誘う理由
宿を出る前に、エドガーはトマスへ声をかけた。
「鍛冶屋の方へ行ってくる」
「ええ。また」
トマスは紙を左手に持ち、女将から聞いた代筆屋の場所を確かめていた。
レオンも挨拶をして、エドガーの後に続いた。
*
昼過ぎの通りには、荷車と買い物客が行き交っていた。
桶を担いだ男を避け、二人で道の端へ寄る。しばらく一列で歩き、広い通りへ出たところでレオンが隣に並んだ。
「誘うのも、よくなかったですか」
「誘うのは構わんだろ」
エドガーが答えると、レオンは少し驚いた顔をした。
「ただ、返事を聞く前に話を進めすぎたな」
「……一緒にできそうだと思ったんです」
「お前が前に出て、トマスが周りを見る?」
「はい。あの人、説明が分かりやすいでしょう。何に気をつければいいのか、ちゃんと教えてくれるし」
「ああ」
「怪我のせいで辞めるなら、もったいないと思って」
レオンは前を向いた。
その言葉に、エドガーはすぐには答えなかった。
道の先で荷下ろしをしている。木箱を抱えた男が通りを横切るのを待ってから、歩き出した。
「さっき、仲間も家の仕事を継ぐと言ってたな」
「はい」
「そいつは引き留めなかったのか」
「少しは。でも、やりたいことがあるなら応援しようって、皆で話したんです」
「トマスにも、家でやってみたい仕事がある」
レオンは口を開きかけ、閉じた。
「……怪我をする前から考えてたんですか」
「そこまでは知らん」
エドガーは答えた。
「怪我がきっかけなのは確かだろうな。だが、帰って何をするかは、あいつが考えてる」
「仕方なく選んでるんだと思ってました」
「だったら、聞けばよかったんだ」
レオンは袋の肩紐を握り直した。
責められたような顔ではなかったが、納得しきった顔でもなかった。
「聞いて、続けたいと言われたら、また誘ってもいいんですよね」
「ああ。あいつが望むならな」
「分かりました」
*
職人街へ近づくにつれ、金槌の音が聞こえてきた。
レオンが通りの先を指す。
「鉄の輪が三つ掛かってる店、と言われたんですが」
「その角を曲がった所だ。俺も、そこに用がある」
「修理ですか」
「ナイフを研いでもらってる」
「自分では研がないんですか」
「普段はやる。だが、少し刃先を傷めた。無理に削るより、任せた方がいい」
店の前には、荷車の車輪が立てかけてあった。
軒先に吊られた鉄の輪を見て、レオンが頷く。
「ここですね」
入口の脇に寄って、中へ声をかけた。作業台の向こうにいた職人が手を止め、奥を呼ぶ。
出てきた親方はエドガーを見ると、棚から布包みを取った。
「できてるぞ」
「助かる」
「次は、刃が欠けたところで持ってこい。そこだけ減らすと、形を直すのに余計に削る」
「分かった」
ナイフを受け取り、窓から入る光に刃を向ける。
その隣で、レオンが頭を下げた。
「明後日の護衛で来ました。レオンです」
「ああ。もう一人は、まだ来てないな」
「荷物を先に見てもいいですか」
「裏に揃えてある。こっちだ」
エドガーは代金を払い、ナイフを鞘へ収めた。
裏口の向こうから、親方とレオンの声が聞こえた。
運ぶのは農具と、修理を終えた金具類らしい。届け先が二か所あるという説明に、レオンが質問を返している。
「先に下ろす方は、荷台の後ろですか」
「そのつもりだ」
「途中で荷を開けずに済みますね。もう一人が来たら、止まる場所も一緒に確認させてください」
仕事の段取りは、きちんと考えられる。
エドガーは入口で待ちながら、腰のナイフの位置を直した。
*
ほどなく、今回レオンと組む冒険者がやってきた。
エドガーにも見覚えのある男だった。挨拶を交わすと、その男は裏へ回っていった。
代わって、レオンが入口へ顔を出した。
「エドガーさん、まだいたんですか」
「帰る前に声をかけようと思ってな」
「ああ、すみません。待たせて」
「大した時間じゃない」
レオンは店の奥を一度振り返った。
「あの、トマスさんには、あとで話してみます」
「何を?」
「帰る方の話を。さっきは、そっちを全然聞いてなかったので」
「そうか」
「でも、一緒に仕事をしたいと思ったのも本当なんです」
「それは伝わってるだろ。嬉しいと言ってたじゃないか」
レオンの表情が、少し和らいだ。
奥から名前を呼ばれる。
「行ってきます」
「ああ。仕事の邪魔をしたな」
「いえ。話せてよかったです」
レオンは軽く頭を下げ、店の奥へ戻った。
*
翌日の夕方、エドガーが宿へ寄ると、食堂の卓に二人がいた。
トマスの前には紙が広げられている。
レオンはその脇で、薄い板の上に載せた金具を眺めていた。
「何をしてるんだ」
声をかけると、トマスが顔を上げた。
「荷箱の留め具です。片手で開けられる物があるか、こいつに聞いてみたら」
「鍛冶屋にあったんです。見本を借りてきました」
レオンが板をこちらへ向けた。
指を掛けて持ち上げるだけの、単純な留め具だった。鍵はつけられないが、小物の箱には使えそうだった。
「勝手に買ってきたわけじゃないですよ」
「何も言ってないだろ」
エドガーが答えると、トマスが笑った。
「昨日、何か言われたんですか」
「少し、話をした」
レオンは板を卓へ戻した。
「これなら使えそうですか」
「試してみる」
トマスが右手を伸ばした。
指を掛け、ゆっくり持ち上げる。金具は外れたが、戻す時には途中で手を止めた。
「開けるのはいいな。閉める方は、まだ左でやる」
「じゃあ、箱につける位置は、どちらの手でも届く所がいいですね」
「ああ。頼むなら、そうする」
レオンは頷き、見本を卓の端へ寄せた。
「これは明日返してきます。急いで決めなくていいそうです」
トマスは礼を言い、広げていた紙をエドガーへ見せた。
「手紙の控えです。聞きたいことを書いてもらいました」
家の仕事について、いくつかの質問が並んでいた。
エドガーが読んでいる間、レオンは女将に夕飯を頼んでいた。今日は何があるのか聞き、返ってきた答えにすぐ頷く。
こちらへ戻ってきた顔は、昨日と変わらず明るかった。
「今日は煮込みです。二人も食べます?」
「俺は食べる」
トマスが答えた。
エドガーも紙を返し、空いている椅子を引いた。
「俺も、それでいい」
レオンは女将へ三人分を頼み、卓の上を片づけ始めた。




