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51.密談

「はーい、じゃあ、講義の前にちょっと紹介するよー。昨日、入学したクレアちゃん。実習とかで一緒になるかもしれないから、仲良くしてねー」

「ミッドランド帝国で治療師をしています。クレア・エステルです。よろしくお願いします」


 まばらな拍手の中、私は一礼してそそくさと席に戻った。

 ニコもそれ以上は特に何も言わず、講義を始めるのだった。

 私が編入されたのは、今年から最終課程を履修する、つまり来年卒業予定のクラスだった。

 ニコが言うには、初期課程の基礎治療学を受講したところで時間の無駄だから、臨床治療学の実習などを行なう最終課程から入った方が有意義だそうだ。

 私としてものんびり留学する訳にはいかないので、短期間で実践的な知識を得られるのは本望だ。


「……と、言うことで、人間の体の構造はこれまでの基礎治療学でしっかり覚えたと思うけど、これからは具体的な病気の症例や治療法について講義していくよー」


 ニコの説明を聞きながらテキストをめくると、その内容に驚いた。

 ガスパルさんの書き残したメモを、何倍も分かりやすくまとめたような物だった。

 帝国の図書館にも古臭い治療学の書物はあるが、今見ると間違った治療法や効果の怪しい方法がまことしやかに記載されているような物ばかりだ。

 帝国の治療師というのは現場の経験から得た知識を、部下や後輩に口伝する職人気質な文化だった。

 だから、組織の中で序列が出来ると共に、どんどんと閉鎖的になり、内部での派閥や権力争いといった、くだらない人間関係が生まれるのだ。

 一方、ベイルポートはと言うと、この知識というものすら商売の道具にしてしまったのだ。

 金さえあれば、誰でも手に入れることが出来る。

 だから、後は本人次第でいくらでもその知識を習得出来るのだ。


「……だから、症状としては腹部の膨張、腹痛が現れる。根本的な治療法は患部の切除だけど、高度な治癒魔法と手早い処置が行えなければ死亡率は高い、と。今日はこれくらいかな。今週、一般的な病気について詰め込んだら、実習始めるからねー」


 ニコはのんきにそう言っていたが、生徒たちはゲッソリしていた。

 かくいう私もその一人なのだが。

 私が帝都の学院で受けていた講義とは、質も量も段違いだ。

 そして何より、これまでの古い治療法なんかが最新の情報に更新されているのだ。

 新たな病気やその治療法は常にどこかで発見されているため、今までの知識や経験だけでは、治療学の進歩にいずれ取り残されてしまう。

 私がここに来た目的は、まさにこういう知識を得るためだ。

 こうしてはいられない。

 講堂を後にしたニコを追い掛けるため、私は急いで席を立つ。


「ニコ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」


 すると呼び止められたニコは、パッと笑顔を浮かべて振り向いた。


「あー、クレアちゃん! どうしたの? まだまだオススメのお店はたくさんあるから、また飲みながら聞くよ?」

「あ、本当!? ……いやいや、ダメダメ。そんな毎晩飲み歩いてたら体に悪いから。治療師の不養生なんて笑えないよ。そうじゃなくて、大学の図書館を利用したいから、どこにあるか教えて欲しいの」

「なんだ。図書館ね。ここから右手の棟に入った一番奥がそうだよ。……ああ、それならコレ、持って行きなよ」


 すると、ニコは内ポケットから何かを取り出し、私の手に乗せた。


「これって、指輪……?」

「そう。僕の印章指輪。司書に見せれば、よっぽどの禁書じゃない限り、大抵の本は閲覧出来るよ」

「そ、そんな大事なもの渡して大丈夫なの!?」

「クレアちゃんだからだよー。なくさないように肌身放さず着けててね!」


 イタズラっぽくニコが笑ってウィンクする。

 男性は印章指輪を小指にするため、とりあえず、人差し指にはめてみると丁度良いサイズ感だった。


「じゃあ、お言葉に甘えて、少しの間お借りします」

「うんうん。いいよいいよ。何なら、薬指にもピッタリ合う指輪あげようか? そうしたら、印章指輪も返さなくて大丈夫だから」


 一瞬何のことかピンとこなかったが、ようやく理解する。

 まったく、ニコは……。


「軽々しくそんなこと言ってるから色んな人にフラれるんじゃない? そういう大事なことは誠意を持って言わないと」

「えー! 僕は大真面目なんだけどなぁ」

「はいはい。それじゃ、行くね。ありがとう」


 私は長くなりそうなニコの話を適当にあしらうと、図書館に向かった。

 言われた通り、廊下を一番奥まで進むと、大きな両開きの扉があり、その上に図書館と書かれたプレートが掲げられていた。

 扉をくぐると帝都の図書館同様、受付があり、その横には警備兵が立っていた。

 私は受付の司書に、ニコから受け取った印章指輪を見せる。

 すると一瞬、司書の女性が驚いたような顔をしたのだが、私の顔を見てため息混じりにこう言ったのだ。


「……またですか」


 また?

 ああ、そういうことか。

 過去にも他の女性に自分の印章指輪を渡して、自由に図書館を利用させていたのか。

 司書はもう何も言わず、入館するよう視線だけで促すのだった。

 中に入ると、大きな螺旋階段があり、蔵書は地下に保管されているようだった。

 私は階段を下りると、ぐるりと囲う書棚とその蔵書数に驚きを隠せなかった。

 そして、全ての知識がこの大学に集まっているというのは紛れもない事実だということが実感出来た。


「治療学の棚は、と……」


 当然、治療学以外の本も山ほど保管されているので、目当ての本を探すのも一苦労だ。

 ようやく治療学関連の棚を見つけた私は、めぼしい本を何冊か手に取ると、空いている閲覧室へと入った。

 個室の閲覧室はやっぱり居心地が良い。

 好きなだけ自分の世界に没頭出来る。

 それからしばらく、部屋にはページをめくる音だけがしていた。

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 ふと気が付くと、どこからか何やらくぐもった音が聞こえてくる。

 何気なく耳をすませていると、どうやらそれは隣の閲覧室で誰かが話している声だった。

 まったく、図書館は静かにするのが常識でしょう。

 と思う反面、自分も帝都の図書館の閲覧室で、レオナルド様と密会していたのだから人のことは言えないなと反省する。

 でも、それにしたって声が大きい気がする。

 途切れ途切れではあるが、聞き取れてしまう。


「……で、この仕事、受けてくれるよなぁ? ナナイ?」


 ああ、お仕事の話ですか。

 大抵、こんなところでする仕事の話なんて、怪しいとか、いわく付きのという前置きがあるのが世の常だ。

 また声が聞こえてくる。


「……んな心配いらねぇよ! このダリオ様に任せとけば上手くいくって」


 どうやらこの声が大きいのがダリオという方で、相手はナナイというらしい。

 ナナイの方が常識的なのか、声はこちらの部屋まで聞こえない。


「……そうこなくっちゃなぁ! ナナイ!」

  

 どうやら話はまとまったようだ。

 威勢の良いダリオの笑い声が響いてくる。

 やれやれ、これでまた集中出来る。

 だが、それは束の間の安堵だった。

 直後、聞き捨てならない言葉が部屋に伝わる。


「……ミッドランド帝国の治療師にコネがあるお前にしか出来ねぇ仕事だからな!」


 その言葉にバッと本から顔を上げる。

 隣の閲覧室の扉が開き、二人の足音が遠ざかっていく。

 私はバレるはずもないのに、なぜか身じろぎ一つせず、息を潜ませるのだった。


「ミッドランド帝国の……治療師?」


 なぜベイルポートで帝国の治療師の話が?

 そしてそれを利用した仕事。

 しかも、ただの仕事じゃない。

 怪しい、いわく付きの、だ。

 何も起こらなければいいのだが……。

 私は再び視線を読みかけの本に戻したものの、何かもやもやとしたものが、心の隅に残ってしまうのだった。


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