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北門で見送る

出発の日、エドガーが宿へ着くと、トマスは女将に包みを渡されていた。


「昼の分。途中で買わなくて済むようにしておいたよ」


「代金は――」


「昨日までの宿代は、きっちりもらってる。それは持っておいき」


 トマスは言いかけた言葉を引っ込め、左手で包みを受け取った。


「ありがとうございます。世話になりました」


「また街へ来たら寄りな。飯だけでもいいから」


「ええ」


 足元には、まとめ終えた荷物が並んでいた。


 背負い袋と毛布の包み。布を巻いた剣。それに、レオンが留め具を取り付けた木箱。


 エドガーが背負い袋へ手を伸ばすと、部屋の方からレオンが出てきた。


「忘れ物、なかったです。寝台の下も見ました」


「悪いな。そこまで」


「覗くだけですから」


 レオンは木箱を抱えた。エドガーが背負い袋を担ぎ、毛布と剣の包みを持つ。


 トマスは食料を自分の肩掛け袋へ入れ、女将にもう一度頭を下げた。


     *


 北門の手前には、荷車が何台も止まっていた。


 荷を確かめる商人。馬に水を飲ませる御者。通行の邪魔にならない場所で、連れを待つ旅人たち。


 トマスがその中の一人へ手を上げた。


「お待たせしました」


 幌の脇に立っていた商人が振り返った。


 日に焼けた顔に、太い眉。トマスを見ると、荷車の後ろへ回り込んだ。


「まだ早いくらいだ。荷物はそれで全部か」


「はい」


「なら、こっちへ。箱は奥、道中使う物は手前に置こう」


 エドガーたちが挨拶をすると、商人も名乗った。


 トマスの父とは長い付き合いで、木材を買い付けに村へ寄ることもあるという。


「こいつが小さい頃は、荷台に乗りたがってな」


「その話はいいですよ」


「今度は降りるなと言う方だ。途中の荷下ろしまで手伝おうとするんじゃないぞ」


「分かってます」


 トマスが苦笑した。


 エドガーは御者の指示に合わせて荷を積んだ。木箱が動かないよう、レオンが横へ毛布の包みを詰める。


 剣は、他の荷の下へ入らない場所に収まった。


     *


「間に合った」


 声をかけてきたのは、トマスが畑の調査へ連れていった若い冒険者たちだった。


 一人が小さな布袋を差し出す。


「道中で食べてください。干した果物です」


「ありがとう。今日は仕事じゃなかったか」


「午後からです。倉庫の見回りで」


「なら、遅れるなよ」


「まだ時間ありますって」


 トマスは袋を受け取り、笑った。


 もう一人が、腰に下げた紐を見せた。


「予備も、すぐ取れる所に入れてあります」


「それは帰ってからも確かめろよ。使った分を補充し忘れるからな」


「はい」


 エドガーは少し離れて、そのやり取りを聞いていた。


 見送りに来たというのに、いつもの助言になっている。


 だが、若者たちも真面目に頷いていた。


「村の方で困ったことがあったら、依頼を出してください」


 一人が言った。


「行ける仕事なら、俺たちも行きますから」


「その時は頼む。どんな仕事か、ちゃんと読んでから来いよ」


 トマスが答えると、二人は揃って笑った。


     *


 商人は同じ道を行く荷車と話をつけていた。


 今日は途中の宿場まで。馬の様子を見ながら休み、暗くなる前に泊まるという。


 護衛の男が二人、門の方から戻ってきた。


「こちらは出られる」


「分かった。そろそろ乗ってくれ」


 商人がトマスへ声をかけた。


 レオンが荷台の踏み台を押さえる。トマスは左手で縁をつかみ、足を掛けて上がった。


 用意された場所へ座り、右腕の下に畳んだ布を入れる。


「窮屈じゃないか」


 エドガーが尋ねると、トマスは足の置き場を確かめた。


「大丈夫です」


「水袋は?」


「ここに」


 トマスが脇を示す。


 エドガーは頷いた。


 もう、確かめることもなかった。


「着いたら知らせろ」


「ええ。手紙を出します」


「字は読める程度にしとけよ」


「前より、ましになってます」


 トマスは笑い、それから少し姿勢を正した。


「エドさん。いろいろ、ありがとうございました」


 エドガーは荷台の縁から手を離した。


「こっちも世話になった。家の荷運びから、森の仕事までな」


「床、踏み抜かないでくださいよ」


「直したばかりだぞ」


「じゃあ、次に行くまで持ちますね」


「ああ。飯を食いに来い」


 トマスは、はっきりと頷いた。


     *


 レオンが踏み台を外し、御者へ渡した。


「箱、具合が悪くなったら教えてください」


「直しに来るのか?」


「近くにいたら」


「なら、大事に使うよ。すぐ呼ぶことになったら悪いからな」


「そこは、すぐ呼ばれないように作りました」


 レオンが笑う。


 御者が手綱を取った。


 車輪が動き、荷台が一度小さく揺れた。トマスは左手で縁を押さえ、揺れが収まってから手を上げた。


「それじゃ、また」


 エドガーも手を上げた。


 荷車が門をくぐっていく。


 トマスは一度振り返り、若い冒険者たちが何か叫ぶと、笑って手を振り直した。


 やがて、先に出た荷車の幌に姿が隠れた。


     *


 若者たちは、仕事の支度をすると言って宿の方へ戻っていった。


 エドガーとレオンも、門前の人通りを避けて歩き出した。


 来る時には荷物で塞がっていた手が、今は空いていた。


「帰ったら、忙しくなりそうですね」


 レオンが言った。


「しばらくは、家でゆっくりさせられるだろ」


「本人は、何かやりたがりそうですけど」


「親父さんと兄貴が止めるさ」


 エドガーは答えた。


 それはもう、自分たちの役目ではなかった。


 通りへ戻ると、店先から焼いた肉の匂いがした。昼には少し早いが、長椅子は半分ほど埋まっている。


 レオンがそちらへ目をやった。


「腹、減ったか」


「少し。朝、早かったので」


「俺もだ」


 二人で店先へ寄り、肉を挟んだパンを買った。


 空いた長椅子に座ると、レオンは包みを開き、熱い肉を確かめるように一口かじった。


「この店、初めてです」


「昼はよく混む。今なら待たずに済む」


「覚えとこう」


 レオンは店の看板を見上げた。


     *


 食べ終えた後、エドガーは手についた脂を布で拭った。


「今日は、この後も空いてるのか」


「はい。荷運びがどれくらいかかるか分からなかったんで、何も入れてません」


「そうか」


「エドガーさんは?」


「家に戻る。薪を届けてもらうことになってるからな」


 レオンが顔を向けた。


「トマスさんが手伝った家ですよね」


「ああ」


「台所の卓、古い物を直したって聞きました。脚を高くしたんですか?」


「少しな。前の高さじゃ、立って物を切る時に腰がつらかった」


「なるほど。座って使う卓を、そのまま使ってたんですね」


 レオンは両手で高さを示し、何か考えていた。


 金具の取り付けをした時にも、こんな顔をしていた。


「興味があるなら、見ていくか」


 声をかけると、レオンが顔を上げた。


「いいんですか」


「散らかってるがな」


「気にしません。薪が来たら、運ぶのも手伝いますよ」


「見に来いと言ったんだ。仕事を頼んだわけじゃない」


「ついでです。身体を動かす方が好きなので」


 エドガーは立ち上がった。


「じゃあ、茶くらいは出す」


 レオンも包みを畳んで立った。


 二人で、職人街へ続く通りを歩き始めた。

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