帰ってきた荷物
岩鎧熊の処分が済んだのは、翌日の午後だった。
燃え残りを埋め、火を使った場所を確かめる。広げていた道具を片づける頃には、指を曲げるのも億劫になっていた。
エドガーは沢で汚れを落とし、荷を背負った。
爪と外皮が加わった分だけ、肩紐が食い込む。
歩き始めてすぐに足を止め、荷の位置を直した。
街まで帰るには遅い。今日は作業場の小屋へ戻り、そこで休むことにした。
*
小屋へ着くと、荷を下ろす前に椅子へ座りたくなった。
それを我慢して、先に戸と窓を確かめる。留守の間に荒らされた様子はなかった。
ようやく背負い袋を床へ置いた。
肩が軽くなる。
薪を取りに屈むと、腰に疲れが残っていた。
「……明日は帰るだけだな」
誰に言うでもなく呟いた。
湯を沸かし、残った食料を出す。パンは硬くなっていたが、鍋に入れれば食べられる。
証明の部位を包んだ布に、破れがないか確かめた。
爪も外皮も揃っている。
もう一度結び直し、壁際へ置いた。食事を終えると、早めに寝台へ入った。
*
街へ戻ったのは、翌日の昼過ぎだった。
ギルドの素材窓口で包みを開くと、担当の男が手を止めた。
「岩鎧熊か」
「ああ。討伐依頼の証明も入ってる」
「重かっただろう」
「今、ようやく軽くなった」
担当は笑い、厚手の布を敷いて爪を並べた。
エドガーが持ち帰った外皮を一枚ずつ確かめ、記録する。依頼の照合が済むと、奥へ声をかけた。
出てきたマルクは、卓の上を見てからエドガーへ目を向けた。
「戻ったか」
「予定のうちだろ」
「ああ。だから、まだ捜しには行ってない」
エドガーは荷を足元へ置いた。
討伐した日と場所。目撃したのは一頭だけだったこと。死骸の処分まで済ませたこと。
地図を広げ、順に伝える。
「作業場へ戻る途中は、特に変わったものは見なかった。ただ、周辺を全部調べたわけじゃない」
「分かってる。そっちは別に人を出す」
マルクは地図の印を写し取った。
「怪我は?」
「ない。肩と腰が疲れた」
「休めば治る方だな」
素材の担当が、確認を終えた紙を持ってきた。
マルクは目を通し、依頼の欄へ完了の印を入れた。
「これで討伐は完了だ。報酬を受け取ってくれ」
「ああ」
その一言を聞いて、ようやく仕事が終わった気がした。
*
報酬と素材の代金は、別々に渡された。
数を確かめ、財布へ収める。しばらく仕事を休んでも困らない額だった。
もっと外皮を持ち帰れば増えただろうが、帰り道の重さを思えば、あれで十分だった。
財布をしまっていると、背後から声がした。
「戻ってたか」
ガレスだった。
今日は護衛へ出る格好ではなく、肩の荷もない。窓口で受け取ったらしい書類を手にしていた。
「熊は?」
「片づいた。街道の確認は、これからだそうだ」
「ああ。俺たちもそっちの相談で来た」
ガレスは書類を軽く持ち上げた。
「熊がいなくなっても、出てきた連中がすぐ奥へ戻るとは限らんからな」
「搬出路を横切ってた跡は、トマスも覚えてる。場所を聞くなら、あいつでも分かる」
「聞いとく」
言ってから、ガレスはエドガーの足元を見た。
「その荷、だいぶ汚れたな」
「帰ったら洗う」
「お前も洗え。煙の匂いがする」
「分かってる」
ガレスは笑い、奥の窓口へ向かった。
エドガーも荷を持ち上げた。
家へ寄る前に、着替えることにした。
*
宿で湯を使い、髪と身体を洗った。
汚れた服を脱ぐと、自分でも煙の匂いが分かった。洗濯を頼む服と、手入れの要る革物を分け、道具を床へ並べる。
小鍋には煤がこびりついていた。
それを見て、今日の夕食は外で済ませようと決めた。
着替えて家へ向かうと、表の戸が開いていた。
中ではブルーノが、壁際の棚を取り付けていた。若い徒弟が下で支えている。
「戻ったぞ」
「聞いた。熊を倒したんだってな」
ブルーノは棚から目を離さずに答えた。
「もう話が来たのか」
「材木屋が寄った。奥の作業場がいつ再開するか、ギルドへ聞きに行ったらしい」
「まだ確認が残ってる」
「そう言ってたな」
エドガーは台所へ目を向けた。
入口から奥まで、床板が張られていた。
「届いたのか」
「ああ。道から落ちた荷車の分は、先に回収できてたからな。割れた材を除いても、お前の家には足りた」
ブルーノが釘を打ち終え、棚から手を離した。
徒弟も支えを外す。
「乗っていいぞ。もう抜けん」
「前も抜けてはいなかっただろ」
「俺が剝がしたからな」
エドガーは台所へ入った。
靴底の下で、乾いた木が小さく鳴る。
新しい窓枠はきちんと閉まり、留め具も軽く動いた。窓の下には、脚を直した作業台が置かれている。
壁の棚へ手を伸ばした。
塩の壺を置くつもりだった場所に、無理なく届く。
「どうだ」
「いいな」
それ以上の言葉が、すぐには出なかった。
ブルーノは腰の道具を外し、徒弟へ渡した。
「裏の処理床も、担当の職人が明日、使い方を説明しに来る。手入れの話はちゃんと聞けよ」
「聞くさ」
「台所の棚より熱心に聞いてくれ」
エドガーは笑った。
*
家の中を一通り見ていると、表から声をかけられた。
「エドさん、います?」
トマスが戸口に立っていた。
冒険に出る時の荷はなく、片手に小さな包みを持っている。
「ギルドで戻ったと聞きました。宿に寄ったら、こっちだと」
「ああ。床ができた」
「それはよかった」
トマスは台所を覗き、足元を見た。
「俺たちが見つけた荷の分ですか?」
「そうらしい」
「じゃあ、運ばれてきた甲斐がありましたね」
差し出された包みを受け取ると、乾いた香草の匂いがした。
「市場で見つけたので。前に使ってたやつ、これでしたよね」
「よく覚えてたな」
「小屋で鍋を作った時、俺の入れ方じゃ足りないって、足してたでしょう」
そんなこともあった。
エドガーは包みを開き、葉の状態を見た。色も匂いも悪くない。
「いくらだった?」
「家を買った祝いです。これくらい受け取ってください」
「なら、使わせてもらう」
包みを棚へ置く。
空だった棚に、一つだけ物が載った。
「ちゃんと休んだか?」
エドガーが尋ねると、トマスは頷いた。
「寝ました。靴も修理に出せましたし」
「それはよかった」
「明日から近場の仕事に戻ります」
いつまでも休んでいるつもりはないらしい。
エドガーも止めなかった。
トマスは窓や作業台を眺めてから言った。
「荷物を運ぶ時は呼んでください。前に言ったとおり、手伝います」
「寝台が来たら頼む。俺一人じゃ、階段で引っかけそうだ」
「分かりました」
ブルーノが奥から顔を出した。
「運ぶ時は俺も来る。壁を削られちゃかなわん」
「信用がないな」
「重い物を持った時の男は、だいたい無理をする」
トマスが笑った。
エドガーも、否定はしなかった。
*
職人たちが帰った後、エドガーは台所の窓を閉めた。
引っかかりもなく、枠へ収まる。
戸締まりを確かめ、かまどの前へ立った。
鍋を掛ける場所はある。作業台も、棚も使える。
宿に置いてある調理道具と食器を運べば、ここで飯が作れる。
エドガーは棚の香草へ目をやった。
肉を煮るか、焼くか。
トマスは、焼いた肉が食べたいと言っていた。
買い物に行くなら、少し多めに用意してもいい。引っ越しを手伝ってもらう礼も必要だった。
まずは寝台を入れて、椅子を揃える。
エドガーは必要な物を手帳へ書き、家の鍵を掛けた。




