一度、組んでみる
レオンと暮らし始めてから、四日が過ぎた。
朝食を一緒に取る日もあれば、片方が先に出る日もあった。食器の置き場所を二度ほど聞かれ、薪を割る斧の場所は一度で覚えた。
今のところ、困ることはなかった。
その日は、エドガーが先に家を出た。
短い護衛の報酬を受け取り、ギルドの掲示板を眺める。荷馬車で二日先の町まで行く仕事があったが、出発は明後日だった。
人数の欄へ目を移したところで、横から声がした。
「エドガーさん、明日は空いてますか?」
レオンだった。手には一枚の依頼書を持っている。
「今のところはな」
「これ、一緒にどうかと思って」
差し出された紙を受け取る。
西の街道から枝道へ入った先にある、粉挽き場からの依頼だった。
穀物を運ぶ道で魔物が目撃され、配達の荷車が引き返している。対象は牙犬。報酬は討伐と周辺の確認を含めた額で、二人以上での受注が条件になっていた。
「何頭だ?」
「一度に見たのは三頭です。昨日の昼に、粉挽き場の使いが届けたそうです」
レオンは受付の方を指した。
「詳しい話はマルクさんが。受ける前に、エドガーさんの予定を聞こうと思って」
エドガーは紙へ目を戻した。
牙犬は、大きな犬に似た魔物だった。顎が太く、口を閉じても長い犬歯の先が見える。
一頭ずつなら、それほど厄介ではない。
ただ、群れで左右に分かれて近づいてくる。正面の一頭だけを追えば、別の一頭に脚を狙われる。
「やったことは?」
「あります。前の二人と、何度か」
「この辺で?」
「いえ、別の街です。ここへ行くのは初めてです」
エドガーは依頼書に書かれた道順を確かめた。
粉挽き場には行ったことがある。川沿いの道は荷車が通れる幅があるが、途中で林に接する。
魔物が居着けば、粉挽き場と畑の間を行き来する者には困りものだった。
「話を聞くか」
レオンが頷いた。
*
受付のマルクは、依頼書を見ると奥の棚から書き付けを出した。
「その仕事ですね。二人で?」
「まだ決めてない。目撃の場所を聞きたい」
「粉挽き場へ向かう枝道です。西の街道から入って、徒歩で半刻ほどの辺り。荷車の前へ出てきたので、御者が引き返しています」
マルクは卓に略図を広げた。
街道から分かれた道が、川に沿って曲がっている。その先に粉挽き場の印があった。
「人の怪我は?」
「報告ではありません。今は荷を運ぶのを止めて、粉挽き場にいる者もまとまって外へ出るようにしています」
エドガーは曲がり角を指した。
「ここから先は、まだ見てないんだな」
「ええ。三頭より多い可能性はあります」
隣でレオンが身を寄せた。
「粉挽き場までは、反対側から回れますか?」
「上流の橋を使えば。ただ、徒歩で一刻ほど余計にかかります」
「なら、そっちから先に話を聞けますね」
エドガーは頷いた。
使いが戻ってから、新しい目撃があるかもしれない。現場へ入る前に、粉挽き場で確かめておきたかった。
「寝る場所は借りられるか」
「作業小屋を空けるそうです。食事は持参でお願いします」
朝に出て、迂回して粉挽き場へ着くのが昼前。
話を聞いて周囲を歩けば、その日のうちに討伐まで終わるとは限らない。片づいても、処理を急いで街へ戻るつもりはなかった。
レオンが略図から顔を上げた。
「一泊で考えて、食料は余分に持っていきましょうか」
「ああ。明日のうちに見つからなければ、翌朝も見られる」
マルクは二人を見た。
「受けますか?」
エドガーはもう一度、依頼書の報酬を見た。
二人で分け、食料と消耗品を差し引いても、悪くはない。
弩で十分に対処できる相手でもある。
「俺はいい。お前は?」
「お願いします」
エドガーは依頼書を受付へ戻した。
「じゃあ、二人で」
*
手続きを済ませて外へ出ると、レオンは通りの端で立ち止まった。
「報酬は半分ずつでいいですか。共用で買う物は、先にそこから引いて」
「ああ。道具を壊した時は、その時に話そう」
「分かりました」
話は早かった。
エドガーは道の向こうの食料品店へ目をやった。
「買い出しに行くか」
「はい。家の豆、旅用に少し持っていってもいいですか?」
「煮てある分なら今夜で食べきるぞ。明日持っていく分は別にしよう」
「じゃあ、干し肉も買います」
店では日持ちのするパンと干し肉を選び、塩の残りも確かめた。
レオンは必要な量を数え、二つに分けて包んでもらった。
五年、冒険者を続けてきたという話だった。
こういう支度を見ていると、それはよく分かった。エドガーが口を出す前に済んでいることも多い。
店を出てから、レオンが言った。
「一度、組んでみたかったんです」
「そうなのか」
「はい。トマスさんから、何度か仕事の話を聞いてたので」
エドガーは包みを持ち直した。
「余計なことを言ってなければいいが」
「無理な時は、ちゃんと無理だと言ってくれるって」
「それなら間違ってない」
レオンは笑った。
「今回も、一人で行くなら別の仕事にするつもりでした。横から来る相手を一人で見るのは、面倒なので」
「面倒で済めばいいがな」
「ええ。噛まれたくはないです」
そう言って、レオンは自分の脚へ目を落とした。
誘いを受けた時より、エドガーは少し気が楽になっていた。
*
家へ戻り、昼を済ませてから荷物を広げた。
縄はエドガーが持ち、レオンは小鍋を出した。
灯りと火口、傷の手当てに使う布。互いの持ち物を確かめ、同じ物を余分に詰めすぎないように分ける。
エドガーの荷物は、一人で出る時より少し増えた。
普段なら現地で作る刃物も、買った物を持っていく。弩の矢も、数をそろえた。
レオンは鞘から剣を抜き、刃を窓の光へかざしていた。
続いて短剣を確かめる。
「戦う時は、両方抜くのか」
エドガーが聞くと、レオンは顔を上げた。
「相手によります。牙犬なら、近づかれた時に短剣も使います」
「分かった。射る時に、お前がどっちへ動くか知っておきたい」
「普段は、相手の正面から少し外れます。弩は、最初に撃ちますか?」
「狙える場所ならな。その後は、お前の位置を見て決める」
レオンは剣を鞘へ戻し、卓の上の空いたところを指した。
「逃げる相手を追う時は、先に声をかけます」
「林へ入ったら止まってくれ。見えなくなると援護できん」
「はい。追うより、残った方を先にしましょう」
エドガーは頷いた。
話しておきたいことは、ほかにもあった。
だが、ここで動きの全てを決められるわけではない。実際の道幅も、足場も、明日見てからだった。
「どっちかが下がれと言ったら、いったん下がる。それでいいか」
「いいです」
レオンも、今度は迷わず頷いた。
*
支度を終える頃には、庭の半分が日陰に入っていた。
レオンは作りかけの椅子に掛けた布を直し、飛ばないよう端を留めて戻ってきた。
「明日は、明るくなったら出ます?」
「ああ。門を出る前に水を満たしていこう」
「朝はパンと、残ってるチーズでいいですね」
「それで十分だ」
エドガーは戸口の脇へ背負い袋を置いた。
その隣に、レオンの荷物が並ぶ。
誰かと仕事をすること自体は、珍しくない。トマスとも、ガレスたちとも組んできた。
ただ、待ち合わせの場所を決めずに支度が終わるのは、少し妙な感じがした。
明日は同じ家から出る。
エドガーは二人分の荷物を見てから、台所へ向かった。
「豆、温めるぞ」
「皿を出します」
レオンが食器棚を開けた。
もう、置き場所は聞かなかった。




