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55.コステロファミリー

「コステロファミリーへようこそ。私がフランク・コステロだ」


 細いハの字の口ひげを生やしたフランク氏は、丁寧な口調でそう言うと、テーブルへ着くよう私たちを促す。

 細長いテーブルには白いクロスが敷かれ、銀のカトラリーが用意されてあった。

 私とナナイは向かい合うように、黙って席へ着く。

 シックなダイニングだ。


「待たせたようだな。私も忙しい身でね。食事でもしながら話そうじゃないか」


 そう言ってフランク氏がパチリと指を鳴らすと、部下たちが前菜とワインを運んで来た。


「……自分は飲めないので結構です」


 ナナイがグラスの口を手で塞ぎ、そう告げる。


「それは残念だ。年代物なんだが。おい、彼にミルクを持ってきてやれ。貴女は?」

「では、せっかくですからワインを」

「ハッハッハッ! 中々、豪胆な御婦人だ!」


 フランク氏がクイと顎で指示すると、私のグラスにガーネット色の熟成されたワインがゆっくりと注がれる。

 こっちは腹を殴られて連れ去られてるんだ。

 元を取らねば割に合わない。

 私は前菜のシュリンプカクテルをつまみ、口に入れると、ワインを飲む。

 すると、前菜から間を置かず、すぐにスープと豪快なTボーンステーキ、付け合わせのマッシュポテトとクリームスピナッチが運ばれてきた。

 フランク氏がナプキンを広げながら言う。


「私はコースで出される料理というのが性に合わなくてね。貧しい家で育ったからか、こうして目の前に豪華で沢山の料理が並んでいる方が好きなんだ」


 私もステーキを切りながら同意する。


「そのお気持ち、分かります。私も農村の生まれで贅沢なんて出来ませんでしたから。……と言うことは、コステロファミリーはあなたが一代で築いたのですか?」


 フランク氏はワイングラスを傾けながら鷹揚に頷く。


「いかにも。トミー・ガリアーノとか言う古狸とは違うのだよ。奴らがこの街を牛耳っているなどと言ってその権力にあぐらをかいている時、私が出し抜いたのさ。もう奴らの時代は終わりだよ」


 ハッハッハッと高笑いするフランク氏。

 私はスープで肉を流し込むと、フランク氏に問い掛ける。


「出し抜いたと言うのは? 彼ら、この街の全てのビジネスに携わっているというようなことを言ってましたけど」

「ああ。まぁ、それも間違いではない。だが、この街で最も大きな利権というのが何だか分かるかい?」


 最も大きな?

 そう言えばダリオは貿易船が一番大きなビジネスだと言っていた。


「貿易ですか?」

「その通り! 確かに、ガリアーノファミリーが貿易船の利権を勝ち取った時、この街でトップの組織に君臨することになったのは間違いない。だが、そこに満足した奴らはハングリーな精神を忘れ、時代の変化というものに取り残されたのだよ。そこをレイピアの一突きのように鋭く刺し、ここまで登り詰めたのが、私さ。少し昔話をしよう」


 そう言ってワインを一口飲むと、フランク氏は続けてこう語った。


「私の父は水夫で、母は売春婦だった。父は酒と博打に溺れ、母は病気で早くに死んだよ。そんな両親の間に生まれた私は、仲間たちと盗みや追い剥ぎをしてその日を生きていた。そして、その後はごく自然な流れとして、小さな組織の末端の構成員になった。そこでは借金の取り立ての仕事なんかをしていたよ。大層に仕事なんて言ってるが、私はただ人を脅したり、痛めつけたりするだけだったがね。まぁ、そんな仕事の一つで、とある小さな工房へ借金の取り立てに行った時だった。いつも通り、歯のニ、三本でもヘシ折れば利息分の回収は出来るだろうというくらいの気持ちだった。だが、その工房に着いた時、私の直感が何かを告げた。そこは船舶の開発をしている工房で、これまで見たこともない船の図面や模型が散乱していた」


 私はマッシュポテトを頬張りながら耳を傾けていた。


「怯えた様子の工房長にあれこれ聞いてみると、最新鋭の高速艇の開発をしているということだった。そこで私はピンと来た。当時の貿易船はいかに遠く離れた異国の名産品をどれだけ多く運べるかということに重点を置かれていた。その貿易にどれだけ危険が伴おうがね。だが、ある程度海路が開拓されてきて、近海での交易が始まり、定期的な流通が形作られてきた時、重要になるのはスピードと安全性だ。そう考えた私は、その工房を支援し、それらの高速艇の権利を手中に収めるべく、組織の金を盗み出し、工房へと流した」


 マッシュポテトが喉に詰まりそうになる。


「組織のお金を盗んだんですか!?」

「盗まれたことにも気付かないマヌケなボスさ。そうして、私の目論見通り、高速艇の開発は成功し、ガリアーノファミリーが独占していた一か八かの貿易ビジネスの他に、新たな私の定期運航の貿易ビジネスが脚光を浴び、莫大な利益を生み出した。そこでやっと金を盗まれたことに気付いた当時の組織のボスだったが、その時には私の圧倒的な力に敵うはずもなく、この世から去り、私が新たなボスになったのさ」

「そうだったのですね。素晴らしい先見の明をお持ちなのですね。素敵なお話とお食事ありがとうございました。では、私たちはそろそろ……」


 ナイフとフォークを置き、立ち上がろうとする私の肩を、フランク氏の部下がぐっと押さえつける。


「ハッハッハッ! この場でそんな冗談まで言えるとは。つくづく肝が据わっている女性だ。せっかくだからデザートもご一緒したいんだが、どうかね? 君らの新しいビジネスというデザートを、ね」


 ドキリと心臓が鳴る。

 ついに来たか。


「私はいずれ、この街のドンになる男だ。だが、案外気が短くてね。今すぐにでもその座に着きたいと考えている。そのためにもガリアーノファミリーに利することは何が何でも阻止しなければならない。あわよくば、その利を私たちのものに出来れば僥倖だ」


 私はほぼ空になったワイングラスを傾ける。


「何を仰っているか理解出来かねます。私たちはミッドランド帝国からの留学生で、ダリオ氏とはただの同級生です。ビジネスのことなんて私たちは知りません」


 その瞬間、鋭い視線を部下に送るフランク氏。

 すると、数人の部下が突然ナナイの体を押さえつけ、バンッと手のひらをテーブルの上に広げさせた。

 そこへ、フランク氏がステーキナイフを突き立てた。


「キャッ!!」


 咄嗟に悲鳴を上げてしまうが、ナイフは指の間に刺さっており、ナナイの細く白い綺麗な手は今のところ無事なようだ。


「気が短いと言っただろう? 私をナメるなよ? 良く考えて答えないと、この坊やが苦しむことになる。君らがトミーのバカ息子とコソコソ何かやっていることは百も承知だ。その取引先を鞍替えしろと言っているだけだ。君らにとっては、何もやることは変わらない。ただ、それを時代遅れで衰退していく者と組むか、未来が約束された者と組むかの違いだ。マトモな頭を持っていれば、答えは決まっている。そうだろう?」


 私はキッとフランクを睨みつける。


「そんなことをしても無駄ですよ」

「どういう意味かな?」

「そのビジネスの話とはどこから入手されて、どこまで聞いていますか? 限られた者しか知らない、秘密の話だと思っていましたが」


 フランクはフッと鼻で笑う。


「私を誰だと思っている。情報は何にも勝る力だ。それによって、この地位を築いた。最早、ガリアーノファミリーなど私の手の上だ。どこまで知っているかだと? ほぼ全てだ。ミッドランド帝国でローダナムが禁制品になる前に、君たち治療師がそれを買い込んで、ガリアーノファミリーが高値で売りさばく。当然、情報の入手先など教える訳がない。所詮、秘密など、三人以上の人間が知った時点で秘密ではなくなるのだよ」


 なるほど。

 ほぼ全てだ。

 ほぼ全てダリオが話していたことで間違いない。

 つまり、先程まで閉じ込められていた部屋でのナナイとの会話が、盗み聞きされていた訳ではないということだ。

 だとすれば、正直に実態を説明して、この計画を諦めさせないと。

 幸い、今の状況なら私の話をちゃんと聞いてくれそうだ。


「ダリオには言ってませんが、この計画には穴があります」

「ほう? 言ってみたまえ。嘘だったら、この坊やの綺麗な指だけでは済まないぞ?」

「この計画の穴とは禁制品の保管場所です。ダリオの計画では、木を隠すには森の中、治療師協会の倉庫に隠しておくと言っていましたが、実際にはそんな杜撰な管理はしていないので、保管は出来てもバレずに持ち出すのは不可能です。これは帝国の治療師に確認すれば、すぐに分かることです」


 フランクはポカンと口を開けていたが、慌てて体裁を取り繕うようにヒゲを撫でつける。


「なぜそれをガリアーノのバカ息子に伝えない? 安全な保管場所なくして、禁制品の売買など行えるはずがないだろう」

「ええ。そう思います。ですが、私もついさっき計画を知り、ガリアーノファミリーではすぐにでも実行に移そうというくらいの意気でしたから、その場では聞き入れてもらえそうになく、まずはナナイに説明しようとした矢先、あなたの部下に攫われたんです」

「経緯は理解した。この坊やもそれを知らなかったということか? 帝国の治療師候補生で、親が治療師とはいえ」


 フランクがステーキナイフをフラフラと乱雑にナナイの方へ向けて彼を指し示す。

 ナナイはシュンとした様子でうつむいていた。


「そうです。言ってしまえば単なる学生ですから、さすがに協会の内部事情までは分かりません。彼のお父上だって、そんなことまで子供に言う必要ありませんから。ただ、ダリオはそんなことはどうでもいいと思っているかもしれません」

「と言うと?」

「保管場所なんてどうでもいいので、とにかく自分がノーリスクで禁制品売買による利益を享受したい。私たちが牢屋に入れられることになろうとも。……と、考えているのではないかと思ってます」

「ノーリスクだと? 奴は金勘定も出来ないのか? ガリアーノファミリーも本当に終わりだな……」


 そう言うとフランクは抑えきれないというようにクツクツ笑いながら、額に手をやる。


「あの、どういう意味ですか?」

「君の話からすると、一つでも盗めばバレるし、他の場所に保管していても、大量に仕入れた時に身元が分かっているからすぐに牢屋行きだ。そうすると、一気にまとめて売って逃げるしかないが、顧客が個人である以上、同時に売りさばくことは出来ない。となると、君らをスケープゴートにして取引したとしても、売れるのはせいぜい数個だ。そうなれば、仕入に掛かった代金は全てパーだ。仮にそれを見越して、数個だけ仕入れたとてして、入ってくる利益は小遣い程度。それが果たしてビジネスと呼べるかね?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 自分たちは一切、お金を出す訳ではないので、取引自体のことを考えていたが、ビジネスという意味でも成り立っていない。

 つまり、それを理解させることが出来ればダリオも諦めてくれるということだ。

 思いがけずこの誘拐が、解決策を導き出してくれた。

 まぁ、この殴られたお腹の痛みは、高級な食事とこの会話でチャラにしてやろう。

 だが、どうやらフランクはそうは思っていないようだった。


「……チッ。あのバカガキのせいで、貴重な時間を失ってしまうとは。しかも、意味のないタダメシまで食わせるハメになるとは。大損だ、まったく」

「ごちそうさまでした。ナナイも辛そうですから、そろそろ手を離して頂いてもらえますか?」


 それを聞いたフランクが、やる気なさそうに手をヒラヒラさせる。

 すると、ナナイを押さえつけていた部下たちがそそくさと離れていった。

 そして、フランクが愚痴るように言う。


「その坊やにしろ、トミーの息子にしろ、ガキなんて作るものではないな。血は水よりも濃いなんて言うが、そんなものは足枷にしかならないと改めて良く分かったよ。特に、この世界では非情でクレバーな奴だけが生き残ることが出来る。自分のガキだからと目をかけたり、甘やかしたりすれば、いつか足元を掬われるのさ」


 私はそれを黙って聞いていた。

 フランクの生い立ちも聞いていたからこそ、何も言うことは出来なかった。


「……では、私たちはこれで」


 無言で目頭を押さえているフランクだが、とっとと行けという雰囲気がビシビシ伝わって来たので、私とナナイは静かに席を立とうとした。

 その時だった。


「ボス! 朗報です! ガリアーノファミリーのダリオの奴が!」


 そう叫びながらフランクの部下が部屋に飛び込んで来たのだ。

 喜々とした部下の様子を見た私は、ダリオに良くないことが起こったのだと悟る。

 これは私にとっても好機なのか、それとも不幸なのか。

 私たちはもう少しだけ、コステロファミリーにお邪魔することになりそうだ。


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