第05話 冤罪の証拠を探せ!
バルバラは形の良い唇で薄く笑みを作ると、滔々と歌うように言う。
「わたし、ずっと二人の練習を、そばで手伝ってましたから。古代語の歌詞も、当日の作法も、全てしっかり覚えています」
とたんに、場がざわめきで埋め尽くされた。
「バルバラが?」
「でも、バルバラは候補に入ってなかったでしょ?」
「そういやアンネッタとフィオーラの間を取り持って、バルバラはよく二人と一緒にいたわ」
年長者たちが顔を見合わせ、やがてうなずき合った。
「……この短い時間で古代語の歌詞を覚えられる者など、他にはおるまい。二人の練習を長く支えていたのなら、バルバラこそが代役にふさわしいだろう」
娘たちの間からも、賛同の声が次々と上がる。
「バルバラなら、納得よ」
「もともと候補になると思ってたぐらいだもんね」
「そうそう、バルバラならあたしも文句ないわ」
村の長老だという老女が、厳かに口を開いた。
「――バルバラ、おまえに今年の春の女王を任せよう。準備しなさい」
バルバラは一瞬だけ大きく目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「……精一杯、務めさせていただきます」
その声は謙虚で、静かな決意が込められたものだった。
周囲の娘たちも安堵したように拍手を送り、ようやく場の空気が和らいでゆく。
(本当に、これでいいの……?)
バルバラが女王になったって、何も解決していない。
アンネッタの髪を切ったのは、本当にフィオーラだったのか。
(もしも冤罪だったなら、フィオーラの一生に大きな傷痕を残すことになる……!)
いくら日付が変わるほど夜が更けていたとはいえ、アンネッタが屋外であれほど深く眠り込んでいたのは不自然ではなかったか。
(悲鳴が上がって騒ぎになったのに、揺さぶられるまで目覚めないほど眠りが深いのはおかしいわ。カモミッラ酒は飲んでいたけれど、お酒に弱そうなそぶりは見えなかったし……)
そして、すべてを終えた後に残ったのは――二人の候補が共倒れになったという事実と、春の女王の座に収まったバルバラ。
(そうよ、今回の事件で一番得をしているのは……だれ?)
二本の保温瓶から、注ぎ分けられた薬草酒。
そしてバルバラの提案で、私たちは一人ずつ四方へ散った。
(でも、確証は何もない……)
月明かりの下で薄く微笑むバルバラの横顔を見つめながら、私は考えを巡らせた。
◇ ◇ ◇
新たな女王候補が確保できた安堵感もあって、騒ぎはいったんの終息をみせた。解散した村人たちと共に私も宿に戻ったけれど、こんな状況でぐっすり眠れるわけがない。
私は意を決して立ち上がり、隣室に繋がる内扉を遠慮がちに叩いた。さすがに寝ているだろうと駄目で元々のつもりだったのに、すぐに扉の向こうから返事があった。
「……どうした?」
「お休みのところに申し訳ございません。どうか先せ……だだだ旦那さまの、お智恵をお借りできませんでしょうか!」
(旦那様って呼び慣れないから、なんかすごく噛んじゃった……!)
「少し待て」
恥ずかしくて悶えているうちに扉が開き、寝間着姿ではないフィデンツィオ様が立っていた。そういえば隙間から少し明かりが漏れていたから、まだ寝ずに執務をこなしていたのかもしれない。
そのまますんなり部屋に招き入れられたと思ったら、やはりまだ仕事をしていたようだった。テーブルに乗った書類を脇によけると、従者が「お茶を淹れ直して参ります」と言って、さりげなく部屋を後にする。
「――という事件があったのです。私一人の力で解決できず、申し訳ございません。でも、本当にフィオーラが犯人なのか、検証する方法がどうしても思いつかなくて……」
話を終えた私が肩を落とすと、フィデンツィオ様はすぐに立ち上がる。
「その状況ならば、いくつか考えられる手がかりはある。君は安心して先に休んでいろ」
「何か分かったのですか!? ならば、私も連れて行ってください!」
「……今日は結界の修復で、疲れているだろう?」
「それでも、こんな状況でゆっくり眠ってなんていられません……」
眉を下げて見上げる私に、彼は降参したように表情を和らげて言った。
「そうか……ならば現場へ案内してもらおう」
「はい!」
◇ ◇ ◇
丘の東側、先ほどアンネッタが倒れていた場所には、まだ切り落とされた金色の髪が散らばっていた。夜明けの空が白み始める中、改めて辺りの状況を確認していると、村長たちに連れられたアンネッタが姿を現した。
短く刈られた金髪を隠すためだろう。目深にかぶったショールの下から、泣き腫らした目がのぞいている。
「アンネッタと言ったか。その被り物を取り、先刻と同じように横たわれ」
フィデンツィオ様の端的な指示に、アンネッタは戸惑いながらも素直に従った。花畑の中にそっと身を横たえ、仰向けになる。
「ファウスティナ。この者の髪を、左手で掬うようにつかんでみろ」
「はい」
言われるがまま、私はアンネッタの頭の後ろにしゃがみ込んだ。左手で、残った金髪を掬い上げるようにつかむ。でも上手く指の間に収まらず、不揃いの短髪が指の間からパラパラと落ちた。
フィデンツィオ様はその様子を観察すると、首をかしげた。
「……断面の長さが揃わんな。次は右手で同じようにやってみろ」
左手を離し、今度は右手で髪を掬い上げる。
すると先ほどは不揃いだった断面が、ほぼ綺麗に握った手の形に沿っていた。
「この断面は、左の後頭部から右の前方に向かって、一方向に切られたものだ。それも一枚の刃ではなく、二枚の刃で挟むように剪断されたもの……切断に使われた道具は大ぶりのハサミ類とみて、間違いないだろう」
言われて注意深く目を凝らすと、左後頭部側の切り口が深く、右前方に向かうにつれて浅くなっている。何度か分けてハサミを入れていそうな形跡はあったけど、すべてが同じ方向に流れていた。
「仰向けに寝ているアンネッタの頭頂部側に回り込み、ハサミで切った。それは、ほぼ間違いないだろう。そして右手で掬い上げたときだけ断面の長さが揃うということは、左手にハサミを持ち、右手で髪をつかんで切った――よって、犯人は左利きだ」
私は、はっと息を呑む。
「フィオーラの利き手は、どっち!?」
固唾をのんで見守っていた村人たちのうち、年配の女性が口を開いた。
「フィオーラは、確か右利きでございます」
横たわったままのアンネッタが、大きく目を見開いた。
「そうよ、フィオーラは右利きだわ!」
「右利きの者が慣れぬ左手で右利き用のハサミを使い、しかも刃渡りの長い裁ちバサミで皮脂をまとう人毛を切れば、これほど素直な断面にはならんだろう。つまり、落ちていたというハサミは実際に髪を切るために使われた凶器ではない。証拠に見せかけるよう、故意に置かれたものだと考えられる」
「アンネッタ、身の回りで左利きの人に心あたりはない?」
私が問うと、アンネッタは愕然とした顔をする。
「バルバラ……」
上りゆく朝の光の中で、フィデンツィオ様は随従していた騎士たちへと手を振り上げた。
「バルバラという者の家を調べろ」




