持って帰るもの
トマスが帰郷すると決めたことを聞いたのは、宿の食堂だった。
エドガーが戸を開けると、窓際の席から手が上がった。
「エドさん。ちょうどよかった」
卓には手紙と、小さな帳面が置かれていた。
エドガーは向かいへ座った。
「返事が来たのか」
「ええ。昨日。家の方を手伝うことにしました」
トマスは手紙を畳んだ。
迷いが消えた、とまでは見えなかった。それでも、話す声は落ち着いていた。
「兄が外を回る間、注文と材の出入りを見る人が欲しいそうです。最初は父に教わりながらですけど」
「手のことは?」
「細かい字を書くのはまだ難しいと伝えてあります。左も使って、少しずつ慣れればいいって」
左手で帳面を開く。
必要な物が、大小の揃わない字で書かれていた。
「医者にも、帰る話をしてきました。向こうで診てもらえるように、今までの治療を書いたものを用意してくれるそうです」
「いつ出る」
「五日後です。父の知り合いの商人が来ていて、帰りの荷車に乗せてもらえることになりました」
「話が進んでるな」
「決めたら、聞いて回ることが結構あって」
トマスは笑った。
「今日は、荷物をどうするか考えてたところです」
*
部屋に上がると、寝台の上に革鎧が広げられていた。
隣には外套と毛布。床には、空にした背負い袋が立っている。
「鎧は売ろうと思ってます」
トマスが言った。
「直して使ってたんで、大した値はつかないでしょうけど」
「手入れはしてあるな」
「そこは、さぼってませんから」
エドガーは革の継ぎ目を確かめた。
擦れたところには、何度か油を入れた跡がある。留め紐は比較的新しい。まだ使える品だった。
「先に店で値を聞くか。欲しがる奴もいるかもしれん」
「ええ。買うなら、ちゃんと身体に合う奴に渡したいです」
トマスは壁際へ目を向けた。
剣が一本、鞘に収まったまま立てかけてある。
「そっちは?」
「持って帰ります」
返事は早かった。
エドガーは頷いた。
「包む布はあるか」
「あります。紐を掛ける時だけ、お願いします」
「ああ」
なぜ残すのかは聞かなかった。
トマスは左手で鞘を持ち上げ、卓の上へ寝かせた。
「村じゃ、獣が畑へ入ることもあるんです。剣を振れるようにならなくても、教えられることはあると思うんで」
「前に言ってた、見張りの置き方か」
「それも。追い払おうとして、一人で林へ入る奴もいますから」
「止める方が大変そうだな」
「年下には言われたくないって顔をするでしょうね」
トマスは少し困ったように笑った。
「でも、昔から知ってる連中です。話くらいは聞いてもらいますよ」
*
荷物を分けていると、部屋の戸が叩かれた。
「入っていいですか」
レオンの声だった。
返事をすると、薄い木箱を抱えて入ってきた。
「できました。留め具の位置、これでどうです?」
先日借りてきた見本を試した後、トマスが頼んだ物だった。箱自体は宿で譲ってもらい、金具の取り付けをレオンが引き受けていた。
卓の空いた所へ置く。
トマスは椅子を寄せ、左手で留め具を外した。蓋を開け、閉めて、もう一度留める。
「うん。使いやすい」
「よかった。中に仕切りを入れるか迷ったんですけど、入れる物を見てからの方がいいと思って、そのままにしてあります」
「これで十分だよ。ありがとう」
レオンは寝台に並んだ荷物へ目を向けた。
「帰る日、決まったんですか」
「五日後。昼前に北門から出る」
「そうですか」
少し間を置いて、レオンは頷いた。
「その日、空いてます。荷物を運ぶの、手伝ってもいいですか」
「頼めるか。これから少し減らすつもりだけど」
「任せてください」
エドガーは毛布を畳みながら、二人の話を聞いていた。
レオンはもう、残るようには言わなかった。
代わりに、道中で何泊するのか、荷車にどれくらい積めるのかを尋ねていた。
*
午後は三人で道具屋へ行った。
店主が革鎧を広げ、内側や留め具を確かめる。示された値段に、トマスは一度首を傾げた。
「肩の紐は替えたばかりですよ」
「見れば分かる。だが、脇の縫い直しは要る」
「そこを引いて、この値ですか」
短いやり取りの末、少しだけ値が上がった。
トマスは納得して鎧を渡し、受け取った硬貨を左手で数えた。
店を出てから、レオンが言った。
「俺、そのまま売ってました」
「聞いてみるだけなら、損はしないよ」
「帰ったら、そういう交渉もするんですよね」
「木の値段は、また覚え直しだな。子供の頃とは違うだろうし」
トマスは硬貨の袋を懐へ収めた。
その仕草の後、右の腰へ一度手を動かしかけた。
今日は剣を帯びていない。
手は途中で止まり、そのまま身体の横へ戻った。
エドガーは何も言わず、隣を歩いた。
*
ギルドにも寄った。
窓口のマルクへ帰郷の日を伝えると、次の仕事に誘おうとしていた者が何人かいるという。
「見かけたら、宿へ来るよう伝えておく」
「お願いします。世話になった人には、挨拶していきたいんで」
窓口を離れると、トマスが掲示板の前で足を止めた。
エドガーもその隣に立った。
近隣の村への護衛。畑の見回り。倉庫の害獣駆除。
見慣れた依頼が、いつもどおりに並んでいた。
「この村、また柵を直すんですね」
トマスが一枚を見て言った。
「この前、若いのが行った所か」
「ええ。今度は反対側みたいです」
依頼書を読み終えるまで、エドガーは待った。
レオンは少し離れた窓口で、先日の護衛について職員から聞かれたことに答えていた。
「寂しくはなりますね」
トマスが言った。
「ああ」
「毎朝ここへ来て、何をやろうか考えてたんで」
しばらく掲示板を眺めた後、トマスはエドガーへ向き直った。
「村へ来ることがあったら、寄ってください。今度は、こっちが飯を出します」
「期待していいのか」
「母の料理なら」
「お前が作るんじゃないのか」
「俺のだと、エドさんには文句を言われそうです」
エドガーは笑った。
「出された物は食うさ」
*
宿へ戻る途中、トマスが足りない包み布を買いたいと言った。
レオンは店の場所を知っているらしく、一緒に行くことになった。
エドガーは通りの角で二人と別れた。
「荷物、今日中に全部まとめなくてもいいからな」
「分かってます。使う物は残しておきますよ」
トマスが答える。
レオンはその隣で、指を折って何か数えていた。
「包み布と、紐。あと、箱に入れる物も確かめないとですね」
「まず布だけでいい。買いすぎると、また荷物が増える」
「ああ、そうか」
二人の声が人通りに混じっていく。
エドガーは少し見送ってから、家の方へ歩き出した。
五日後の昼前。
その日は仕事を入れずにおこうと思った。




