積まれた木の下
出発は二日後に決まった。
先に五人で現地へ入り、翌朝までに材木置き場と周囲を調べる。問題がなければ、昼頃に到着する作業人たちを迎える予定だった。
「使えそうなら、古い作業小屋で寝る。駄目なら外だな」
ベルトが依頼書の端を指で押さえた。
「屋根が残ってるって話だったが」
「床も確かめてからにしよう。荷を置いたら抜けた、じゃ困る」
エドガーが言うと、ベルトは苦笑した。
「前にあったな」
「あの時は、お前の荷が重かった」
「床も腐ってたぞ」
隣で聞いていたレオンが、二人の顔を見比べた。
「結局、どっちが悪かったんです?」
「泊まる前に分かってよかった、という話だよ」
セドリックが穏やかに割って入り、ニーナの手元へ視線を戻した。
彼女は帳面に数字を書きつけている。
共同で買う薪や油の代金を先に分け、食料は各自で用意する。予定より日数が延びた場合の報酬も確認した。
話がまとまると、ニーナは帳面を閉じた。
「それじゃ、明後日の朝に北門で。寝坊した人は、最初の薪拾いをお願いします」
「誰に言ってる?」
「心当たりがある人に」
ベルトは何も言い返さなかった。
*
北へ向かう道は、畑を抜けると緩やかに上り始めた。
昼を過ぎた頃には家も見えなくなり、道の両側を木々が囲んだ。古い轍には草が伸びていたが、荷車が通れる幅は残っている。
ベルトが先頭を歩き、セドリックが最後尾についた。エドガーは道端に残る足跡や、茂みの奥へ目を配りながら進んだ。
五人で歩くと、二人の時より話し声が絶えない。
それでも見通しの悪い場所に入れば、誰から言うでもなく声が落ちた。ベルトたち三人は、立ち止まる時にも互いの位置を確かめる必要がないらしい。
昼の休憩では、レオンがセドリックに剣を見せてもらっていた。
「長く使ってるんですか」
「柄は一度替えたけれど、刃はずっとこれだね」
「買い替えようとは?」
「今のところは。手に馴染んでいるから」
受け取った剣を、レオンは鞘に収めたまま慎重に持ち直した。
「この前、鍛冶屋で見たのも、同じくらいの長さだったんです。でも、持った感じは随分違うな」
「欲しい剣があるのか」
「まだ迷ってます」
返す時の顔を見る限り、その迷いも楽しいらしかった。
エドガーは水袋の栓を締め、パンの残りを包んだ。
自分なら値段と扱いやすさが決まれば、そう長くは悩まない。だが、レオンが店で何本も持ち比べていた気持ちは、分からなくもなかった。
*
古い材木置き場へ着いた時、日はまだ木々の上にあった。
道の終わりに作業小屋があり、その脇に丸太が積まれている。さらに奥へ進むと、川に面した広場にも、材木の山が幾つか見えた。
二つの置き場は、空荷の荷車がすれ違えるほどの道でつながっていた。
「広さは、聞いてたとおりだな」
ベルトが槍の石突きを地面へ置いた。
小屋の戸は外れていたが、屋根に大きな穴はない。中を確かめると、床は踏み固めた土だった。壁際に古い木屑が溜まり、壊れた腰掛けが一つ転がっている。
天井の梁を見上げていたレオンが言った。
「これなら泊まれそうですね」
「寝る場所は使えそうだ。上も見ておくか」
エドガーは外へ回り、傾いた柱や屋根の沈みがないか確かめた。
ベルトたちが小屋の裏を調べて戻る頃には、ニーナが入口近くの木屑を箒代わりの枝で寄せていた。
「荷を置いたら、明るいうちに川側を見ましょう。暗くなってからでは、足跡も分かりにくいですから」
休む支度を最低限で済ませ、五人で奥へ向かった。
川沿いの材木は、地面に敷いた太い横木の上に積まれていた。下には人の腕が入る程度の隙間がある。
その一つを前に、エドガーは足を止めた。
土に細い筋が何本もついている。すぐそばには、齧り取られた樹皮が散っていた。
「こっちだな」
レオンが近づきかける。
エドガーは手で止め、積まれた木を見上げた。
「まだ触るな。下を動かすと、上まで崩れるかもしれん」
「はい」
ベルトが周囲を見回した。
「姿は?」
「今のところ見えない。ニーナ、下を照らせるか」
「少し離れてください」
彼女が杖を低く向けると、その先に淡い光が灯った。
光はゆっくりと材木の下へ入り、暗がりに溜まった葉や樹皮を照らした。
何かが動いた。
濡れたような灰色の毛。丸まった背は、大きな猫ほどもある。
鼻先から突き出した歯を見て、ベルトが低く言った。
「鉄歯鼠か」
一匹だけではなかった。
奥でもう一つ、光を避けるように背が動いた。見える範囲で三匹。さらに奥は、横木に遮られて分からない。
ニーナが光を引いた。
「今、追い出しますか?」
「今日は場所を確かめるだけにしよう」
エドガーは材木の山から目を離さずに答えた。
「暗くなるまでに処理まで終わらん。逃げ込める場所も、先に見ておきたい」
「賛成だ」
ベルトが頷いた。
「明日の朝に片づける。ほかの山も見よう」
川側の置き場を一回りし、同じような痕跡があるのは、その一か所だけだと確かめた。
牙犬らしい足跡は道の端に残っていたが、土は乾き、輪郭も崩れている。今日ここを歩いた跡には見えなかった。
ただ、それで来なくなるわけではない。
小屋に戻ると、夜は交代で見張りに立つことにした。
*
翌朝、ニーナは材木から少し離れた場所に立った。
正面ではベルトが槍を構え、レオンがその隣につく。エドガーは二人の後ろで弩を据えた。
セドリックは盾を持ち、横へ抜ける隙間を塞いでいる。
「出します」
ニーナの杖先に灯った光が、材木の奥へ滑り込んだ。
今度は消さず、奥から入口へゆっくりと動かす。
樹皮の擦れる音がした。
一匹が飛び出した。
ベルトの槍が、その身体を地面へ押さえた。
続いて出た一匹を、レオンが剣で仕留める。三匹目は二人の間を避け、材木に沿って走った。
エドガーが弩を放つ。
矢を受けた鼠が転がった、そのすぐ後ろから、もう一匹が飛び出した。
エドガーは弩を下げ、声を出した。
「もう一匹!」
セドリックが盾を地面近くまで下ろす。
鼠がぶつかって進路を変えたところへ、レオンが踏み込んだ。振り下ろした剣が、その背を捉えた。
それきり、材木の下は静かになった。
誰もすぐには武器を収めなかった。
エドガーが矢を継ぎ、ニーナがもう一度奥を照らす。葉の山は残っているが、動くものは見えない。
「四匹か」
ベルトが息を吐いた。
「昨日、手を入れなくてよかったですね」
レオンが材木の隙間を見た。
「一本持ち上げれば、見えるかと思ったんですけど」
「見えた途端に噛まれるぞ」
ベルトが槍先を引いた。
「こいつら、逃げる方に人がいてもお構いなしだからな」
レオンは死骸の前歯を見て、納得したように頷いた。
*
処理を終える頃には、朝の冷気は薄れていた。
エドガーたちは持ち場へ戻り、残った時間で小屋から川までの道をもう一度歩いた。材木を運ぶ者が足を取られそうな穴に枝を立て、道へ張り出した細い枝を払う。
昼前、荷車の音が近づいてきた。
作業人たちを連れた年配の男が、ベルトへ片手を上げる。
「どうだった」
「材木の下に鉄歯鼠が四匹いた。そっちは処理した。ただ、積み直すまでは、まだ下に手を入れないでくれ」
男は顔をしかめ、それから大きく頷いた。
「先に来てもらって正解だったな」
川側へ案内すると、男は積まれた材木を見上げ、作業人の一人を呼んだ。
「ここは上から少しずつだ。先に両脇へ止め木を入れるぞ」
レオンがそちらへ顔を向けた。
だが、動き出す前にエドガーを見た。
「俺は、川側を見ていればいいですか」
「ああ。木を動かすのは任せよう」
「分かりました」
剣の位置を確かめ、レオンが持ち場へ向かう。
力があれば、材木を運ぶ方でも役に立つだろう。
それでも今は、そちらを選ばなかった。
エドガーは反対側の林へ目を向けた。背後で男たちの掛け声が揃い、重い木がゆっくりと動く音がした。
「助かるな」
隣へ来たベルトが言った。
「三人だったら、俺も運ぶのを手伝ってたかもしれん」
「その間、誰が周りを見るんだ」
「だから、助かるって話だ」
ベルトは笑って、小屋側の持ち場へ戻っていった。
少し離れたところでは、ニーナが作業人から空いた道筋を聞き、セドリックと立つ位置を変えている。
エドガーは林の端を確かめてから、川側に立つレオンへ目をやった。
目が合うと、レオンが小さく手を上げた。
こちらも頷いて返す。
材木を載せる荷車が、ゆっくりと広場へ入ってきた。




