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53.ガリアーノファミリー

 それから実習は数日間続いたが、私が解剖し、それをナナイが眺め、ダリオ、アンジェロ、カルロの3人は後ろの椅子で居眠りをするという構図は変わらなかった。

 そして、最終日。

 全身くまなく治療学に捧げられた遺体に感謝の祈りをし、実習を終えたのだった。

 素晴らしい経験だった。

 だが、これまでにない疲労感と充実感に浸っていると、それをぶち壊すようにダリオが話し掛けてきた。


「よお。実習も終わったことだし、あんたにも手伝ってもらいたい仕事があるからよ。ちょっと顔貸しな」


 アンジェロとカルロが私の両隣にスッと立つ。

 関わり合いになんかなりたくないのに。

 だけど、有無など言わさない様子だ。

 どうにか逃れる術を考えるが、疲れて頭も回らない。

 私は諦めるようにため息を吐く。


「よし。着いてきな」


 私は肩で風切るダリオの後ろを、トボトボと歩いていく。

 その更に後ろをナナイが着いて来る。

 大学の校舎を出ると、小型の馬車が待っていた。

 アンジェロが御者の隣にさっと飛び乗ったので、私たち四人は馬車に入った。


「どこへ行くんです?」

「ウチの事務所だ。今日は親父が不在だからな」


 ふーん。

 親の留守を気にするってことは、ダリオの言う仕事とやらは父親には内緒なのかな。

 とすると、現時点では、ガリアーノファミリーという組織ぐるみでの悪巧みではなさそうだ。

 それなら、ダリオ一人を言いくるめて断れば、何とかなるかもしれない。

 そう思いながら、しばらく無言でガタガタと馬車に揺られる。

 程なくして、馬のいななきと共に馬車が停まる。


「降りな」


 馬車から出ると、そこはメイン通りから少し外れた裏路地の一角だった。

 ダリオはそこの建物の一つへ入っていく。

 私たちもその後を追った。


「おお、おかえりなせぇ。坊っちゃん」

「通学ご苦労さまでさぁ」


 中に入ると、強面で屈強な男二人が壁際の小さなテーブルに座ったまま、そう言って破顔していた。

 部屋の中は狭く、彼らのすぐ横には、頑丈そうな鉄の扉が設えてあった。

 ダリオはその扉へズカズカと向かいながら言った。


「もう坊っちゃんなんて呼ぶんじゃねぇって言ってるだろうが」

「いやぁ、すいやせん。なんせ、こんな時分から見てるもんですから。時の経つのは早いですなぁ」


 そう言って男が席から立つと、鉄の扉の鍵をガチャリと開ける。

 ダリオが私たちをちらりと振り返り、着いて来るよう首をクイと傾ける。

 ダリオに促され中へ入ると、その薄暗い大きな部屋には、いくつものテーブルが並べられ、それぞれ数人が席に着き、異様な熱気を放っていた。

 一見すると酒場のようである。

 だが、テーブルを良く見ると、何やらカードやダイスのような物が忙しなく動かされていた。


「ここは……賭場ですか?」

「ああ。俺たちガリアーノファミリーの運営しているな。あんたも遊んでくか? 回収は少しだけにしといてやるぜ? ハハハ!」


 上機嫌に笑いながら、ダリオは部屋の奥にある階段へと向かった。

 階段の前に立つ、またまた屈強な男たちがダリオに頭を下げると、道を開ける。

 そのまま私たちは階段を登り、一番奥の部屋へと入るのだった。


「そんじゃ、改めてようこそ。ガリアーノファミリーへ」


 ダリオは部屋の奥にある、貴族が座りそうな豪奢な椅子にどっかりと座りながらそう言った。

 部屋には抽象的なモチーフの巨大な絵画が飾られ、中央には毛皮の絨毯が敷かれていた。

 テーブルに置かれている燭台などの装飾品も、金銀宝石でゴテゴテした物ばかりで、それぞれ調和しておらず、全体として下品な印象だった。

 私とナナイはテーブルを挟み、ダリオの正面にある椅子へと腰掛ける。

 アンジェロとカルロは入口の扉の横に立っていた。


「どうだ?」


 突然、ダリオが得意気な顔でそう言い放つ。

 どうって、何がだ?

 踏ん反り返って座るダリオと部屋を見回し、ようやく理解する。

 これが成功者の証ということか。

 でも、ここまで築き上げたのはダリオの父親や先人たちだろう?

 まぁ、気を悪くさせても良い事はないし、適当にあしらっておこう。


「素晴らしい芸術品の数々ですね……。何分、異国から来たもので、ガリアーノファミリーについて存じ上げずお恥ずかしい限りです。ファミリーの事業は賭場の経営がメインなんですか?」

「ハッ! 賭場なんてただの小銭稼ぎだ。ウチのビジネスはレストラン経営からゴミ掃除まで、ここベイルポートで起きる取引のほとんど全てに、何らかの形で関わってる。だが、その中で一番デカいビジネスは貿易船だ。リスクもデカいが、無事に帰港出来た時の儲けは比べ物にならねぇ」


 想像してたよりも、ずっとまともなビジネスをしていた。

 だけど、全ての取引というくらいだから、いかがわしい取引もあるだろうし、ビジネス自体がまともでも、やり方が汚いということは往々にしてある。


「そんな大規模で業績も上げているファミリーのビジネスに、私なんかがお手伝いするようなことないと思いますが……」

「それがあるんだなぁ」


 ダリオがにやりと笑い続ける。


「別にあんたに貿易船の運営を手伝って欲しいなんてこれっぽっちも思ってねぇ。別の仕事の話だ。だが、ビジネスの規模が小さいからと言って、目の前の利益を取りに行かねぇのは間違ってる。そうだろ?」


 まぁ、商人からしてみれば当たり前の話だ。

 私は渋々頷く。


「で、だ。今回の仕事っつうのが、薬の話だ」

「薬ですか?」

「……ああ。少ぉし興味湧いたか? 話の発端はこうだ。俺が治療師資格を取って、この業界に参入することが決まってから、色々とコネを使って治療師の世界のことを、それこそ裏も表も調べ回ってた時だ。とある情報が俺の耳に入ってな……」


 そこで言葉を切ったダリオが一際厳しい視線を向けると、ドスの効いた声で告げる。


「先に言っておくが、この話を聞く以上、あんたが仕事を断るような真似をしたら始末しなきゃならねぇ。それくらい重要な情報だ。覚悟はいいな?」

「え? い、いえいえ、そんな覚悟ありませんよ! ナナイ様とお好きになさってください」

「あん? なんだよ。ナナイと同じミッドランド帝国の治療師なんだろ? あんたも協会には少なからず思うところがあるんじゃねぇのか?」


 拍子抜けした様子のダリオに、ナナイがぼそりと呟く。


「……だから、自分は治療師にはならないって。……ただ、父のいる治療師協会が少し困ればいいと思っただけさ」


 治療師協会が困る?

 どういうことだ?

 それにダリオの、少なからず思うところがという言い草は、まるで私が協会に腹いせしたいと思っているようじゃないか。

 ……まぁ、そんな気持ちが全くない訳ではないが。

 これまで女性だ、平民だ、と蔑まれてきたのだから。

 特にあのデルスにはいつか辛酸をなめさせたい、と思ったことはある。


「まぁ、これが公になれば、ミッドランド帝国の治療師協会の立場はなくなるだろうな。大変な責任問題だ。外国人の俺でも分かる。だが、責任を取るのはお偉いさんだ。あんたも気に食わない上司の一人や二人、いるんだろう?」


 そりゃあ、いるに決まっている。

 だけど、責任を取るのは本当にそういう上司だろうか?

 いや、責任を取るのはきっと理事会の面々だ。

 そして、そこにはレオナルド様がいる。

 今、改革の真っ最中で忙殺されているだろう時に、こんな問題を起こしてしまっては大変だ。

 しかも、もし私が関わっているとバレたりでもしたら、反対派にとって絶好のスキャンダルになってしまう。

 これは非常にマズイ事態だ。

 何とかしてこのビジネスとやらを中止させないと。

 まだ始まっていないのが、不幸中の幸いか。

 ここは協力する振りをして、まずは具体的な話を聞くか。

 だけど、断れば命はない。

 いや、でもこのまま見過ごせば、ナナイが仕事を始めてしまう。

 ナナイがどうなろうと知ったこっちゃないが、治療師協会に迷惑が掛かるのは避けたいし、私がナナイと同じ大学にいる以上、デルスは息子に罪を負わせないため、私をスケープゴートに利用するに決まっている。

 よし! 話を聞こう!

 その後のことは、その時また考えよう!


「……決めました。聞かせてください。そのお仕事の話とやらを」

「お! いいツラだ! じゃあ、話すぜ。俺が手に入れた、金脈みてぇな情報をよ。持ち逃げしたら……分かってるな?」


 ダリオが私たちの顔を見渡した後、一つ咳払いをしてこう語り出す。


「ローダナムって薬、知ってるだろ?」


 私はダリオの問いに頷く。

 痛みを和らげ、安眠を促す、鎮痛剤だ。

 だが、副作用もある。

 依存性だ。

 一部の貴族が使用した際の陶酔感に快感を覚え、病気でもないのに常習するケースが増えてきてるという。


「そいつがどうやら近い内、ミッドランド帝国で禁制品になるらしい」

「え!? そうなんですか?」

「ああ。間違いねぇ。セレニディア共和国では随分前から禁制品だったんだ。帝国が遅いくらいだ」


 確かに、禁制品に指定されるのは時間の問題という気もしていたから、そこまで驚くことではなかった。

 でも、今でも一般的に購入が可能な薬ではない。

 治療師資格のある者しか買うことは出来ない。

 そうか。

 つまり、こういうことか。


「禁制品になる前に、お父上が治療師協会の幹部という肩書を使って、ナナイ様に買い占めてもらう計画だったのですね。そこへ本物の治療師資格を持った私がいれば、更に盤石だと」

「飲み込みがいいな。その通りだ」

「ですが、買った後はどうするんですか? 禁制品になったら、治療師資格があろうとなかろうと、所持しているだけで牢屋入りですよ」


 すると、ダリオがどんと胸を叩く。


「そこは心配するな。欲しがる客はベイルポートにも、帝国にも山ほどいる。俺がそいつらの足元見て、ガッポリ儲かるよう、全部さばいてやる。それに、いい隠し場所についても名案がある」

「名案……ですか?」

「ああ。とっておきのな。いいか? あんたらが禁制品になる前に帝国でローダナムを買い漁ったら、それを俺が売るまでどうするか。それは、治療師協会の倉庫に隠しておくんだ! 木を隠すなら森の中ってな! 禁制品にはなるが、それは一般の所持が禁止されるだけで、薬は薬だ。禁制品に指定された後、流通しているローダナムは全て治療師協会が買い取って保管するらしい。必要があれば特別な許可を得て、治療に使うためにな」

「はぁ。なるほど」


 私は腕を組み、じっと考える。

 そして、パッとダリオに作り笑顔を向ける。


「分かりました! きっと成功しますね! それでは、ちょっとこれからナナイ様と詳細について詰めていきたいと思います」

「おう! そうか! 俺も忙しいからよ。帝国の勝手も分からねぇから、細かい段取りはそっちで決めてくれ。仕入代金はガリアーノファミリーが出すから心配するな。とにかく、買えるだけ買ってくれや。ハハハ!」


 そう言って、ダリオはご満悦の様子で高笑いした。

 私は首肯すると、そそくさと席を立つ。


「おい、お帰りだ。誰か送ってやれ」


 ダリオのその命令に、即座に応えたのが取り巻きのアンジェロだった。


「では、私が。どうぞ」

「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 私はニッコリと笑顔で会釈した。

 そして、部屋を出た瞬間、どっと疲れた顔になった。

 何が名案だ。

 私はナナイの顔を盗み見る。

 達観したかのような澄まし顔だが、本当に分かっているのだろうか。

 こんなやり方、絶対に失敗する。

 そうなれば牢屋に入るのは私たちだ。

 ダリオは私たちを守るなんて奇特なことする訳がない。

 もし、私が捕まれば、レオナルド様の立場は危うくなる。

 そうなってしまったら治療師協会が変わることは難しいだろう。

 まぁ、私が投獄された時点で、もう世の中がどうなろうと一切関係ないことだけど。

 まずはナナイとじっくり話し、説得してみよう。

 それがダメだったら……。

 やれやれ。

 試験問題の方がよっぽど簡単だ。

 私はクタクタの頭を振りながら、ガリアーノファミリーの事務所を後にするのだった。


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