新しい剣
鍛冶屋へ着くと、レオンは店先で手甲を着けた。
留め具を締め、指を曲げ伸ばしする。
エドガーが戸を開ける間にも、もう一度握りを確かめていた。
「まだ剣を持ってないぞ」
「着けておけば、すぐ試せるので」
そう答えた顔が、いつもより明るい。
店の奥では、職人が客の盾を作業台へ載せていた。背の低いドワーフの女が、その横から革帯を指している。
「ここをもう少し短くしてほしい。腕を引いた時に浮くんだ」
「厚着した時は?」
「その分は残して。冬だけ使うわけじゃないからね」
職人は頷き、革帯へ印を付けた。
エドガーたちは邪魔にならない場所で待った。壁には長さの違う剣や斧が掛かり、その下に修理待ちの鍋が重ねてある。
女が控えを受け取って出ていくと、職人がレオンへ手を振った。
「できてるぞ」
奥から持ってきた剣を、鞘ごと作業台へ置く。
レオンは礼を言い、柄へ手を掛けた。
ゆっくりと刃を抜く。
窓から入る光が、磨かれた鋼の上を滑った。
飾りはほとんどなかった。まっすぐな鍔と、革を巻いた柄。だが、握ったレオンは、前とは違って指の位置を何度も直さなかった。
「小指はどうだ」
「当たりません。これなら大丈夫です」
「裏で動かしてみろ。ここで振るなよ」
職人に続いて、店の裏へ出た。
狭い空き地だったが、一人で剣を振るには足りる。レオンは周囲を確かめ、エドガーたちから離れて構えた。
まず、小さく動かす。
刃先を下げ、返して、止める。
次に、左の短剣も抜いた。右を動かした後、左を添える位置を確かめる。
エドガーは黙って見ていた。
前の剣を使っていた時より、止めた後の手首の動きが小さい。
「どうだ」
「振った後、戻しやすいです」
レオンは剣を下げた。
「軽くしたんですか?」
「重さだけじゃない。お前が使う長さと握りに合わせた。慣れるまでは、前と同じつもりで振り回すな」
「はい」
職人が手を差し出し、剣を受け取った。柄に緩みがないかもう一度確かめ、刃を拭いて鞘へ戻す。
店へ帰ると、レオンは代金の残りを払った。
並べた硬貨を職人が数える間、レオンは剣を自分の腰へ下げていた。
「古い方はどうする」
「残しておきます。修理に出す時もありますし」
「それがいい」
エドガーが答えたところで、入口の戸が開いた。
*
「朝から賑やかだね」
弓袋を肩に掛けた女が入ってきた。
日に焼けた顔に、目尻の細かな皺がある。後ろで結んだ茶色の髪には、白いものが少し混じっていた。
エドガーを見ると、片眉を上げた。
「あんたも剣を買ったのかい」
「俺のはこの前だ。今日はこいつの付き添いだ」
隣のレオンへ目を向ける。
「レオン。こっちは弓使いのヘルマだ。近くの山道なら、俺より詳しい」
「レオンです。よろしくお願いします」
レオンが頭を下げた。
「ヘルマだよ。こちらこそ」
その後ろから、盾を抱えた若い女が入ってきた。
ヘルマとよく似た色の髪を短く結び、腰には片手剣を下げている。盾を作業台へ置いてから、こちらへ向き直った。
「娘のティナです。よろしくお願いします」
「二人で組んでるんだ」
エドガーが付け加えると、レオンは二人を見比べた。
「一緒に依頼を受けているんですね」
「ええ。母が後ろから射って、私が前に出ます」
ティナが答える間に、ヘルマは職人へ注文していた矢尻の話を始めていた。
ティナも盾の内側を見せる。
「留め金を見てもらえますか。革だけ締めても、少し動くので」
「置いていくか?」
「今日中に直るなら」
「昼過ぎにはできる」
ティナは頷き、肩から外した革紐を盾の上へまとめた。
縁には削れた跡がいくつもあった。塗り直された部分の色が、少しずつ違っている。
レオンもそれを見ていた。
「長く使ってるんですか」
「木の部分は一度替えました。持ち方が変わると困るので、金具は使える分を残してもらってます」
ティナの目が、レオンの新しい剣へ移る。
「今日、できたところですか?」
「はい」
「いいですね。私も前に柄を直した時、しばらく抜いては握ってました」
レオンが笑った。
「今、ちょっとそれをやりたいです」
「帰ってからにしな。通りで抜くと人が避ける」
ヘルマが振り返って言った。
「やりませんよ、そこでは」
ティナが母を見た。
ヘルマは受け取った矢尻の包みを袋へしまい、エドガーへ顔を戻した。
「二人で仕事をしてるのかい」
「ああ。ハーゼンの護衛から戻ったところだ」
「しばらく遠出はしない?」
「近場で何かあれば、と思ってる」
ヘルマは頷いた。
「じゃあ、ちょうどいいかもしれないね。明後日、採集の護衛があるんだ。うちの二人だけじゃ手が足りなくて、ギルドに追加を頼んである」
「どの辺だ」
「石橋を渡った先の林。沢沿いまで入る予定だよ」
エドガーは道を思い浮かべた。
町から日帰りできる場所だ。ただ、採る物によっては作業する者が散らばる。
「採集は何人だ?」
「四人。護衛も四人は欲しい。詳しい話は受付に出てる」
「見ておく」
「予定が合えば頼むよ」
ヘルマはそう言い、ティナを待って戸口へ向かった。
ティナは職人へ受け取りの時刻を確かめてから、母の後へ続いた。
*
ギルドの受付前では、仕事を終えた一団が報酬を分けていた。
猫の耳を持つ男が卓へ硬貨を並べ、向かいの人間の女が、使った縄の代金を指折り数えている。隣では、長い耳の若者が濡れた外套を椅子へ掛けようとして、床へ雫を落とすなと注意されていた。
エドガーは空いた受付へ進んだ。
「ヘルマの言ってた採集の護衛、まだ空いてるか」
受付のマークが、依頼書を引き寄せた。
「二人分、残っています。レオンさんもご一緒ですか」
「ああ。先に内容を聞きたい」
依頼人は、町の薬種を扱う商人だった。
採るのは沢沿いに生える草の葉と根で、種類を見分けられる採集人が四人出る。荷を運ぶため、途中の道までは小さな荷車を使うという。
近頃、林の縁で魔物を見たという報告はあったが、人が襲われた話はまだ出ていない。
「採集する場所は、まとまってるのか」
「ヘルマさんが下見をしています。作業中は二組に分かれ、離れすぎないようにする予定です」
「帰りの時刻は?」
「午後には切り上げます。必要な量に足りなくても、延長はしません」
エドガーは依頼書をレオンの方へ向けた。
「どうだ」
「受けたいです。新しい剣も、明日もう少し慣らせますから」
エドガーは頷き、報酬と集合時刻を確かめた。
手続きを終えると、マークが二人の名前を書き加えた。
「明日の朝、ここで顔合わせをお願いします。採集人の方も来ますので」
「分かった」
受付を離れてから、レオンが尋ねた。
「ヘルマさんとは、前にも仕事を?」
「一度な。山へ入る道を案内してもらった」
「ティナさんも?」
「ああ。道中、母親がよく喋って、娘が曲がる場所を教えてた」
「逆じゃないんですね」
「喋ってても、道は分かってたぞ。歩きやすい方へ変えようとして、意見が分かれてた」
レオンは少し笑った。
「二人とも、慣れてるんですね」
「地元だからな。知らん場所では、ああいう相手がいると助かる」
入口へ向かうと、さっきの一団がまだ卓を囲んでいた。
今度は昼に何を食べるかで意見が割れているらしい。
エドガーたちはその脇を通り、外へ出た。
*
午後、ブルーノが家へ来た。
戸を開けると、工具袋を肩へ掛けたまま、台所の方へ目を向ける。
「棚だったな」
「ああ。こっちだ」
レオンが、置きたい物を卓へ並べて待っていた。
塩の壺、乾燥させた香草の小袋、よく使う椀。
ブルーノはそれを見てから、壁際に立てた板を手に取った。
「鍋は載せないんだな」
「はい。重い物は下に置こうと思ってます」
「なら、この板で足りる」
壁を確かめ、取り付ける位置を二人と相談する。
レオンが示した高さへ、ブルーノは首を傾げた。
「その高さで壺の中が見えるか」
「……取る時は届きますけど、戻す時に見えないですね」
「少し下げろ。毎日使うんだろ」
レオンが印を付け直す。
エドガーも横から手を伸ばした。
この高さなら、椀を重ねても無理なく取れる。
「ここでいい」
「分かりました」
ブルーノは必要な支えの形を紙へ描いた。
レオンが覗き込み、板をどちらから削るか尋ねる。ブルーノは木目を指し、短く答えた。
話が長くなりそうだったので、エドガーは湯を用意した。
「明後日は仕事に出る。棚はその後だな」
「急ぐ物じゃない。板だけ切って、続きは工房でやればいい」
ブルーノは椀を受け取り、腰を下ろした。
「菓子、うまかったぞ。家でも喜んでた」
「よかったです。割れてないか心配だったので」
「少しくらい割れても味は変わらん」
レオンが笑った。
エドガーは自分の椀を持ち、向かいへ座った。
卓の上には、棚へ移す予定の物がまだ並んでいる。
今は、椀を置く場所も狭い。
ブルーノが塩の壺を少し寄せた。
「確かに、棚はあった方がいいな」
「そうなんです」
レオンがすぐに答えたので、エドガーも笑った。
*
ブルーノが帰った後、レオンは台所の物を元の場所へ戻した。
エドガーは卓に残った木屑を払う。
壁には、小さな印が二つ付いていた。
棚ができたわけではない。それでも、どこへ何が収まるのかは、少し見えるようになった。
「明日の顔合わせ、朝食の後で間に合いますか」
「ああ。その後、剣を振りに行くか」
「はい。昨日みたいな打ち合いはせずに、まず一人で確かめます」
「俺は矢を見てくる。終わったらギルドで落ち合おう」
レオンは頷いた。
それから、壁際に置いた新しい剣へ目を向ける。
エドガーは布を畳みながら言った。
「抜くなら庭でな」
「分かってます」
レオンが剣を手に取り、裏口へ向かった。
やがて、庭で鞘から刃を抜く音がした。
エドガーは窓越しに一度だけ様子を見た。
レオンは振り回さず、構えた剣をゆっくり動かしている。
その顔は、店で受け取った時と同じだった。
明日の朝も、たぶん早く起きるのだろう。
エドガーはそう思い、夕食に使う鍋を取り出した。




