第03話 薬草酒の効能
「春の女王の冠はもっと華やかにするものよ。そんなんじゃ、ただの農婦の手仕事じゃない」
彼女はそう、きつい口調で言い放った。けれど――。
「女王はあたしに決まってるとはいえ、対立候補が地味じゃ、あたしまでショボく見えるでしょ。どうせ周りに何か言われたんだろうけど、無視してもっと目立つ感じのやつを作りなさい。あんたは地味なんだから、花冠くらいは見栄えよくしないと話になんないわ」
険のある物言いはイヤミのようにも聞こえるけれど、見方を変えれば『もっと遠慮せず目立て』と、発破をかけているのかもしれない。
フィオーラは編みかけの花冠を膝に置き、困ったように笑う。
そして何か言いかけた、そのとき――言葉を先に被せるように、バルバラが口を開いた。
「アンネッタ。農婦の手仕事を見下すなんて、この村の娘とは思えない言い草ね。それに春の女王はまだ決まってないわ。自分が選ばれたつもりで語るのは、少し気が早いんじゃなくて?」
「何ですって!?」
アンネッタの頬がかっと赤くなる。
「あたしの美しさは、この辺のどの街に行っても一番よ。誰が見たって――」
「美しいだけで中身がなくても女王が務まるなら、稽古なんていらないわね」
周囲の娘たちは、皆一瞬困ったような目を向けて、すぐに黙々と自分の作業に戻っていった。どうやらこの二人の口論は、珍しいことではないらしい。
「ちょっと、ケンカ売ってるの!?」
アンネッタが怒りに肩を震わせるのを気にせずに、バルバラは涼しい顔のまま肩をすくめた。
「そうね、まだ夜は長いんだから、みんなもっと良いものを作ればいいって話でしょう?」
そう言ってバルバラはフィオーラに向き直ると、穏やかな声で続けた。
「フィオーラ、せっかくだからもっと華やかな花冠を作り直しなさいよ。聖女様も、よければ新しい花で作りませんか? 聖女様は銀の髪に紫の瞳をお持ちだから、きっと紫の花が映えると思います」
「ええ、作ってみたいわ」
私が声を弾ませて応えると、バルバラはにこりと微笑んだ。
「わたしも、自分の冠を作り直します。――ねえアンネッタ、あなたもフィオーラに負けないように、もっと良いのを作れるよう競争しましょうよ。自分が一番美しいって言うなら、それに見合う花冠でなきゃ格好つかないでしょう?」
「ふん……言われなくても、あんたたちなんかに負けないわよ」
アンネッタは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、提案には素直に乗った。言葉では反発していても、バルバラには一目置いているのだろうか。
「でもその前に」
バルバラはふと空を見上げ、夜風に身を震わせる。
「そろそろ冷えてきたわね。少し温まってからにしましょうか」
そう言って、傍らに置いていた籠に左手を伸ばした。
中から取り出されたのは、布で丁寧に包まれた筒……保温瓶だろうか。
「カモミッラの薬草酒よ。身体がよく温まるわ」
バルバラは手際よく盆の上に杯を並べると、一本目の保温瓶を傾ける。とくとくと淡い金色の液体が注がれ、ほんのりと甘く爽やかな香りが夜風に漂った。
「聖女様、どうぞ」
礼を言って受け取ると、バルバラは笑顔で次の一杯をフィオーラに渡した。さらにもう一杯注ごうと保温瓶を傾けたが、最後の数滴がぽたりと落ちただけである。
「あら、もう空になっちゃった。でも大丈夫、もう一本あるから」
バルバラはそう言って、籠から二本目の布包みを取り出した。栓を開けると、先ほどと同じ甘い香りが立ちのぼる。
まずアンネッタに杯を渡し、最後の杯を自らの前に置いた。
「はい、アンネッタ。カモミッラの香りには沈静の作用があるの。これを飲んで少し落ち着きなさい」
「……誰が落ち着いてないっていうのよ」
アンネッタはむっとした顔で杯を受け取ったが、差し出されたものを突き返すほどではないらしい。
四つの杯が揃うと、バルバラがにこりと微笑んだ。
「さあ、みんなで乾杯しましょう。明日の五月祭が素敵な一日になりますように」
「乾杯!」
杯を合わせて口をつけると、甘く温かな薬草酒が胃の中へと流れ込む。カモミッラの香りに、かすかに混じる蜂蜜の風味。まだ少し肌寒い夜風にさらされていた身体が、芯からじんわりと温められてゆく。
「……おいしい!」
私が思わず声を上げると、バルバラが嬉しそうに言った。
「聖女様にお褒めいただき、光栄ですわ」
身体だけでなく気持ちまで和らぐような、暖かな味。隣でフィオーラも杯を両手で包むように持ちながら、ほうっと息を吐く。
「バルバラ、これ、すごく美味しい。カモミッラの薬草酒は私もよく作るけど、こんなにまろやかにできたことないわ」
「あら、そう? フィオーラのお墨付きなら自信が持てるわね」
バルバラは嬉しそうに――いや、どこか満ち足りたように目を細めた。一方でアンネッタは杯を口に運んだまま、わずかに眉をひそめている。
「……ちょっと苦みが出てるわね。漬け込む時間が長すぎたんじゃないの?」
「はいはい、ご助言痛みいるわ」
バルバラが軽く受け流すと、アンネッタはふんと鼻を鳴らした。けれど文句を言いながらも、杯の中身はすべて飲み干している。口は悪いが、根はそれほど悪くない人なのかもしれない。
薬草酒の温もりが全身に行きわたった頃。飲みながら出たバルバラの提案に乗って、四人はそれぞれ花冠に使う花を探しに散ることになった。
「この丘の周りには、少し珍しい花が咲く場所がいくつかあるんです。聖女様の銀色の髪には、薄紫色の草原の救済花が映えるのではないでしょうか。北の農場の近くに群生しているから、おひとりでも危険はないと思います。それと……アンネッタの金髪には、深い青の矢車菊なんかどう? 丘の東側に咲いてたわよ」
「そんなの、言われなくても知ってるわ」
アンネッタは相変わらず素直ではなかったけれど、言われた通りに立ち上がる。
「フィオーラは南の斜面へ行ってみて。色の鮮やかな野花がたくさん咲いてるわ。あなたの大地の色の髪には、色とりどりの花冠が似合うと思うから」
「うん、ありがとう。華やかすぎると花冠に負けちゃうんじゃないかと思ってたけど、できるだけやってみる」
フィオーラは穏やかに、けれどしっかりとした声音で言って立ち上がった。
小さく手を振りながら見送るバルバラの横顔を、揺れるかがり火が照らし出す。
――にこやかな笑み。けれど友人たちの背中が夜闇に消えた後も、その目はじっとフィオーラの去った方角を追っていた。
「バルバラはどうするの?」
声をかけると、彼女はにこやかな笑みを浮かべたまま、こちらへと振り返る。
「この髪に映えそうな白い野バラが咲いていたので、わたしは西の小川のほうへ参ります。聖女様、サルビアの場所が分かりにくければ、道ゆく娘たちに聞いてくださいませ」
「ええ。ありがとう」
「こうして夜に安心して外を歩けるのは、聖女様のおかげですわ。本当にありがとうございます」
微笑みながら向けられた感謝の言葉に、私は小さく首を振る。
「いいえ、それ以前に、このあたりはとても治安がいいのよ。わたくしではなく、この地を治めるイルネーロ公爵閣下に感謝を」
「もちろんにございます。イルネーロ公爵さまご夫妻に、村人を代表して感謝を申し上げますわ」
(夫妻って、夫妻って……!)
結婚しても『公爵夫人』ではなく、なにかと単品の『聖女』として扱われることが多かったから、思わずにやけそうになる。私はぐっと顔を引きしめて、自分の考える『公爵夫人』らしく、優雅に微笑んだ。
「この村の人々に、祝福のあらんことを」
バルバラは最後に深々と腰を落として礼を執ると、籠を手に西の方へと歩いていった。




