145.成長途上
手を引かれ歩いてきたアシェルの足は止まり。
丘の上に夫婦で並び立つと、頬に触れる風が冷たく感じられた。
目のまえには樹々が並ぶ。
その一本に、アシェルたちの目は釘付けとなっている。
もうアシェルの背も越えてしまったこの果樹が、あの庭で芽を出して、双葉となった頃を思い出せば。
胸はじんわりと勝手に温まっていった。
アシェルたちは王都で予期せぬ余暇を得ることになって、あの子爵邸にも立ち寄っている。
当初その予定はなかったが、あの邸が領地と共に王家に没収されることが決まったため、ソフィアと会話をするうち、一度くらいは見ておこうかという話になって、足を運ぶことになったのだ。
アシェルがそこで思い出したもの──。
まずは玄関で蘇った大きな馬車の記憶。
今ではこの馬車もそれほどに大きいと感じることはなくなってしまったが、あのときはとても大きく立派な馬車が来たと驚いていたことを思い出した。
それからすぐに初めて会った幼いソフィアの姿が蘇っていく。
明るい声に、可愛い笑顔も合わせて思い出せた。
ソフィアが余所行きの顔を見せていた貴重な記憶だ。
邸内の廊下を抜けて、二人で飛び出した庭の様子。
トム爺が整えていた頃とはまったく変わってしまっていたけれど、あの頃はアシェルの内に鮮明に戻ってきた。
まだ小さかった苗木の前でソフィアと並び、時にノートを眺めて、あっという間に過ぎた時間。
その後に移動した応接室での大人も交えた会話の記憶。
その日ソフィアとローワンを見送ったところまでアシェルにはありありと思い出せていた。
続いてアシェルが思い出したことは、最後に邸を出た日のこと。
迎えに来た大きな馬車。
中から飛び出してきたソフィアが、嬉しそうにアシェルに駆け寄って、元気いっぱい話し掛けて来て……。
それからはもうずっと一緒だ。
ソフィアが隣にいたからだろうか。
もう誰も住んでいなかったせいだろうか。
幼少期の辛い記憶のどれも、子爵邸内でアシェルに蘇ることはなかった。
母親に手を引かれ、殴られたあの物置部屋も、廊下から眺めてみたけれど。
不思議と思い出すものは何もなかった。
きっと次回があったら。
そのときには同じくソフィアと初めて会った日のことや邸を出た日のことを思い出して、今度はそこに成人後ソフィアと共に立ち寄ったこの記憶が追加されることだろう。
もうアシェルは、生まれてからずっと幸せだったように感じられる。
何もかも、隣にいる妻ソフィアのおかげだ。
時に真実を捻じ曲げて、過去さえ書き換えてしまう、人の想いの力。
良くも悪くも、アシェルは今回の王都滞在中に多くの学びを得ていた。
──この樹も、こんなに大きくなるなんてね。
あの頃の小さなアシェルたちが見たら。
以前よりぐんと高く伸び、大きく枝を広げた今の様子に、大木を見るのだろうか。
まだまだ木としては、成長途上の大きさである。
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