帰り道の相談
材木が一本下ろされるたび、積み上がった山の形が変わっていった。
作業人たちは止め木を確かめ、声を掛け合って次の一本に取りかかる。荷車のそばでは、年配の男が木口に打たれた印を帳面と照らし合わせていた。
エドガーは林を見ながら、ときおり作業の進み具合を確かめた。
運び出すのは、まだ使える材木だけだった。実際に下ろしてみると、下側が傷んでいるものもある。
「こいつは残すぞ。荷台には上げるな」
男の声に、作業人が手を止める。
急いで積むより、ここで選り分ける方がいい。使えない木を街まで運んでも、馬を疲れさせるだけだった。
昼を過ぎ、交代で休憩を取った。
エドガーが小屋の前へ戻ると、ニーナが干した林檎を齧りながら帳面を開いていた。
「報酬の計算か」
「使った油の分をつけています。昨夜、新しい瓶を開けたでしょう」
「ああ」
「帰ってから思い出そうとしても、忘れてしまうので」
そう言って帳面を閉じ、包みを差し出す。
一切れもらうと、噛むほどに甘みが出た。
「ベルトとは長いんですか」
ニーナが尋ねた。
「この街へ来てからだ。何度か仕事をした」
「その頃から、頼まれると何でも引き受けていました?」
「断る方ではなかったな」
ニーナは小さく息をついたが、その顔に困り切った様子はなかった。
「今回は、二人に来てもらえてよかったです。三人だけだったら、休憩を回すのも大変だったでしょうから」
川側では、ベルトが作業人に何か尋ねられていた。材木を指して少し話した後、持ち場へ戻っていく。
「よく気がつくから、頼まれるんだろう」
「そうなんです。本人も手を貸したがるので」
「お前さんが止めるのか」
「セドリックも止めますよ。無理だと思った時は、ベルトが納得するまで話してくれますから」
エドガーは、セドリックの穏やかな話し方を思い返した。
三人で仕事を続けるうちに、そういう役回りも決まってきたのだろう。
林の方へ目を向けていたレオンが、交代の時間を確かめに戻ってきた。エドガーは林檎の最後の一切れを口へ入れ、弩を手に立ち上がった。
*
その日のうちに、川側の材木は選り分けが済んだ。
積み終えた荷車は小屋の前へ移し、馬を外す。街まで戻るには遅いため、作業人たちもここで一晩過ごす予定になっていた。
小屋には全員が寝られるほどの広さがない。冒険者たちは軒先に場所を取り、持ってきた布を張った。
夕食には作業人の鍋から、少しずつ分けてもらえた。
塩漬けの豚肉と蕪を煮たものだった。柔らかくなった蕪に肉の脂が染みていて、固いパンにもよく合う。
「明日は小屋の脇だけだ。昼過ぎには積み終わると思う」
年配の男が椀を持ったまま言った。
「そこから出ると、街へ着くのは暗くなってからだな」
ベルトの言葉に、男も頷いた。
「もう一晩ここで休んで、朝に出たい。急いで車輪を傷めても仕方がない」
「分かった。見張りも今夜と同じで組もう」
話が済むと、作業人たちは火のそばで靴を脱ぎ、足を揉み始めた。
レオンは空になった椀を膝に載せ、少し離れたところで材木の選り分け方を聞いていた。
表から見ただけでは分からない傷みもあるらしい。男が短い木片を手に取ると、レオンが身を乗り出した。
エドガーはその様子を眺め、椀に残った汁を飲んだ。
「レオンは、木工もするんだね」
セドリックが隣へ腰を下ろした。
「さっき聞いたのか」
「うん。職人に教わりながら、椅子を作ったって」
「ああ。うちに置いてある」
火の向こうで、レオンが木片を裏返している。
男が断面を指すと、顔を近づけて何か尋ねた。
「楽しそうだ」
「あいつは、ああいうのが好きみたいだからな」
椅子を作っていた時も、熱心にブルーノの説明を聞いていた。今も、休憩のついでに尋ねただけにしては、話が長く続いている。
明日になったら、何を教わったのか聞いてみてもよさそうだった。
「見張り、先に立とうか」
セドリックが立ち上がる。
「いや、決めた順でいい。先に休んでくれ」
「それじゃ、頼むよ」
エドガーは椀を片づけて弩を取り、火の明かりが届かない方へ歩いた。
*
翌朝、林の端に牙犬が一頭姿を見せた。
合図を受けて作業を止め、作業人たちを道側へ集める。ベルトとセドリックが前へ出て、エドガーは弩を構えた。
牙犬はしばらくこちらを窺っていたが、広場には入ってこなかった。
やがて顔を背け、木々の奥へ引き返していく。
追いかけずにその場で待ち、ほかに動くものがないか確かめた。作業を再開してからも、林側の見張りは二人で続けた。
それ以上、牙犬が姿を見せることはなかった。
昼過ぎには、最後の材木が荷台へ収まった。
作業人たちは縄を締め直し、車輪や車軸を確かめて回る。終わったと声が上がると、地面へ腰を下ろす者もいた。
エドガーたちも交代で休み、予定どおり、もう一晩を小屋で過ごした。
*
翌朝の帰り道は、荷車に合わせてゆっくりと進んだ。
轍の深い場所では一台ずつ通し、途中で馬を休ませる。来た時より時間はかかったが、日が暮れる前には街へ着けそうだった。
午後になって畑が見え始めると、レオンが口を開いた。
「剣、もう一度見に行こうかな」
隣を歩いていたエドガーは顔を向けた。
「あの店か」
「はい。急いで買うつもりはないんですけど、今回の分が入れば、少し選びやすくなるので」
少し前を歩いていたベルトが振り返った。
「新しく買うなら、今のは予備に残すのか?」
「そのつもりです。まだ使えるし」
「旅にも持っていくなら、荷物に括りつけて歩いてみるといいぞ。長いものが増えると、結構邪魔になるからな」
レオンは背負い袋へ目をやった。
「普段は家に置いておこうと思ってました。遠くへ行くなら、持っていくかもしれません」
「替えがあれば助かることもあるね」
セドリックが続ける。
「僕は前に剣を傷めて、直せる店を探して三日歩いたことがある」
「三日も?」
「小さな村の鍛冶屋では、手に負えないと言われてね。大きな町まで行くことになったんだ」
話を聞きながら、レオンは腰の剣へ手を添えた。
「買った後のことも、考えておかないとな」
そう呟いてから、もう一度セドリックに顔を向ける。
今度は、どこを傷めたのか尋ねていた。
やがて門が見えた。
荷車を材木商の敷地まで送り届け、依頼の完了を確かめてもらう。ギルドで手続きを終える頃には、街の店先に夕餉の匂いが漂い始めていた。
ニーナが諸経費を確かめ、報酬を分ける。
「確認してください。買ったものの代金は、こちらに書いてあります」
エドガーは帳面と硬貨を確かめ、受け取った分を袋へ収めた。
「また人数が足りなければ、声をかけてくれ」
「ああ。そっちもな」
ベルトが頷く。
レオンも三人に礼を言った。
「剣を買ったら、今度見せてくれよ」
「まだしばらく迷ってるかもしれませんよ」
ベルトにそう返し、レオンは笑った。
*
帰りにパンを買い、二人で家へ向かった。
通りでは店じまいが始まっていた。露店の主人が空になった籠を重ね、その横を夕食の買い物を終えた人々が通り過ぎていく。
「明日は、買い物ですかね」
レオンが言った。
「洗濯もあるぞ」
「そうでした」
肩から下げた袋を持ち直す。その中には、煙の匂いが染みついた着替えが入っていた。
「鍛冶屋は明後日にするか」
「エドガーさんも行くんですか?」
「矢尻を預けてる。もうできてる頃だ」
家の前に着き、エドガーは鍵を取り出した。
レオンはパンの包みを抱え直して、扉が開くのを待っている。
「その後、ギルドにも寄らんか」
「次の仕事ですか?」
「ああ。よさそうなのがあれば、また一緒にどうだ」
レオンが顔を上げた。
「いいですね。少し遠くへ行く仕事も見たいです」
「護衛あたりか」
「はい。まだ行ったことのない町なら、なおいいんですけど」
「なら、行き先も見ながら探すか」
扉を開けると、閉め切っていた家の空気が流れてきた。
レオンが先に入り、パンを卓へ置いて窓を開けた。エドガーは荷を下ろし、壁際へ弩を立てかける。
「南の方は、どこまで行ったことがある?」
上着を脱ぎながら尋ねると、レオンが町の名を幾つか挙げた。そのうち一つは、エドガーも何度か足を運んだ場所だった。
泊まった宿も同じだと分かり、そこから食堂の話になった。
レオンが覚えていたのは、皿からはみ出すほど大きな肉の包み焼きだった。エドガーには、熱い汁で舌を火傷しかけた記憶がある。
「あれ、最初に割っておかないと駄目なんですよね」
「分かってても、腹が減ってると忘れる」
「また行きたいな。あそこ」
エドガーは頷き、台所へ向かった。
今度は、誘った理由を考え込まずに済んだ。




