街へ戻る
朝、羊舎を出ると、荷車にはすでに空の樽が積まれていた。
来た時よりも荷は少ない。
食料を使い、薪を使い、持ってきた物の幾つかは集落に残していく。代わりに、報告の書類と討伐部位が、蓋をした箱へ収められていた。
エドガーは寝床に使った場所を見回した。
忘れ物はない。
毛布を背負い袋へ括り、外へ出る。
レオンは荷車の脇で、御者と話していた。荷物を載せてもらい、自分は歩いて帰ることにしたらしい。
「腕は振れそうか」
「はい。荷を背負わなければ、引っ張られないので」
レオンは左肩を大きく動かさず、右手で袋の位置を直した。
エドガーも自分の荷を載せ、弩と矢筒だけを持った。
村の男たちが見送りに来た。
その中に、放牧地を案内してくれた男がいた。日に焼けた手を腰へ当て、オズワルドの説明を聞いている。
「森に近い草地は、まだ使わないでくれ。見回りについては、街へ戻って相談する」
「ああ。手前が使えるだけでも違うよ」
男は柵の方へ目をやった。
羊はまだ一か所に集められている。ただ、今日は柵の外へ連れ出す支度が始まっていた。
エドガーはその様子を見てから、荷車へ向き直った。
「出るぞ」
オズワルドの声がした。
車輪が土を踏み、ゆっくり回り始めた。
*
帰り道では、行きよりも会話が増えた。
道幅の狭い所では前後へ分かれ、開けた場所では何人かが並んで歩く。
ベルタは盾の修理をどこへ頼むか、アデラと話していた。ヨストはキリアンに、買い足す矢の店を聞いている。
エドガーは荷車の後ろを歩いた。
隣にはレオンがいる。
しばらく道の先を見ていたレオンが、荷台の箱へ目を向けた。
「あの魔物、名前は分かったんですか」
「まだだ。記録を調べるらしい」
「似たのが、どこかにいるかもしれませんね」
「ああ。こっちが知らなかっただけかもしれん」
レオンは頷いた。
魔物の姿と特徴は、図にも残した。
頭の形、前脚の大きさ、畳まれた鉤爪。地中から現れたことと、実際に見た動き。
分からない部分を埋めるために、誰かがまた調べる。
自分たちの役目は、見ていないことまで書き足さないことだった。
前を歩くマティアスが振り返った。
「二人は、まだ街にいるんですか?」
「少しな。帰りの荷車を探すつもりだ」
「フェルデンでしたね」
「ああ。魔道具を買ったんで、運び方も考えないとならん」
マティアスの目が、空いた荷台へ動いた。
「大きい物ですか?」
「買った方は、それほどでもない。迷ってる方が大きい」
「なら、帰るまで荷物が増えるかもしれませんね」
レオンが笑った。
「冷やす箱があるんです。食べ物を入れておける」
「いいですね。うちは五人なので、入れた物が冷える前になくなりそうですが」
「誰の話だ?」
少し前からキリアンが振り返った。
「特に誰とは」
「その言い方は、こっちを見てするものじゃないだろう」
マティアスが笑う。
エドガーも、口元を緩めた。
道の脇には、荷車を避けて揺れる草が続いていた。
*
リーヴェンの門が見えたのは、午後も遅くなってからだった。
荷車の列へ入り、順番を待つ。
門をくぐると、森とは違う匂いがした。煮炊きの煙、馬の汗、店先に積まれた革。道には人が多く、脇を抜ける手押し車のために何度も足を止めた。
「戻ってきましたね」
レオンが言った。
「ああ」
エドガーは、見覚えのある看板を目で追った。
初めて入った時には、道を確かめながら歩いていた。
今は、ギルドへ行く角が分かる。
荷車を裏の搬入口へ回し、借りた物と討伐部位を下ろした。装備の確認を済ませてから、参加者は奥の部屋へ集められた。
職員が一人ずつ名を呼び、日当の支払いを始める。
討伐分の報酬は、すでに記録と照合されていた。
ただ、大型の魔物については、通常の一覧にないという。
「こちらは討伐の経緯を確認した上で、別途支払いになります。早ければ明日の午後です」
誰かが不満そうに息を吐いたが、オズワルドが続けた。
「倒したこと自体は、俺からも報告してある。額を決めるための確認だ。都合のつかない者は、受け取り方法を相談しておけ」
エドガーは頷いた。
明日なら、まだ街にいる。
急いで帰る予定もなかった。
*
名前を呼ばれ、レオンと二人で卓へ向かった。
職員が硬貨を並べ、支払いの内訳を示す。
エドガーは日数と討伐分を確かめた。
果樹園の仕事より、まとまった額だった。だが、街を五日離れた分の支払いでもある。使った矢や道具、宿の部屋を押さえている金も、ここから考えなければならない。
隣では、レオンが自分の紙を見ていた。
「後半も、同じ日当なんですね」
「はい。指示に従って待機し、その後は記録も担当していただいています。契約どおりです」
職員の説明に、レオンは頷いた。
何か言い足すことはせず、額を確かめて受け取る。
エドガーも硬貨を袋へ収めた。
席を離れようとすると、別の職員が呼び止めた。
「大型の魔物の件で、少し確認をお願いします」
卓の上には、戦闘の記録があった。
「最後に剣で仕留めたのは、エドガーさんで間違いありませんか」
「ああ」
「参加したのは、こちらの七名で」
「そうだ。二人が周りも見てた」
エドガーは書かれた名前を確かめた。
ヴィクトルたち五人と、自分とヨスト。
職員は頷き、記録へ短く書き加えた。
「討伐報酬は共同討伐の規定で分けます」
「それでいい」
後ろから、ヴィクトルの声がした。
「負傷させた箇所と、最後の一撃は、分けて残してくれ」
職員が顔を上げる。
ヴィクトルは記録へ目を落とした。
「前脚を傷めたのはベルタだ。顔と首には矢と槍が入っている。その後、壁で動きを止め、エドガーが斬った」
「分かりました。功績の記録にも反映します」
エドガーはヴィクトルを見た。
彼は淡々と続けた。
「金の分配と、誰が何をしたかは別だろう。次に似た相手と戦う時にも、その方が役に立つ」
エドガーは頷いた。
「それなら、強化で前の二人を支えたことも入れてくれ。盾も槍も、あれで動けてた」
ヴィクトルがこちらを向いた。
ほんの少し間があってから、職員へ視線を戻す。
「その点も、補足しておく」
*
手続きが終わる頃には、窓から差す光が低くなっていた。
全員が一度に外へ出るわけではない。
装備を預けに行く者もいれば、報告の続きを聞かれている者もいる。昨日まで同じ羊舎で寝ていた一団が、少しずつ街へ散っていく。
エドガーは入口近くで、ヨストとアデラに声をかけられた。
「また一緒になることがあったら、よろしくな」
ヨストが言った。
「ああ。道を教えてもらって助かった」
「そっちも、後ろを任せやすかったよ」
アデラはレオンを見た。
「腕が治ったら、あの動きでまた頼む」
「はい。その時は、もう少し合わせられると思います」
レオンの返事に、アデラが笑った。
「こっちもね」
二人は装備を直してもらう店へ向かうという。
エドガーたちはギルドの前で別れた。
少し先から、ヨストが振り返る。
「帰る前に会わなかったら、道中気をつけてな!」
「ああ。そっちもな」
人の流れに紛れるまで見送り、エドガーは宿の方へ足を向けた。
*
小鳥の看板は、出発した時と同じ場所で揺れていた。
扉を開けると、女主人が帳面から顔を上げた。
「お帰り。予定どおりだったね」
「ああ。部屋は?」
「そのままだよ。湯は夕食の後でいいかい」
「頼む」
女主人の目が、レオンの腕へ向く。
「怪我したのかい」
「少し。もう手当ては済んでます」
「そう。洗い物があるなら、籠へ分けておいてね」
それ以上は聞かなかった。
二階へ上がり、部屋を開ける。
二つの寝台と、窓際の卓。
羊舎へ入った時は、雨風を避けて横になれるだけで十分だと思った。今は、藁の混じらない床と、荷物を広げられる場所がありがたい。
エドガーは袋を下ろし、窓を開けた。
向かいの革細工店では、店主が軒先の品を取り込んでいた。
こちらへ気づくと、軽く顎を上げる。
エドガーも手を上げた。
「明日は、まず腕を見てもらえ。救護の男が教えてくれた所だ」
「はい。その後は?」
「追加の精算が午後だ。それまでに、オットーの店へ顔を出すか」
レオンが背負い袋を開けた。
「運ぶ荷車の話ですね」
「ああ。箱を買うにしても、そこが決まらんとな」
エドガーは寝台へ腰を下ろし、受け取った金を出した。
旅の分と、買い物の分を分ける。
部屋代も、帰り道で必要になる食費も残しておく。
隣でレオンも袋の口を解いていた。
「冷やす箱を買うなら、俺も出します」
「お前も使うからか」
「はい。それに、冷たい水を飲みたいので」
エドガーは手を止めた。
レオンは真面目な顔をしていた。
少しして、二人とも笑った。
「まだ値段と運び賃を足してないぞ」
「それを見てからで。でも、買うつもりはありますよね」
「……運べるならな」
エドガーは硬貨を一枚、買い物の方へ寄せた。
五日間の仕事が終わった。
道具の手入れと、報告と、まだ済んでいない精算はある。
それでも今は、晩飯の前に靴を脱いで座れる。
レオンが袋から、金物屋で買った錐の包みを出した。傷まない所へ置き直し、その横へ今日の報酬をしまう。
エドガーは窓から入る風を受けながら、もう一度、冷却箱の値段が書かれた紙を広げた。




