また仕事をするなら
午前のうちに、レオンは腕を診てもらった。
傷は順調に塞がっているという。ただし、剣を振るのはもう少し待つように言われた。
新しい布を巻いてもらい、二人で診療所を出る。
レオンは袖を戻しながら、軽く息を吐いた。
「あと何日かですね」
「帰りの仕事を決める前に、もう一度診てもらおう」
「はい」
そこからオットーの店へ寄った。
店の前では、荷車から油の壺を下ろしている最中だった。手伝いの男に声をかけると、奥からオットーが出てきた。
「戻ったか。村の方へ行っていたんだって?」
「ああ。昨日な」
「ヘレナから聞いたよ。買った品を、もうしばらく預かってほしいと言われたそうだ」
エドガーは頷き、帰りに魔道具を運びたいことを話した。
買った加熱台に加え、冷却箱も考えている。
「箱の大きさが分からんと、何とも言えんな」
オットーは顎を撫でた。
「どの品か聞いておこう。ベルクまでなら便はあるが、そこから先は別に考えた方がいいかもしれん」
「急がない。積める荷車があるか、分かれば助かる」
「明日の昼過ぎに来てくれ。何人か聞ける相手がいる」
店員が、次の壺を置く場所を尋ねに来た。
二人は礼を言って店を出た。午後の精算までは、まだ時間がある。市場をひと回りしてからギルドへ向かうことにした。
*
ギルドでは、追加報酬の支払いが始まっていた。
大型の魔物は、周辺で普段討伐されるものより危険性が高いと判断されたらしい。提示された額を見て、エドガーはもう一度内訳を確かめた。
共同討伐に参加した者へ分配される報酬のうち、自分の分が記されていた。
「これで、今回の依頼は精算済みになります」
職員が言った。
エドガーは受け取りの印をつけた。
実績には、捜索への参加と牙犬の討伐、そして大型個体の共同討伐が残る。
最後に斬った者の名は、自分になっていた。
だが、その前に盾で攻撃を受けた者、槍と矢を入れた者、土壁で進路を塞いだ者も記されている。
エドガーは名の並びを確かめ、紙を返した。
「これでいい」
硬貨をしまって振り返ると、ヴィクトルが壁際に立っていた。
こちらの手続きが終わるのを待っていたらしい。
「この後、時間はあるか」
「ああ」
「皆で飯を食う。二人も来ないか」
エドガーはレオンを見た。
レオンはすぐに頷いた。
「ご一緒したいです」
*
案内された店は、ギルドからそう遠くなかった。
入口の脇に大きな焼き窯があり、中から焼いた生地と肉の匂いが流れてくる。
奥の長卓には、すでに四人が座っていた。
ベルタが手を上げる。
「こっち。詰めれば座れるよ」
「詰めるなら、先に荷物をどけろ」
キリアンが足元の袋を持ち上げた。
椅子を二つ足し、エドガーとレオンも腰を下ろす。
ほどなく、肉と茸を生地で包んで焼いた料理が、大皿で運ばれてきた。厚い生地へナイフを入れると、切れ目から湯気が上がり、肉汁が皿へ流れた。
それを取り分け、パンと煮た野菜も回す。
「ここは量があるんだ」
マティアスが言った。
「味もいい」
「量を先に言うなよ」
キリアンが返したが、皿を受け取る手は早かった。
エドガーは焼けた生地を切り、肉と一緒に口へ運んだ。
香草の匂いが鼻へ抜ける。縁は香ばしく焼け、内側には肉と茸の汁が染みていた。
「うまいな」
「だろう。冷める前に食った方がいい」
キリアンが頷いた。
ヴィクトルは全員へ飲み物が渡ったことを確かめ、器を持ち上げた。
「今回の仕事に。次も、全員で戻れるように」
器が軽く触れ合った。
*
話は、盾の修理代から始まった。
ベルタが告げた額に、キリアンが顔をしかめる。
「また上がったのか」
「縁だけじゃなかったからね。裏の金具も替えた」
「次の仕事までは?」
「間に合う。明後日には受け取れるよ」
ヴィクトルは頷いた。
「明日の午前は、全員で動きを合わせたい」
「何か受けたのか?」
マティアスが尋ねる。
「いや。次の依頼を取る前に、確かめておきたいことがある」
ヴィクトルは器を置いた。
「強化する相手を切り替える時、声をかけるだけで合わせられるか。壁ができた時に、前の二人がどこへ動くかもだ」
ベルタが自分を指した。
「盾はまだ戻らないよ」
「訓練用を借りる。明日は受ける強さより、動く位置を確かめたい」
イレーネが眉を上げた。
「森で使ったような壁なら、場所を選んで。町の空き地で何枚も作れと言われても困るから」
「ギルドの訓練場を借りる。使える場所を確かめておく。終わったら、壁を崩して土を均すところまで頼む」
「分かったわ」
レオンは食べる手を少し緩めていた。
「普段から、そうやって合わせてるんですか?」
「必要があればな」
ヴィクトルが答えた。
「一度できたからといって、毎回同じとは限らない。今回も、気づくのが遅れた所があった」
エドガーは肉を切りながら聞いていた。
戦いの話は出ても、終わった仕事を振り返るだけではない。次に同じことが起きた時、自分たちでどう動くかを話している。
レオンが言った。
「見せてもらってもいいですか。まだ腕を使えないので、見学だけになりますけど」
「構わない。邪魔にならない所にいてくれれば」
「ありがとうございます」
ヴィクトルはエドガーにも目を向けた。
「あんたも来るか?」
「明日の午前ならな」
「では、その時に一つ試してほしい」
「何をだ」
「俺の強化を受けた時に、動きがどれくらい変わるかだ。弱くかけるところからでいい」
エドガーはナイフを置いた。
「また組む時のためか」
「ああ。今回みたいに、かけずにおく判断もできる。だが、どこまでなら動きを乱さずに済むか、分かっていた方がいい」
エドガーは少し考えた。
戦闘中に初めて力を受けて、踏み込む距離が変わるのは困る。受けずに済ませるつもりでも、今のうちに確かめておく意味はあった。
「途中で止めてくれと言ったら、すぐに止められるか」
「できる。まず、歩くところからでどうだ」
「分かった。それなら付き合う」
「助かる」
ヴィクトルはそう言い、料理へ手を戻した。
*
「フェルデンは、どんな街なんですか?」
話が落ち着いたところで、イレーネが尋ねた。
エドガーは飲み物を置いた。
「ここほど店は多くない。川の荷も、これほどは来ないな」
「冒険者の仕事は?」
「近場なら森と村の依頼が多い。護衛もあるが、ここより選べる数は少ない」
ヨストたちと歩いた道を思い返す。
リーヴェンでは、仕事を探すにも、まず地名を覚えるところからだった。
「ただ、長くいると顔は覚える。依頼人の話も聞きやすい」
「二人で、そこを拠点にしてるんですね」
マティアスが言った。
「はい。エドガーさんの家に住ませてもらってます」
レオンが答える。
ベルタが興味を示した。
「家があるのかい。それで魔道具を探してたんだね」
「ああ。仕事から戻って、湯を沸かすのが楽になる物が欲しくてな」
エドガーが言うと、キリアンが頷いた。
「それは分かる。帰ってきて、湯の支度から始めるのは面倒だ」
「今日は宿へ頼んである」
ヴィクトルが言った。
「戻る頃には使えるそうだ」
「なら、飯の後も楽しみがあるな」
キリアンが残りの料理へ手を伸ばす。
レオンが笑った。
「皆さんは、同じ宿なんですか?」
「ああ。部屋は別だが、集まりやすいからな」
マティアスが答えた。
そこから、宿の飯と洗濯代の話になった。
まとめて頼んだ代金を誰かが立て替え、そのまま精算し忘れることもあるらしい。ヴィクトルが帳面へ残すようにしてから減ったと聞き、ベルタが少しだけ目を逸らした。
「忘れてたの、一度だけだろう」
「二度だ」
ヴィクトルが訂正した。
ベルタは飲み物へ口をつけ、聞こえなかったような顔をした。
*
店を出る頃には、通りに影が長く伸びていた。
勘定は七人で分けた。
ヴィクトルが先にまとめて払い、それぞれが自分の分を渡す。エドガーもレオンも、受け取った報酬から支払った。
店の前で、明日の時刻を決める。
「帰る日が決まったら教えてくれ」
ヴィクトルが言った。
「ああ。まだ荷車の返事待ちだ」
「フェルデンへ行く仕事が入ったら、ギルドで聞けば会えるか?」
「留守にしてなければな」
エドガーは答えた。
それから、少し間を置いて続けた。
「俺がいなくても、伝言を残しておいてくれ」
ヴィクトルが頷いた。
ベルタとイレーネは店の並ぶ方へ、キリアンは宿へ向かった。マティアスはヴィクトルと一緒に、明日借りる訓練場の確認へ行くという。
別れた後、エドガーとレオンは宿へ向かって歩いた。
「明日、楽しみです」
レオンが言った。
「何を見たいんだ?」
「壁ができた後の動きですね。前にいる人だけじゃなくて、弓を使う人がどこへ動くのかも」
レオンは通りを横切る荷車を待ってから、話を続けた。
「俺なら、盾で止める代わりに、自分が動いて相手をこっちへ向かせられないかと思って。けど、その時に後ろの人がどこにいればいいのか、まだよく分からなくて」
「相手が向きを変えれば、横を狙えることもあるな」
「はい。ただ、俺が間に入ったら邪魔になりますよね」
「なる。先にどっちへ動くか分かっていれば、狙う側も待てるが」
「そういう合図も、決めてるのか聞いてみたいです」
前の仲間と組んでいた頃にも、互いの動きを見て戦ってはいただろう。
今はそれを、別の組み方でも考え始めている。
「ヴィクトルに聞いてみろ。明日は、そのために集まるんだろうから」
「はい」
レオンは少し笑った。
「エドガーさんが強化を受けたらどうなるのかも、気になります」
「歩くだけだぞ」
「分かってます。でも、普段と違ったら見てみたいです」
「俺がつまずいたら笑う気だな」
「そこまでは言ってませんよ」
否定しきらなかったので、エドガーは横を見た。
レオンは笑ったまま、宿の方を指した。通りの先に、小鳥の看板が見えている。
明日は訓練場へ寄り、それからオットーの店へ行く。
帰る前に確かめたいことが、買い物のほかにも増えていた。




