、岩場までの道を説明した。岩牙獣が二頭いたこと、死骸の処分が残っていることも伝える。
未確認の場所へ村人が入らないよう、伝言を残したことまで話すと、マークは紙を見直した。
「処理と周辺の確認をまとめて手配します。道案内が必要になったら、お願いできますか」
「ああ。声をかけてくれ」
報告を終え、借りた物を返す。
外へ出る頃には、腹も減っていた。
「今日はもう、何も持ちたくないな」
ベルトが言った。
「食事の匙くらいは持ってください」
ニナに返され、ベルトが笑う。
そこで別れ、エドガーとレオンは家へ向かった。
*
家に入ると、少し籠もった空気がした。
レオンが窓を開け、エドガーは背負い袋を下ろした。
壁には新しい棚がある。
戸棚の上には、紙の鳥が残っていた。
「先に着替えます」
「ああ。湯を沸かしとく」
いつものように返事をした。
帰ったら話すと、自分から言った。
だが、何から話せばいいかは、結局決まっていなかった。
鍋に水を入れ、火にかける。
レオンが下りてきたところで交代し、エドガーも汗と土のついた服を替えた。
手を洗って戻ると、卓には二人分の器が置かれていた。
買って帰ったパンと、残っていたチーズも並んでいる。
「温まりましたよ」
レオンが言った。
エドガーは椅子を引いた。
*
食事を終え、器を脇へ寄せる。
エドガーは卓の上を一度見てから、口を開いた。
「昨日の武器だが」
レオンが顔を上げた。
「俺のスキルで作ったものだ」
右手を、空いた卓の上へ出す。
掌に、短い刃物が現れた。
飾りのない柄と、まっすぐな刃。エドガーはそれを静かに置いた。
レオンの目が、手から刃物へ移る。
「武器を、作れるんですか」
「ああ。剣も斧も、形を考えて作る。使い終われば消せる」
言葉に合わせて、刃物を消した。
レオンは何もなくなった卓へ視線を落とした。
「昨日のも、そうだったんですね」
「ああ」
エドガーは器を少し脇へ押した。
「飛ばすものも魔力で作る。だから、矢を持ち歩く必要がない」
レオンは頷いたが、すぐには次を尋ねなかった。
説明が続くのを待っているようだった。
「武器を作るだけなら、わざわざ隠すほどでもないのかもしれん」
口にしてから、少し間を置いた。
「ただ、見たこともないものを出せば、何だと聞かれる。どう使うのか、どこまでできるのかとなれば、話が長くなる」
「それで、弩を?」
「あれなら、見れば分かるだろ」
レオンは壁際へ置いた弩を見た。
「確かに」
「使った矢も残る。何をしたか、いちいち聞かれずに済む」
エドガーは背もたれへ身体を預けた。
用意していた説明ではなかった。
だが、話し始めてみると、言葉にはできた。
「できると知られれば、次も期待される。毎度それで済ませられるとは限らんからな」
「魔力を使いますもんね」
「ああ。それもある」
それだけではないことは、自分でも分かっていた。
特別な力を持つ者を見て、羨む人間もいた。頼りきる者も、勝手に競おうとする者もいた。
そういう場に自分まで立ちたくなかった。
とはいえ、誰もが同じ反応をするわけではない。
今、向かいに座る青年は、ただ話を聞いていた。
*
「昨日、名前を言ってたな」
エドガーは尋ねた。
「銃、ですか」
「ああ。お前の知ってる武器なのか」
「同じような形のものを、知ってます」
「どこで知ったんだ」
「昔、読んだ本に載ってたんです。実物を触ったことはないですけど」
「本か。よく覚えてたな」
「珍しい武器だったので。形を見て、もしかしたらと思いました」
エドガーは頷いた。
「なら、お前の知ってるものとは、違うところもあるかもしれんな」
「そうですね」
レオンは、先ほど刃物のあった場所へ目を落とした。
「もう一度、見てもいいですか」
「ああ」
エドガーは右手を卓の脇へ下げた。
昨日と同じ、黒い拳銃を作る。
銃口を人へ向けないように持ち上げると、レオンは身を乗り出しかけ、すぐに止まった。
「持ってみるか」
「いいんですか」
「弾は俺が作らなきゃ出ない。今は撃てん」
握る部分を向けて渡した。
レオンは両手で受け取った。引き金には触れず、指を伸ばしたまま重さを確かめる。
「……ちゃんと重いんですね」
「軽い方がいいのか」
「いえ。こうして持つと、本当に武器なんだなって」
黒い表面へ目を近づけ、ゆっくり角度を変える。
その顔には、昨日の驚きとは違うものがあった。
エドガーは黙って見ていた。
同じ国で生きていても、触れたことのないものはある。
懐かしさと、初めて手にした興味が、一緒にあるのかもしれなかった。
「これで、あの大きさの魔物を一撃なんですね」
「昨日は、強くしすぎた」
「魔力を増やすと、威力も上がるんですか」
「ああ」
レオンは顔を上げた。
エドガーは、その目を見て続けた。
「お前がどこまで耐えられるか、俺は知らん。あの木を割った脚が当たると思ったら、加減まで考えられなかった」
レオンが手元へ視線を落とした。
「俺も、あれをまともに受けて平気だったかは、分かりません」
静かな返事だった。
「避けるつもりでした。でも、絶対に間に合ったとは言えないです」
「そうか」
「はい。だから、助けてもらえてよかったです」
エドガーは口を閉じた。
レオンは銃を返し、もう一度言った。
「ありがとうございました」
受け取った重さが、掌へ戻った。
「ああ」
それだけ返して、武器を消した。
*
レオンは、空になった手をしばらく見ていた。
「昨日のこと、ほかの人には話しません」
「頼む」
「一緒に仕事をする時も、普段は弩でいいんですよね」
「ああ。必要な時は、こっちを使うかもしれん」
「分かりました」
それで、話が終わりかけた。
エドガーは少し意外に思った。
もっと聞かれるつもりでいた。
何が作れて、どこまで届いて、何発撃てるのか。そんな問いへの答えを、頭の片隅で用意していた。
レオンは空いた器を手に取った。
「お湯、足しますか」
「……ああ」
返事を聞くと、台所へ立っていく。
責められることもなかった。
隠していたのか、と言われることも。
そのことに安堵してから、エドガーは自分で少しおかしくなった。
スキルを全部話さない者など、珍しくもない。
自分はレオンの力の上限を知らないし、ベルトたちについても、仕事で見た以上のことは知らない。
それで、一緒に働いてきた。
自分の秘密だけが、明かせば何かを壊してしまうほど特別だと、いつの間に思っていたのだろう。
「何ですか」
戻ってきたレオンが尋ねた。
「いや。思ったより、驚かないなと」
「驚いてますよ。昨日なんて、何が起きたのか、すぐには分かりませんでした」
レオンは器を置いた。
「でも、エドガーさんですから」
「それじゃ説明にならん」
「助けてくれた人が、変わるわけじゃないでしょう」
エドガーは器へ目を落とした。
湯気が上がっている。
何か返そうと思ったが、うまい言葉は浮かばなかった。
*
少しして、エドガーはもう一度口を開いた。
「お前の知ってる銃は、あれだけか」
「形ですか?」
「ああ」
レオンの表情が、少し明るくなった。
「もっと長いものもあります。肩に当てて使うような」
「弩みたいにか」
「持ち方は、少し似てますね。描いた方が分かりやすいかな」
立ち上がりかけたレオンを、エドガーは手で止めた。
「今日はいい。お前も疲れてるだろ」
「……そうでした」
レオンが座り直した。
それから、自分の手を握ったり開いたりする。
「明日でもいいですか」
「ああ。覚えてる範囲で教えてくれ」
「詳しい仕組みまでは分かりませんよ」
「それでいい」
エドガーは湯を飲んだ。
明日、この卓で武器の話をする。
誰かが来ないか気にしながら、手早く隠すための話ではない。自分の作ったものを見せ、相手の知っていることを聞く。
そんな時間ができるとは、思っていなかった。
レオンが、壁際の弩を見た。
「弩の手入れは、今日のうちにやっておきます?」
「そうだな。放っとくと、明日が面倒だ」
二人で椅子を引いた。
エドガーは布と油を取りに行き、レオンは剣を持ってきた。
卓の上に、いつもの道具が並ぶ。
話す前と同じように、向かい合って座った。




