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【受賞】聖女は死の円環を解く  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
後日談

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34/40

第01話 結界修復の旅は

※時系列は本編の後日談です。エンディングのネタバレを少し含みますが、単体でもお楽しみいただけます。


 城館のある街を発ったのは、まだ朝もやのかかる頃だった。辺境の街道はすぐに石畳が終わり、剥き出しの土に姿を変える。


 この聖王国の国土全てを覆う、大結界――その細かな綻びをつくろう旅も、もう三か所目となった。でも向かいで馬車に揺られている人は、片肘を窓枠について、ずっと外へ視線を向けている。


 まっすぐ通った鼻梁(びりょう)に、薄く引き結ばれた口もと。燈火色(ともしびいろ)の瞳は朝のまだ淡い陽を受けて、理知的なまなざしを鮮やかに彩っていた。


(これまでは色々ありすぎて、あまり容姿なんて気にしている余裕はなかったけど……こうして改めて見ると、すごく格好いいかも)


 狭い車中、長い脚を少し持て余し気味に組んでいる姿さえ、どこか絵になっている。


(今、どんなことを考えているんだろう……)


 そう、思った瞬間。ふいに彼の視線が動いた気がして、私は慌てて目をそらした。


 初めの頃は『この旅は距離を縮める絶好のチャンス!』と張り切っていたはずなのに、いざ行動しようとすると、どうにも緊張してしまう。


(むしろ先生と弟子だと思っていた前周の方が、いくらでも目を見て話ができたのに。せめて何か雑談でも……)


 私はがんばって話題を探してみたけれど、共通の話題といえば結界の状況とか、医療やその他の技術についてとか、そんな『情報交換』に終始してしまうのだ。


(これじゃあ先生と弟子どころか、仕事相手って感じよね……。夫婦とまではいかなくても、せめてなんか男女っぽい話がしたいのにー!)


 誓約の儀を終えてから、はや二か月がすぎ――私はせっかく夫婦になれた『好きな人』との距離の詰め方に、ものすっごく悩んでいた。


   ◇ ◇ ◇


「この先は馬車では進めない。ここからは騎馬でゆく」


 停車するなり、先生……じゃなかった、フィデンツィオ様はそう言って、さっと馬車を降りた。


「は、はいっ」


 ぼーっと考えごとをしていた私が慌てて入り口をくぐると、大きな手のひらが差し出されている。私が無言で目を丸くすると、彼は少しだけ視線を外し、どこかきまり悪げに口を開いた。


「……ここは足場が悪い」


「はい!」


 なんだか懐かしくなって、私は思わず笑みをこぼした。今回は絶対に逃がすまいと、ぎゅっと手をつかむ。


 手を借りて馬車から降りると、まだ少し肌寒い空気が頬をなでた。少し離れたところで、馬に鞍を乗せる準備が進んでいる。辺りを囲む騎士たちの向こうで、案内役の村人たちが慣れた様子でロバに草を()ませていた。


「ファウスティナ」


 低い声がして視線を戻すと、フィデンツィオ様が馬の(くつわ)を取って近づいてくるところだった。相変わらず表情が読みにくいけれど、声色は柔らかい。


「悪路だが、一人で行けるか」


「はい、大丈夫です」


 そう自信ありげに言い切ったものの、私は今の服装が騎士服ではなく裾の長い法衣(ローブ)であることを、すっかり忘れてしまっていた。(あぶみ)に足をかけることすら手間取っていると、遠慮がちに声をかけられる。


「補助は必要か?」


「お、お願いします……」


 恐縮しつつ返したとたん、子どものように軽く担ぎ上げられた。貴婦人用の横乗り鞍(サイドサドル)になんとか収まると、想像よりずいぶんと視界が高く、手綱を握る指先にじわりと汗がにじむ。


(両足で鞍をしっかり挟めないって、こんなに不安定だったの!?)


 とはいえ今さら戻って着替えたいなんて、ワガママは言えないだろう。


 私は冷や汗をかきながら、街道を外れて進み始めた一行に、なんとかついてゆこうと手綱をにぎりしめた。


 ほとんど獣道(けものみち)も同然の地面はときおり木の根が出っぱっていて、そのたびに体が大きくかしぐ。必死に姿勢を保っていると、列のすぐ後ろから声がした。


「手綱をもう少し短く持て。拳ひとつ分あればいい」


 言われた通りにして振り向けば、フィデンツィオ様が気づかわしげな目をこちらへ向けている。


「すみません……」


「謝らなくていいから、前を見ていろ。横乗りは勝手が違うだろうが、コツは通常の騎乗とそうは変わらん。体が揺れても無理に上体に力を入れて堪えようとせずに、衝撃をいなすといい」


「はい!」


(なんだか、懐かしいな……)


 愛想がいいとはお世辞にも言えない口調は、相変わらず。でもその言葉は分かりやすく的確で、いつも気にかけてくれている。


「左に寄れ、枝が低い」


「あ、はい」


 慌てて馬を寄せて身を縮めると、頭上すれすれを枝が通り過ぎていった。


(――やっぱり、気にかけてくれてる)


 思わず笑みがこぼれそうになるのをこらえるように、慌てて唇を引き結ぶ。そこからは集中して山道を進むにつれ、景色が少しずつ変わっていった。


 街道の近くでは細かった木々が、いつしか見上げるほどの大樹へと姿を変えている。鮮やかな緑の合間には、色とりどりの野花が木漏れ日に照らされて咲いていた。


「……とても綺麗なところですね。この森は、魔の森と地続きになっているのでしたよね?」


 思わず声に出して問うと、後ろを行っていたフィデンツィオ様が口を開いた。


「本来この森は、地に満ちるマナの恩恵が強い土地なのだ。ゆえに魔物の力も強く、結界の向こうが『魔の森』と呼ばれる所以(ゆえん)となっている」


(マナって、確か魔法発動の根源となる天然資源のようなもの、だったかしら? しまった、もっと真面目に基礎魔法論の授業も聞いておくんだったわ……)


 気にはなるけど、村人たちの目も多いここで初歩的なことを質問すれば、『聖女』にがっかりさせてしまうかもしれない。


 私はそれっぽく「なるほど」とうなずきつつ、心の中で『帰ったら調べることリスト』に書き加えた――そのとき。木々の切れ間から、ふいに視界が広く開けた。


 そこには、まるで巨大なシャボンみたいな薄膜が、森をあちらとこちらで隔てていた。透き通った表面には虹色の光が揺らめいて、見る角度によって淡い色彩が移ろってゆく。


「あそこに、(ほころ)びがごせえます」


 案内役の村人の一人が示した先、結界の一部に、薄紫色の光を帯びたヒビが走っている。


 綻びは今にも裂けそうに、波打つような明滅を繰り返している。綻びの向こう側、つまり結界の外に広がっているのは――真昼だというのにどこか薄暗く、鬱蒼(うっそう)とした黒い森。


「ファウスティナ」


 名を呼ばれ、はっと我に返る。気づけば馬を降りたフィデンツィオ様が、こちらに手を差し伸べていた。


 礼を言って今度はごく自然に手を重ねると、大きな手のひらが私の手をしっかりつかむ。支えられながら鞍から滑るように降りると、長靴(ブーツ)の底をフカフカとした腐葉土が受け止めた。


「……少し休むか?」


「いいえ、大丈夫です」


 不器用だけどまっすぐな気遣いに笑顔で応えると、私は結界へ近づいた。


 綻びの前に立ち止まって振り向くと、村人たちが少し離れた場所から、祈るような顔でこちらを見つめている。私はうなずき返してから結界へと向き直り、静かに目を閉じた。


 意識を広く、広く、微風(オーラ)となって、大気へと溶け込ませてゆく。

 その端が綻びに触れた瞬間、私は口を開いた。


「――女神アウラよ、この地を守る結界に、再び力を与えん」


 瞬間、辺りに淡く広がっていた力が集い、綻びを小さく小さく押し包んでゆく。


 次に目を開いたときには紫に輝くひびはすっかり消え失せて、代わりに透明な光が波紋のように広がっていた。


「おお……!」

「綻びが、消えた……!」


 村人たちのものらしき歓声が、背後で次々と上がる。そちらへ目を向けると、村長だという年配の男性が結界を見上げ、胸もとで帽子をぐっと握りしめていた。


「これでまた、森から出てくる魔物に怯えずに済む……」


(よかった……)


 その言葉にどこか心地よい疲労感が押し寄せて、深く息を吐く。


「見事だった」


 声がした方へ振り向くと、フィデンツィオ様がこちらも感慨深げに結界を見上げていた。


 その横顔からは、まだ厳しさは抜け切れていない。けれど、その燈火色の瞳には安堵の色が浮かんでいる。


「……変化に犠牲は付き物なのだと、諦めるよう自分に言い聞かせていた。だが民の犠牲など、最小限にとどめられるに越したことはない」


「はい。お役に立ててよかったです!」


 久しぶりに聞くちょっと回りくどい褒め言葉に、私が心からの笑みを返すと……とうとう彼は観念したようにこちらへ目を向けて、微かな笑みを浮かべた。


「ああ、感謝している」


 私は嬉しくなって、心の中でぐっと拳を握りしめたのだった。




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