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54.ナナイの想い

「お泊りの宿は海風亭でしたか?」

「え? ああ、そうです」


 ガリアーノファミリーの事務所を出た私たちを、アンジェロは律儀に宿まで送り届けてくれるようだ。

 でも、海風亭に泊まってるなんて話しただろうか。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 宿に戻ったらじっくりナナイを説得して、こんな馬鹿げた計画やめさせないと。

 そうして、あれこれ説得方法を思案していると、急にアンジェロがぴたりと歩を止める。

 そして、威嚇するような低い声を出したではないか。


「……何なんだ、お前たちは」


 剣呑な様子にパッと顔を上げると、柄の悪い男たちが数人、私たちの行く手を遮るように立っていた。


「お前らか。ガリアーノのところで新しいビジネスをやろうって連中は」


 ニヤニヤと笑いながら男の一人がそう言った。


「だったらどうした。お前たち、どこの者だ。なぜそれを知ってる」


 アンジェロが負けずに立ちはだかる。

 だが、彼らは物怖じする様子は一切なく、ズイと歩み出る。


「この街でフランクさんが知らねぇことなんかある訳ねぇだろ」


 その名を聞いたアンジェロが舌打ちをし、吐き捨てるように言う。


「コステロファミリーの者か……」


 コステロファミリー?

 そりゃこんな治安の街だったらガリアーノファミリー以外にもそういう組織はいるだろう。

 そして、当然ながらそれらの組織が友好的であるはずがなく、常に縄張り争いをしているということか。


「いつまでもデカい顔してるんじゃねぇぞ。老いぼれのトミー・ガリアーノはもう落ち目だ。これからはフランク・コステロがベイルポートの顔役なんだよ」

「おい、冗談は顔だけにしとけよ、三下。ポッと出のチンピラ風情が顔役だと? 笑わせる。この街のドンはトミー・ガリアーノだ。今までも、これからもな!」


 普段はあんなに静かなアンジェロがここまで吠えるとは。

 だけど、この状況はあまりに多勢に無勢だ。

 ナナイなんて縮こまってしまっているし、私なんか戦力になる訳がない。

 そして、ビジネスの話を知っているということは、狙いは私たちだ。

 何とかして逃げなければ……。

 そうだ!

 もう一度、ダリオのところへ戻ろう!

 そうすれば、きっとガリアーノファミリーの手勢で対抗してくれるはずだ。

 私はそっとアンジェロに提案する。


「……これから全力でガリアーノファミリーの事務所に逃げます。狙いは私たちですから、出来れば足止めして頂けると助かります」


 すると、アンジェロも頷く。


「……そうですね。来た道はわかりますね? 私が奴らへ飛び出したら、一目散に走り続けてください!」


 直後、アンジェロが咆哮と共にコステロファミリーの連中へ殴り掛かる。

 私はナナイの手を掴み、逆方向へ駆け出した。

 だが、相手の方が一枚上手だった。

 突然、路地から数人の男たちが現れ、退路を塞いだ。


「おおっと、行かせねぇぜ」

「そんな!」


 いくらなんでも用意周到過ぎる。

 私たちがここを通ることが分かっていたのか?

 どうする。

 この状況、切り抜けられるのか?

 その時だった。

 向こうから見知った顔が歩いて来るではないか。


「え? あれ? クレアちゃん!? 何!? ど、どうしたの!?」


 それは、ニコだった。

 私たちの異常な様子に気付いたのか、慌てている。

 そして、慌てているのは私も同じだった。

 この僥倖、逃す訳にはいかない。


「ニコ!! お願い!! ダリオに……」


 そう言いかけた瞬間。


「何だ!? 仲間か!? おい! さっさと攫っちまえ!」


 男の一人が私の腹にキツイ一発を見舞ってきた。


「……うッ」


 ダメ、だ……。

 逃げ切れなかった……。

 薄れゆく意識の中、ニコの声が無情にも響く。


「ダリオにだって!? ガリアーノファミリーの仕業だね!? 待ってて! 絶対に助けるから!!」


 違うの、ニコ……。

 敵はコステロファミリーなの……。

 声にならない叫びが脳裏にこだましたまま、私はブラックアウトしてしまうのだった。


―――――――――――――――――――――


 痛い……。

 お腹が痛い……。

 そうか、私、殴られたんだ……。

 その瞬間、ガバッと身を起こす。


「イタタタッ……。ここは……?」


 お腹を押さえながら、辺りを見回す。

 そこは薄暗い、物置のような部屋だった。

 そして、視線を動かすと、部屋の隅にちょこんと座るナナイの姿を見留める。


「……ナナイ、様。無事ですか?」

「……ええ。……まぁ」

「そうですか。この部屋は?」


 古い家具や空の木箱なんかが乱雑に放置された部屋にはドアが一つ。

 その向かいの壁の上部には、採光用の細長い窓が付いているだけだった。

 日の傾き加減を見るに、あれからあまり時間は経っていないようだ。

 私はおもむろに立ち上がると、ドアに近付き、ドアノブを回す。

 だが当然、回るはずもなかった。


「……ここは、コステロファミリーの事務所のようですよ」

「コステロファミリー……」


 私たちがダリオに提案されたローダナムのビジネスを横取りでもしようとしているのか。

 だけど、一体どこでそのことを知ったのだ?

 いくらダリオの声が大きいとはいえ、敵対する組織にまで聞こえるようなマネをする程、バカではない。

 いずれにせよ、情報を手に入れた者が勝つのがこの世の理。

 ローダナムのビジネスだって、禁制品になることが分かっているから、正規の値段で買い占めておき、供給不足で取引価格が高騰した時に、その多大な利益を獲得する算段なのだから。

 でも、そんなウマい話にはどこか裏があるというのも世の常だ。

 私はナナイの正面へと座り、話し掛ける。


「ナナイ様、このビジネスから手を引きましょう。あの場では言えませんでしたが、この計画は絶対に失敗します」

「……はぁ? 何ですか、突然。意見があるなら、全員の前で言えば良かったではないですか」

「私以外、全員ダリオ様側の者たちの前で、女の私が意見したところで聞き入れてもらえるはずがありません。ですから、こうして同じ帝国の治療師協会という立場のナナイ様へ個別にご説明して、納得頂こうと思っているのです。そうしてナナイ様の口からダリオ様へご意見頂ければ、再考の余地は生まれると思います」

「……何度も言いますが、私は帝国の治療師になるつもりはありませんから、あなたとは何の関係もありません」


 私はふぅと一つため息を吐いて言う。


「……本気でそんなことが出来ると思っているのですか?」


 すると、ナナイがむっとした様子で口を尖らせる。


「……どういう意味です?」

「だって、お父上がそんなこと許すはずがないじゃないですか。わざわざ留学までさせて、治療師にさせないだなんて」

「父は関係ありません!」


 急にナナイが今まで聞いたことのないくらい大きな声を出す。

 私もそれにつられてついつい声を大きくしてしまう。


「農家に生まれた私が、どう足掻いたって貴族に逆らえないのと同様に、ウォーレンス家に生まれたあなたは帝国の治療師協会の治療師になる他ありません。ここで暮らそうと思ったって、必ずお父上に連れ戻されますよ」

「うるさい! そんなことは分かってるよ! だから、治療師協会に迷惑を掛けて、勘当されようと思ってるんじゃないか!」


 親への反抗のためだけに、治療師協会に迷惑を掛けるだって?

 さすがにもう頭に来た。

 そんなことのためにレオナルド様の邪魔をされてたまるか。


「いい加減にして、ナナイ! 貴族と思って敬語使ってきたけど、もう関係ない! 治療師協会に迷惑を掛けるですって? それでどれだけの人が困るか分かっているの? そんなに治療師になりたくないなら家出でもすればいいじゃない!」

「何だと!? 女のくせに! これは自分と父の問題なんだ! 口を挟むな!」

「だから、親子の問題に私たち治療師協会を巻き込むなって言ってんの!!」


 歯を向き出しにして私を睨むナナイだったが、すぐに言葉が出ないようだ。

 私はナナイに落ち着いた口調で問い掛ける。


「ねぇ、なぜそんなに治療師になることを嫌がるの? 別に、同じ治療師協会に入ったところで、親子で同じ部署に配属されて、上司部下になることもないはずだけど」


 そこはちゃんと考慮されている。

 同僚も場合によっては本人同士も、仕事がやりにくくなるから、組織としては当然の配慮だ。

 だけど、ナナイはすねたように答える。


「……そんなことは知ってますよ。父から聞いてますから。それ以外にも、治療師の詳しい仕事とか心得とか、毎日のように聞かされてます」

「優しいお父上じゃないですか」

「優しい? 厳しいの間違いですよ。毎日毎日、自由な時間などなく、全ては優秀な治療師になるためだと言って押し付ける。自分は囚人ではない!」


 心の内を吐露するように叫ぶナナイ。

 これまで誰にも打ち明けられず、ずっと一人で抱え込んでいたのだろう。

 確かに、あのねちっこい性格で毎日指導されるかと思うと身震いしてしまう。

  そんな時に、異国での開放感も相まって、ダリオの悪魔のような甘言に耳を傾けてしまったに違いない。

 ナナイは腕に顔を埋め、震えていた。


「……厳しい、か。そうだね。……私もお父上の部下だっから良く分かるよ。特に、ただの平民で、しかも女だったから、私だけ別な意味で指導を受けてたよ」


 私はナナイの隣に座り直すと、優しく肩に手を乗せる。


「……だけど、やっぱり親子だから。私なんかのと違って、そこには絶対に愛情があると思うよ」

「……そんなのある訳ない。そうだったら、ダリオのように自由にやらせてくれるはずです。あれは父の保身のためでしかないんだ」

「ダリオの家とは教育方針が違うだけで、親だったら誰しも、自分の子供が愚鈍になるなんてことは望まないでしょう。まぁ、お父上の性格からしたら、保身ということもゼロではないでしょうけど……」

「……言ってくれますね。だから、その保身がほとんどだと言ってるんですよ」


 私はやれやれというように頭を振る。


「この留学にどれ程のお金が掛かっているか知っていますか?」

「さぁ? 具体的な金額は知りません。……結局、金ですか? それが愛情の証だとでも言うのですか?」

「間接的にはそういうことになります。でも、この留学の意味は、ナナイを優秀な治療師にしたいという保身だけではないってことなの」

「……留学の意味?」


 ナナイが顔を上げ、真っ赤に充血した目で私を見やる。

 私は優しく微笑み、こう告げるのだった。


「やっぱり聞いてないか。治療師協会では、例えばベイルポートの大学なんかに留学して、貴重な知識を会得した人材は、戦闘地域への配属はされないことになってるの。危険な場所で命を落とされたら、せっかくの知識と経験が失われるからね。つまり、父上はあなたを危険な目に遭わせないように、何としてでも留学させたかったんだと思うよ」


 それを聞いたナナイが目を見開く。


「そ、そんなこと父は一言も……」

「言ったところでナナイが勉学に励む訳じゃないからね。甘やかしたところで良い事はないって思ってたんじゃない?」

「だとしたら、自分以外にも、もっと帝国から留学に来たっておかしくないじゃないですか!」

「学長も言ってたけど、ベイルポート大学という名が汚されないよう、定期的に試験があるでしょう? あれ、入学の時にやらされなかった?」


 私はある意味、裏口入学だからそんな試験は受けなかったが、正規の方法で入学する場合、そのような選定があるとネイサンから聞いていた。


「ここの講義のレベルから言って、帝都の学院で試験に合格出来る人なんて、一人もいないと思うよ」


 仮に、私のように大金叩いて裏口入学したところで、講義に着いて行けず退学になるだろう。

 と言うか、そういう者たちが学長の懐を潤わせていたからこそ、私の入学も許可されたのだろう。

 それを聞いたナナイが、再びきょとんとしたように呟く。


「……え? だって自分は合格通知が届いて……」


 私はナナイの肩をポンと叩く。


「それがお父上のご指導の賜物じゃないですか。留学があなたの身を守ることの出来る唯一の方法だと知っているからこそ、日々の指導にも熱がこもっていたのかもしれないよ」

「……そんな。……これが。……父なりの?」


 その瞬間、ナナイがまた腕に顔を埋めると、押し殺したような嗚咽が聞こえてきた。

 私は丸く小さくなった背中をゆっくり撫でるのだった。

 しばらくそうしていると、やがてナナイの体の震えは収まっていった。

 すると、ナナイがぽつりと呟く。


「……それで? なぜ、ダリオの計画が失敗すると?」

「一緒にダリオを説得してくれる!?」

「……ええ。……別に父を許した訳ではありません。あの辛かった日々は忘れません。……ですが、治療師協会に迷惑を掛けるのはお門違いですから」

「ありがとう、ナナイ! そしたら、ビジネスの手順のおさらいだけど、まず私とナナイが帝都に出回っているローダナムを買い占める。それを、ダリオの名案、治療師協会の倉庫に隠しておく。同じ薬がいくつも保管してあるからね。そして、禁制品になった後、必要に応じてそこから薬を出して、ダリオに売ってもらう」

「自分もその理解です。そして、全てのローダナムを売り払った後、治療師協会の倉庫から流出したローダナムが、高額で取引されていたという醜聞だけ流せばいいと思ってました」


 浅知恵というか何というか。

 治療学の知識以外はやっぱりまだまだ考えが甘い。


「そんなことして徹底的に調査されたら、ナナイも牢屋に入れられて、本当の囚人になるかもしれないよ」

「本当ですか? 確かに、ローダナムを買い占める時には、自分の顔は割れてますが、禁制品になる前ですから問題ないですよね? その後は父の名前で倉庫に保管しておけば、所持で罰せられることもありませんし、倉庫には父の名前を出せば自由に出入り出来る。そして、実際に売るのはダリオの手下ですから、こっそり倉庫から持ち出す時に捕まらない限り、安全だと思いますが?」

「そんな杜撰な管理してたらね。生憎、ダリオが名案だと言っていたその方法には決定的な欠陥があるの。それは、倉庫にある品物は全てリストで出入りを管理されていて、定期的に品数のチェックをしているということ。そして、禁制品は必ず施錠した場所へ保管しなければならないということ。もし、そんなところから禁制品がなくなったと分かったら、迅速な調査の末、即刻牢屋送りになること間違いなしだよ」

「だったら無理じゃないですか。それをダリオに言って諦めてもらうしかないですね」


 私はナナイの肩をポンポンと叩く。


「ダリオがそんな甘い男だと思う? あいつは最初からナナイを利用するつもりだったの」

「それはそうじゃないですか? 帝国では治療師資格を持つ者しかローダナムを買うことは出来ないのですから」

「私が言いたいのはその後のこと。何で、私たちが危険を冒して禁制品を保管しなければならないの? つまり、あいつは名案だ何だと私たちを言いくるめて、全てのリスクを私たちに押し付けて、自分たちは安全に利益だけを享受しようとしていたのよ」

「でも、取引はダリオたちが行なうと」

「そう。ただ、罰せられるのはあくまで所持をしていた私たちか、それを買った貴族。保持していたのが私たちではなく、保管されていた協会だとしても、そこから禁制品を盗み出した私たちは重罰に処されることは間違いない」

「そんな……。あいつ……!」


 ナナイが下唇を噛み締める。


「だから、ダリオの提案を何とかして断らないと」

「……どちらにしろ破滅ですか。断れば、何をされるか分からない。それに、今はコステロファミリーにまで捕まっているんですよ」

「そうだった……」


 私は細長い窓から外を眺める。

 日はもうとっくに暮れ、月明かりが差し込んでいた。

 まずはコステロファミリーか。

 正直にビジネスの話をしても、ダリオと同様に利用されるだけだ。

 ここは慎重に交渉しなければ。

 その時だった。

 ドアがガチャリと開けられる。


「来い。ボスがお呼びだ」


 私とナナイは目を合わせ、頷く。

 もうナナイと私は運命共同体だ。

 今はとてもマズイ状況だけど、お互い理解し合えることが出来たのは幸運だった。

 二人で協力すれば、無事に帰ることが出来るかもしれない。

 いや、帰らなければ。

 私にはまだまだやるべきことが沢山あるのだから。


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