↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
59/91

戻らない二人

 翌朝、エドガーはいつもより遅く目を覚ました。


 窓の隙間から差す光が、寝台の端まで届いていた。下からは、器の触れ合う音がする。


 顔を洗って階段を下りると、レオンが卓へパンを並べていた。


「おはようございます。湯、まだ温かいですよ」

「ああ」


 椅子を引きながら、戸棚の上へ目を向けた。


 紙の鳥は、昨夜置いた場所にあった。


「先に食べようかと思ってました」

「待たなくてよかったんだぞ」

「今、用意できたところです」


 レオンが座る。


 エドガーもパンを取った。


 眠りは浅かった。目を閉じると、思い出せることと、もう思い出せないことが交互に浮かんできた。


 今も、すっきりしたわけではない。


 それでも、目の前には朝食があり、向かいには食べる相手がいる。


「板を持っていくんだったな」

「はい。昼までには戻ります」

「気をつけてな」

「板くらいじゃ転びませんよ」


 レオンが笑った。


「人にぶつけるなってことだ」

「ああ。それは気をつけます」


 エドガーは湯を飲んだ。


 今日は、家のことを済ませようと思った。


     *


 それから三日ほどは、街の中で過ごした。


 棚はブルーノに見てもらい、取り付けまで終わった。


 塩の壺と乾燥させた香草の袋を移すと、調理台が広くなった。レオンは何度か位置を変えようとしたが、ブルーノに「まず使え」と言われ、それで落ち着いた。


 エドガーも、短い依頼を一つ済ませた。


 日々の用事をしている間にも、ふと、向こうの家族を思い出した。


 手が止まることはあったが、やがてまた動かせた。


 レオンへの接し方も、変えないようにした。


 ただ、青年が何かを楽しそうに話す時、以前より少し長く耳を傾けるようになっていた。


     *


 その朝は、二人でギルドへ寄った。


 掲示板の前に数人が立ち、依頼書を見比べている。空いたところを探していると、受付のマークがこちらへ手を上げた。


「エドガーさん。少し、お話できますか」


 声の調子で、世間話ではないと分かった。


 レオンと一緒に受付へ向かう。


 マークは手元の紙を揃えてから、口を開いた。


「ヘルマさんとティナさんが、まだ戻っていません」


 エドガーは受付の縁へ置きかけた手を止めた。


「どこの仕事だ」

「石切り場へ向かう古い道です。薪を集めに入った村人が、牙犬の群れを見たそうで。二人は一昨日の朝に出ています」


 牙犬なら、エドガーも何度も狩っていた。


 普通の犬より一回り大きく、長い牙を持つ魔物だ。一頭ずつならそれほど厄介ではないが、群れで左右へ回り込む。


「何頭だ」

「目撃されたのは三頭。ただ、それで全部かは分かりません」


 隣でレオンが口を開いた。


「戻る予定は、いつだったんですか」

「昨日の夕方までです。麓の村に一泊して、昨日は周辺の確認と処理をする予定でした」


 一晩遅れた。


 それだけなら、仕事が長引いた可能性もある。暗くなってから山道を下りるより、もう一泊した方がいいこともあった。


 マークも、それは承知している顔だった。


「村から、何か来たのか」


 エドガーが尋ねると、マークは頷いた。


「今朝、荷を運んできた人が伝言を持ってきました。一昨日は村に泊まっています。昨日の朝に出て、そのまま戻っていないそうです」

「荷物は」

「宿に一部残っていると」


 それなら、街へ直接帰ったわけではない。


 村へ戻るつもりで出ている。


 エドガーはマークの前にある紙へ目を落とした。


「探しに出せる者は?」

「今、声をかけています。お二人にもお願いしたいと思っていました」


 レオンがこちらを見た。


 急かすような目ではなかった。返事を待っている。


「行こう」


 エドガーが言うと、レオンは頷いた。


「準備してきます」


     *


 家へ戻り、荷物を整えた。


 水と食料は、予定より多く持つ。縄を点検し、清潔な布を包み直した。夜を越すことになっても困らないよう、毛布も背負い袋へ括りつける。


 レオンは卓の反対側で、手甲の留め具を確かめていた。


「怪我をして、動けなくなってるんでしょうか」

「分からん。道を変えたかもしれないし、追ってるうちに遠くなったのかもしれない」


 エドガーは縄をまとめた。


「ただ、二人とも戻ってないなら、一人を置いて助けを呼びに行けない事情は考えておいた方がいい」

「魔物が近くにいるとか」

「ああ。二人とも怪我をしてる場合もある」


 レオンが口を閉じた。


 剣帯を締め直す手に、少し力が入る。


「見つけても、すぐ走り寄るなよ」

「周りを確かめてからですね」

「声をかけて、返事ができるなら話を聞く。見えてないものがいるかもしれん」

「分かりました」


 エドガーは弩を取った。


 今日は、誰かを探しに行く。


 倒した魔物の数より、連れ帰る人数を考える仕事だった。


     *


 再びギルドへ戻ると、ベルトが待っていた。


 槍を壁へ立てかけ、受付でマークの説明を聞いている。その隣には、旅支度をしたニナがいた。


「聞いたぞ」


 ベルトが振り返った。


「俺たちも行く。セドリックは、先に荷車を借りに行ってる」

「助かる」


 荷車があれば、村から先の搬送が楽になる。山道へ入れなくても、街まで歩かせずに済む。


 エドガーはマークへ尋ねた。


「薬は?」

「村に手当てのできる人はいます。こちらからも包帯と傷薬を預けます」


 マークが布包みを差し出した。


「村の人に、帰り道へ誰か立っててもらえるか伝えてくれ。怪我人を運ぶことになったら、人手が要る」

「分かりました」


 ベルトが槍を持ち上げる。


「まず村で話を聞こう。分かれて探すかどうかは、その後だな」

「ああ」


 出る前に、依頼書の写しを受け取った。


 目撃された場所と、二人が調べる予定だった範囲。それ以上のことは、まだ書かれていなかった。


     *


 村へ着いたのは、昼を少し回った頃だった。


 荷車を置き、二人の泊まった家へ案内してもらう。


 寝床を貸したという男が、軒先へ出てきた。


「昨日は、朝飯を食ってから出たよ。暗くなる前には戻るって言ってた」


 男の声は落ち着かなかった。


「前の日に二頭は仕留めたそうだ。残りを確かめて、死骸も片づけるって」

「昨日、ほかに山へ入った者は?」

「昼前に、薪を拾いに行ったのが一人いる。石切り場へ曲がるところで、娘さんと話したそうだ」


 ティナは、その時には無事だった。


 エドガーは続けて聞いた。


「母親は一緒だったか」

「少し先にいたって。二人とも怪我をしてるようには見えなかったらしい」


 レオンが、わずかに息を吐いた。


 エドガーも同じだった。


 少なくとも、昨日の昼前までは二人で動けていた。


「その薪を拾った人に会いたい。話した場所まで案内できるかも、聞いてくれ」

「ああ。すぐ呼んでくる」


 男が駆けていった。


 ベルトは古い道へ続く坂を見た。


「ここから荷車は厳しいな」

「運ぶ時は、道まで下ろす必要がある」


 エドガーが答えると、セドリックが荷車の縄を解きながら頷いた。


「担ぐ準備をしておきます。村の方にも手を借りましょう」


 全員で山へ入り、村に何も残さないわけにはいかなかった。


 エドガーとレオンが先に入り、二人の足取りを追う。ベルトたちは搬送に使う物を整えてから、同じ道を上がることにした。


「分かれ道には印を残す。人を見つけたら、笛で知らせる」

「聞こえるところまで近づいておく」


 ベルトが答えた。


「無理して先へ行くなよ」

「そっちもな」


     *


 薪拾いをしていた男は、道の分かれる場所まで案内してくれた。


 村から上がってきた道が、そこから細くなる。片方は薪を集める林へ続き、もう片方は使われなくなった石切り場へ向かっていた。


「あの辺りだよ。娘さんが立ってたのは」


 男が、道端の切り株を指した。


「魔物が残ってるかもしれないから、奥へ入らないでくれって。それで、引き返した」

「何か音は聞いたか」

「その時は何も。帰ってからのことは分からない」


 エドガーは頷いた。


「ここまででいい。助かった」

「あの二人、大丈夫だろうか」

「まだ分からん。探してくる」


 大丈夫だと請け合える材料はなかった。


 男は唇を結び、来た道を戻っていった。


 足音が遠ざかってから、エドガーは腰を落とした。


 柔らかい土に、靴跡が残っている。


 重なっていて、誰のものかまでは分からない。ただ、石切り場の方へ続いていた。


「ここからは、ゆっくり行く」

「はい」


 レオンが背負い袋の位置を直した。


 エドガーは道端に後続への印を残し、歩き始めた。


 少し進むと、木の幹に新しい傷があった。


 刃物で浅く削った跡だ。


 その下に、石が三つ並んでいた。一つだけ、道の脇へ少し離して置かれている。


 エドガーは足を止めた。


「人が置いたものですね」


 レオンも石を見ていた。


「ああ」


 離れた石の先は、低い藪になっていた。


 枝が一本折れ、葉の裏が見えている。さらに奥では、草がまとまって倒れていた。


 そこへ目を向けたまま、エドガーは耳を澄ませた。


 声はしない。


 何かが歩く音もなかった。


「二人の印でしょうか」

「そのつもりで確かめる。ただ、決めつけるな」


 エドガーは弩を持ち直した。


 誰かが、道を外れている。


 そして、その場所を後から来た者に知らせようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。