任せた間に
石積みは、牙犬を完全に防げる高さではなかった。
それでも、飛び越えるには勢いがいる。崩れた所を通るなら、近づく姿が見える。
エドガーは周囲を確かめ、レオンの隣へ戻った。
「俺がここから射る。寄ってきたら頼む」
「はい。石を越えてきたところを止めます」
レオンは剣と短剣を抜いた。
窪地では、四頭がまだ休んでいる。
いちばん手前の一頭まで、二十歩ほどだった。
エドガーは石積みから少し身を起こした。
「射るぞ」
レオンが頷く。
木に遮られていない一頭へ、弩を向けた。
弦が鳴った。
矢を受けた牙犬が身を跳ねさせ、地面へ崩れた。起き上がろうともがく声に、残る三頭が一斉に顔を上げる。
エドガーは身を引き、弩の弦を引き直した。
「来ます」
レオンの声は落ち着いていた。
先頭の一頭が石積みを越えた。
レオンは着地に合わせて剣を振った。牙犬は地面へ倒れ込み、脚をばたつかせた。
続く一頭が、そのすぐ後ろから飛びかかる。
レオンは短剣で牙を逸らしたが、魔物の身体までは避けなかった。
重い衝突音がした。
エドガーは思わず顔を上げた。
レオンは踏みとどまっていた。
体当たりを受けても姿勢を崩さず、押し返した牙犬へ剣を突き入れる。
その間に、最後の一頭が石積みの切れ目を回ってきた。
「回ってくるぞ」
「そっち、お願いします!」
レオンは倒れた二頭から目を離さなかった。
エドガーは矢を置き、弩を上げた。
回り込んできた一頭は、レオンへ向かおうとしていた。こちらに横腹を見せている。
「射る」
放った矢が胴へ刺さった。
牙犬は走った勢いのまま転がり、草を掻いた。起き上がろうとしたが、前脚が支えきれずに倒れる。
エドガーはもう一度、弦を引いた。
レオンも剣を構えたまま、動きの残る魔物を見ていた。
二人とも、すぐには近づかなかった。
*
四頭を仕留め、ほかに動くものがないことを確かめてから、エドガーは弩を下ろした。
「身体、何ともないか」
「大丈夫です」
「ぶつかられただろ」
レオンは上着の土を払った。
「これくらいなら。避けると、そっちへ抜けそうだったので」
痛がる様子はなかった。腕を動かし、脇腹にも触れてから、傷はないと言った。
荷物を軽々と運ぶ姿は見ていた。
だが、力が強いことと、魔物の体当たりを受け止められることは別だった。
「身体を強くするのが得意なんです。力だけじゃなくて、こういうのも」
レオンは自分の肩を軽く叩いた。
「何でも平気ってわけじゃないですけど」
「だろうな。無理な時は避けてくれ」
「はい」
エドガーは頷き、窪地へ目を戻した。
自分なら、あの一頭を避けるために下がっていた。そうなれば、回り込んだ相手を射るまでに、もう少し手間がかかっただろう。
レオンが止めると言い、そのとおりに止めた。
おかげで、弦を引く間も背後へ下がらずに済んだ。
「助かった。矢を継ぐ時間が取れた」
「こっちもです。最後の一頭まで来られたら、少し忙しかったので」
レオンが笑った。
エドガーは倒れた魔物を見た。
「じゃあ、残りを片づけるか」
「ええ」
*
窪地の周辺にも目を通したが、ほかの牙犬は見つからなかった。
散らばる骨のほかに、泥のついた革の切れ端が落ちていた。人の持ち物かと思って広げると、金具の残った家畜の首輪だった。
エドガーは布に包んだ。
粉挽き場で見せれば、どこから来た物か分かるかもしれない。
四頭の処理には、戦うよりずっと時間がかかった。
討伐の証明になる部位を取り、死骸を林の外へ運ぶ。川から離れた、火を扱える場所を選び、燃料を集めた。
レオンは重い死骸を引いても、途中で手を止めなかった。
その間にエドガーは周囲を警戒し、使えそうな枝をまとめる。
一人なら、運ぶたびに周囲を見直し、道具を持ち替えなければならない。
今日は、声をかければ別の仕事が進んだ。
「この枝も使えますか?」
「湿ってるな。そっちの枯れた方を頼む」
「分かりました」
手を動かしているうちに、日が傾いてきた。
焦げた臭いが風に流れ、レオンが少し顔を背けた。
「こればっかりは、慣れませんね」
「ああ。服にもつくしな」
「帰ったら洗わないと」
エドガーは袖を嗅ぎかけ、やめた。
確かめなくても分かっていた。
*
後始末を終えて粉挽き場へ戻る頃には、夕方になっていた。
水車はまだ回っていたが、荷を動かす人影は減っている。戸口で待っていた主人が、二人を見ると歩み寄ってきた。
「どうだった?」
「四頭倒した。処理も済んでる」
「四頭いたのか」
「ああ。明日の朝、道をもう一度見てくる。それまでは待ってくれ」
主人は大きく息を吐いた。
「分かった。小屋はそのまま使ってくれ」
拾った首輪を見せると、主人は眉を寄せた。
「うちの物じゃないな。近くで羊がいなくなったって話は聞いてる。持ち主に確かめよう」
「頼む」
エドガーが包みを渡す横で、レオンは水を使う場所を聞いていた。
建物の裏に案内され、二人で手や顔の汚れを落とす。
袖をまくったレオンの腕には、傷らしいものがなかった。
本人が何ともないと言っているのだから、何度も聞くことはない。
エドガーは自分の手を洗い、冷たい水を顔へかけた。
*
夕食は、干し肉と玉ねぎのスープにした。
粉挽き場の主人が玉ねぎを二つ分けてくれたので、薄く切り、細かく刻んだ干し肉と一緒に鍋へ入れた。
小屋の外で煮込み、柔らかくなったところで味を見て塩を足す。持参したパンも添えれば、腹にたまりそうだった。
煮えるのを待つ間に、レオンが剣の手入れを始めた。
水車の音が、今度は壁越しに聞こえていた。
「最後の一頭、お願いしてよかったですか」
レオンが刃を拭きながら尋ねた。
「ああ。ちょうど矢を継げたところだった」
「音は聞こえたんですけど、振り返る余裕がなくて」
「次から、撃てるようになったら声をかける」
「それだと助かります」
エドガーは頷いた。
仕事に出る前、合図は決めた。
それでも、一緒に動いて初めて分かることはある。
「お前が動かずにいてくれたから、こっちも狙いやすかった」
「あそこで横へ動いたら、邪魔になりますよね」
「なる。今日は助かった」
レオンは手入れを終えた剣を鞘へ戻した。
鍋を覗き、玉ねぎを匙で押す。
「もう少しですね」
「腹が減ったか」
「減りました。帰ってくる途中から、ずっと」
エドガーはパンの包みを寄せた。
「先に食ってていいぞ」
「エドガーさんの分まで食べそうなので、待ちます」
冗談なのかと思ったが、レオンは真面目に残りのパンを数えていた。
エドガーは笑って、自分の分を先に取った。
やがて玉ねぎが柔らかくなると、スープを器へ分けた。干し肉の塩気が汁に溶け、冷え始めた身体に温かかった。
レオンは一口飲んでから、パンを大きくちぎった。
*
翌朝は二人で林の道を歩き、昨日の窪地とその周辺を確かめた。
新たな姿はなく、粉挽き場でも夜の間に異変はなかったという。
主人へ結果を伝え、受領の書類に印をもらってから街へ戻った。
ギルドで討伐部位と書類を渡すと、マルクは記録を確認した。
「四頭ですか。報告より一頭多かったんですね」
「ほかは見つからなかった。林の窪地に居着いてた」
「場所も教えてください。次の報告があれば照らし合わせます」
略図に場所を示し、受け取った報酬を持って空いた卓へ移る。
共用の食料代を引き、残りを二つに分けた。
レオンが片方を数えて頷く。
「合ってます」
「ああ」
エドガーも自分の分を財布へ収めた。
レオンは立ち上がり、上着の袖へ鼻を近づけた。
「まだ臭いますね」
「洗うまでは取れんだろ」
「帰ったら、先に洗濯していいですか?」
「俺もやる。湯を沸かそう」
二人でギルドを出た。
昼の通りには、焼いた肉とパンの匂いが漂っていた。レオンが屋台へ目を向けたので、エドガーも足を緩める。
「買って帰るか」
「はい。洗い始めたら、昼を作るどころじゃなさそうですし」
包んでもらった昼食を、それぞれ荷物の上へ載せた。
エドガーは歩き出し、隣にレオンが並ぶのを待った。
仕事は終わった。
帰ってからやることも、二人とも同じだった。




