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56.ナナイの能力

「何だ、騒々しい」

「ボス! ダリオの野郎が帝国からの留学生を拉致したってことで、ガリアーノファミリーの事務所に警備隊の連中が押し寄せてます!」

「……帝国からの留学生が」

「……ダリオに拉致?」


 私とナナイを顔を見合わせる。

 そして、私はハッと気付く。

 そう言えば、私たちが連れ去られる間際、ニコが偶然目撃していた。

 あの時、私が咄嗟にダリオへ助けを求めるよう伝えたかったけど、フランクの部下に殴られて声がちゃんと出なかった。

 それで、ニコは確か、ガリアーノファミリーの仕業だと勘違いしていたのではなかったか?


「ニコだ……」


 私はそう呟きながら、やれやれと頭を振ってうなだれる。

 それを聞いたフランクがほくそ笑む。


「ニコ? ニコ・ヴァルタリだと? 奴が警備隊をけしかけたと? ハッハッハッ! これはケッサクだ! 私の時代は想像以上に早くやって来たようだ! やはり血縁というものは断つべき存在だな」

「ニコのこと、ご存知なのですか?」

「ご存知かだと? 当然だ! 奴の父親のケツのシワの数まで把握していなければ、ここベイルポートでビジネスなど出来ないからな」


 唐突に何を下品なことを。


「……ちょっと待ってください。ニコの父親だなんて急に何の話ですか?」

「ん? 異邦人だから知らなかったか? 奴の父親はベイルポートの領主、シガー・ヴァルタリ。ニコ教授はその三男だ。領主のシガーは三男坊を溺愛してるからなぁ。奴が親父に一言告げれば、警備隊を動かすくらい朝飯前だ」

「そんな! 早く誤解だって伝えなきゃ!」


 私たちがコステロファミリーの事務所を出ようとすると、フランクがパチリと指を鳴らす。

 直後、ぞろぞろと強面の部下たちが私たちを取り囲んだではないか。


「もうビジネスは出来ませんから、私たちに用はないはずですよね? 通してください」

「バカ言うなよ、お嬢さん。あんたのお陰でガリアーノファミリーが崩壊する、イイところじゃないか。それに水を差すような真似を誰が許すと思う?」


 やっぱりか。

 私は歯噛みする。


「……私たちをどうするつもりですか?」

「別にどうもしないさ。ただ、警備隊がダリオを牢屋へブチ込むまで、ここで大人しくショーを見届けてもらうだけだ」

「そんなの冤罪じゃないですか!」


 私のせいでダリオが連行されてしまうことに罪悪感を覚えたのだ。

 だが、そんな心持ちをフランクがせせら笑う。


「冤罪だと? 奴らや私たちを聖人君子とでも思っているのかね? 組織の人間である以上、叩けばいくらでも埃が出るに決まっているだろう。領主のシガーも口実さえあれば、いつでも私たちを牢屋送りにしたいと思っている」


 それはそうかもしれない。

 だけど、事実と異なる上、自分が都合良く利用されるだけというのはやはり釈然としない。

 今の私は、目の前の男こそ投獄してやりたい気分だ。

 だが、それを嘲笑うかのように、フランクは勝ち誇った様子で優雅にワイングラスを掲げる。


「これで、ベイルポートのドンはこの私だ。……おい、コイツらをしばらく軟禁しておけ。安心したまえ。ダリオが捕まれば、無事に解放しよう」


 そうして、フランクの高笑いを背で受けながら、私たちは先程までいた倉庫部屋へ再び閉じ込められてしまった。

 私は鍵の掛けられたドアを爪先で蹴ってやる。


「あー! もう! なんでこんなにトラブルばっかり! ただ学びに来たってだけなのに!」

「……すみません。自分がダリオの誘いに簡単に乗ってしまったからこんなことに……」


 ナナイは少しだけ震える声でそう言うと、最前まで押さえつけられていた手をさすっていた。


「それは、まぁ、結果的には降りることが出来そうだから良かったけど。でも、それを横取りしようとして脅迫してきたのはフランクだから、ヒドイのはあいつだよ」

「……ありがとうございます。それにしても、ダリオが牢屋に入れられてしまうんですね。……以前、ダリオに聞いたことがありますが、囚人の手枷にはある魔石が埋め込まれていて、その魔石から生じる魔力が、本人の魔力と共鳴して魔法を打ち消してしまう。それを利用して、囚人の魔法を封じているみたいです。そうすると、彼の体が心配で……」


 その話は帝国でも聞いたことがある。

 帝国でも同じような制度を取っていたはずだ。

 詳しくは分からないが、魔石の影響範囲は限定的で、魔力の発生源と接していなければ共鳴による打ち消しは発生しないなど、条件があったような気がする。

 それよりもナナイの心配事の方が気になる。


「ダリオの体ってどういうこと? 彼、どこか具合でも悪いの?」

「ええ。慢性的な腹痛があるみたいで。大学で初めて出会って数年になりますが、年々症状がヒドくなってきているそうです。いつも自身に治癒魔法を掛けて、何とか痛みを抑えてたみたいで」

「へぇ。……え? それじゃあ、牢屋で手枷をされてしまったら、治癒魔法を使うことは出来ないから、痛みに苦しむってこと?」

「……苦しむ、くらいならまだ良いかもしれません」


 奥歯に物が挟まったような言い方だ。

 どうしても気になり、ナナイに深く聞く。


「それって、相当な重症ってことでしょ? ……もしかして、死ぬかもしれない?」


 ナナイがこくりと頷く。

 最悪だ。

 それでは、間接的とはいえ、私が殺したことになる。

 誰もそんなことは思わないし、当然罪に問われることなんてないかもしれない。

 だけど、私自身がそう感じてしまったのだ。


「それは何の病気なの? 何でダリオはちゃんと治療しなかったの?」


 その問い掛けにナナイは少し困ったように考え込んでしまった。

 どうやらさっきのハッキリしない言い方の原因はここにあるらしい。

 ナナイが上目遣いでぼそりと呟く。


「……信じてもらえないかもしれませんが」


 そう前置きした上で、ナナイは続ける。


「正直、何の病気か分かっていません。ただ、数年前から時折、腹痛があると。それにその時は大した痛みでもなかったので、別に病気だとも思わず、そのまま過ごしていたそうです。最近になって、腹痛の激しさが増してきたようで、苦しい顔をする時はありましたが、大抵自分で治癒魔法を掛けてしまって事無きを得るので、単なる腹痛と高を括ってやっぱり放置していたそうです」


 いわゆる医者の不養生を地で行ったということか。

 でも、そんな慣用句が出来るくらいだから、そういう治療師は多いのだ。

 特に現場の一線で働く治療師は多忙ゆえ、不健康な生活になりがちなので、病気になりやすく、自身の治療は後回しになるので、重症化しやすい。

 ダリオもビジネスで多忙だろうし、そもそも健康的な生活を送っているようには見えない。

 さらに質が悪いのが、治療学の知識が乏しいのに、治癒魔法だけは使えるところだ。

 これでは根本的な原因の排除が必要な病気の場合、完全に治療することは出来ない。

 ナナイが先を続ける。


「そんなある時です。ダリオと一緒にいた時、急にうずくまって苦しみ始めたので、慌てて自分が治癒魔法を掛けたのです。無事、ダリオの痛みも治まりました。ですが、その時、自分には分かったのです。……彼の胃の少し横、肝臓に腫瘍があると」


 私はその突拍子もない言葉に意表を突かれた。


「ちょ、ちょっと待って、ナナイ! な、何でそんなことが分かるの!? ただ、治癒魔法を掛けただけでしょう!?」


 魔法とはまだ未知のもので、ほとんど解明されていない。

 ただ、人とは違う力があり、大まかに似たような系統の力に分類出来るという程度のものだ。

 その分類の中で、魔力によって、生き物の傷を塞いだり、折れた骨をくっつけたりすることが出来る力を治癒魔法と呼んでいる。

 だが、そこには個人差がある。

 例えば、帝都で会ったアンリは残念ながらその力が弱く、魔力によって検知出来るものが限られていた。

 逆に私は、どうやら人より何かが良く見えるようだ。

 普通、魔力を患者の体に流しただけでは、腫瘍の有無どころか、臓器の位置すら分かるものではない。

 だから、解剖によって人体の仕組みを理解する必要があり、治療にあたっては、問診なんかの診断が必要になる。

 私も当然そうであり、私が見えるのはあくまでより微細な成分だけだ。

 でも、ナナイは私とはまた違う何かが見えているということなのだ。


「……やっぱり。信じてもらえないですよね。父も信じてくれませんでしたから」

「いえ、ごめんなさい、ナナイ。初めて聞いたから驚いただけ。私はあなたを信じる。だって、私も同じような力を持っているから」

「そうなんですか!?」

「私はすっごく小さなところまで魔力で分析出来るみたい。それで、ノルンでの上司、ガスパルさんも見つけられなかった石化病っていう病気の治療薬を作ることが出来たの。だから、ナナイの力も本物だって信じられる」

「……信じて、もらえる。……自分の力は、本物だった」


 ナナイはどこか泣き笑いのような顔で自分の両手を見つめた。


「でも、肝臓の腫瘍が原因だったらすぐにでも治療を……」


 私はそこでハッと口をつぐむ。

 ナナイも悟ったように頷いて答える。


「ご推察の通り、腫瘍は治癒魔法でどうにかなるものではないようです。根本的な治療、つまり切除が必要なんです」


 切除。

 私は愕然とする。

 なぜなら、それが最も死亡率の高い治療法だからだ。

 まず、体を切り開かなければいけない訳だが、その痛みに耐えられない。

 そして、患部の正確な場所が分からないため、探している内に血を失い、死に至るのだ。

 最早どうすることも出来ない。

 並の治療師に出来る訳がない。

 ピンポイントで患部を把握し、最小限かつ最速な切開と切除を行い、常に膨大な魔力を流し続けながら、同時に繊細な魔力の扱いにより止血と縫合をする。

 こんなことが出来る人間、誰一人いる訳がない。

 誰一人……。


「……そうだよ。……私たちは、一人じゃない」

「……クレア、さん?」


 ナナイはひどく不安な顔をしていた。

 だけど、私にはなぜか分からないけど確信があった。

 ダリオを救えるという確信が。


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