茶が冷めるまで
エドガーが鍵を開けると、レオンは戸口で足を止めた。
「お邪魔します」
「ああ。入れ」
窓を開け、卓の上に置いたままだった布を片づける。
出かける前に器は洗っておいた。散らかっていると言っても、壁際の籠に洗濯物が残っているくらいだった。
レオンは入口の敷物で靴の泥を落とし、中へ入った。
「思ったより広いですね」
「一人で使うにはな」
「上も部屋ですか」
「寝室と、空き部屋が一つ」
エドガーは水差しから鍋へ水を移した。
レオンは台所の作業台へ目を向けている。
「これが、話してた卓ですか」
「ああ。大工に直してもらった」
「見てもいいですか」
「構わん」
レオンは脇へしゃがみ、脚と天板のつなぎ目を見た。
エドガーは竈に火を入れながら、その様子を眺めた。
「上ばかり見るかと思ったら、下か」
「どうやって高くしたのか、気になって」
「脚を替えて、横にも木を入れたと言ってたな」
「揺れないようにしてるんですね」
立ち上がったレオンは、天板へ両手を置いた。軽く体重を掛けてから、頷く。
「いい高さだ」
「お前も料理するのか」
「しますよ。宿に泊まってばかりだと高くつくし、外じゃ自分で作るしかないので」
「家でも?」
「手伝ってました。うちは農家なんで、忙しい時は、できる奴がやらないと」
レオンは天板の端に残った黒い跡を見た。
「これは焦げですか」
「ああ。削っても残った」
「でも、ここなら使う分には困らないですね」
「そう思って残した」
買い替えずに直した理由を、細かく説明する必要はなかった。
*
湯が沸く前に、表の戸が叩かれた。
薪を届けに来た男だった。
エドガーは量と代金を確かめ、裏庭へ回る道を示した。竈の火を落とし、レオンと一緒に外へ出る。
薪置き場は、家の裏に張り出した小さな庇の下にある。
「手前を空けるから、新しいのは奥へ頼む」
「こっちの分を動かせばいいですか」
レオンが残っていた薪を指した。
「ああ。乾いてる方から使いたい」
エドガーが受け取りの話をしている間に、レオンは薪を脇へ移し終えていた。
戻ってくると、今度は届けられた束を二つ重ねて持ち上げる。
「一つずつでいいぞ」
「これくらいなら平気です」
足取りは変わらなかった。
持ち上げる時にも、腕へ抱え直す時にも、力を込めた様子がほとんどない。
エドガーは一本ずつ積む方へ回った。
レオンが運び、エドガーが置き場へ収める。途中で役目を替えるつもりだったが、その必要もなく最後の束が来た。
「どこか、空けときます?」
「それで全部だ」
レオンは手の木屑を払った。
息も上がっていなかった。
「力があるな」
「それは、昔から」
笑って返す顔に、誇るようなところはなかった。
荷を運んできた男の方が、肩を回しながら感心していた。
*
井戸で手を洗い、家へ戻った。
エドガーは湯を温め直し、茶葉を入れた。レオンは席を勧められてから椅子を引き、腰を下ろした。
「助かった。あれだけあれば、しばらく持つ」
「薪割りはしないんですか」
「焚きつけを作るくらいだ。大きいのは割った物を買ってる」
「その方が楽ですよね。実家では、よく割ってました」
「得意そうだな」
「割るのは。でも、積むのは母の方が上手かったです。同じ場所に、俺よりずっと多く置くんで」
エドガーは二人分の杯を卓へ置いた。
「力だけじゃ片づかんこともあるな」
「ええ。何回か積み直しました」
レオンは杯へ手を伸ばし、少し冷ましてから飲んだ。
しばらく、実家の話を聞いた。
収穫の時期には近所同士で手伝うこと。父親は道具をなかなか捨てず、柄を替えて使い続けること。
冒険者になると言い出した時には、その道具で畑を耕すのでは足りないのかと聞かれたらしい。
「嫌だったわけじゃないんですけどね。家の仕事も」
「外を見たかったか」
「はい。話で聞くだけじゃ、分からないでしょう」
レオンは窓の外へ目を向けた。
「この街だって、来るまでは大きな市場があるくらいしか知らなかったです。工房もこんなにあるし、川の船着き場も広いし」
「船は見に行ったのか」
「昨日。荷を積むところを見てたら、邪魔だから下がれって言われました」
「働いてる所だぞ」
「ちゃんと下がりましたよ」
エドガーは笑い、茶を飲んだ。
*
話が途切れたところで、レオンが座り直した。
背を預けかけ、また少し前へ戻る。
「座りにくいか」
「いえ。ちゃんと座る分には」
「妙な言い方だな」
「もう少し背中を倒せたら、楽だなと思って」
エドガーも自分の椅子を見た。
丈夫で、食事や細かい作業には不自由しない。ただ、長くくつろぐには背もたれが立ちすぎていた。
「足を伸ばして座れる物は欲しいな。今あるのは、これと寝台くらいだ」
「寝台だと、そのまま寝ちゃいますからね」
「ああ。起きるつもりで横になってもな」
レオンが頷いた。
「椅子、作れないかな」
「自分でか」
「簡単な物なら。箱とか棚は作ったことがあります。ただ、人が座るなら、つなぎ方をちゃんと考えないと」
卓の脚へ、もう一度目を向ける。
「家で作ってたのか」
「ええ。端材を使って。綺麗にはできませんでしたけど、自分で使う分には」
「なら、こいつを直した大工に聞いてみるか。ブルーノっていうんだ」
「紹介してもらえます?」
「仕事の手が空いてればな。材料のことも聞けるだろ」
レオンは嬉しそうに笑った。
「まず、形を考えてみます」
「今すぐ作り始めるなよ。ここは飯を食う場所だ」
「削るのは外でやりますよ」
「もう、ここで作るつもりか」
「あ」
レオンが杯を置いた。
「すみません。宿の部屋じゃ狭いから、つい」
エドガーは裏庭へ続く戸を見た。
まだ片づけていない石が、端に寄せてある。それでも、木を置いて作業する場所くらいはあった。
「昼間、俺がいる時なら庭を使ってもいい。道具と材料は、使い終わったらまとめろよ」
「はい。ありがとうございます」
「形も決まってないんだ。礼は早い」
*
杯が空になってからも、レオンはしばらく椅子の話をしていた。
座る所を少し低くしたい。背もたれは肩まで欲しい。肘を置ける所もあるといい。
「ずいぶん大きくなるな」
「くつろぐためなら、そのくらいあっても」
「運ぶことも考えろよ」
「戸を通る大きさにはします」
エドガーは入口へ目をやり、笑った。
レオンが帰り支度をした頃には、窓から入る光が卓の端まで移っていた。
「長居しました」
「ああ。またな」
「次に来る時、考えた形を持ってきてもいいですか」
「いいぞ。仕事でいない日もあるから、先にギルドで声をかけてくれ」
「分かりました」
戸口で見送り、エドガーは台所へ戻った。
二つの杯を片づける。茶はすっかり冷めていた。
窓際の椅子へ座り、背もたれに身体を預けてみる。
食事をする時には気にならなかったが、確かに、もう少し傾いていてもよかった。
エドガーは足を伸ばした。
次にブルーノと会ったら、材料の値段くらいは聞いてみようと思った。




