腰に下げるもの
石橋を渡る頃には、朝の冷たさが薄れていた。
川面に日が当たり、橋の下で水が白く泡立っている。エドガーは先を歩き、荷馬車が二台とも渡り終えるのを待った。
御者の息子が、手綱を握ったまま肩を回した。
「少し止まるか」
声を掛けると、若い御者は父親の荷馬車へ目をやった。
「まだ行けます」
「次に休める所まで、少しあるぞ」
今度は少し考えてから、頷いた。
「じゃあ、水を飲ませてください」
橋を離れた道の脇に荷馬車を寄せる。
レオンは後ろから来る者がいないか確かめ、御者が降りる場所を空けた。
商人も荷台から足を下ろした。腰へ手を当て、ゆっくり背を伸ばす。
「乗っているだけでも、こたえますね」
「揺れるからな」
エドガーは水を飲み、栓を締めた。
昨日、巡療会が確かめたのは、この橋までだった。
ここから先も、やることは変わらない。見通しの悪い所では速度を落とし、荷馬車から離れすぎないようにする。
レオンが水袋をしまった。
「次は俺が前を歩きますか」
「ああ。曲がり角では、荷車が来るのを待ってくれ」
「分かりました」
御者の親子が戻るのを待ち、再び歩き出した。
*
ハーゼンの町が見えたのは、午後も半ばを過ぎた頃だった。
低い丘を下りると、川沿いに並ぶ屋根が見えた。その向こうには、荷を積んだ船の帆柱が何本も立っている。
町へ近づくにつれて、荷車とすれ違うことが増えた。
樽を運ぶ者。空の籠を重ねた者。羊を追って道の端を歩く男。
レオンが荷馬車のそばへ戻ってくる。
「思ったより、大きい町ですね」
「川を使えるからな。荷が集まる」
門の前には、荷車が数台並んでいた。
順番が来ると、商人が荷の内容を伝えた。エドガーはその横で、村が襲われたことを門番へ話した。
門番の表情が変わる。
「その村から来たのか」
「ああ。今朝出た」
「知らせは昨日届いている。今朝、兵を向かわせたところだ」
街道では会わなかったと伝えると、門番は頷いた。
「別の村にも寄ることになっている。後で話を聞くかもしれん。泊まる宿は?」
商人が宿の名を答えた。
門番は書き留め、通るように手を振る。
門を抜けてから、若い御者が大きく息を吐いた。
父親は何も言わず、先の荷馬車をゆっくり進めていた。
*
荷を下ろす倉庫は、川の近くにあった。
開いた戸口から、木箱を運ぶ男たちが出入りしている。商人が顔なじみらしい男へ声を掛けると、荷馬車を寄せる場所が空けられた。
エドガーとレオンは、荷がすべて運び込まれるまで残った。
途中でレオンが包みを一つ持ち上げかけたが、倉庫の男に置き場所を尋ね、指示を受けてから運んだ。
商人は帳面を開き、受け渡す品を数えている。
村で切り分けた麻布についても、その場で説明していた。
荷台が空になった時には、川から吹く風が冷え始めていた。
「今日はこれで終わりです」
商人が帳面を閉じた。
「明日は仕入れ先を回りますが、町の中ですから、同行は結構です。夕方に宿で会いましょう」
「分かった。帰りの日は?」
「明日の話次第です。決まり次第、お伝えします」
倉庫の番人が戸を閉めるのを見届け、一行は宿へ向かった。
部屋を取り、馬と荷馬車を預ける。
御者の息子は荷物を置くと、寝台へ腰を下ろした。そのまま靴を脱ごうとして、父親に先に泥を落とせと言われていた。
エドガーは自分たちの部屋へ袋を置き、レオンを振り返った。
「ギルドへ報告に行ってくる」
「俺も行きます」
「疲れてるなら、休んでていいぞ」
「まだ大丈夫です。場所も覚えておきたいので」
二人で階段を下りる。
食堂にいた商人へ行き先を伝えてから、宿を出た。
*
ギルドでの報告は、少し時間がかかった。
職員は既に届いていた知らせを手元に置き、エドガーたちの話と照らし合わせた。
村を出た時の様子。巡療会が残っていること。町までの道中で、野盗には遭わなかったこと。
見ていない場所の話には、分からないと答えた。
「帰路に出る前にも、情報を確認してください」
職員はそう言い、書き終えた紙を脇へ置いた。
「討伐の依頼が出るかもしれませんが、お二人は」
「護衛の途中だ」
「承知しました。滞在先はこちらですね」
宿の名を確認され、それで話は終わった。
外へ出ると、軒先を片づけ始めている店もあった。
エドガーは通りに並ぶ看板を見た。
「剣は明日だな」
「そうですね。今からだと、ゆっくり見られませんし」
レオンは残念そうではあったが、足を止めなかった。
宿へ戻る途中、焼いた魚の匂いがした。
軒先の鉄板で、小ぶりな魚を何匹も焼いている。皮から落ちた脂が、火に触れて音を立てた。
レオンがそちらを見る。
「宿の夕飯、まだでしたよね」
「食えるなら買えばいい」
「エドガーさんは?」
「一匹でいい」
レオンは店の女に二匹頼み、代金を払った。
受け取った魚は、木の串に刺さっていた。塩を振っただけだったが、皮が香ばしい。
エドガーは店先の邪魔にならない所へ寄り、身をひと口食べた。
熱かった。
隣でレオンも同じように息を吹いている。
「先に言ってくださいよ」
「見れば分かるだろ」
言い返してから、エドガーは少し冷まして次を食べた。
*
翌朝、二人は宿の主人に教えられた武具屋へ向かった。
店の中には、剣だけでなく、槍の穂先や革の防具も並んでいた。壁際には修理を待つ盾が重ねられている。
店主はエドガーの弩を見た。
「矢か?」
「それも欲しい。先に片手剣を見せてくれ」
「長さは」
「少し短めがいい。腰へ下げて、歩くのに邪魔にならんものを」
店主が棚から三本出した。
飾りのあるものはなかった。柄に巻かれた革と、鍔の形が少しずつ違う。
エドガーは許しを得て、一番手前の剣を抜いた。
刃を確かめ、握り直す。
悪くはないが、少し先が重い。
二本目は手に馴染んだ。握りを変えても指が窮屈にならず、剣先を止めやすい。
レオンが横から覗いた。
「そっちの方が、扱いやすそうですね」
「ああ。これくらいでいい」
三本目も確かめたが、エドガーは二本目へ戻った。
生成する剣なら、重さも長さも自分で決められる。
店に並ぶものは、そうはいかない。それでも、手に合うものを選べば十分だった。
「鞘も込みか」
「そいつに合わせてある。吊るす革は別だ」
店主に値を聞き、鞘の口と縫い目を確かめた。
剣を納めると、途中で引っかかることなく収まった。緩すぎることもない。
「これにする。吊り革も頼む」
店主が革を選ぶ間、レオンは壁の剣を眺めていた。
手は伸ばしていない。
「見るだけだったな」
「見てるだけですよ」
振り返った顔が笑っている。
エドガーは代金を払い、矢の補充も済ませた。
*
店を出て少し歩くと、鞘が膝の近くに当たった。
エドガーは通りの端へ寄り、吊り革を短くした。
「どうですか」
「少し下げすぎた」
もう一度歩き、コートの裾が引っかからないか確かめる。
腰に重さがある。
必要になれば作れるのだから、持ち歩かなくていい。長い間、それで済ませてきた。
だが、宿の戸口を離れられなかった時には、その場で剣を抜ける方がよかった。
エドガーは柄へ手を置き、位置を確かめた。
「今度はよさそうだな」
「弩と一緒だと、重くありませんか」
「このくらいならな」
レオンが歩き出す。エドガーも隣へ並んだ。
川の方から、荷下ろしをする男たちの掛け声が聞こえてきた。
宿へ戻るには、まだ早い。
「何か見たい所はあるか」
「いいんですか?」
「夕方までには戻るぞ」
レオンは少し考え、それから通りの先を指した。
「あの道具屋を見たいです。さっき、窓に鉋が並んでたので」
エドガーは剣の柄から手を離した。
「お前も、見るだけで済めばいいな」
「……値段を聞くくらいは、いいですよね」
二人は荷車を一台やり過ごし、道具屋の軒先へ向かった。




