四人で守る
採集の仕事では、歩く速さから違った。
石橋を渡るまでは、荷車に合わせて進んでいた。森へ入ると、採集人たちは足元を見ながら歩き、時折しゃがみ込む。そのたびに、護衛も足を止めた。
「これは採らないんですか」
レオンが、道端の葉を指した。
「似てるけど違うよ。裏を見てごらん」
答えたのは、採集人をまとめているドーラだった。小柄な年配の女性で、腰に下げた籠には、まだ何も入っていない。
レオンは葉を裏返し、隣に生えているものと見比べた。
「……こっちは白いんですね」
「そう。そっちは採っても買い取ってもらえない。煎じたら腹も壊す」
「覚えておきます」
「覚えるなら、もう何度か見てからにしな」
ドーラが笑って立ち上がった。
昨日の打ち合わせでも、よく喋る人だった。どこで何を採るのか、どのくらい時間がかかるのか。尋ねればすぐ答えが返ってきた。
ただし、採れる量だけは約束しなかった。
育ち具合も、先に誰かが採ったかどうかも、行ってみなければ分からない。それについては、エドガーにも異論はなかった。
道の先で、ヘルマが手を上げた。
「荷車はここまでだね」
木々の切れ目に、荷車を止められる広さがあった。その奥から、沢の音が聞こえてくる。
採集人の一人が車輪に石を噛ませた。残る者たちは籠と小さな鋤を取り出している。
エドガーは背負い袋を下ろす前に、周囲を見た。
沢へ向かう道は緩く下っている。荷車のある場所からでも、途中までは人の姿が見えた。反対側には藪があるが、大きく揺れているところはない。
「まず沢沿いを二人。残りは、あの倒木の手前だったな」
「ああ。離れる時は声をかけるよ」
ドーラが頷く。
護衛は二人ずつにつく。エドガーとレオンが沢側、ヘルマとティナが倒木側だ。
「何か出たら、採集は終わりにしましょう」
ティナが言った。
「追い払えそうでもかい?」
「戻ってこないとは限りませんから」
ドーラは肩をすくめた。
「分かったよ。籠が空でも恨まない」
*
沢の水は浅かった。
石の間を細く流れ、落ち葉の溜まったところだけ色が濃くなっている。湿った土から、丸い葉の草がまとまって生えていた。
ドーラと、もう一人の採集人が間を空けてしゃがむ。
エドガーは二人の少し先に立った。レオンには、荷車へ戻る道が見える位置を任せている。
採集人が土を掘る音が続いた。
時折、根についた泥を払い、籠へ入れる音がする。
魔物を探す仕事なら、ここで待っている必要はない。足跡を見つけ、風向きを確かめ、こちらから動ける。
今日は違う。
仕事をしている人間の都合に合わせて、何も起きない時間を過ごす。それも護衛のうちだった。
エドガーは弩を抱え直した。
腰の剣が、コートの裾に軽く当たる。
昨日、レオンが新しい剣を振っている間に、こちらも鞘の位置を調整しておいた。歩く時に邪魔にならず、弩を下げた手が引っかからないところを探すだけで、思ったより時間がかかった。
買って腰へ下げれば済むものでもない。
少し離れたところで、レオンがこちらを見た。
エドガーが目を向けると、沢の向こうを指す。
低い枝が揺れていた。
二人とも動かずに待った。
やがて、枝の下から小さな鳥が出てきた。水際を数歩跳ね、こちらに気づくと飛び去っていく。
レオンが指を下ろした。
エドガーも短く頷いた。
それで済んだ。
*
最初の籠が半分ほど埋まった頃、ドーラが沢の奥を見た。
「少し先にもありそうだね」
「どこまでだ」
エドガーが尋ねる。
「あの曲がった木の辺りまで」
「今の場所から見えなくなる。向こうにも伝えてくるから、待っててくれ」
ドーラは不満を言わず、籠の中を整え始めた。
レオンを残して荷車まで戻ると、ティナがちょうど空の袋を取りに来ていた。
予定を話すと、彼女は沢の方を見た。
「そちらへ寄せた方がよさそうですね。こっちは、もうあまり残っていません」
「ヘルマは?」
「採る人たちと一緒です。声をかけてきます」
ティナは袋を持って戻っていった。
ほどなく、四人が荷車のところへ集まる。
ヘルマは娘の話を聞きながら、地面についた泥を靴先で落としていた。
「じゃあ、私が沢の先を見るよ。ティナは途中に残って」
「分かった。荷車へ戻る時は、私のところを通ってもらうね」
やり取りは短かった。
母親が言い、娘が従うだけではない。ティナが場所を決め、ヘルマもそのまま頷く。
以前、一緒に仕事をした時よりも、娘の言葉が増えた気がした。
エドガーの視線に気づいたのか、ヘルマが笑った。
「何だい」
「いや。慣れたなと思って」
「私に言ってる?」
「娘の方だ」
「だろうね。私が今から慣れても困る」
ティナは苦笑して、盾の肩紐を掛け直した。
「まだ、帰ってから色々言われますよ」
「帰ってからで済むようになったんだから、いいじゃないか」
ヘルマはそう言って、先に沢へ下りていった。
*
昼前に、一度だけ採集を止めた。
沢の先で、ヘルマが獣の足跡を見つけたためだった。
湿った土に、指の跡が深く残っている。そこから斜面へ続く落ち葉が、ところどころ裏返っていた。
エドガーが近づくと、ヘルマは足跡の脇を指した。
「こっちへ抜けてる。古くはないね」
「数は?」
「見えるのは一頭分。ただ、この先は土が硬い」
姿は見えない。
沢の音に混じって、採集人たちが道具を片づける音が聞こえた。レオンが声をかけ、二人を荷車側へ戻している。
「どうします?」
レオンが戻ってきて尋ねた。
「沢はここまでにする。荷車へ戻るぞ」
「分かりました」
レオンは足跡を一度見ただけで、来た道へ身体を向けた。
追えば何か分かるかもしれない。だが、何の獣か確かめるために、採集人を待たせる仕事ではなかった。
帰り道では、ティナが先に立ち、ヘルマが後ろを見た。
エドガーは採集人たちのすぐ脇を歩く。レオンは、沢から上がる最後の一人が足を滑らせないよう、籠を受け取っていた。
荷車へ戻ってからも、すぐには腰を下ろさなかった。
しばらく待ったが、沢の方に動くものはなかった。
「残念だけど、あっちは諦めようかね」
ドーラが籠を置いた。
「思ったより採れたんじゃないか」
「今日の分だけ考えればね。見つけた場所を残して帰るのは、いつになっても惜しいんだよ」
エドガーには、その気持ちは分かった。
倒せそうな獲物を見つけて、追わずに帰る時も似たようなものだ。
「次に来る理由ができたと思ってくれ」
「その時は、また頼むよ」
*
昼食は、荷車のそばで交代に取った。
パンに、薄く切った塩漬けの肉。ヘルマは小さな包みから硬いチーズを出し、ティナへ半分渡していた。
レオンはパンを割り、その間に肉を挟んでいる。
「食べやすそうだね」
ヘルマが言うと、レオンは手元を見た。
「片手が空きますから。歩きながらだと、落としますけど」
「昔、それで肉だけ落としたことがあるよ」
「お母さん、それ去年」
「昔には違いない」
レオンが笑った。
エドガーは水を飲み、沢へ続く道を見た。先ほどと変わらず、木の葉が揺れているだけだった。
「お二人は、ずっと一緒に仕事を?」
レオンが尋ねた。
「この子が始めてからは、組むことが多いね」
「他の人とも行きますよ」
ティナが付け足した。
「母は山に入る依頼が多いので。私は街道の護衛に入ることもあります」
「俺は前の仲間と、ほとんど一緒でした」
「組む相手が決まってると、楽なことは多いね」
ヘルマがパンを飲み込んでから言った。
「ただ、今日は弩があるから助かるよ。私が射た後も、飛び道具が残る」
「俺も、前に立つのが二人いる方がいい」
エドガーが答えると、レオンが頷いた。
「出る時は、声をかけます」
「頼む。俺の前を横切る時もな」
「はい」
ティナが空になった包みを畳んだ。
「後ろにいる人からすると、急に走られると困りますよね」
「矢を放つ前に止められればいいんだけどね」
ヘルマの言い方に、ティナが少しだけ顔をしかめた。
「それは、もう分かってる」
「あんたに言ったとは限らないだろ」
「今、こっちを見た」
レオンは口を開きかけて、パンを食べる方へ戻った。
エドガーも、特に何も言わなかった。
*
午後は、道の近くで採れるものだけを集めた。
予定していた時刻より少し早く、ドーラが仕事を切り上げる。籠は満杯ではなかったが、誰も奥へ戻ろうとは言わなかった。
荷車を押す者を交代しながら、石橋を渡る。
そこで初めて、ヘルマが弓の弦を緩めた。
街へ戻る途中、別の冒険者たちとすれ違った。槍を肩に担いだ女と、盾を背負ったドワーフ。その後ろを、耳の長い若い男が歩いている。
ヘルマが片手を上げると、向こうも手を上げた。
「知り合いですか」
レオンが尋ねる。
「何度か組んだことがある。あの槍の人は、ティナともね」
「街道の護衛で一緒でした」
ティナが振り返る。
「今日は泊まりだそうです」
「そうか。じゃあ、私たちは先に帰って飲めるね」
「道具を片づけてからにしてよ」
娘に言われ、ヘルマは面倒そうな顔をした。
門をくぐる頃には、荷車の車輪も乾いていた。
*
納品を済ませ、ギルドへ報告すると、仕事は終わった。
採れた量は依頼人の想定よりやや少なかったが、護衛の報酬に変更はない。沢の足跡については、マークが場所を聞き取って書き留めた。
ヘルマたちと別れ、エドガーとレオンは家への道を歩いた。
「今日は、抜かずに済みました」
レオンが、新しい剣の柄に軽く触れた。
「慣らしにはなっただろ」
「歩く時の違いは分かりました。前のより、鞘が脚に当たりにくいです」
試したかった、とまでは言わなかった。
エドガーは荷物を肩に掛け直した。
「明日は棚か」
「はい。ブルーノさんのところで、板を見せてもらうつもりです」
「重い物は載せないぞ」
「分かってます。鍋は今の場所で」
家の前まで来ると、レオンが鍵を取り出した。
エドガーはその間に、靴についた泥を落とす。
扉が開いた。
「先に入ってください。俺、裏で靴を洗ってきます」
「弩を置いたら、湯を沸かす」
「お願いします」
レオンが家の脇へ回っていく。
エドガーは中へ入り、背負い袋を下ろした。
誰も怪我をせず、依頼された物を持ち帰った。夕食の前に装備を手入れする時間もある。
仕事としては、十分だった。
台所で鍋を持ち上げると、裏からレオンの声がした。
「エドガーさん。靴、そこに置いといてください。ついでに泥を落とします」
「ああ。頼む」
返事をしてから、もう一度戸口へ戻った。
自分の靴を脱いで、外へ揃えて置く。
今日は、そのくらいは任せることにした。




