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恋を知らない竜の花嫁は愛を学ぶ  作者: 柚みつ


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22/29

22.過去とこれから

 


 手の中の鱗から伝わるひんやりとした感触は、アズファルドと手を繋いだ時とは全然違う。けれど、そこにこめられた感情は同じ。

 だから私は、この場で一人、祭壇と向かい合うことが出来る。


「私はただ、見守るだけ。この場でどう動けばいいのかは、花嫁ならば分かるはずです」

「分かるはず、ですか……」


 再びフードを被り顔をすっぽりと隠してしまった王妃様は、それだけ言うと部屋の隅へと移動した。

 しんと静まり返った部屋には私だけしかいないと錯覚するくらい、王妃様の存在感が薄い。

 アドバイスは、期待できそうにない。アズファルド様も国王陛下もいないので、花嫁の儀式は私一人で終わらせなければならない。


 部屋にあるのは祭壇、そして人の顔ほどの大きさの水晶玉だけ。ここで花嫁が選ばれるのだったら、国王が見てそうだと分かるようなものがあるはず。

 この部屋で、使えそうなものは水晶しかない。そっと水晶玉を覗き込んでみたけれど、つるりとした表面は私の顔を映すだけ。


「これじゃない、それなら……」


 視線を部屋に戻そうとして、違うと直感が告げた。わずかな違和感、けれどそれは形になる前にまるで溶けるように消えてしまった。


「どこだったの?」


 祭壇から降りようとした足を戻して、もう一度水晶玉を見る。やっぱりそこにあるのはただの水晶玉で、私の水色の瞳を映して――違和感に、気付いた。

 私の髪は栗色で、今は胸に届くくらいの長さ。それなのに、水晶に映る私は、水色の瞳だけどとても淡い色の髪色をしている。ふわふわしている髪はとても柔らかい印象だし幼く見せている。私とは、まるで雰囲気が違う。


『やっときたのね』


 頭の中に響く声が聞こえてきた次の瞬間には、その声に引っ張られるように意識が沈んでいった。



「ここは……」

『ここは、どこでもないどこか。ようこそ、竜の花嫁の資格を持つ者よ』


 水晶に映っていた人物が今、私の目の前に立っている。どこでもないどこか、その言葉通りにさっきまでいた部屋とはまるで違う場所だとは分かるのに、ここがどこなのかと聞かれたら答えることが出来ない、白い空間で。


 金色のふわふわとした髪はとてもきれいで優しい印象にさせているのに、私を見る水色の瞳がただまっすぐで感情を映していないから、どこかちぐはぐな雰囲気を持っている女性。

 白を基調とした服はドレスのようにも、教会の司祭様が着ているような服にも見える。どちらにしても言えるのは、その服が女性にとてもよく似合っているという事だ。


『不思議な気持ちね。こうして、あなたと話しているなんて。頑張って魔術を覚えた甲斐はあったわ』

「あなたは……」


 知っている。私は、この女性が誰なのかを。でも、こうして会話をするなんてことが出来るはずがないとも、ぼんやりと思う。だって、この女性は。


『あら。分かっているのでしょう? 私はエルセリア。今では竜語の巫女、の方が有名かしら?』


 ふふっと小さく笑う仕草は、本当に可愛らしい。無条件に守ってあげたいと感じる見た目とは裏腹に、彼女はアズファルド様と守護の契約を交わす魔術を作り上げ、そして花嫁の選定の儀式を今の代まで残す人。

 こてり、と首を傾げたエルセリア様は、そっと私に近付いてきた。


『そんなに怯えないで。なにも、あなたに害を加えようというつもりはないわ。ようやく訪れた、花嫁ですもの』

「……私の前にも、アズファルド様の花嫁に選ばれた方はいたはず、です」

『いたわよ。けれど、この場にやってきた花嫁は本当に久しぶり。だからこそ、こうして私とあなたは話すことが出来ているのだけれど』


 ようやく、というのはおかしな話だ。だって私の前にも花嫁としてアズファルド様と共に過ごした人はいたはずなのだから。それは、資料として残っているのだから間違いではない。

 もしかして、エルセリア様がいう花嫁と私の認識は、違っているのだろうか。わずかな引っ掛かりを感じた私は、そのままエルセリア様の言葉の続きを待つ。


『私が組み上げた魔術は、蓄えた魔力を消費して発動するの。どこかで補充をしなければ、遠くないうちに効力を失ってしまうわ』

「でも、今の私達は魔術を使えません。補充と言われても、何をどうすればいいのか」


 エルセリア様の生きていた時には当たり前に使えていた魔術、それは今は古い文献に名前を残すのみ。離宮にある書物のなかには、魔術を発動させるためのやり方を詳しく書いてあるものもあったけれど、それを真似てみたところで使えるはずもない。

 術を発動させるための動力である、魔力が私達にはないのだから。

 先ほど感じた、引っ掛かりはそこだろう。エルセリア様が組み上げた魔術に、魔力が残っていたからこうして向かい合って話すことが出来ている。今までの花嫁たちとこうして会話をしていたら、貯めていた魔力は消費されて、とっくに魔術の効力は失っていたというわけだ。


『そう。だからこそ、あなたが今来てくれてよかった。

 リィナ・シーリス。私の血と魂を継ぐもの』

「……なんとなく、そうじゃないのかなって考えたことはありました。アズファルド様の視線が、私を通してどこか遠くを見ているような気がして」


 それは、ただの勘としか言えない感覚。エルセリア様の事を大事にしているアズファルド様を、大切にしたいと言ったのはそんなに前の事ではない。

 その言葉は本心だ。けれど同時に、どこか寂しいという感情を隠して接していたのも事実。どうしてそんな気持ちになるのか、ようやく理解することが出来た。

 あれは、私だけじゃない。エルセリア様の魂が感じていた気持ち。


『竜の感覚は、鋭いわ。無意識のうちにアズファルドは、あなたの底に眠る私の力を感じ取っていたのでしょう』

「だから、私は竜の花嫁に選ばれた……?」

『それも、あるかもしれない。けれど、あなたがあなただったから、私の魔術はリィナを選んだ。他の誰でもない、あなたを』


 楽しそうに笑っているエルセリア様は、まじまじと私を見ている。同じ水色をしているのに、エルセリア様の瞳はきらきらと輝いて見える。私は、こんなにも光に満ち溢れた瞳をしているだろうか。

 ふんわりとした金の髪もない、司祭様のような服が似合うほどの雰囲気だって、ない。そんな私がエルセリア様の血を、魂を継いでいると言われても正直何の間違いだとしか思えないのに。


『大丈夫よ。私は、もう過去の人。これからを共に生きるあなたが、上書きしてしまえばいいのよ。リィナになら、それが出来るわ』


 そうやって他の誰でもない、エルセリア様が背中を押してくれるから。エルセリア様ではなくて、私がこれからを歩んで行っていいのだと教えてくれるから。

 その言葉と気持ちがあれば、私はきっと花嫁としてアズファルド様と一緒に生きていける。


「エルセリア様は……それでいいのですか」

『いいもなにも、私は何もできないもの。過去にすがって泣いているアズファルドを見るのは、もうたくさんなのよ』


 そうか。ここにエルセリア様の欠片が残っているなら、今までのアズファルド様をずっと見ていたのか。

 エルセリア様を失った悲しみに暮れる姿も、それからどれだけ花嫁がやってこようとも距離を詰められなかった後悔も、全部。

 そんな姿を見せるのは、ここで終わりにする。アズファルド様が穏やかに過ごす未来を見せるのは、私の役目だ。


『リィナ。アズファルドを、あの人を愛しているのだったら、誰であろうと遠慮なんてしてはダメよ。自分の伴侶なのだとしっかり見せつけておやりなさい』


 ふわり、と揺れる髪が周りの白に溶けていく。小さな金色の光の粒になっていくエルセリア様を見送るのだと、そう思った。

 大丈夫だ。エルセリア様を見送っても魂は私と共にある。血筋だと聞いたのはついさっきなのに、光の粒が私の中に溶けて消えていくたびに、どうすればいいのかが、頭の中に浮かんでくる。

 ここまでずっと残してくれていた花嫁選定のための魔術、その魔力が尽きる前に私がすべきこと。

 アズファルド様のために、花嫁として私が出来ること。

 光の粒がすべて消えてしまう前に、私は叫ぶ。もうぼんやりとした姿しか見えないエルセリア様に、届くように。


「ありがとう! 私、これからあなたの分まであの人を……アズファルド様のことを大切にします!」


 かすかな光の中、エルセリア様が笑ってくれたのだとはっきり分かった。





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