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48.ウルズの祭

「我らが守り神ウルズよ。数多の月日の祈りを欠いた故、大地に荒廃が訪れた。我ら再び祈りを捧げん。願わくばその御力により豊かな恵みをもたらしたまえ」


 お祭り当日、皆の見守る中、広場の中央に森の花々だけで作られたウルズの神像に向かいセルジュが祝詞を述べる。

 その後、花輪を付けた数人の巫女が現れ、舞を捧げる。


「あの神像、素敵ですね」


 私は隣で一緒に見ていたアルベルトにそう言った。


「ああ。ノルンは帝国の支配下にあるから、モーリアン教以外信仰することは許されないからね。ああして花で作っておけば、形には残らないし、いざという時にすぐ片付けられる」

「な、なるほど。ロマンチックというより実用的だったんですね。さすが、アルベルト」

「部下の手前、私が妥協出来るのはここまでだ。すまないね」

「いえいえ、逆に良い演出になってますよ」


 神秘的な舞が終わると、セルジュが神像からこちらに向き直り、皆に告げる。


「今日は集まってくれてありがとう。急な提案にも関わらず、準備に協力してくれた皆にも感謝する。さて、知っての通り、今ノルンは過去に例のない程の凶作に見舞われている。そんな状況を打開するため、現在、セレニディア共和国の湾岸都市ベイルポートにある大学から、専門の学者をアドバイザーとして招致する計画を進めている。苦しい事態はまだしばらく続くが、共に乗り越えよう。そして、その計画の成功を、忘れられていた我らの守り神ウルズに祈ろうではないか。暗い闇の時代はいずれ終わりを告げる。新たな夜明けは近い。今日はその成功祈願と前夜祭だ。皆、大いに楽しみ、英気を養ってくれ!」


 歓声と共に軽快な音楽が奏でられた。

 そうして、ノルン人もダークレヴもアルベルトの部下の神殿騎士も入り混じり、大宴会が始まったのだった。

 挨拶を終えたセルジュが壇上から降りて来る。


「お疲れ様! バッチリだったね!」

「こうして無事開催出来て良かった。説得ありがとう、クレア。準備助かった、アルベルト。改めて礼を言う」

「もう、今さら何言ってんの!」


 私がバシッとセルジュの背中を叩く。

 アルベルトも腕組みしながら頷く。


「今日は無礼講だよ。君も楽しむべきだな。本番は学者が来てからなんだから」


 すると、セルジュが気恥ずかしそうに頭を搔く。


「……分かった。俺たちも楽しもう」


 そうして私たち三人は二ッと笑いあった。


「じゃあ、早速飲み行こう! 確か、あっちでノルン産とダークレヴ産のぶどう酒の飲み比べ大会やってたよ!」

「目ざといねぇ、クレア君。……という私も、鹿肉とイノシシ肉を使ったダークレヴ料理の店が前から気になっていてね」

「セルジュはどこか気になるところある?」

「俺はいつもの串焼き屋だな。どうやら今日だけの新メニューを出すということだから、ぜひ味見しておきたい」

「では、皆でお祭りを堪能しに行きましょうか!」


 それから私たちは、言葉通りお祭り騒ぎとなっているノルンを練り歩くのだが、第一の目的地に着く前から既に出来上がり始めていた。

 私たちが色々な店の前を通る度、サービスだ何だと自慢の料理やお酒をもらい、祭りを楽しむ人々と乾杯し合っていたのだ。

 そんなこんなで夜は更けていき、明け方辺りから、段々と私の意識は薄れていくのだった。


―――――――――――――――――


「……う! ……じょう! ……クレア嬢! そろそろ起きてはいかがですか!」


 その声に私はハッとして目を開けるが、その瞬間ひどい頭痛に襲われる。

 ここはどうやらセルジュの執務室で、私はソファに寝ていたようだ。

 向かいのソファにはアルベルトが寝そべり、安楽椅子で寝ていたセルジュが目を覚ますと同時にこめかみをさすっている。

 テーブルにはいくつものぶどう酒の瓶が転がり、食べかけの肉やチーズ、ナッツ等のおつまみが散乱していた。

 朦朧とする視界にズイと水の入ったグラスが差し出される。


「あ、ありがとうございます」


 思考の回らぬまま、私はそれを素直に受け取り一気に飲み干す。

 ぼんやりとしていた意識が徐々にはっきりとしてくる。


「気が付かれましたか? クレア嬢」


 その声にバッと振り向くと、そこに立っていたのは何とネイサンだった。


「あ、あれ? し、失礼しました。おかえりなさい」

「ええ。無事、帰りましたよ。それにしても、一体何の騒ぎです? 戻ってみれば町中こんな様子で。まさか、非常事態だというのに、国を挙げてのバカ騒ぎですか?」


 呆れたように白い目で私たちを一瞥するネイサン。

 そこへセルジュがガラガラの声で応える。


「……その通りだ。これから一丸となって問題を解決するのに、国民の士気が下がっていたのでな。これも重要な政策の一つだ」

「……まぁ、いいでしょう。私も早く仕事を終わらせてご相伴に預かりたいですから、急いで準備をしてください」

「準備、ですか?」

「ええ、私の今回の仕事は農学者を紹介することですから。既に部屋の外で客人がお待ちですよ」

「ほ、本当ですか!? ちょ、ちょっと待ってください!」


 それから私たちはバタバタとゴミを片付け、別室を通った先の浴室で身支度を整えるのだった。


「お、お願いします!」


 すっかり酔いも醒めた私たちは、ようやくネイサンの連れてきたというベイルポート大学の農学者を迎え入れる。


「いやぁ、失礼しますのぅ。皆さん、お揃いで。ベイルポートで農業の研究をしとります、タリムと申します。タリム・アグリコラです。どうぞよろしく」


 そう言ってにこやかに入って来たタリムさん。

 好々爺然とした笑顔の老人で、麦わら帽子を胸の前に持ち、軽く会釈をしている。

 その頭頂には毛がなく、肌は日に焼けており、まさに畑仕事に人生を捧げた者のようだった。


「ノルンの代表、セルジュ・ガルと申します。この度はご足労頂き、心より感謝致します」


 すると、そのセルジュの言葉にタリムさんが大きく手を横に振る。


「いえいえ、感謝するのは私の方で。噂に聞いとりました。ミュルク大森林で生活を営む独自の国家があると。私ら農学者としては、ぜひともミュルク大森林という摩訶不思議な生態系の土地で、安全に農業の研究をしたいと思っておりました。まさに渡りに船とはこのことです」

「そうですか。そう思って頂ければこちらも助かります。聞いているかとは思いますが、現在、農作物が上手く育たなくて困っていまして。……まぁ、お掛けください」


 そうセルジュがソファに促すが、タリムさんが今度は首を横に振った。


「遠慮します。ここで話などしていても仕方ありませんから、すぐに畑へ案内してもらえますかの?」

「ええ、そうですね。では、参りましょう」


 そうして私もセルジュに着いて行こうとした時だった。


「ああ、クレア嬢。少々折り入って話があるのですがよろしいか?」

「……はい。何でしょう?」


 突然のネイサンからの折り入っての話。

 また、良からぬ企みでも思い付いたのだろうか。

 私はジト目で彼を見やる。


「はは。そう警戒せずとも大丈夫ですよ。話といってもこれは商談ではなく、単なる情報提供のようなものですから。あなたへのお得な情報をタダで差し上げましょうという私の親切心です」

「……はぁ。そうですか」


 そう言われても、どうにも裏があるように思えてならない。

 まぁ、話だけでも聞いてみよう。


「では、せっかくなので一杯飲みながら。あなたも迎え酒すれば調子が戻るんじゃないですか?」


 ネイサンはそう言って笑いながら部屋を出ていくのだった。

 それから、私たちは近くの酒場に入ると、ぶどう酒で乾杯する。


「まずは祝杯といきましょう。これで、無事トバコの栽培も軌道に乗れば、私たちもノルンも共に幸せです」

「そうですね。ノルンもですが、アルヴィニアの食料問題も解決出来て、さらに交易まで結べる。タリムさんの件は本当にありがとうございます」

「いえいえ、最適な人材が見つかって良かった。それで、話というのはベイルポートの大学に行った時のことなんですがね」


 そう言ってネイサンがオリーブを一つ取り、口に放る。


「ベイルポートの大学ですか。憧れますね」

「おお、そうですか。では、その大学に通ってみませんか?」

「……はい?」


 藪から棒に何を言い出すのだ、この人は。

 国が違うとはいえ、セレニディア共和国にもミッドランド帝国と同じく、身分制度は存在する。

 セレニディア共和国は色々な人種が住まう国のため、ミッドランド帝国ほど激しい差別はないと聞くが、それでも平民の女が入学出来るほど甘くはない。


「これは純粋な厚意で申し上げているだけですので、深く考えず聞いてください。あなたも治療師という仕事をされている以上、人体という未知の領域に切り込む必要がある。その際の武器として、最先端の知識というものが欠かせないでしょう。そこで、今後のあなたのご活躍の一助になればと思い、あなたさえ良ければベイルポート大学への入学について、口利き致しますよというご提案です」


 にっこりと微笑むネイサン。

 ここまで言うということは、私でも確実に入学することは出来るのだろう。

 そうなると話は変わる。

 ネイサンの言う通り、これから多くの人々を助けるにあたり、知識は必要だ。

 ディスガッツ病だってガスパルさんの研究があったからこそ上手くいったのだ。

 であれば、これは非常に魅力的な話ではある。


「……お話は大変ありがたいです。ぜひ通いたいとも思っています。……ですが、私はノルンの治療院の師長を任されている身でありますから、ここを離れる訳にはいきません」

「それですよ!」


 ネイサンは私のその答えに憤るようにドンとコップをテーブルに置く。


「いいですか? ノルンという国に治療師は一体何人いますか? もちろん、あなた一人だ。そして、それはこれから変わると思いますか? 帝国がそんなことをするはずがないし、こんな辺境の、忌み嫌われているノルンに来たいと思う酔狂な者も帝国にいるはずがない。そんな状況で、ノルンはこれからトバコの取引によってさらに大国になっていく。もしかしたら、キナ臭いことも起きるかもしれない。そんな時、あなた一人でどうにかなりますか? いくらあなたが優秀な治療師とはいえ人には限界があります。そこで私は思ったのです。セレニディア共和国という他国の人間であれば、ノルンに協力的な者もいるのではないかと。そう、タリム氏のようにね。ですから、これはあなたの人脈を広げるための絶好の機会でもあるのです。幸い、ノルンからベイルポートまでは数日、早馬をぶっ通しで駆れば、もしかしたら一日と少しで戻れますので、何かあってもギリギリで対応は可能だと私は思いますよ」


 ぐうの音も出なかった。

 今の帝国の治療師協会はレオナルド様たち懐古主義者との内部抗争でバタバタしているので、なおさらこちらに人を回す余裕など絶対にない。

 そう考えると、有事の際にベイルポートから戻る数日間で誰かが命を落とすリスクと、今後ずっと私一人でノルンの治療院を運営していった場合のリスクを天秤に掛けると、協力者がいないことの方がよっぽど重要なリスクだし、マチルダにも一人で抱え込むなと叱責されたばかりだ。


「……分かりました。あなたのご厚意、感謝致します。だけど、本当のことを教えてください。なぜ、そこまで考えてくれるのですか? どうしても、何か裏があるとしか思えなくて……。それだけが不安なんです」


 すると、ネイサンは乾いた笑みを浮かべると、頬杖を突きながらコップを傾けるのだった。


「やれやれ、やり手の商人というのも損な肩書ですね。まぁ、あなたが納得するよう腹を割ってお話しするなら、これはあなたへの投資だと私は考えている」

「私への……投資、ですか?」

「ええ。私の長年の勘がそう告げているのです。あなたにベットすれば間違いなく勝てるとね。これからもきっと、あなたの行く先々では嵐が吹き荒れるでしょう。あなたにとっては敬遠したいことかもしれませんが、商人にとってトラブル即ち商機となるのですよ。だから、今後ともあなたには今まで以上にご活躍頂きたいというのが、私の本心なのです」

「そうだったんですね。……なんだ。すごくあなたらしい理由で安心しました。変に疑ってしまい、失礼しました。でも、それなら最初からそう言ってくれればいいのに」

「これも長年の癖でしてね。本音で話すことなんて滅多にありませんから。あなたといい、セルジュ氏といい、どうにもやりにくい相手で困る」

「商談のし甲斐がなくてすみませんね」


 そうして私が微笑み掛けると、それに釣られて笑うネイサン。

 私は今初めて彼の本当の素顔を見た気がした。


「では、セルジュとアルベルトにも話して、色々と治療院の方も準備します」

「分かりました。用意が出来ましたら声を掛けてください。数日は私もノルンをぶらぶらと観光させて頂きますので」


 そう約束して今日はネイサンと別れるのだった。

 まさか私がベイルポートの大学に行けるなんて夢にも思わなかった。

 ノルンに行くことが決まった時のような、新しい環境への期待と不安が入り混じった感情がふつふつと湧き上がる。

 そこではどんな人たちと出会い、どんな経験をするのだろうか。

 私だけでなく、周りの人たちの人生も豊かに出来るような。

 そんな旅になることを私は祈っている。


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