引き受けた仕事
村へ着いた時には、家々の煙突から夕餉の煙が上がっていた。
泊めてもらう納屋は、村長の家の裏にあった。空いた床を掃き、荷車から毛布を下ろす。薬草の籠は、ミラが店員たちと風通しのいい場所へ並べていた。
エドガーは井戸で水を汲み、鍋を持って庭の竈へ向かった。
干し肉を刻んでいると、ガレスが小さな包みを置いた。
「豆だ。家で煮てきた。よかったら一緒に入れてくれ」
「何人分だ?」
「俺とミラの分。お前の肉と合わせれば、三人で食えるだろ」
エドガーは包みを開いた。柔らかく煮た豆に、塩と香草が絡めてある。
「先に言え。水を入れすぎるところだった」
「まだ入れてないだろ」
「ぎりぎりだ」
ガレスは笑って、竈のそばに腰を下ろした。
鍋が煮立つ頃には、ミラも仕事を終えて戻ってきた。店員たちと御者は、村長の家で買ったスープをパンと一緒に食べている。
エドガーは三人の器に煮込みをよそった。
「橋のことは伝えたのか」
「ああ。明日の朝、見に行くそうだ」
ガレスが匙を動かしながら答える。
「この辺りで魔物が出たという話は?」
「村の近くじゃ、最近は見てないと。ただ、北の林で鹿が減ったらしい。罠を仕掛けてる男が言ってた」
ミラが器から顔を上げた。
「明日行く場所、その林の手前だね」
「ああ。入る前に見よう」
エドガーも頷いた。
鹿が減っただけなら、理由はいくらでもある。餌場を変えたのかもしれないし、猟師が続けて入ったのかもしれない。
ただ、聞いた以上は確かめておきたかった。
*
翌朝、採集地へ向かう途中で、ミラが足を止めた。
荷車は道の広い場所に残してある。御者と店員二人にはそこで待ってもらい、三人で林の入口を見て回っていた。
低い枝に、茶色い毛が絡んでいた。
その下の湿った土には、足跡がある。エドガーの掌ほどの幅で、指の先に深く爪が食い込んでいた。
ミラがしゃがむ。
「昨日、ここを通った時にはなかった」
エドガーは周囲を見た。
足跡は道を横切り、採集する予定の林へ続いている。木々の間には背の高い下草が茂り、少し入れば互いの姿も隠れそうだった。
「何だと思う?」
ガレスに聞かれ、エドガーは足跡へ目を戻した。
「熊に似てるが、これだけじゃ種類までは分からん」
「一頭か」
「見える跡はな」
ミラが立ち上がった。
「奥まで追う?」
「いや」
ガレスはすぐに首を振った。
「荷車へ戻る。ここでは採らせられん」
エドガーは弩を手に持ち替えた。ガレスたちが道へ戻る間、林の奥を見ていたが、動くものはなかった。
*
「今日は、あそこで採れないということですか」
説明を聞いた年かさの店員が、林へ目を向けた。
「ああ。大きな獣が入ってる。魔物かどうかも、まだ分からん」
ガレスが答える。
「追い払うことは……」
「居場所を探すところからだ。追い払えたとしても、採集してる間に戻らんとは言えない」
店員は唇を結んだ。
荷台には、まだ空の籠が残っている。
エドガーはその視線を追ってから、口を開いた。
「昨日の場所じゃ足りないのか」
「葉の方は足ります。足りないのは根です。店の在庫が少なくて」
「同じ草が採れる場所は?」
ミラが道の先を指した。
「南側の斜面にもある。あっちは数が少ないけど、見通しはいいよ」
「どのくらい採れます?」
「必要な量が揃うかは、掘ってみないと。ただ、ここより作業はしやすい」
店員は若い同僚と顔を見合わせた。
「……では、そちらでお願いします。足りない分は、戻って店主に相談します」
ガレスが頷いた。
「分かった。先に場所を確かめよう」
御者が手綱を取り直す。
エドガーは最後にもう一度、林へ目を向けた。
一人なら、足跡を追うこともできた。
だが、今日引き受けたのは討伐ではない。ここにいる者たちを無事に連れ帰る方が先だった。
*
南の斜面は、腰より高い草が少なかった。
林との境をガレスが見張り、エドガーは斜面の下で道と荷車に目を配った。ミラと店員たちは、その間に散って土を掘る。
籠が埋まる速さは、昨日より遅い。
それでも、陽が高くなる頃には、根を入れた籠が二つできた。
「もう少し先も見てきましょうか」
若い店員が立ち上がって言った。
指した先では斜面が折れ、灌木の茂みに続いていた。
ミラが首を振る。
「そこから向こうは見てない。今日はここまで」
「でも、あと一籠くらいなら」
「戻ってからの仕分けもあるだろう」
今度は年かさの店員が声をかけた。
「泥を落として、傷んだところを除いて。暗くなるまでに街へ着かなきゃ、その仕事が明日に延びる」
若い店員は籠を見下ろし、それから頷いた。
エドガーは弩を肩に掛け直した。
店員たちが道具を数え終えるのを待ち、全員で荷車へ戻った。
*
帰り道の橋には、新しい板が一枚入っていた。
ガレスが歩いて確かめ、御者を呼ぶ。
荷車は今度もゆっくりと渡った。
街の門をくぐったのは、夕方だった。
薬草屋で荷を下ろし、ガレスが店主へ採集場所を変えた事情を伝える。店主は根の入った籠を確かめ、店員にも二、三の質問をした。
「足りない分は、別の店にも当たってみます。皆、無事で何よりでした」
完了の署名を受け取り、店を出る。
ギルドで報告と精算を済ませると、ようやく二日分の仕事が終わった。
林に残っていた足跡の場所は、ガレスが地図を示して窓口へ伝えた。エドガーも大きさや向きを補足したが、種類については不明のままとした。
建物の外へ出て、ガレスが肩を回す。
「助かった。また人数が足りん時は、声をかけてもいいか」
「ああ。予定が合えばな」
「しばらくは、近場にいるのか?」
「そのつもりだ」
「なら、来週も一件ある。お前さえよければ――」
エドガーは腰の袋へ報酬をしまった。
「ひとまず、自分の仕事を見てからにする」
「そうか。受けたくなったら言ってくれ」
ガレスはそれ以上勧めず、ミラと夕飯の相談を始めた。
エドガーにも声がかかったが、今日は家に食い物がある。そう伝えて、二人と別れた。
*
家へ戻り、外套を掛ける。
窓を開けると、こもっていた空気が動いた。
エドガーは荷をほどき、水を汲んで鍋に移した。乾燥豆は戻していない。今夜は玉ねぎと干し肉で済ませることにする。
ガレスから受け取った分け前を、卓の上でもう一度数えた。
危険を避けたからといって、報酬が減ることはなかった。弩を一度も撃たずに済み、疲れも軽い。
悪くない仕事だった。
来週の予定は、まだ空いている。
エドガーは金をしまい、玉ねぎを手に取った。
明日、掲示板を見てからでも遅くはない。
そう決めて、夕飯の支度に取りかかった。




