帰りの荷
帰りの荷を積む日の朝、エドガーはギルドへ立ち寄った。
受付で街道の様子を尋ねると、職員は手元の記録を確かめた。
「村で捕らえた野盗は、兵に引き渡されたそうです。巡療会はまだ滞在しています」
「逃げた連中は?」
「全員捕まったという報告はありません。巡回を増やしていますので、街道から外れずにお願いします」
あの後、新たな襲撃の報告は届いていないという。
エドガーは礼を言い、外へ出た。
入口の脇で待っていたレオンが、壁から背を離す。
「どうでした?」
「巡回は出てる。明日は予定どおりだ」
「分かりました」
荷を積むのは午後からだった。宿へ戻るにはまだ早い。
通りを歩いていると、レオンが菓子屋の前で足を止めた。
「少し寄ってもいいですか」
「ああ」
店先には、浅い籠に入った焼き菓子が並んでいた。砕いた木の実を混ぜたものと、表面に蜂蜜を塗ったものがある。焼けた粉の匂いに、甘い香りが混じっていた。
レオンは二つを見比べてから、店主へ尋ねた。
「持ち帰るのに三日ほどかかるんですが、どちらが日持ちしますか」
「それなら木の実の方だね。濡らさなければ大丈夫だよ」
レオンは数を決め、小箱に詰めてもらった。
「それが、ブルーノへの土産か」
エドガーが尋ねると、レオンは頷いた。
「はい。家族で食べてもらおうと思って」
店主は箱の隙間へ薄い木の削り屑を詰め、菓子が動かないようにした。蓋を閉じ、紐を掛ける。
エドガーも同じ菓子を幾つか買った。こちらは箱ではなく、紙に包んでもらう。
「エドガーさんも、お土産ですか」
「家で食う分だ」
レオンは包みを見てから、もう一度籠へ目を向けた。
「そっちも二つください」
「蜂蜜の方かい?」
「はい。今食べます」
店を離れると、レオンが一つ差し出してきた。
受け取ってかじる。縁は硬く、中は少ししっとりしていた。噛むと蜂蜜が歯にくっつく。
「……甘いな」
「ですね」
レオンも口を閉じたまま、しばらく顎を動かしていた。
同じように歯へくっついたらしい。
エドガーは残りを小さく割ってから、口へ入れた。
*
午後、倉庫には帰りの荷が揃っていた。
木箱に詰められた皿や鉢、水差し。隙間には藁が入り、箱の外側にも扱いを示す印が付いている。
レオンは手近な箱へ触れる前に、御者へ声を掛けた。
「どれから載せますか」
「こっちの大きいのからだ。底を持ってくれ」
言われたとおりに抱え、荷台へ運ぶ。
持ち上げる時には軽々としていたが、置く時はゆっくりだった。御者の指示を聞きながら位置を合わせ、手を抜く。
エドガーは荷馬車の脇に立ち、倉庫の出入りを見ていた。
他の商人の荷も動いている。荷車を押す者、空箱を運ぶ者が行き交い、その間を帳面を抱えた男がすり抜けていった。
「これは、少し音がします」
若い御者が、運びかけた箱を下ろした。
商人が蓋を開けると、中の鉢を包んだ藁が片側へ寄っていた。詰め直してから箱を傾け、動かないことを確かめる。
積み終えた箱にも縄を掛け、御者が一本ずつ張りを見た。
日が傾く頃、ようやく荷台に覆いが掛かった。
エドガーは車輪と、その周りに落ちた木片を確認してから、商人へ顔を向けた。
「明朝でいいな」
「ええ。朝食を済ませたら出ましょう」
レオンは荷台から降り、手の藁屑を払っていた。
「菓子は載せなくていいのか」
「自分で持ちます。潰したくないので」
小箱は布に包み、背負い袋の上へ収めるらしい。
若い御者も、御者台の足元へ小さな包みを置いていた。
「お袋に頼まれた物です。忘れると帰ってから言われますから」
父親が横から覗き込む。
「足で踏むなよ」
「分かってるって」
エドガーは自分の菓子の包みを思い出した。
宿へ戻ったら、こちらも入れ直しておこう。
*
翌朝、二台の荷馬車はハーゼンの門を出た。
行きよりも荷台から小さな音がする。
車輪が窪みを越すたび、御者は馬を緩めた。急ぐほど荷に負担が掛かる。歩くエドガーたちも、その速さに合わせた。
腰の剣が、時折コートの裾へ触れる。
立っている時には気にならなかったが、長く歩くと少し位置が悪い。休憩の際、吊り革を短くして収まりを確かめた。
「当たりますか?」
荷縄を見ていたレオンが尋ねた。
「少しな。これでいい」
数歩歩いてみる。鞘の先が脚から離れた。
レオンは頷き、緩んだ縄を締め直した。
昼は街道脇の開けた場所で休んだ。
馬に水を与え、交代で食事を取る。エドガーが食べている間、レオンは荷馬車のそばに立っていた。
午後には、巡回の兵とすれ違った。
向こうも二台の荷馬車へ目を向け、御者に行き先を確かめる。
「今夜は村に泊まる予定だ」
エドガーが答えると、兵は頷いた。
「この先で道を外れるな。暗くなる前に入れ」
「ああ」
馬を急がせる必要のない時刻だった。
そのまま歩き、村の屋根が見えた頃には、まだ空に明るさが残っていた。
*
宿の前には、新しい板が打ち付けられていた。
前に来た時の傷が、すべて消えたわけではない。それでも道に散っていた物は片付けられ、入口を人が普通に出入りしている。
エドガーは荷馬車を止める場所を御者と確かめた。
宿から、桶を持ったリゼが出てきた。
服の上から巻いた左腕の腕章に、深緑の鳥が見える。
「あ、お帰りなさい」
こちらを見て足を止め、桶を脇へ置いた。
「まだいたんだな」
「はい。私たちは明日、次の村へ向かいます」
商人も御者台から降りてきた。
「その後、皆さんのお加減はいかがですか」
「落ち着いています。いただいた布も使わせていただきました。ありがとうございます」
「役に立ったなら何よりです」
宿の主人が顔を出し、商人と部屋の相談を始めた。
エドガーは荷台の覆いをめくった。途中でずれた箱はない。御者が縄を押さえる間に、端を引き直す。
その横で、レオンが背負い袋を下ろした。
「リゼさん。あの時、宿にいた親子はどうしていますか」
「もう家に戻っています。昨日も顔を見に行きました」
「そうですか。よかった」
レオンの肩が少し下がった。
「お子さんが、宿の前にいたお兄さんは帰ったのかと聞いていましたよ」
「俺のことですか?」
「たぶん。お礼を言いたかったようです」
レオンは宿の入口を振り返った。
「出発する前に会えたらいいんですが」
「朝に来ることもあります。お母さんが、こちらの食事を手伝ってくださるので」
リゼはそう答えてから、レオンの足元へ目を落とした。
「歩いていて、足は痛みませんでしたか」
「大丈夫です。この靴は履き慣れてますから」
「それならよかったです」
リゼが桶を持ち上げようとすると、レオンが少し身を引いて場所を空けた。
「明日の村までは、遠いんですか」
「歩いて半日ほどです」
「皆さんで?」
「二人は、もうしばらくここに残ります。まだ手当ての必要な方がいますので」
レオンは頷いた。
「リゼさんは休めていますか」
桶へ伸ばしたリゼの手が止まった。
「……はい。交代で。昨日は先に休ませてもらいました」
「それならいいんですが。前にいた時も、ずっと動いていたので」
リゼはレオンを見て、小さく笑った。
「ありがとうございます」
レオンは宿の中へ目をやった。
「明日、運ぶ物があれば手伝います。出発前なら」
「では、重い箱が残っていたらお願いしてもいいですか」
「はい。出る前に声を掛けます」
エドガーは覆いを留め、荷台から手を離した。
「レオン。先に自分の荷を入れろ。そこを通る」
「あ、すみません」
レオンが背負い袋を持ち上げると、商人が帳面を手に入口へ向かった。
リゼも桶を持って脇へ寄る。
エドガーは御者にひと声掛けてから、二人に続いて宿へ入った。
*
夕食の後、エドガーは宿の庭へ出た。
壁際の腰掛けに、巡療会のドワーフが座っていた。膝に布を広げ、槌の柄を確かめている。
目が合うと、相手は顎を上げた。
「戻ったか」
「ああ」
ドワーフの視線が、エドガーの腰で止まった。
「買ったのか」
「ハーゼンでな」
「弩だけでは、間に合わん時もあるからな」
エドガーは頷き、少し間を空けて腰を下ろした。
庭の奥では、御者の親子が馬の世話をしていた。二階の窓が開き、レオンが洗った布を掛けている。
落とすなよ、と思ったが、布は紐へしっかり留められた。
「明日は、あの若いのと帰るのか」
「ああ。まだ護衛の途中だ」
「よく動くな。今日の昼におったら、薪を運ぶのを手伝ってもらいたかった」
エドガーは窓を見上げた。
「頼めばやっただろうな」
「だろうな」
ドワーフは笑い、槌へ目を戻した。
会話はそこで途切れた。
エドガーは靴の縁に残った泥を、小枝で落とした。乾いた塊が地面へ転がる。
隣では、布が木の柄を擦る音がしていた。
以前なら、用が済めば部屋へ戻っていただろう。
今も、話すことがあるわけではない。
エドガーは片方の靴を確かめ、もう片方へ手を伸ばした。
二階から、食器を返しに行くレオンの足音が聞こえた。




