道の先を確かめる
西門を出た時、街道には既に荷車が何台も走っていた。
レオンは肩紐を掛け直し、エドガーの隣へ並んだ。
朝の空気は冷たいが、歩いているうちに指先が温まってきた。畑の向こうでは、農夫が二人、溝にたまった枯れ草を掻き出している。
しばらく街道を進むと、川沿いへ下りる分かれ道が見えた。
道端に低い石が置かれ、粉挽き場を示す木札が立っている。
「こっちですか」
「ああ。ただ、今日は先に橋を回る」
二人は枝道へ入らず、そのまま街道を進んだ。
レオンは歩きながら、枝道の先へ目を向けていた。
曲がり角の向こうに林があり、その先は見えない。
「荷車が引き返した場所も、詳しく聞いておきたいですね」
「御者がいれば、直接聞こう」
橋へ向かう道に入ると、行き交う荷車は減った。
レオンの歩く速さは一定だった。先へ急ぐでもなく、エドガーが立ち止まれば一緒に止まる。
川岸のぬかるみを避ける時だけ、少し前へ出た。
「ここ、端の方が固いです」
踏んだ場所を示し、先へ進む。
エドガーも同じ所を通った。
*
粉挽き場が見えたのは、昼にはまだ少し早い頃だった。
川から引かれた水路に、大きな水車が掛かっている。湿った木の軋む音に混じり、建物の中から低い響きが続いていた。
戸口で声をかけると、粉のついた前掛けをした男が出てきた。
「ギルドの依頼で来た。牙犬の件だ」
エドガーが書類を見せると、男は手を前掛けで拭って受け取った。
「助かった。こっちから来たってことは、橋を回ったのか」
「ああ。先に話を聞きたくてな」
男は粉挽き場の主人だった。
中へ声をかけ、若い働き手に水車の方を任せると、二人を建物の脇へ案内した。そこなら石臼の音に声を張らずに済んだ。
「昨日、使いが帰ってから何か出たか?」
「今朝、下の道で見た者がいる。姿を見て、すぐ戻ってきた」
「何頭?」
「二頭だそうだ。ただ、全部見えたかは分からん」
レオンが背負い袋を下ろした。
「その人と、最初に荷車で出会った御者さんは、ここにいますか?」
「ああ。呼んでくる」
主人が連れてきた二人は、どちらも建物の外へ目を向けていた。
御者は、林の中で牙犬に出会ったという。
「道の真ん中に一頭いた。犬かと思ったんだが、横からもう二頭出てきてな。馬が嫌がったんで、広い所まで下がって引き返した」
「追ってきたか?」
「少しは。ただ、ずっとついてきたわけじゃない」
今朝見たという働き手は、粉挽き場から道を下り、林へ入る手前で二頭を見つけていた。
「こっちを向いたんで、すぐ戻りました。近くまでは来てません」
エドガーは二人の話を聞き、道の位置を確かめた。
三頭が林の中を動き回っているのか。
それ以上いるのか。
まだ決められなかった。
「後は二人で見てくる」
「すぐ行くのか?」
「少し休んでからだ。戻るまで、下の道へは出ないでくれ」
主人は頷いた。
急いで何とかしてほしい気持ちは、顔を見れば分かった。
それでも、背負い袋を下ろした二人に先を促すことはしなかった。
*
借りる作業小屋を確かめ、水を飲んでパンを食べた。
床には木片や古い麻袋が残っていたが、端へ寄せれば寝る場所は取れる。扉の掛け金も使えた。
身軽にしてから外へ出る。
エドガーは弩を手に持ち、レオンは剣の鞘が脚に当たらないよう帯を直した。
粉挽き場から下る道は、初めのうちは見通しがよかった。
左に川、右には低い草地が続いている。その先で道が川から少し離れ、木々の間へ入っていた。
林へ近づくにつれ、水車の音が小さくなった。
入口の手前で、エドガーは足を止めた。
柔らかい土に、足跡がある。
犬に似ているが、指の跡が太く、爪が深く食い込んでいた。
しゃがんで見ていると、レオンは少し離れた所で立ち止まった。地面を覗き込む代わりに、道の先と林を見ている。
エドガーは顔を上げずに尋ねた。
「何か見えるか」
「今のところは。奥は茂みで見えません」
足跡は幾つも重なっていた。
道を横切った跡もあれば、道なりに歩いた跡もある。これだけで頭数を数えるのは難しい。
エドガーは立ち、靴についた土を落とした。
「ここは何度か通ってる。先も見よう」
「はい」
今度はレオンが道端の草へ目を留めた。
腰を落とし、折れた茎を指で脇へ寄せる。
「ここから出入りしてますね」
草の下に、細い踏み跡があった。
エドガーは弩を林へ向け、レオンが立つのを待った。
声に出して役割を決めなくても、どちらかが地面を見る時は、もう一人が顔を上げている。
その分、足元を落ち着いて確かめられた。
*
林の道は荷車一台分の幅しかなく、両脇の茂みは見通せなかった。
曲がり角の先で、茶色い背が動いた。
エドガーが手を上げると、レオンも止まった。
道の先に、牙犬が一頭いる。
大きな犬ほどの身体に、不釣り合いなほど太い首。唇の脇から、長い牙が覗いていた。
こちらに気づき、低く唸る。
エドガーは弩を構えた。だが、牙犬は木の陰に半身を隠していて、狙いづらい。
「もう一頭います」
レオンの声に目を動かす。
別の牙犬が、茂みを抜けて横へ回ろうとしていた。
目の前の一頭に気を取られれば、回り込まれる。報告にあった三頭目も、まだ見えていない。
「開けた所まで下がるぞ」
「はい」
レオンが剣を抜き、近づく牙犬へ切っ先を向けた。
エドガーは弩で狙いをつけたまま、来た道を戻る。
牙犬は距離を保ってついてきたが、二人が林を出ると足を止めた。
しばらく睨み合った末、二頭とも茂みへ引き返した。
二人は追わず、姿が見えなくなってからも警戒を続けた。
*
「出てきませんでしたね」
レオンが剣を下げた。
「ああ。あの中で戦った方が、向こうには都合がいいんだろう」
エドガーも弩を下ろした。
あの狭い道では、茂みから回り込む相手まで見張らなければならない。
「最初の一頭、俺の所からは木が邪魔だった」
「そうだったんですね。こちらからは見えてました」
「次は撃つ時に声をかける」
「分かりました。こちらも、前へ出る時は伝えます」
レオンは林を見てから、脇の草地へ目を移した。
「向こうから、様子を見られませんか。あの石積みの先です」
草地は緩く高くなり、古い石積みが林へ向かって延びていた。ところどころ崩れ、石の隙間から草が伸びている。
その先は、道沿いほど下草が詰まっていなかった。
「回ってみるか。無理に近づくなよ」
「はい」
二人は林から距離を保ったまま、草地を上がった。
石積みの陰から覗くと、木々の間に浅い窪地が見えた。土が露出し、枯れ枝や白い骨が散っている。
その中に、牙犬がいた。
一頭、二頭。
倒木のそばにもう一頭。少し離れた木陰にも、一頭が伏せていた。
エドガーは身を低くした。
「四頭ですね」
隣でレオンが囁いた。
「ああ。見えてる分で四頭だ」
ここなら、近づく相手を上から見られる。背後の草地へ下がる道もあった。
エドガーは矢筒に手を当ててから、レオンへ顔を向けた。
「ここを使おう。先に、回り込まれそうな所を確かめるぞ」
レオンは頷き、石積みに沿って目を走らせた。




