街の外で
荷馬車は二台とも、店の前に出ていた。
幌の下に木箱と布の包みが収まり、後ろの車では、若い御者が荷縄を締め直している。店主は手にした帳面と荷を見比べ、店員へ最後の指示を出していた。
「おはようございます。こちらは、もう少しで済みます」
エドガーたちに気づくと、店主が帳面を閉じた。
御者を紹介され、互いに挨拶を交わす。先頭の車を任されているのは顎に白いものが混じった男で、後ろの若者とは親子だという。
「息子もこの道は何度か通ってます。何かあれば、遠慮なく声をかけてやってください」
「分かった。出る前に、合図だけ決めておこう」
エドガーは二人が揃うのを待ち、止まるよう呼びかけたら、まず車を止めてほしいと伝えた。危険が迫っていても、指示なしに馬を走らせない。狭い道で二台が離れれば、守りにくくなる。
年配の御者は頷き、息子にも目を向けた。
「聞こえなかったら、聞き返せよ」
「分かってる」
若い御者が少し口を尖らせる。
レオンは荷台の後ろを確かめてから、二人の方へ戻ってきた。
「歩くのは、荷車のどちら側がいいですか。馬が嫌がる位置とかあります?」
「後ろのこいつは、急に顔のそばへ出なければ大丈夫だ。声をかけてくれれば、なおいい」
御者が馬の首を撫でる。
レオンは少し離れたところから声をかけ、その顔を見た。
エドガーは荷の脇へ自分の袋を預けた。道具を全て背負って歩く必要はないが、水袋と武器は手元に残す。
レオンも同じように荷を分けた。
「最初は俺が前を歩く。後ろを頼む」
「はい」
店主が御者台へ上がる。
車輪が回り始めると、軒先にいた店員が手を上げた。
*
南門を抜けた先では、畑の間を道が続いていた。
朝露の残る草が陽を受けて光り、畑へ向かう人々が荷車を避けて道の端へ寄る。御者は挨拶を返しながら、馬を急かさず進ませた。
エドガーは先頭の車から少し前を歩いた。
遠くまで見通せる場所では、後ろの車もよく見える。レオンは車輪から距離を取り、畑側と後方を交互に確かめていた。
街を出る時の顔には、まだ旅への期待が浮かんでいた。今は御者に話しかけられても、視線までそちらへ向けたままにはしない。
五年、冒険者として暮らしてきた男だった。
いちいち言う必要のないことまで、口を出すまいと思った。
畑が途切れ、道沿いに木立が増え始めた頃、年配の御者が声をかけてきた。
「この先の分かれ道、右は使わん方がいいですよ」
「何かあったか」
「橋の板を替えてるんです。歩きなら渡れるそうですが、荷車はまだ駄目だと」
エドガーは道の先へ目を向けた。
「いつ聞いた?」
「昨日、向こうから戻った仲間に。左でも、そう遠回りにはなりません」
分かれ道には、右側の道を塞ぐように枝が組まれていた。板切れに書かれた通行止めの文字もある。
エドガーが左を示すと、御者は手綱を動かした。
少し後ろで、レオンが二台目にも行き先を伝えている。
見慣れた道でも、前に通った時と同じとは限らない。
エドガーは曲がった先を確かめ、再び歩き出した。
*
昼は、道沿いの広場で休むことになった。
ほかにも荷車が一台止まっていて、その御者が木陰で食事をしていた。年配の御者とは顔見知りらしく、互いに片手を上げる。
馬を休ませ、荷縄を確かめてから、人も腰を下ろした。
エドガーはレオンと見張りを交代し、先にパンとチーズを食べた。日が高くなり、歩いている間は気にならなかった汗が、背中で冷えていく。
向こうの荷車から戻った御者が、水袋を置いた。
「明日の坂、やっぱり深い轍が残ってるそうです。真ん中はまだ柔らかいと」
「昨日聞いた話と同じだな」
「ええ。馬を入れる前に、歩いて見た方がよさそうです」
店主はパンを飲み込んでから頷いた。
「そこを越えるのに時間がかかっても、無理はしません。明日は少し早く出ましょう」
話がまとまると、御者は息子を呼び、帰りの荷の積み方について何か話し始めた。
エドガーは立ち上がり、広場の端で道を見ているレオンのところへ行った。
「交代だ。食ってこい」
「はい。今のところ、何もありません」
レオンは返事をしてから、先頭の荷車へ目を向けた。
「御者の人って、道のことをよく知ってますね」
「何度も通ってるからな」
「橋の工事も、ギルドでは聞きませんでした」
「全部の話が集まるわけじゃない。道を使ってる連中に聞く方が早いこともある」
レオンは頷いた。
「次の宿でも聞いてみます」
「ああ。ただ、飯を食ってからな」
レオンが笑い、荷車の方へ戻っていった。
*
午後は、緩やかな上り道が続いた。
車輪の音に混じり、荷台のどこかで小さく木が鳴る。馬の歩調は朝より遅くなったが、予定している宿場までは余裕があった。
一度、道の先の茂みが大きく揺れた。
エドガーは片手を上げて車を止めた。
少し待つと、細い脚が草の間から現れた。小さな鹿が道へ出て、こちらを見たまま立ち止まる。
耳が動いた。
次の瞬間には、反対側の木立へ駆け込んでいた。
エドガーは後続がいないか確かめてから、手を下ろした。
「進んでいい」
車輪が再び動く。
二台目の脇から、レオンがこちらへ頷いた。剣は抜いていなかった。
それ以外に足を止めることはなく、日が傾き始める前に、宿場の屋根が見えてきた。
道の両側に、厩を備えた宿や小さな店が並んでいる。店先には馬具が下がり、桶を抱えた子供が水場から歩いてきた。
「あそこです」
御者が、広い門のある宿を顎で示した。
レオンが後ろから近づいてくる。
「前にも、ここに泊まりました」
「覚えてるか」
「ええ。庭が広いので、荷車を入れやすいんです」
門の前でレオンが先に声をかけると、厩の方から男が出てきた。
店主の名を聞き、奥の空いた場所へ案内する。
荷馬車は二台並べて止められた。
*
荷を落ち着けるまで、護衛の仕事は終わらない。
店主が宿の者と荷の扱いを確認している間、エドガーは車のそばに残った。御者たちは馬具を外し、馬を厩へ連れていく。
レオンが自分たちの荷を下ろし、声をかけた。
「先に部屋へ運んできます。二階だそうです」
「頼む」
戻ってきたレオンと交代し、エドガーも部屋へ上がった。
寝台は二つ。窓の下には腰掛けが一つあり、壁に荷を掛ける釘が打ってあった。
敷布と寝具を確かめ、窓を少し開ける。
外からは、御者たちが馬の具合を話す声が聞こえていた。
エドガーは上着を脱ぎ、肩を回した。
一日歩いた疲れはあるが、どこかを痛めた様子はない。明日の道を考えても、今夜はしっかり休んでおきたかった。
階下へ戻ると、店主が食堂の卓を確保していた。
宿の者による夜の戸締まりと見回りを確認し、翌朝の出発時刻も決める。追加で確かめることがなくなると、ようやく皆が椅子へ腰を下ろした。
運ばれてきたのは、鶏肉と大麦の煮込みだった。人参と葱も入っていて、湯気と一緒に柔らかな香りが上がる。
レオンは匙を取る前に、給仕の女へ尋ねた。
「前に泊まった時、葱とチーズを包んで焼いた物を食べたんですけど、今もありますか」
「あれは昼に売り切れたよ。明日も焼くけど、出るのは朝早いんだろう?」
「そうなんです。帰りにあったら、食べたいな」
「寄った時に聞いておくれ」
女が去ると、若い御者がレオンを見た。
「うまいのか」
「熱いうちは特に。外が薄くて、端がぱりっとしてるんです」
「それなら、帰りに残ってるといいな」
二人で食べ物の話を始める。
エドガーは煮込みを口へ運んだ。大麦は柔らかく、長く歩いた後の腹に温かかった。
「お二人は、いつも組んでるんですか」
店主が尋ねた。
「最近、何度か一緒に受けてる」
「そうでしたか。今日も、声を掛け合うのが早かったので」
レオンが匙を止めた。
「前に組んだ時、合図をもう少し分かりやすくしようって話をしたんです」
「ああ。聞こえてると思っていても、そうとは限らんからな」
エドガーが答えると、年配の御者が息子へ目を向けた。
「ほらな」
「朝の話は、もう分かったって」
若い御者が返し、卓に笑いが起こった。
*
食事の後、レオンは宿の者から明日の道について話を聞いていた。
エドガーも横で聞いたが、坂の状態は昼に聞いた内容と大きく変わらなかった。歩ける場所は残っており、荷車も通っている。ただ、重い荷を積んだ車は時間がかかるという。
店主へ伝えてから、二人で部屋へ戻った。
レオンは靴を脱ぎ、足の裏を確かめている。
「擦れたか」
「いえ。少し砂が入ってたので」
靴を逆さにして落とし、縫い目にも指を当てた。
エドガーは水を飲み、窓の掛け金を確かめた。庭では最後の荷車が場所を決め、宿の者が門を閉める支度をしていた。
「ハーゼンにも、こういう宿は多いんですか」
レオンが尋ねる。
「川の荷を扱う町だからな。船着き場の近くにもある」
「船も多い?」
「俺が行った時は、多かった。荷を運ぶ小さいのがな」
「時間があったら、見に行きたいです」
レオンは靴を寝台の下へ置いた。
「でも、まず明日の坂ですね」
「御者に車を任せて、周りを見よう。全員で車輪を覗き込んでも仕方がない」
「はい」
エドガーは寝台へ腰を下ろした。
まだ旅の一日目だった。
家とは違う物音が、壁や窓を通して聞こえてくる。階下で椅子を引く音、厩で馬が足を踏み替える音。しばらくすると、それも少しずつ静かになった。
隣の寝台では、レオンが背負い袋から出した物をしまい直していた。
「明日は、先に起きた方が声をかけましょう」
「ああ」
エドガーは頷き、灯りを落とした。




