21.竜の抱く想い
アズファルド視点
王城の最奥ともいえる部屋を飛び出して、竜に姿を変える。隣国との国境にある町、ルーセは人の身で駆けつけるには遠すぎる。
それはもちろん王城の騎士たちも分かっていたようで、開けた場所に飛び出してみれば、準備のできた者から隊列を成して荷台のような物に乗っていた。
「ああ、良かった守護竜殿。こちらに寄ってくださると思っておりました」
こんな奇妙な状態の人間たちをまとめながら、安心したような声を上げたのは、宰相と呼ばれていた男。国王不在の中で襲撃の一報を受け、わずかな時間でこれほどの準備を進められる男は、優秀なのだろう。
「……こいつらと、共に行けばいいのだろう?」
「ええ。一報を受けてから最短で用意できた、我ら自慢の騎士たちです。どうぞ、お連れください」
人の姿と違い、竜の声色は低く聞き取りづらい。だからこそこのように会話が必要な時は最低限の言葉を、ゆっくりと発するように心がけてはいるが、この状況だ。集まった兵たち全員が俺の言葉を理解する時間など、待ってはいられない。
荷台に乗った兵士たちを胸の内に抱え込むようにしてから、一度翼を羽ばたかせる。これから移動する兵たちを空気に慣れさせる意味合いもあったのだが、それを説明するほど、俺は言葉選びが上手くない。
「近隣の領地からも、兵士を集めています! 誰に指示を仰ぐかは、騎士たちにお聞きください!」
結局、宰相の男に了解を示すように一つ頷いてから、空へと舞い上がった。この感覚は嫌いではないのだが、状況がそれを楽しむ余裕を許さない。
宰相の叫ぶような指示は半分ほどしか聞こえなかったが、集まった兵たちの中の誰かが聞いているだろうから、問題はないだろう。
「うわぁ!」
「っ!」
ああ、そういえばとこんな時に思い出す。こんな時だから、なのかもしれないが。
リィナは、出会った時に俺の竜の姿を見ても、悲鳴を上げなかったなと。
そう昔の事ではないのに懐かしいと思うのは、ここ最近の日々が充実していたからだろうか。まさか、あれほど距離を取ろうと決めていた花嫁のことを、こうも思い出すようになるなんて、自分でもこの変化は想像していなかった。だが、存外悪いものではない。
「少し揺れるぞ」
訓練されているとはいえ、竜の速度に人間は耐えられない。いつも国の巡回をするときよりもだいぶ落としたスピードで国境にたどり着いた時には、もう戦いは始まっていた。
デルマリス側の兵たちから感じるのは、失われたはずの魔術。急遽集められたにしてはアルセリオンの兵たちも善戦しているが、どうやら分が悪い。
くつり、と知らずに歪んだ自身の口元を隠す理由など、どこにも存在しない。デルマリスの使う魔術はなるほど、人間では対抗できないだろう。
「だが、竜の前では無駄だ」
エルセリアがいた時ほどの力もない、あの頃と比べるまでもない魔術など、何発食らおうとも俺の鱗をはじけ飛ばすほどの威力すらないのだ。
劣勢を感じ取っていたはずの兵士の声に、徐々に熱気が戻ってくる。
「背中を見せるな! 守護竜様に恥じない戦いを!」
「あの爪も、翼も、我らの味方だ!」
人に恐怖を抱かせるこの姿は、守る姿勢さえ見せればなんとも頼りがいのある盾にもなれる。
敵をなぎ払っていた爪を畏怖する言葉を吐いたのと同じ口で、咆哮に怯え見開いた瞳で、銀白の鱗に覆われた俺の姿を称賛し、逃げようとしていた背中を翻す。
なんとも自分勝手で愚かだが、アルセリオンを守護する契約を交わしている以上、こいつらの存在も守らねばならん。
国とは、人がいなくては成り立たない。王は民を慈しみ、民は王に敬意を抱く。そうやって積み重ねてきた歴史を、こんなことで崩されるわけにはいかないのだ。
「この先へと進むのならば、我を退けてみせよ!」
叫ぶと同時に地を蹴り、空へと舞い上がる。高く高く、デルマリスの魔術も届かないほどの高さから、その中心へと雷を放った。
俺は、彼女の下へ帰る。離れても信じると言ってくれた、あの言葉に報いるために。
「アズファルド様!」
勝敗は、すぐに決した。どうして魔術がこの時代まで残らなかったのか、それをデルマリスは理解しただろう。
今から竜を従えようにも契約の魔術はエルセリアが生きていた時代のもの。遺されていた魔術を復元できる程度の使い手はいるようだが、五回も満足に発動できないらしい。
「デルマリスの将は、捕えたのか」
「それが、どうやら逃げたようで……」
「兵を置いて逃げるとはな。所詮はその程度か」
竜の花嫁に固執していた女を使い、花嫁の座を奪おうとするどころか、その先を手中に収めることまで見据えていただろう大臣。身内だと言っていたから警戒を解くつもりはないが、デルマリスの兵たちには俺が到着する前ほどの覇気がない。
あれだけの戦力差をまざまざと見せつけたのだから、当然と言えば当然だろう。
「私達はこのまま、事後処理を行います。王都からいらした騎士の皆様は――」
「我らはデルマリスの兵たちを見張っていよう。抵抗は、出来ないと思うが」
「よろしくお願いいたします。王都に伝令を!」
辺りを見渡している兵たちの動きを見ていたら、ふと何かに呼ばれたような気がした。
ちりと首の後ろを熱くさせるようなものではないから、殺気が含まれているわけではない。けれど、自分の事を呼んでいるその感覚は、だんだんと強くなっていく。
兵たちは慌ただしく動き回っている。そこではない。では、どこからか。
「ああ……そうか」
これは、離宮より届く風。リィナが、花嫁の儀式を終えたのだ。
それを理解したとたんに、胸の奥から感情があふれ出してくる。あの時、エルセリアが死んだときに硬く封をしたはずの、感情が。
「私は王都に戻る。共に来る者はいるか!」
一刻も早くその体を抱きしめたい。こんな、俺の爪をひとつ振りかぶっただけで壊れてしまうほどに小さな体なのに、大きなことを成し遂げた花嫁を。
いつの間にか心地よいと感じるようになったその声で、名前を呼んで欲しい。俺がようやく口に出来るようになった、名前。いつだって彼女は、笑顔で応えてくれた。
今すぐその名前を呼びたい、笑ってほしい。
逸る気持ちをどうにか押し留めて、王都に戻る兵たちの準備を待つ。
そうして飛び立った俺の背は、恐怖ではなく称賛の声で見送られた。




