59.裏切り者
翌朝、と言ってももう昼近い頃、ようやく私は目を覚ました。
コステロファミリーでの監禁から昨日の手術まで、色々なことがあり過ぎて、どっと疲れが出たようだ。
私は身支度を整えると、ダリオの様子を見に、町の治療院へと向かった。
あの後、ダリオはトミー氏により、ガリアーノファミリーの息の掛かった治療院へと運ばれたのだった。
暗殺のことは私たち以外、ファミリーの者にも知らされてはいないそうだが、厳重な警備を敷いているとのことだ。
まさか意図的に治療困難な病気に罹らせ、命を奪おうとするなんて。
ある意味、足のつかない毒殺といったところだろうか。
即効性も確実性もないが、下手人が分からないというメリットは非常に大きい。
もし仮に、食事に猫の糞を混ぜているところを見られたとしても、単なる嫌がらせとしか思われず、まさか死に至る病に罹らせようとしているなど夢にも思わないだろう。
報復されるリスクもなく、邪魔者を消せるメリットがあるのならば、試す価値は十二分にあるはずだ。
でも、そんなことが出来るのは信頼あるファミリーの誰かということだ。
その事実を知ってしまった時、私がダリオだったら、もう他人を信用することなんて出来なくなるだろう。
それが強大な権力を持つ者の定めだと考えると、少しダリオが哀れに思えた。
しばらくして、ダリオのいる治療院へ着く。
すると、治療院に似つかわしくない武装した粗野な男たちが、治療院の周りにたむろしていた。
その中の一人が私に気付くと、急にピシリと姿勢を正したではないか。
そして唐突にこうのたまった。
「クレアの姉御! 坊ちゃんを救って頂きありがとうございます!」
「あ、姉御!?」
その瞬間、ガリアーノファミリーの者たちが、ざわめきながら私を囲い始めた。
「ボスから聞きました。いや、まさか坊ちゃんの新しいご友人が希代の治療師様だったとは。坊ちゃんは強運の持ち主ですな」
そう言って笑うのは、事務所の賭場で門番を務めていた男だった。
「それで、姉御。今日も診察ですか?」
「え、ええ。容体を診に。……って、それより! 姉御ってやめてくださいよ!」
「え? いやぁ、でもボスからはとびきりの客人として扱うように命令されてるもんで……。でしたら、お嬢でどうでしょう?」
すると、周りのファミリーの者たちが勝手に盛り上がり出す。
「おお! クレアお嬢!」
「……イイ」
「……おい、あんまり変な目で見るなよ。ボスに血祭りにされちまうぞ」
そして、突然海を割ったかのように、ファミリーの者たちがざっと両脇に並び、道を作る。
「お勤めご苦労様です! クレアお嬢!!」
「は、はは……。もう、何でもいいや……」
引きつった笑いを浮かべながら、私は彼らの前を通り過ぎ、治療院へと入るのだった。
そのまま一番奥の病室へ向かう。
すると、部屋にはトミーと数人の治療師がいた。
「おう、あんたか」
「おはようございます。まだ目を覚ましませんか」
その問い掛けにトミーが首を横に振る。
私はベッドに近付き、眠るダリオを診察する。
傷は塞がってきてはいるものの、まだくっきりと一筋の痕が残っている。
横では治療師が傷口へヒーリングを掛けていた。
「リジェネレーション!」
私は昨日掛けて切れかかっていた継続治癒魔法を掛け直す。
淡くなっていた緑の光の膜がその輝きを取り戻す。
「容体はどうだ?」
トミーが低く響く声で尋ねる。
「傷自体は良くなってきています。ですが、痛みによるショックと失血で、意識を取り戻すのはもう少し時間が掛かりそうですね。手術中の出血は治癒魔法で抑えたとはいえ、あくまで死なない程度にというくらいですから。まぁ、今のところは順調な術後と言えると思います」
「そうかい」
そこでトミーはふぅと息を漏らす。
ようやく安心したのか、その顔はただの優しい父親にしか見えなかった。
私も良好な経過にほっと胸を撫でおろす。
と、そこで昨日頭をよぎった違和感について思い出す。
「そうだ! 実は今回のことで少し気になることがあって……」
そう切り出すとトミーの目付きが変わり、私の言葉を遮る。
「……場所を変えるぞ」
そう言ってスッと席を立つトミー。
私は黙ってその後に続いた。
そのまま治療院を出て、大通りを横切り、裏路地へと入る。
この路地には見覚えがあった。
そして、少し歩いたところでトミーが一軒の店に入った。
それはニコに連れて来てもらった、あのがさつなマスターがいる魚介料理のお店だった。
「いらっしゃいませ、ボス!」
お洒落で薄明りの店内に、豪快なマスターの声が響き渡る。
そして、私の顔を目に留めると、更に大きな声で呼び掛ける。
「あれ? 先生の次はボスと一緒かい? こりゃ驚きだ!」
「余計なこと言うんじゃねぇ。彼女はウチの大切な客人だ。てめぇは黙って最高の料理を出してろ」
「へ、へい! 失礼しました、ボス。では、奥の個室へどうぞ」
そうして、個室に通された私はトミー氏と向かい合って席に着いた。
「こちらのお店も経営されていたんですね。以前、ニコにおすすめされて来たことがありました。今まで食べた魚介料理で一番美味しかったです」
「ふん、さすが領主の三男坊といったところか。それで? 気になったことってのは何だ?」
「はい。私とナナイがコステロファミリーに捕まったというのはご存知ですよね?」
トミーが鷹揚に頷く。
「それを誤解した三男坊のせいで息子が捕まったってのは詰め所にいた警備兵から聞いた。それにしてもフランク・コステロの三下が俺の恩人に手を出していたとはなぁ」
「ええ。それなんですが、今考えるとどうも妙なんです。トミーさんはミッドランド帝国で近々、ローダナムが禁制品になることをご存知でしたか?」
「ああ。当然だ。知っている者はごく少数だろうがな。承知の上でリスクが大きすぎるから、あえて手を出さないでいただけだ。その情報を息子がどこからか入手して、舞い上がっちまって、あんたらに話を持ち掛けたんだろう? 昨日も言ったが、息子の意識が戻ったら止めさせる。それでこの話は終わりだ。それが何だってんだ?」
「コステロファミリーが私たちを誘拐した理由は、そのローダナムのビジネスを横取りするためだったんです」
「ビジネスだと? 禁制品を誰にもバレずに保管しておく方法があるってのか? そんな馬鹿な話があるか。それはビジネスじゃねぇ。博打だ。そんなもんを横取りって……。まさか、お前、そんな方法まで知ってるってのか!?」
私はぶんぶんと手を大きく振る。
「いえいえ! 私もそんなことは無理だってコステロ氏に説明したんです。そうしたら、彼も納得して諦めたんです」
「奴も三下とは言え、馬鹿じゃねぇ。当然の答えだ。それの何が妙だって言うんだ?」
「コステロ氏に伝わっていた情報です」
「情報だ?」
「そうです。あなたと同じようにローダナムが禁制品になるという情報だけでしたら、ビジネスにならないと最初から諦めていたでしょうが、彼らは私たちを監禁した。つまり、コステロ氏には、ローダナムが帝都で禁制品になるが、ガリアーノファミリーのダリオが帝都の治療師を使って上手くさばく方法を見つけた、と伝わっていたということです」
すると、トミーが腕組みをし、唸る。
「俺の留守中に起きた出来事は部下に逐一報告させてるが、そんな話はこれっぽっちも耳にしてねぇ。息子が認められようと内密に進めたんだろう」
「その内密のはずの情報がどこからか漏れた……。そして、決定的だったのは、私がコステロファミリーに捕まったタイミングです」
「どういうことだ?」
「私たちがその話をされた帰りに彼らに捕まったんです。妙だと思いませんか? あまりにも対応が早すぎる。まるで、私たちがその日、ローダナムのビジネスの話をされると知っていたかのように……」
その瞬間、トミーがバンとテーブルを叩く。
「つまり、こういうことか? 俺の息子を暗殺しようとした裏切り者は、フランク・コステロの野郎の手下だってことか?」
「裏切り者が二人以上いない限りは……」
すると、トミーは骨の軋む音が聞こえるくらい拳を強く握り、地響きのような声を上げる。
「そんな奴を二人もファミリーにのさばらせる程、耄碌しちゃいねぇ……。裏切り者は間違いなく一人だ。フランク・コステロ……。これからカチコミに行くか? いや、ダリオが釈放された今目立てば、シガー・ヴァルタリは間違いなく名誉挽回のため俺らを牢屋にブチ込むだろうな。だが、絶対に奴を許す訳にはいかねぇ。必ず血祭りに上げてやる。……おい、監禁されていた時、奴は何か言ってなかったか?」
「何かですか?」
「ああ。何でもいい。奴の動きが分かれば……」
「動き……。あ、そういえば、コステロファミリーの事務所を出る間際、ダリオが捕まったので、彼が経営している港の倉庫ビジネスでも買収するとか言ってました」
それを聞いたトミーが悪魔のような微笑を浮かべる。
「……そうかそうか。港の倉庫か。いいだろう。くれてやる」
そう言ってガタリと席を立つトミー。
「あ、あの! トミーさん!?」
「……そうだな。三日後だ。三日後、奴を血祭りに上げに行く。あんたも来るといい。礼と言っちゃなんだが、最高のショーを見せてやろう」
何が何だか分からなかったが、私はトミー氏を追い掛けられなかった。
あの形相に畏怖してしまい、足が震えて立てなかったのだ。
あれが裏社会のボスと恐れられる男の本当の顔。
私はしばらく呆然と椅子に座っていることしか出来なかった。
そして、この後、更に呆然とすることになるとは想像も出来なかった。
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その日の夜、海風亭へ戻った私が部屋でくつろいでいると、ドアがノックされる。
そして、すぐに宿のお手伝いさんの、少し怯えた声が外から聞こえる。
「あ、あのエステルさん。お手紙をお渡しするよう頼まれまして……」
「ありがとうございます。今、開けます」
こんな時間に手紙なんて、普通の用件ではないなと思いながらドアを開ける。
すると、私の顔を見たお手伝いさんは、手にした手紙を押し付けるように渡すと、バタバタを廊下を駆けて行ってしまった。
一体、何なんだ。
そう思い手紙を見ると、赤い封蝋がされている。
その紋章はどこかで見たことがあった。
「ああ、ガリアーノファミリーのか」
それであのお手伝いさんは怯えていたのか。
普通の市民だったらああいう反応になるのかと思い、いかに自分が異常な事態に巻き込まれているかということをしみじみ感じる。
それにしても急にこんな格式ばった手紙だなんてどうしたのだろう。
用があるなら、直接話せばいいのに。
そんなことを呑気に思いながら、封を開ける。
中には一枚の便せんがあり、そこにはたった一文だけが記されていた。
たった一文。
だが、私を呆然自失にさせるには、十分すぎる内容だった。
「ダリオが……死んだ……?」




