同じ卓につく
洗った上着が乾いたのは、翌日の午後だった。
袖に鼻を近づけると、まだ少し煙の臭いがした。もう一度洗うほどではない。
エドガーは庭の縄から上着を外し、軽く払った。
隣ではレオンが、自分のシャツの脇を確かめている。
「破れたか?」
「いえ。縫い目が少し緩んでるだけです」
「引っ張られたんじゃないか」
「かもしれません。夜に直します」
牙犬にぶつかられた辺りだった。
身体は平気でも、服まで頑丈になるわけではないらしい。
レオンはシャツを畳み、乾いた布と一緒に抱えた。
「明日はギルドに行きます?」
「ああ。護衛の空きが残ってるか聞いてくる」
「じゃあ、一緒に出ます」
*
翌朝のギルドは、人が多かった。
受付の前には荷物を背負った冒険者が並び、掲示板の周りでは数人が同じ依頼書を覗き込んでいる。
エドガーは受付へ、レオンは掲示板へ向かった。
目当てにしていた護衛は、既に埋まっていた。
「代わりと言っては何ですが、明後日出発の便がありますよ」
マルクが別の書類を出した。
「南の町まで、布を運ぶ荷車が二台。片道二日です」
「御者は?」
「前にも組んだ方です。戻りも荷があるので、往復で五日ほど見てください」
知っている商人の名だった。
宿も取る便だという。報酬と道順を確かめ、引き受けることにした。
手続きを終えて振り返ると、広間の奥で太い腕が上がった。
「エドガー。こっちだ」
ドワーフの冒険者、ガレスだった。
壁際の卓には、仲間のミラも座っている。猫の耳を持つ彼女は、広げた地図から顔を上げた。
レオンは既に、その向かいに座っていた。
「知り合ったのか?」
「この前、ここで少し話した」
ガレスは空いた椅子を足で引いた。
「粉挽き場の仕事、二人で行ったんだってな」
「ああ。四頭いた」
「道は使えるようになったか。あそこが止まると、遠回りが面倒なんだ」
ミラが地図を畳んだ。
「仕事、決まった?」
「南へ五日ほど。明後日からだ」
「じゃあ、こっちは合わないね」
卓には、水路沿いの草刈りに付く護衛の依頼書があった。
ガレスがレオンへ向けて、それを押した。
「こいつを一人増やして受けようと思ってたんだ。お前はどうだ?」
「詳しく聞いてもいいですか」
「そのために座ってもらったんだろ」
レオンが紙を手に取る。
エドガーは立ちかけたが、ガレスに袖をつままれた。
「もうすぐ昼だ。話が済んだら飯に行こう」
「まだ少し早いぞ」
「早い方が座れる」
*
依頼は三日間。
街の外で水路の草を刈り、たまった枝や泥を取り除く作業だった。水辺に寄ってくる魔物を警戒し、作業する者を守る。
レオンは作業範囲と人数を聞いた後、地図を指した。
「全員で、ここから順に進むんですか?」
「その予定。離れて作業されると、こっちも守りきれないから」
ミラが答えた。
「水の中まで追う必要はないよ。作業を止めて、人を岸へ上げる方を先にする」
「分かりました。寝るのは近くの村ですか?」
「ああ。納屋を借りる。寝具と食料は持参だ」
ガレスが報酬の分け方を説明する。
レオンは最後まで聞き、引き受けると答えた。
その間、エドガーは口を挟まなかった。
自分が紹介したから面倒を見る、という話でもない。レオンが条件を確かめ、ガレスたちも仕事を任せられるか見ている。
手続きへ向かう二人を見送り、ミラが椅子の背へ身体を預けた。
「一緒に住んでるんだって?」
「ああ。部屋が余ってたからな」
「便利そうだね。留守の間、家を見てもらえる」
「今回は二人とも留守になる」
「そういう日もあるか」
ミラはそれだけ言って、荷物をまとめた。
理由を詳しく聞かれるかと思ったが、そうでもなかった。
*
ガレスが選んだ店は、ギルドから二本ほど通りを入った所にあった。
開いた窓から、炒めた玉ねぎと肉の匂いが流れてくる。店の中では女将が卓を拭き、その隣を皿を抱えた娘が通り抜けていた。
「四人、座れるか」
ガレスが声をかけると、女将は奥の卓を指した。
「そっち。今日は豚肉と豆の煮込みだよ」
「四つ頼む。パンもな」
座るなり注文を済ませる。
エドガーが上着を脱ぐと、向かいのミラが鼻を動かした。
「処理の煙?」
「まだ分かるか」
「少しだけ」
レオンが自分の袖へ顔を寄せた。
「こっちもですか?」
「同じくらい」
「もう一回洗った方がいいかな」
「どうせ明日、水路の泥がつくぞ」
ガレスが言い、ミラに肘でつつかれた。
「護衛を泥さらいに数えないで」
「足を取られたら手は貸すだろ」
「それと作業員を兼ねるのは別」
レオンが笑った。
運ばれてきた器には、柔らかく煮た豆と、大きめに切った豚肉が入っていた。エドガーはパンを割り、湯気が落ち着くのを待ってから匙を入れる。
「で、初めて組んでどうだった?」
ガレスが二人を見た。
「やりやすかったです。矢を継いでる間、止めていれば撃ってもらえるので」
レオンが答えた。
「エドガーの弩は当たるからな。前へ出すぎなければ、ちゃんと援護が来る」
「それはこっちも同じだ。前で止めてくれれば助かる」
エドガーは肉を一つすくった。
「レオンは、牙犬にぶつかられても動かなかった」
「へえ」
ガレスがレオンの肩を見た。
「そういうのは、仕事の前に聞いておきたいな」
「身体強化が使えます。力と、打たれ強さも上がるので」
「分かった。ただ、明日は水辺だ。重い物を持つより、足場に気をつけてくれ」
「はい」
そこで話は、明日の集合時刻へ移った。
珍しい力だと騒ぐ者も、何でも任せようとする者もいなかった。
エドガーは黙ってパンを煮込みに浸した。
*
食事が進むにつれ、仕事の話は少しずつ崩れていった。
ガレスが旅先で買った干し魚の話を始めた。
「見た目より柔らかそうだったんだがな」
「見た目どおり硬かったでしょ」
「煮ればよかったんだ」
「宿に鍋を借りて、結局、翌朝まで待ったんだよ」
ミラがレオンへ言う。
「そんなに?」
「ガレスが酒のつまみにしようとして、全部出したからね」
エドガーは匙を置いた。
「それで、朝飯が魚になったのか」
「悪くなかったぞ」
「その話、魚がうまかったところから始めればよかったのに」
「先に硬いって言ったのはミラだ」
レオンが笑いながら水を飲んだ。
店はいつの間にか混み始めていた。
背後の卓から注文の声が上がり、女将が厨房へ料理の数を伝える。窓際では、職人らしい男たちがパンの籠を回していた。
エドガーが空いた器を寄せると、レオンはまだ残っていた豆を匙ですくいながら言った。
「エドガーさん、こういう店にもよく来るんですか」
「家を買う前は、外で食う方が多かった」
「ここ、量もあっていいですね」
「もっと食いたければパンを頼め。煮込みをおかわりすると、午後は動きたくなくなる」
「やったことあるんですか」
「あるから言ってる」
ミラが笑い、ガレスは何も言わずに追加のパンを頼んだ。
*
店を出ると、ガレスたちは買い出しへ向かった。
レオンも明日の食料を買うというので、エドガーは途中まで一緒に歩いた。
「明日、先に出ますね」
「ああ。起こさなくていいぞ」
「三日目に戻る予定です。エドガーさんは、まだ留守ですよね」
「そうなるな。食い物は家に残しすぎないようにしよう」
レオンは指を折り、残っている食材を思い出していた。
「卵と玉ねぎは今夜使って、パンは明日の朝で。豆は乾いたままだから、そのままでいいですね」
「ああ」
市場へ着くと、レオンは干し肉を扱う店へ向かった。
店主に日持ちを聞き、必要な分を量ってもらっている。
ガレスたちとの仕事も、ああして自分で支度して出かけるのだろう。
エドガーは通りの端で待ちながら、明後日からの護衛を思い返した。御者は顔見知りだが、もう一人の護衛とは当日の顔合わせになる。
帰る頃には、レオンの方が先に家にいる。
どんな仕事だったか聞くのは、その時でいい。
「買えました」
レオンが包みを持って戻ってきた。
「じゃあ、帰るか」
「はい」
途中でパン屋へ寄り、今夜と翌朝の分を買った。
エドガーは受け取った包みをレオンへ渡し、自分はもう一つの荷物を持った。




