9/3 無賃乗車
吾輩は可愛い猫である。名前はミケル。
私は愛されている。
家族とは既に離れ離れになり、独り立ちをしているのだが、決して辛くはない。この世界は俺にとって理想的な世界なのだ。
ご飯が欲しければ「にゃー」と泣く。
筋肉が凝り固まれば「グルグル」と喉を鳴らす。
そうすると、人間が私の前にご飯を置き、背中や首周りをほぐしてくれるのだ。
ただ、人間に会うのが億劫な時もある。そんな時には、静かな神社やお寺に足を向ける。
そうすると、新鮮なご飯が私の為に用意されているのだ。
私はこの世界が大好きであり、とても都合が良い。
そんな私は今から旅に出ようと思う。
なぜ、そう思ったのか。それは二日前の集いにあった。
集いといっても大体この日この時間帯に集まると感覚で決めているものであり、集まりはわるい。
今日俺が到着するとメスのラメしかいなかった。
「最近、バスが電車に乗って旅をしたらしい」
「わざわざ、電車なんかに乗らなくてもご飯なんて無限にあるだろうよ。あんな人がゴミのように存在する空間に行きたいもんかね」
「ミケルは人間が嫌いなのか?」
「嫌いじゃないさ。ただ、飯も食えて筋肉を解すやつは数人いれば十分ってだけさ」
猫は固定の人間を確保して入れば安泰なのだ。その人間の素性にもよるが、飯をくれる人間なんて大体飯には困ってないのだ。困っているのは平穏ではない心であり、我々猫はそんな人間の心を落ち着かせる事ができるらいしのだ。
「わかっちゃいねーなミケル」
声の主は二階建ての屋根から軽快に近くの足場を使い二人のいる広めのベンチへとやってきた。
ペロリと水を飲み、ニンマリとこちらを見てくるのは、茶色い毛並みを靡かせるバスだった。
「何がわかってないんだ? 人間は飯をくれる。景色を見たいなら少し足を伸ばせば良い。にゃーと鳴けばいつもとは違う人間が飯をくれるさ」
がりっと皿に盛られた飯を食べバスの方を見る。すると彼はひょいっと飛び上がりベンチへ腹這いになり、話し始めた。
「違うんだよミケル。飯じゃないんだ」
「飯じゃない?」
「あぁ、飯じゃねぇ、飯やマッサージよりも満たすものが電車にはあるのさ」
ラメがごくりと唾を飲み、食べかけの飯をよそにバスに目を向け続けていた。
「一体それはなんだ?」
「承認欲さ」
「そんなのは飯をくれる人間がくれるじゃねーか」
お前はここにいて飯を食っていれば良い。こんなにも自分を肯定されることなんてそうそうないではないか。
「これだからお子ちゃまは」
その言葉に毛を立ててしまいそうになったが堪えることにした。確かにバスの方が俺よりも何年も長く生きているのだ。
「電車っていうのはまず、お金がいるんだ」
「俺たちならひょいと改札を抜ければ無料だろ?」
「そこなんだよミケル」
バスは立ち上がり、ベンチを降りると再び水をちろりと舐めた。
「人間は金を払って俺たちは無賃で乗車する。その場合、俺たちはどうなる?」
「そうだな、人間から疎まれるんじゃないのか? あくまでも人間も無償で俺らに飯をくれてるわけではないだろ。俺たちがにゃーと泣くからくれるんだ」
「それが違うんだよ」
バスは再びベンチにヒョイっと上り今度は俺たち二人を見下ろした。
「人間は歓迎するんだ。無賃で乗る俺たちを」
歓迎する。その言葉は何故か甘美に聞こえる。何もしなくても、乗るだけで歓迎される。存在しているだけで歓迎される。なんとも唆る話であった。
「人間は電車に無賃で乗る俺たちを温かい目で見る。さらに俺たちがふかふかの椅子に座りでもすれば周りを少しあけ、スマホで撮影会だ。思い出すだけで漏らしそうだ」
バスの艶美な顔にミケルとラメは息を飲んだ。
「そ、そんなにいいのか...」
「あぁ、いいさ。お前も旅へ出てみるといい」
バスとの話から1週間。
とりあえず旅に出る前に今まで飯を置いていたとこ、飯をくれる人間を周り挨拶をしておいた。
どうせ旅に出るのなら海に行き新鮮な魚をもらい、観光をしようかと考えていた。もし、その地域が過ごしやすかったら住み着いても良い。
だが、最初の目的は無賃乗車をすることである。行く日は土曜日の午後2時と決めていてた。平日よりも人が落ち着いており、人が多くも少なくもないちょうど良い時間とバスから聞いていた。
全体的に時間がゆっくりとしていると感じた。
駅員も少し瞬きが遅くなっており、タイミングを見計らい改札へと飛び込む。
「あっ」
人間の驚きが短く聞こえる。
感じる視線。視線。視線。視線。
階段を登る時の視線。視線。視線。
ふかふかの座席に乗った時のカメラ。視線。カメラ。視線。
あぁ、きもちぃ「にやーー」
適当に車中で寛いでいるとガラス越しに海が見えた。
そろそろ降りようかとも考えたが、この視線も耐え難い。そうこうしている間に扉が開き、数秒経つと人間が電車から飛び出し始めた。
駅のホームでは人間が割れ先に走り何かに向かっていた。それが、私ではないことに少し違和感を感じたが、ちょうど良いと思い列車を降りる。
降りた途端悲鳴が聞こえ人間は私を見ずどこかに走り去る。途中、私は尻尾を踏まれ「ぎゃぃや」と声をあげてしまったが、人間はそれを無視し走り去る。
私はそんな人間とは逆の方へと足を向けると警察が周囲を囲み中心には私よりも視線を集める人間がいた。
拳銃だ。
私はあの武器がどういうものかを知っている。
しかし、決して私は打たれることはない。
私は人間に愛されている。
吾輩は可愛い猫である。名前はミケル。
「ねぇ、バス。もうここ1年くらいミケルを見ていないけど、どこいったんだろう」




