↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/91

帰りの荷

 帰りの荷を積む日の朝、エドガーはギルドへ立ち寄った。


 受付で街道の様子を尋ねると、職員は手元の記録を確かめた。


「村で捕らえた野盗は、兵に引き渡されたそうです。巡療会はまだ滞在しています」

「逃げた連中は?」

「全員捕まったという報告はありません。巡回を増やしていますので、街道から外れずにお願いします」


 あの後、新たな襲撃の報告は届いていないという。


 エドガーは礼を言い、外へ出た。


 入口の脇で待っていたレオンが、壁から背を離す。


「どうでした?」

「巡回は出てる。明日は予定どおりだ」

「分かりました」


 荷を積むのは午後からだった。宿へ戻るにはまだ早い。


 通りを歩いていると、レオンが菓子屋の前で足を止めた。


「少し寄ってもいいですか」

「ああ」


 店先には、浅い籠に入った焼き菓子が並んでいた。砕いた木の実を混ぜたものと、表面に蜂蜜を塗ったものがある。焼けた粉の匂いに、甘い香りが混じっていた。


 レオンは二つを見比べてから、店主へ尋ねた。


「持ち帰るのに三日ほどかかるんですが、どちらが日持ちしますか」

「それなら木の実の方だね。濡らさなければ大丈夫だよ」


 レオンは数を決め、小箱に詰めてもらった。


「それが、ブルーノへの土産か」


 エドガーが尋ねると、レオンは頷いた。


「はい。家族で食べてもらおうと思って」


 店主は箱の隙間へ薄い木の削り屑を詰め、菓子が動かないようにした。蓋を閉じ、紐を掛ける。


 エドガーも同じ菓子を幾つか買った。こちらは箱ではなく、紙に包んでもらう。


「エドガーさんも、お土産ですか」

「家で食う分だ」


 レオンは包みを見てから、もう一度籠へ目を向けた。


「そっちも二つください」

「蜂蜜の方かい?」

「はい。今食べます」


 店を離れると、レオンが一つ差し出してきた。


 受け取ってかじる。縁は硬く、中は少ししっとりしていた。噛むと蜂蜜が歯にくっつく。


「……甘いな」

「ですね」


 レオンも口を閉じたまま、しばらく顎を動かしていた。


 同じように歯へくっついたらしい。


 エドガーは残りを小さく割ってから、口へ入れた。


     *


 午後、倉庫には帰りの荷が揃っていた。


 木箱に詰められた皿や鉢、水差し。隙間には藁が入り、箱の外側にも扱いを示す印が付いている。


 レオンは手近な箱へ触れる前に、御者へ声を掛けた。


「どれから載せますか」

「こっちの大きいのからだ。底を持ってくれ」


 言われたとおりに抱え、荷台へ運ぶ。


 持ち上げる時には軽々としていたが、置く時はゆっくりだった。御者の指示を聞きながら位置を合わせ、手を抜く。


 エドガーは荷馬車の脇に立ち、倉庫の出入りを見ていた。


 他の商人の荷も動いている。荷車を押す者、空箱を運ぶ者が行き交い、その間を帳面を抱えた男がすり抜けていった。


「これは、少し音がします」


 若い御者が、運びかけた箱を下ろした。


 商人が蓋を開けると、中の鉢を包んだ藁が片側へ寄っていた。詰め直してから箱を傾け、動かないことを確かめる。


 積み終えた箱にも縄を掛け、御者が一本ずつ張りを見た。


 日が傾く頃、ようやく荷台に覆いが掛かった。


 エドガーは車輪と、その周りに落ちた木片を確認してから、商人へ顔を向けた。


「明朝でいいな」

「ええ。朝食を済ませたら出ましょう」


 レオンは荷台から降り、手の藁屑を払っていた。


「菓子は載せなくていいのか」

「自分で持ちます。潰したくないので」


 小箱は布に包み、背負い袋の上へ収めるらしい。


 若い御者も、御者台の足元へ小さな包みを置いていた。


「お袋に頼まれた物です。忘れると帰ってから言われますから」


 父親が横から覗き込む。


「足で踏むなよ」

「分かってるって」


 エドガーは自分の菓子の包みを思い出した。


 宿へ戻ったら、こちらも入れ直しておこう。


     *


 翌朝、二台の荷馬車はハーゼンの門を出た。


 行きよりも荷台から小さな音がする。


 車輪が窪みを越すたび、御者は馬を緩めた。急ぐほど荷に負担が掛かる。歩くエドガーたちも、その速さに合わせた。


 腰の剣が、時折コートの裾へ触れる。


 立っている時には気にならなかったが、長く歩くと少し位置が悪い。休憩の際、吊り革を短くして収まりを確かめた。


「当たりますか?」


 荷縄を見ていたレオンが尋ねた。


「少しな。これでいい」


 数歩歩いてみる。鞘の先が脚から離れた。


 レオンは頷き、緩んだ縄を締め直した。


 昼は街道脇の開けた場所で休んだ。


 馬に水を与え、交代で食事を取る。エドガーが食べている間、レオンは荷馬車のそばに立っていた。


 午後には、巡回の兵とすれ違った。


 向こうも二台の荷馬車へ目を向け、御者に行き先を確かめる。


「今夜は村に泊まる予定だ」


 エドガーが答えると、兵は頷いた。


「この先で道を外れるな。暗くなる前に入れ」

「ああ」


 馬を急がせる必要のない時刻だった。


 そのまま歩き、村の屋根が見えた頃には、まだ空に明るさが残っていた。


     *


 宿の前には、新しい板が打ち付けられていた。


 前に来た時の傷が、すべて消えたわけではない。それでも道に散っていた物は片付けられ、入口を人が普通に出入りしている。


 エドガーは荷馬車を止める場所を御者と確かめた。


 宿から、桶を持ったリゼが出てきた。


 服の上から巻いた左腕の腕章に、深緑の鳥が見える。


「あ、お帰りなさい」


 こちらを見て足を止め、桶を脇へ置いた。


「まだいたんだな」

「はい。私たちは明日、次の村へ向かいます」


 商人も御者台から降りてきた。


「その後、皆さんのお加減はいかがですか」

「落ち着いています。いただいた布も使わせていただきました。ありがとうございます」

「役に立ったなら何よりです」


 宿の主人が顔を出し、商人と部屋の相談を始めた。


 エドガーは荷台の覆いをめくった。途中でずれた箱はない。御者が縄を押さえる間に、端を引き直す。


 その横で、レオンが背負い袋を下ろした。


「リゼさん。あの時、宿にいた親子はどうしていますか」

「もう家に戻っています。昨日も顔を見に行きました」

「そうですか。よかった」


 レオンの肩が少し下がった。


「お子さんが、宿の前にいたお兄さんは帰ったのかと聞いていましたよ」

「俺のことですか?」

「たぶん。お礼を言いたかったようです」


 レオンは宿の入口を振り返った。


「出発する前に会えたらいいんですが」

「朝に来ることもあります。お母さんが、こちらの食事を手伝ってくださるので」


 リゼはそう答えてから、レオンの足元へ目を落とした。


「歩いていて、足は痛みませんでしたか」

「大丈夫です。この靴は履き慣れてますから」

「それならよかったです」


 リゼが桶を持ち上げようとすると、レオンが少し身を引いて場所を空けた。


「明日の村までは、遠いんですか」

「歩いて半日ほどです」

「皆さんで?」

「二人は、もうしばらくここに残ります。まだ手当ての必要な方がいますので」


 レオンは頷いた。


「リゼさんは休めていますか」


 桶へ伸ばしたリゼの手が止まった。


「……はい。交代で。昨日は先に休ませてもらいました」

「それならいいんですが。前にいた時も、ずっと動いていたので」


 リゼはレオンを見て、小さく笑った。


「ありがとうございます」


 レオンは宿の中へ目をやった。


「明日、運ぶ物があれば手伝います。出発前なら」

「では、重い箱が残っていたらお願いしてもいいですか」

「はい。出る前に声を掛けます」


 エドガーは覆いを留め、荷台から手を離した。


「レオン。先に自分の荷を入れろ。そこを通る」

「あ、すみません」


 レオンが背負い袋を持ち上げると、商人が帳面を手に入口へ向かった。


 リゼも桶を持って脇へ寄る。


 エドガーは御者にひと声掛けてから、二人に続いて宿へ入った。


     *


 夕食の後、エドガーは宿の庭へ出た。


 壁際の腰掛けに、巡療会のドワーフが座っていた。膝に布を広げ、槌の柄を確かめている。


 目が合うと、相手は顎を上げた。


「戻ったか」

「ああ」


 ドワーフの視線が、エドガーの腰で止まった。


「買ったのか」

「ハーゼンでな」

「弩だけでは、間に合わん時もあるからな」


 エドガーは頷き、少し間を空けて腰を下ろした。


 庭の奥では、御者の親子が馬の世話をしていた。二階の窓が開き、レオンが洗った布を掛けている。


 落とすなよ、と思ったが、布は紐へしっかり留められた。


「明日は、あの若いのと帰るのか」

「ああ。まだ護衛の途中だ」

「よく動くな。今日の昼におったら、薪を運ぶのを手伝ってもらいたかった」


 エドガーは窓を見上げた。


「頼めばやっただろうな」

「だろうな」


 ドワーフは笑い、槌へ目を戻した。


 会話はそこで途切れた。


 エドガーは靴の縁に残った泥を、小枝で落とした。乾いた塊が地面へ転がる。


 隣では、布が木の柄を擦る音がしていた。


 以前なら、用が済めば部屋へ戻っていただろう。


 今も、話すことがあるわけではない。


 エドガーは片方の靴を確かめ、もう片方へ手を伸ばした。


 二階から、食器を返しに行くレオンの足音が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。