仕事の選び方
家で暮らし始めて半月が過ぎた。
朝、湯を沸かす間に窓を開ける。パンを切り、前の晩の煮込みを温める。食べ終わった器を洗ってから、その日の仕事に合わせて荷をまとめる。
宿にいた頃より、出かけるまでにすることは増えた。
それでも、他人の都合で朝飯の時間が決まらないのは悪くなかった。
エドガーは干していた外套を取り込み、袖を通した。
今日は依頼を探す日だ。
*
ギルドの掲示板の前で、トマスが若い冒険者と話していた。
「村まで一日って書いてありますけど、これなら明日の昼には戻れますかね」
「依頼人に会って、話を聞いて、現場まで行くんだぞ。着いたら終わりじゃない」
若者の指している依頼書を、エドガーも横から見た。
畑を荒らす獣の調査。村まで徒歩で一日。被害は夜に出ているらしい。
「帰る日を決める前に、村で泊まれるか聞いてこい」
トマスが窓口を示すと、若者は頷いて人の列へ向かった。
「一緒に行くのか?」
声をかけると、トマスが振り向いた。
「ええ。あいつと、もう一人。足跡を見分けられるようになりたいそうで」
「教える方は大変だな」
「まずは帰りの予定からですね」
トマスは苦笑した。
「エドさんは?」
「これから探す」
「家の仕事は、もういいんですか」
「住めるようにはなった。細かいところまで数え始めると、いつまでも終わらん」
台所には棚が一つ欲しい。裏庭の石も片づけたい。
だが、その間も食い物と薪は減る。
トマスは掲示板へ目を戻した。
「北の採集地へ行く護衛、まだ決まってないみたいですよ」
「採集?」
「薬草屋の荷車です。ガレスさんが受けるって話でしたけど」
それなら、人数は足りていそうだった。
そう思ったところで、背後から名前を呼ばれた。
「エドガー。ちょうどいい」
振り向くと、ドワーフの冒険者、ガレスが立っていた。短く整えた髭の下で、口が笑っている。
「二日、空いてるか」
*
ガレスの向かいに座ると、隣の椅子に置かれていた袋が持ち上げられた。
「ここ、どうぞ」
袋を膝へ移したのは、彼と組んでいる猫獣人のミラだった。採集にも詳しく、以前エドガーが持ち帰った草を、買い取り窓口で仕分け直してもらったことがある。
その時は、よく似た別の草が半分ほど混じっていた。
「薬草の護衛と聞いたが」
「ああ。採るのは店の者が二人。御者が一人。俺たちに、お前を加えて三人で守る」
「いつもの盾持ちは?」
「妹の婚礼で里帰りだ。ひと月前から決まってた」
ガレスは依頼書を机の上へ広げた。
「採集場所は道から離れてる。俺が採る連中について、もう一人は荷車に残したい」
「ミラは?」
「草を探す方」
本人が答えた。
「店の人だけでも採れるけど、場所を知ってる人がいた方が早いから。前に見つけた群生地も確かめたいし」
「それで、荷車の番が俺か」
「基本はな。移動中は後ろを頼みたい。遠くを見られる奴がいると助かる」
エドガーは依頼書を引き寄せた。
採集地までは荷車で半日余り。近くの村で一泊し、翌日も昼まで採集して戻る予定になっている。雨が強ければ延期。魔物の痕跡によっては場所を変える。
報酬は悪くなかった。
岩鎧熊の討伐ほどではないが、二日分の仕事としては十分だ。
「宿は?」
「村長に話がついてる。納屋だが、屋根はある。毛布は持参」
「火を使える場所はあるか」
「ある。食事は各自で用意だ」
エドガーが読み終わるのを待って、ガレスが言った。
「どうだ」
荷車のそばなら、見通しも取れる。
仲間の位置を確かめながら弩を使うことにも、慣れている。人と組んで仕事をしたことがないわけではない。
「分かった。受ける」
「助かる。出発は明後日の朝だ」
ミラが膝の袋から小さな葉の束を取り出した。
「ついでに、採る草も覚えておいて。荷車の近くに生えてるかもしれないから」
「番をしながら草も探すのか」
「下を向きっぱなしにはならないでね」
「仕事を増やしてから心配するな」
ガレスが声を立てて笑った。
*
出発の朝は晴れた。
薬草屋の前には、底の浅い籠を積んだ荷車が止まっていた。採集に行く店員たちは、厚い手袋や小刀を互いに確かめている。
エドガーは挨拶を済ませ、荷台の後ろへ回った。
籠を留める縄は締まっている。自分の荷を積む場所を御者に尋ね、毛布の包みだけを預けた。
ガレスが全員を集める。
「途中で何か見つけても、一人で道を外れないこと。採集場所へ着いてからは、ミラの指示を聞いてくれ。俺かエドガーが戻れと言ったら、草は置いて戻る」
若い店員が、腰の小刀へ手を添えた。
「魔物は、よく出るんですか」
「魔物が出ることもある。だから俺たちがついてる。もし出たら、戦おうとせず、まず俺たちの指示を聞いてくれ」
ガレスは荷車の脇を指した。
隠れる場所と、離れる時についていく相手。説明は短かったが、店員たちが頷くのを確かめてから次へ進んだ。
エドガーは後ろでそれを聞いていた。
自分一人なら、荷を担いで門を出れば済む。
六人と馬一頭では、出発までにもやることがある。
*
昼前、小さな水路に架かる橋で荷車が止まった。
橋板の端が一枚、浮いていた。
ガレスが御者を止め、荷車を手前に残して橋へ進む。エドガーも続こうとして、声をかけられた。
「後ろを見ててくれ」
「ああ」
振り返り、道と両脇の草地へ目を向ける。
ミラは橋の脇から下を覗き、支えの木を確かめていた。やがてガレスと短く話し、戻ってくる。
「板を留めてる釘が抜けかけてるだけ。真ん中は通れるって」
ガレスの誘導で、荷車がゆっくり橋を渡った。
車輪が浮いた板を避けて通り過ぎるまで、エドガーは道の後方を見ていた。
全員が渡り終えたところで、ガレスが手を上げた。
「待たせた」
「支えは大丈夫だったか」
「しっかりしてた。村で板のことを伝えとく」
また荷車が動き出す。
一人だったら、自分で橋の下まで覗いただろう。その間、後ろを見ている者はいない。
エドガーは弩の肩紐を直し、荷車の後ろについた。
*
午後、採集地に着くと、店員たちは籠を抱えて林へ入った。
ガレスがその後を追い、ミラは先に立って草を示している。
荷車が止まったのは、林の縁にある乾いた平地だった。御者は馬を休ませながら、車輪についた泥を棒で落としていた。
エドガーは木陰に立ち、周囲を見渡した。
林の中から、ミラの声が聞こえる。
「それは根を残して。こっちは株ごとでいい」
店員が何か尋ね、ガレスが笑った。
しばらくして、御者が水袋を差し出してきた。
「飲むかい」
「自分のがある。ありがとう」
エドガーも水を飲み、栓を締めた。
討伐なら、そろそろ足跡を探して歩いている頃だ。
今日は動かず、ここを見ていればいい。
対岸でも森の奥でもなく、目の届く場所に仲間がいる。その位置を時折確かめながら、エドガーは林の向こうへ視線を戻した。
夕方までに、荷台の籠は半分ほど埋まった。
帰り支度をするミラから葉の束を見せられたが、エドガーには、朝に見せられた物との違いが分からなかった。
「こっちは食べられる方」
「朝のは?」
「お腹の薬。苦いよ」
「じゃあ、採らなくて正解だったな」
「覚える気は?」
「荷車を守ってた」
ミラは少し呆れた顔で、葉を別の籠へ収めた。
ガレスに呼ばれ、エドガーは荷を留める縄の端を受け取った。




