仕事の終わり
二か所目の柵を直し終えた頃には、昼を過ぎていた。
牧場主が新しい柱を両手で揺すり、横木の留まり具合を確かめる。
柱は動かなかった。
「よし。これなら大丈夫だ」
作業をしていた村人が、道具を置いて肩を回した。
レオンも掌の土を払い、エドガーのところへ戻ってきた。
「終わりました」
「ああ。こっちも変わりない」
林は静かだった。
昨日から何度か周辺を歩いたが、新たな魔物の姿は見つからなかった。壊れた柵のそばにも、夜の間に大きな獣が通った跡はない。
牧場主が二人へ近づいてきた。
「羊を連れてきてもいいか」
「ああ。俺たちは、ここで見てる」
「助かる。家の者を呼んでくるよ」
男は村人の一人と坂を下りていった。
残った者たちは、外した古い横木や道具をまとめ始めた。折れた柱も、小さく割れば薪に使えるという。
レオンは転がっていた木片を拾い、邪魔にならない所へ寄せた。
エドガーは林へ目を向けたまま、水袋の栓を抜いた。
*
しばらくして、坂の下から羊の鳴き声が聞こえてきた。
先頭が柵の入口へ入ると、後ろから白い背が続いた。人が追い立てなくても、次々に草地へ散っていく。
村の囲いでは押し合っていた羊が、今は頭を下げて草を食べていた。
牧場主は入口で数を確かめ、最後の一頭が通ると柵を閉めた。
「全部いるな」
隣の女も数え終えたらしく、頷いた。
レオンは二人の邪魔にならない所で、羊を眺めていた。
一頭が近くへ寄ってきたが、差し出した手を嗅ぐだけで、また草へ戻っていく。
「餌を持ってないと分かると、それです」
女が笑った。
「実家の家畜も、似たようなものでした」
レオンも笑って、手を引っ込めた。
エドガーは修理した柵へ目をやった。
大角鹿を倒した時には、まだ折れた木が散らばっていた。今は羊が戻り、牧場主が水桶を置く場所を指示している。
ようやく、この場所を使えるようになった。
*
放牧地を離れたのは、羊が落ち着いた後だった。
村へ戻ると、牧場主が書類を持ってきた。
「三日で済んでよかった。これでいいか?」
記された内容を確かめ、エドガーは頷いた。
男は空を見上げた。
「今から街へ戻るのか」
「いや。もう一晩泊めてもらえると助かる。明るいうちには着けそうにない」
「納屋はそのまま使ってくれ。今夜の飯も出すよ」
依頼は今日で終わりだと確認してから、二人は礼を言った。
レオンは空いた時間に道具を手入れし、エドガーは矢を確かめた。
大角鹿に使った二本のうち、一本は軸にひびが入っていた。
使える物と分けていると、レオンが隣へ座った。
「それ、駄目ですか」
「ああ。曲がっただけならともかく、これは無理だな」
矢を差し出すと、レオンはひびの部分を見た。
「次は、もう少し横を向かせてから撃った方がよかったですか?」
「最初の一射か?」
「はい」
エドガーは少し考えた。
「初めから近づく必要はない。あの距離で射てたんだから、それでいい」
「分かりました」
「ただ、二射目の前は助かった。追いかけて斬ろうとしなかっただろ」
「弩を待った方が楽だと思ったので」
レオンは矢を返した。
エドガーはそれを壊れた物の束へ収めた。
前へ出られるからといって、毎回出るわけではない。
任せれば、自分で考えて動く。
そのことが、今回の仕事で少し分かってきた。
*
翌朝、牧場主に見送られて村を出た。
坂の上には羊の群れが見えた。新しい柵は色が明るく、離れた道からでも直した場所が分かった。
「次に通った時も、あそこだけ新しそうですね」
レオンが振り返った。
「しばらくはな」
「長持ちするといいですけど」
「魔物が来なければ、持つだろう」
二人で街道へ出る。
朝露に濡れた草が靴へ触れた。道が広くなると、レオンは隣へ並んだ。
行きに確かめた場所を、今度は立ち止まらずに通った。
*
ギルドで報告を終えると、マルクがエドガーを呼び止めた。
「手紙が届いていますよ」
「俺に?」
「トマスさんからです」
受け取った封の表には、見覚えのある名前があった。
宛名の字は少し不揃いだったが、読めた。
レオンも横から顔を寄せた。
「無事に着いたんですね」
「中を見てからだな」
空いた卓へ移り、エドガーは封を開いた。
初めに、帰郷の旅は問題なく済んだと書かれていた。
手はまだ強く握れず、細かな作業にも時間がかかる。医師には引き続き診てもらっているという。
それでも、家の仕事は少しずつ始めたらしい。
「注文の帳面を見てるそうだ」
エドガーが言うと、レオンは向かいへ座った。
「前に言ってましたね」
「ああ。売り先へ顔を出す時も、兄貴についていってる」
その先には、実家の食事の量が多すぎると書かれていた。
母親はまだ旅の疲れが残っていると思っているらしく、食べ終わるたびに皿へ何か足されるという。
エドガーは笑った。
「元気そうだな」
レオンにも、その部分を話した。
「よかった。ちゃんと休めてるといいですけど」
手紙の後半には、村の若者に頼まれて、槍の持ち方を教えたことが書かれていた。
右手が十分に使えないので、まずは足の運び方と間合いから。何人か集まってきたが、毎日つきっきりで教えるつもりはないらしい。
畑や林へ出る時の人数と、魔物を見た時に誰へ知らせるかも、村の者と相談しているという。
「もう、教える方も始めたんだな」
エドガーは紙を持ち直した。
トマスなら、剣を振るだけを教えて終わりにはしないだろう。
ギルドで若い冒険者に地図を見せていた姿を思い出した。
「何て書いてあるんですか?」
「村の連中に、槍と見回りを教えてる。無茶をしないように、そこからだそうだ」
「トマスさんらしいですね」
レオンが言った。
最後には、こちらの近況も知らせてほしいとあった。
特に、家の住み心地はどうか、と。
エドガーは読み終えた手紙を畳んだ。
「返事を書くか」
「俺からも、よろしくって伝えてください」
「ああ」
同じ家に住んでいると書けば、どんな顔をするだろう。
驚いた後で、質問をいくつも書いてよこしそうだった。
*
家へ戻り、荷物を片づけてから、エドガーは卓へ紙を広げた。
向かいではレオンが財布を開き、今回の報酬を分けている。
「何か買うのか」
「少しずつ、剣の買い替え用に貯めてます。今のも使えますけど、いい物を一本欲しくて」
「目当てはあるのか?」
「まだです。見て回ってるところで」
レオンは分けた金を、小さな袋へ収めた。
エドガーは頷き、手紙へ戻った。
家の修理は終わったこと。
椅子も出来て、思っていたより快適に暮らしていること。
レオンが空いた部屋へ越してきて、二度ほど仕事を組んだこと。
そこまで書いて、筆を止めた。
どちらの仕事も、詳しく書けば長くなる。
少し迷ってから、村の柵を直す間、レオンが柱を支えていた話を加えた。
「何を書いてるんですか」
レオンが聞いた。
「お前がよく働くって」
「そこは、魔物を倒した方を書いてくださいよ」
「そっちも書いた」
「なら、いいです」
レオンは笑って立ち、湯を沸かしに行った。
エドガーは紙へ目を戻した。
以前なら、受けた仕事と街の様子を書けば、それで大体済んでいた。
今日は、まだ書くことが残っていた。
紙の余白を確かめ、もう少し細かな字で続きを書いた。




